285 女爵
休憩の席で、ナンパを敢行した。
引っ掛ってくれたのは、山霧少尉の手引きでうら若い女性グループだった。
オレはやったぜ。
ダンジョンマスターへの忖度?
アーアーアア!聞こえんなあ!
いや、おかしいよな?
狙いは気っ風の良いブルーワーカーなおっちゃんや兄さんらだったのに、牛丼屋に入ったらフルーツパフェが出てきてしまった感ありだ。
二言三言と挨拶して場に残ってくれたのは【敵前逃亡は貴族の恥】とばかり、爵位持ちやその跡継ぎといった、ある種の覚悟が決まっているお人らだけだった。オレは悲しい。
ぐぬぬ。君ら、魔蟻女王の威風にも嗤って突っ込むようなメンタル強者揃いじゃんよ?
なんでオレはダメなのか。
別に噛みついたりしないのに!
話しかけても返事は元気な【はい!】だけだもん。
あまりにカチコチになってしまったので、仏心が湧いて逃がしてしまった。残念だ。
アドレス、強奪したかったなー。
彼らも手を振ったり挨拶だけなら反応がいいから嫌われてはないと思う。…だといいな。
残ってくれた次期女爵候補の彼女たちは、花嫁修業で転生+レベル上げの真っ最中なんだそうな。
百花繚乱のグループだ。
やあ、皆さま大変お美しいですね。
「本家の跡取り娘は出産前に、一度は転生を済ませることを求められているんですよ」
「私たちは種族としてMPが控えめですから。
魔力を生み出すスキルを覚え、磨いた回路を次代に渡すことが求められます」
「結婚して当主業と子育てをするなら、引き継ぎするまで今後の自由はなくなりますから。最後のモラトリアムですね」
「公共機関からの依頼?
はい、私どものパーティは出来るだけ受けるようにしています」
「誰かがやらなくてはいけない依頼などは、将来、家中の男に割り振りしなくてはなりません。
現場を知らずに指示を出すのは、先々不幸の元ですので」
妖精さんの小異界の中ということで、お互いにヘルメットは外している。
まず目を引くのは女らしく優雅なボディラインだ。
一際華麗な甲殻に、しっとり落ち着いた佇まいがお上品でございますわよ。お姉さま。
海外モデル並の高身長だけど体格は甲殻に似合う健やかなもの。そして女性は野郎よりも甲殻パーツがぐっと控え目だ。
ヘッドフォンかティアラのような頭部甲殻が生えている者もいるが、顔や髪はほぼ無垢の状態である。
デコルテや背中、二の腕や太ももの辺りの甲殻はというと、各々あったりなかったりだ。
甲殻に合う服が違うから、各自意匠の違う服を着ている。
1枚でさっと羽織れるケープなどは人気があるようで、休憩中は全員が身に付けていた。
こうして見ると甲殻と同じく髪や肌の色こそ多彩だが、彼女たちの顔立ち自体は彫りの深い日本人にも見えなくない。
少し彫りが深いので、ハーフかな。そんなニュアンスだ。
や、背丈と甲殻、色彩の違いがあるから間違えようはないんだがな?
美人ばかり揃ったので、オレも男だ。他意はないのに緊張してしまう。
…だって本命は、気さくそうなおっさんチームだったから!
『洗浄』って化粧の敵っていうか、花粉対策にしっかり目に全身に掛けるから彼女たちはスッピンだ。
人妻な山霧少尉がドえらい美人さんだったのでウヒョーとなったが、改めて慄く。
甲殻人、美形ばかりだね……。
オレは男の顔にはいまいち興味が持てなかったというか、男性成年甲殻人の格好よさは装甲にあるので注目するとしたらまずそちらだ。
でも思い返せばゲーム中の学生さんらも、甲殻にしっくりくる顔立ちをしていた。
あれってアバターだからじゃなかったんだ。
きっと彼らを生み出した先史文明人たちと日本人の好みが合うんだな、これは。お会いできなくて残念だ。
「ふふ、でも今回ばかりは役得でしたね。成し遂げて帰れば、一族の者に自慢話ができそうです」
「ああ……前回の繁殖魔物の駆除は辛かったですよね。本当に。
センサーの使いすぎで頭が痛くて、もう」
「あれは肝心の電気罠が故障したのが、ついていませんでしたから。
出る前の動作確認ではおかしなところはなかったですものね。尚更になんで、となりましたもの」
「妖精の力添えが真実、頼もしく思えますね。これからは予備の機材も運べるということでしょう?」
茶をしばきながら話を引き出すことしばし。
んー……んん。なんかさ。
社会の第一線で活躍している女性ってさ、有能な人でも肩肘張るというか【圧力に負けないぞ!】って少し頑張り屋すぎるところがあるじゃん?
サリーとかバリバリそんなタイプだ。
彼女たちにはそれがない。
穏やかな物腰は抑制が利いた淑女というよりも、まるで旧家の跡取り息子のようだ。悪い意味じゃないけど自然体で偉そう。
うちのオルレアだって目の前の彼女たちに負けないくらい可愛くて、なのに剛腕で、おまけに品格あるレディなのは間違いないが、それでもやはりお嬢さま育ちだ。
一番上に立つよりも誰かを支えるために添うような振る舞い方をしていたと思う。
これは能力がどうこうではなく、育てられ方だな。
現代日本に身分制度はないし、撹拌世界でのダンマスなんかは、なんちゃって貴族のダンジョン爵だから横に置く。
ただゲームの世界観では地元に根付き、一家を構えるまともな貴族家ほど責任は重くなるきらいがあった。 彼女たちの立ち位置はそちら側に寄っている。
……あー。ホープランプでは爵位って、形骸化してない生きた制度なんだよな。
今になって実感した。
自分には群れがいる。
傘下の者を守ろうと立つ自念の気概は、深窓のご令嬢には似つかわしくない。むしろオレの爺さまとか、爺さまの友だちの叩き上げの社長のおっちゃんとか、あるいはナノハナ砦の長のオルスティンとか。そんな人の中心になる者が持つものだ。
なのにこの集団、全然ギラギラしてなくて一見おっとり優雅に見えるのが怖い。
階級社会に身を置いている夏草少佐や山霧少尉はまだわかる。
だけど皆さま、オレより少し年上くらいの年齢だ。
ええと、大変自信があられる振る舞いですね?
これがホープランプ女爵のデフォか。
ううむ、眩しい。
男として気圧されるぞ。勝てなそう。
しかし、さて。どこから突っ込んだものやら。
君らって、育苗種だけではなく自分自身も品種改良の対象枠なんだ?
どこからがデリケートな話だろうか。わからん。
「……なるほど。以前より聞いていたとおり、ホープランプでは女系相続なのだな。異なる文化はやはり新鮮だ」
大きな刃物の扱いや、力仕事は野郎がやるもの。
そんな常識で育てられたから、ここに来て泥臭い下請け仕事にうら若く身分ありげな未婚女性のパーティが出てきたことは完全な不意打ちだ。
だってヨコハマ在住の軍人さんや民間人に若い女の人はいなかったから!
妊娠している可能性のある女性は強い薬が飲めなくなるからって、厳密に感染症対策されちゃってたからだけどさ!
「はい、そちらでは三千世界と同じく男系相続が主なのですよね。
私どもが女系相続なのは、男はダンジョンブレイクが起きるような非常時に軍の編纂を速やかに行うためのものです」
「なるほど」
それならわかる。
オレでもまず子ども、女から後ろに隠す。
だけどいざ危急に備えて、最初から女性を当主にしておくのは甲殻人特有だ。
ロケット基準の撹拌世界でも、女性当主は男に比べるとやはり少ない。
戦う力が強いものが権を握る。それは人の世の常だ。
すると、甲殻人は産み育てることを総合的な【力】として、重要視したって文化なのかな?
……先史文明人が数が少なくて滅びたもんなあ……。
「わたしたちは生まれつきの力だけなら、女よりも男が強い。
そしてなにより胎生だ。
出産が一大事になる都合、家の外のことは体力のある男がやるという文化だったな。
ゲームの舞台になった昭和頃からだ。女性の社会進出が活発になったのは」
戦中戦後の人手不足に、家電の発達。需要を増やしたい資本家の暗躍。
誰もが豊かさを渇望し、女が外で働くことで国力を下げる少子化を招いた時代の矛盾。
それはさておき。女には女の、男には男の苦労があるものだ。
たつみお嬢さんがアバターになって、改めて女性側の保健体育をオレも受けた。
うん。男に生まれてマジ良かった。身に染みた。
女さんは大事にしような、野郎ども。
オレは男の辛さには耐えられても、女さんの辛さには耐えきれない…!
もちろん多様性のこの時代だ。
ロケット文化が流入して、しかるべき算段を済ませた高レベル者は男でも子どもを産めるようになりました。
苦しみを経ただけ、我が子は可愛い。
めでたし、めでたし。
そういう勇者さまもいるだろう。
でも多機能な家電って使わない機能が多過ぎるよな?
もっとシンプルでもいいと思うの。
オレには猫に小判だ。
ビビりですまん。
「ああ。地球の女性は王族並みに妊娠、出産は命がけになるのでしたか。
それなら無理もありますまい」
「私どももやはり男性の方が強いのですよ。だから前に立つのは、いつだって男から。
それが申し訳なくて悔しいものでしたが。
……そちらの女性は違った意味でお強いですよね」
「ええ、私だったら耐えられません……」
彼女たちはなにかを思い出したのか、スーっと顔を青ざめさせる。
なんかの資料映像を見たのかな。ビビるよなー……。
三千世界を渡ってきたロケットに積まれていたスキルでも、性の悩みを緩和するものは数多い。
健康で年若い、たつみお嬢さんすら『揺り籠の護符』を入れたくらいだ。
悩ましいアレソレを任意でコントロール出来る甲殻人女性は恵まれている。
いや、違う。彼らは自然由来の人間ではない。
こうだったらいいのにな。そんなグッドデザインを選りすぐって創られた、人造人間が祖だ。
例えば卵生であること。小さく産んで大きく育つこと。
女性の負担も極めて軽くなるように、そうあれかしと仕立てられている。
それらは先史文明人の魔法科学の福音だ。
詳しく知れば知るほどに、彼ら、彼女らは造物主に祝福されている。
甲殻人が自分たちを生み出した先史文明人を誇らしく語るのって、なんとなくわかるかな。
「あなた方はいつもこうした野外活動を?」
今日の茶菓子はトウヒさん手製のシフォンケーキだ。それにたっぷりのホイップとモリーのジャムを合わせる。
口に含んだ瞬間、キラキラと輝く瞳たちに内心よっしゃと拳を握る。
ホープランプの菓子はレベルが高くて、動画でいつも飯テロを食らうからお返しだ。
卵を使った菓子ならこちらも負けんぞー!
「はい。折を見て野良ダンジョンの清掃活動には参加するようにしています」
「いつもはもっと細やかなもの、レベル1か2辺りのものですね。そちらで主に活動をしております」
「軍は階層の深いものの清掃に備えなければいけませんので、小さな野良ダンジョンは民間に委託されることも多いですよ」
「これも勉強だからと、かねてより政府の依頼を受けてきていて正解でした」
ひとつ訊けばふたつ、みっつとさざめくように返事が返る。
お喋りが好きなところは、彼女たちも普通の女の人と一緒なんだな。
「正解?」
なにか良いことありました?
「ああ、私どもはボランティア活動に積極的な冒険者への優先枠でゲームチケットを購入できましたから。
マザーと妹君と繋がって、魔力を増やすスキルが増えましたでしょう?
見合い前にそちらを総ざらいで習得して来いと、当代に無茶振りされた時は、どうしようかと頭を抱えてしまったものです」
「わかります」
「どこの家もそうですよね…!」
「一族からの期待が重くて。かといってちっとも期待されてなかったら、不貞腐れて頑張れなかったでしょうけど!」
おっと。彼女たちは恵まれている分、他のことで重荷を持たされているわけだな。
秤の均衡は、なんだかんだと取れていると見た。
湯気の立つ、漆塗りの茶器を両手で包む。
どの世界、どんな立場でもパーフェクトな勝ち組なんて幻想か。
結局、自分が納得できるかどうかに尽きるんだろなあ。
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