284 見渡す限りに咲く花は
昨晩は治癒士のジョブを入れたが元気そのもの。通常運転、平熱の36.8度だ。
今日も張り切って豚草刈りである。
「いくらやっても減らない……終わりが見えない」
「うう…。早くメットを外したい」
「賽の河原かよ」
「うぼあ」
豚草の生存戦略に、心にダメージを負っている者も若干名。
弱くても数を揃えると脅威ですよね?
刈っても刈っても生えてくる雑草に虚無を覚える人種は、うちのかーさんや、妹たちと同じタイプだな。ファイト!
オレはそんなに嫌いじゃない。というか天気によっては億劫だけど、草むしりは座り作業よりも好きまである。
やったぜ、小遣い稼ぎだヒャッハー!
そんなご褒美の印象が強いからだな。肉体労働=現世利益で刷り込まれている。
勉強は学生の仕事って言っても、それでサラリーをもらえたりするわけでもないからして。
社会人になると学生時代にもっと勉強しときゃよかったって思うようになるってあちこちから聞くが、まだまだそういった心境に至れてない。若造なんで!
…今にして思えば草刈りや力仕事がオレに回されてたのって、余計なことをしないように無駄な体力を削っておこうという身内の策略だったやもしれぬ。
アホをされて叱りつけるより、お手伝いを褒める方が保護者としても気楽だもんな。
言わぬが花だ。
「また出たぞ!」
「邪魔だっての!」
「あああああ!」
「ギャーそこ通るな、端っこから来い!」
姿を隠したフリルカマキリの襲撃に悲鳴が上がる。
とはいえ暗殺は見事に失敗。装甲で受けた人も、ピンピンしている。
HP+甲殻の安定ぶりよ。
これを抜くのは至難の技だ。貫通、鋭利、破壊系などの余技か魔剣あたりが欲しいところ。
「今は忙しいから後で来な!」
彼らは後で仕舞おうと纏めていた草山を踏み散らされ、【2度手間させやがって!】とお冠りだ。
怒りのヤクザキックをまともに受けてキリモミしつつ一回転。フリルカマキリが宙を飛ぶ。
その滞空後はゴスゴス、ゴツンと追撃される。KOだ。
農機も使わず素手でいったぞ。あそこのグループ。
打撃の重さはお流石だ。
10カウントも持たないで遭遇戦は終了になる。はわー。
いかん。ぼんやりしていた。
視界が悪いと目をすがめていたら、単にヘルメットのバイザーが黄色く曇ってた。
マメに『洗浄』を掛けていても、あっという間に花粉まみれ。
革手袋の指先で、つうと拭うと筋になる。
フルフェイス型以外の甲殻人が被っているのは裸電球のようなヘルメットだ。宇宙服の頭部を思わせるユーモラスな丸みもくすんでいる。
地平線が見える平原で、見渡すかぎりに咲く花を刈る。ある意味、SFの世界観だ。
「『地面操作』」
力ある言葉を始動キーにして、魔力回路に魔力を走らせる。
繰り返しの反復動作。このスキルを使うのも慣れてきた。
まるで見えない牛が巨大な鍬を引くかのよう。
メリメリと地面に亀裂が入り、天地が返る。深く耕された土からは、密に絡まった草の根が露出した。
そのまま『念動』で掴んだまま、草を根こそぎ掻き出していく。
爽快感だ。
便利だなあ、『地面操作』。
整地作業、楽しいです。
転生を1度済ませて、基礎レベルも90を越えると経験値のバーは微速前進。
代わりにこのレベル帯はHPMP共に充実している。
転生神殿が出てくる前の常識だと、残りのメモリも見えてくるので最後のスキルを厳選し、それを練磨する頃合いだ。
現在はこのレベルでも、これからまだまだ冒険者を続けるのならばメモリにも余裕がある。いいことだ。趣味のスキルも選べてしまう。
さて、どーしようかな。
『地面操作』には更に作業効率が上がるだろう『耕運』や『井戸掘り』、『地盤改良』、そんなわくわくしてしまう重機スキルが揃い踏みだ。
スキルリストを見ると楽しくなってしまう。男の子だもの。
入れたいけどそれらを果たして使い込む暇があるだろうか。悩みどころだ。
きちんと使うならという但し書きがあるにせよだ。
分野違いのスキルを趣味で覚える息抜きは、魔法使いとして身を立てるならそう悪くない選択だ。
これらの風潮も転生神殿が出来てから変わったことだ。
以前の魔法使いはストイックにひとつの道を極めようとしていた。
【メモリがどうあがいても足りないのだから仕方ない】。
転生神殿発掘は、そう諦めてきた時代の頭の凝り固まったご老人ほど反発しそうな転換イベントだった。
なのにだ。そーゆー限界ギリギリまで自分を育てていた達人は基本レベル100を超過してる。
それを良いことに、真っ先に転生神殿に駆け込んでフィーバーしているんだぜ。ご隠居勢、お達者にも程がありませんかねえ…?
過酷な撹拌世界で生き抜いてきた爺婆は、機を見るに敏だ。
ジョブの【魔法使い】は要するに、釜戸の魔女だ。
荒事向きのジョブではない、覚えられるのは日々の暮しを豊かにするスキルばかりだ。
水を生んだり、種火を点けたり、あるいは空気の膜を纏ったりと、そんなスキルが多岐に渡って組み込まれている。
【多岐に渡っている】。ここがミソ。
軽いスキルを満遍なく入れることで、体内の魔力回路を増やす。それを修練し育てる。
それらは魔道の徒として、魔法使いは基礎の地盤を築くのにぴったりな構成なのだそう。
名を得て勇退したはずの爺婆が、そりゃー目をギラギラさせて、今まで無視せざるを得なかった生活スキルの習熟に励んでいた。神殿世界で。
あれは生涯現役だな。
生活スキルはMPコストも低いよ。沢山練習していってね!
そんなGMの思惑に率先して乗っかっていた。
従者をゾロゾロ引き連れたお偉いさんが『洗浄』で、廊下掃除を熱心にしている姿なんかをよく見た。
生活スキルを日常になるくらい使うこと。オレも実践していきたいが、スキルを折々使いこなすのは案外難しかったりする。
『点火』とか生活スキルなのにリアルじゃ使わない筆頭だ。
煙草でも吸っていたら別だろうけどなー。
家族に煙草飲みがいないので奴の良さがいまいちわからん。
それと甲殻人に煙草は毒だ。
この先も彼らと仲良くしたいんで、きっと一生吸わんと思う。
『点火』を使うことってなにかあるかな。
七輪でキノコでも焼く?
そんなわけでジョブは解禁した運営だが現在、分岐、上級ジョブは出し渋っている。
一応取れることは取れるが、条件が厳しかったり、隠された個人シナリオだったりする。ちょいコアなゲーマー向けだ。
つついたらそれにも一応、理由があるそうだ。
個人の才能によってはひょんなところから、スキルがリンクし【生える】こともあるのが魔力回路だ。
そして生えた回路はその人だけの、オリジナルの専用スキルだ。
【メモリがカツカツだと新しい回路が生えにくいんですよ。
今の段階で分岐ジョブにまで手を伸ばすと、種族特有の、元からある才能の芽を潰してしまいそうでー。
そちらは日本在住の私と相談してしばらくは取りにくいようにしてますです。
多分これから生えてくると思うんですよね、地球、若しくは日本人さん種族専用スキル。楽しみですねえ】
才能の芽はどこから出てくるかわからない。
プレイスタイルを画一化をさせてしまうのはあまりに勿体ないとはGMの弁だ。
そう言われても、どないせいと。
専用スキルが開眼する兆しなんて、ちっっっともないんだよなあ?
ヒントが来い。
そんなわけで新世代に適応した人材を育むべく、日本ではこの春から新しくジョブ専門学校を創るそう。
いいなー!
日本ちゃん、いい空気吸ってやがるぜ。
厄介ごとは追い詰められないと必死にならんくせ、面白いことが大好きなミーハーぶりは流石の母国だ。
そんな学校めちゃ行きたい。
「そろそろ小休止にしましょうか」
ふと、随伴の小松さんに声を掛けられる。
ステータスを確認すれば、午後3時前。草むしりに無心になってた。
午前はいつものローテをこなしてから訪れたので、作業時間は正味2時間足らず。
農作業は休み休みやるものである。休憩に異存はない。
……って、豚草はバステ対策が確立しているから、対魔物ではなく草刈りそのものの感覚におちいっていたな。あいつらのHPは紙だしさ。
野良ダンジョンでは稀に徘徊ボスも湧く。
油断は良くないのに、していたみたいだ。反省せねば。
「わかった」
時間を確かめるのにステータスを立ち上げついで。ワールドウォークも覗く。
出した画像は、河西ダンジョンマップだ。
リロードすれば【脇芽発見!】のピンが新しく点々ついている。
小休止の後は脇芽摘みだな。
メイン部隊の軍人さんらは現在、河西ダンジョンの周辺保持をしている人員と、エレベーターの防衛任務に就いている人員、新たな階層にアタックをしている人員に別れている。
夏草少佐はアタックチームの指揮を執っているので、オレのお守りは山霧少尉だ。
夏草少佐も謎の人だ。
軍の階級には詳しくないが、佐官って現場で先頭指揮をする階級だったっけか?
もっとお偉いさんな印象がある。オレの勘違いかなあ。
指先で地図をついと辿る。
一筆書きで脇芽を摘んでいけるだろうか。
若い層の詳細なマッピング。これらは新たに到着した冒険者チームらの成果だ。
彼らは雫石を極力取りこぼしたりしないように、区画分けして隅々まで歩くことで詳細な地図を作っている。
先ほど近くで草むしりをして、出てきたフリルカマキリをメッとしていた彼らも、基準点を表す標石を建てるためのスタッフだ。
そう。本日より河西ダンジョンには、日ホプ両民間冒険者が導入された。
日本チームはまずはお試し、1パーティ6人。やる気溢れるブーキャン勢だ。
ホープランプは4パーティ、30名余。
資料を読んだ限りこのホプさんたちは、どのパーティも公的機関の依頼を頻繁に受けている。仕事の評判がいい中堅チームだ。
妖精さんの長期派遣と所属氏族への転生神殿の優先権を報酬に、ホープランプ政府さんが3年専属契約でフィッシュ!したらしい。
冒険者は自営業だ。身動きするのに時間の掛かる巨大な組織と違い、小回りが利く。
が、しかし。
政府ちゃんが冒険者に出す依頼なんて、どの世界でもお値段は控え目で面倒臭いものばかりだ。
冒険者制度のなかった日本で類似を探すなら、近い職は猟師だろうか。
残念ながら猟師なんて、くたびれ儲けの代表格だ。
害獣を狩ると自治体から褒賞も出るが、それで生活が出来るかといえば断然NO。
苦労の割が合いやしない。
管理ダンジョンで食肉を得ているホプさんたちも、きっと条件は同じはず。そう思うじゃん?
狩猟文化が盛んで、寸志の依頼でも快く引き受けてくれる熟練のハンターがゴロゴロしているホプさんたちが、本っ当に羨ましい。
社会貢献している花丸ハンターの一族郎党は管理ダンジョンの優先権が出るんで、資金はそっちで稼ぐんだとさ。
支援が手厚い!
妖精さんの貸し出しを優先で始めちゃったくらいだもんな!
異世界格差ァ!
もちろん山の獣をただ狩るだけならゲーム育ちの冒険者でも、レベルの暴力でなんとかなる。
だけど自然界の調和なんぞを考えると、ニワカは山男になれんよな。
田舎育ちだけど、オレにも無理だ。幼馴染みの親父どのから又聞きした、上っ面の知識しかない。
山は子どもの遊び場なんて幻想だ。
熊が出没するような場所に鉄砲なしで行くとか死ぬ気かと。
めっちゃ叱られた記憶しかないわー。
いざとなったら逃げ込める民家がある沢のあたり、あそこら辺が入ってもいいギリギリのラインだ。
「どうぞ、お入り下されなのじゃ」
休憩用にテント待機してくれている妖精さんに招かれて、律儀に頭を下げるのは先頭に立つ小松さんだ。
「これは然らば。忝ない。
……あいつらン家の冒険者って、退役軍人上がりが多いんだっけか」
小松氏。言葉遣いが影響されているで御座るよ?
「彼らは民間人には思えませんよね」
小松さんの左後ろの狭間さんは、首の辺りを揉んでいる。髪が長いとフルフェイスは億劫そうだ。
オレの前には2人、左右に1人ずつ、後ろに2人の護衛体制が、野良ダンジョンでのノーマルポジションになる。
いつもお世話になっております。
揃ってぞろぞろと妖精の庭に入る。
「『洗浄』」
そしてお互いにスキルを掛け合う。
花粉を落として、メットを外すと楽になった。
遮断してるのに目が痒い気がする。
「うぇ。ライダースーツが花粉の膜で一皮剥けるぞ」
「豚草を食べてくれる水玉さん、偉いね…美味しくなさそう……」
「なあ。石抜きしたやつ捨てに行ったら、水玉プールが溢れてたんだけどよ」
「ハァ?…仕方ねえ、チーム如月!休憩後はプールの追加を掘るぞ!」
「了解!」
「あ。じゃあ、そのように連絡いれときます」
初めての野良ダンジョン。
花粉地獄におっかなびっくりの民間日本人グループとは違い、甲殻人たちはシャキシャキしている。
豚草はホープランプ野良ダンジョンの在来種だから、装備の使い回しも利くし慣れたものだ。
日本人冒険者はというと、ホープランプ政府さんの意向で5Fゲートまでと制限込みの参加である。
オレはなまじ自分がどこに行くにも保護者付きなものだから心の内の過保護なママが、【まだ早いんじゃないかしら?】。そうソワソワする気がなきにしもあらず。
しかしモチベーションは大事なものだ。
野良ダンジョンってその響きだけで無性にワクワクするもんな…!
その気持ちも凄くわかる。
彼らもゲームが好きすぎて忙しい師走の深夜に関わらず、ウキウキと水玉工場のバイトに来ちゃう人たちだ。
当然のようにゲームで昇殿資格を取ってきているのだからどんな人種かは察して欲しい。
なにがエライかって、彼らが纏う空気は非常にキャッキャとしているのに、行動自体は落ち着いたものということだ。
遮蔽物の撤去が最優先。思わぬ事故を起こさぬようにと、入り口の端から順繰り地道に豚草をむしっている。
これはヨコハマの冒険者が社会経験に富んだ年長者が多いからってこともあるからだろうな。
遭難した環境でも変に腐らず、お互い励まし合う協調性がある。
少年少女の心を持ったおじさん、ベテランお姉さんは、それでもきちんとした社会人なので我慢のしどきをしっているのだ。
それが折に触れての行動に現れていた。
立派だよな。
冒険者とはかくありたし。
ただ甲殻人と比べると、どうしたって【柔らかボディ】なのは如何ともしがたく。
ううむ。同じ民間冒険者なのにと、自信喪失しないといいが。
「なあ。荷物はこっちで運ぶから、小異界で魔石の抜き取りをやらないか?」
「その……仕事はそこで詰まってるから。どうだろうか?」
「ありがとー!休憩後、次に全員MPが少なくなったら、そうさせてもらうね!」
「俺ら力はないけど、魔石の抜き取りなら役立てるもんな」
そして休憩が一緒になったことで、か弱さを心配した民間甲殻人グループに介護の申し出をされている。
いや、同レベルの甲殻人よりは貧弱だけどレベル40カマキリなら倒せるよ、彼らも。
麝香氏を始め、斥候の多いパーティだしさ?
コツコツ蓄えてきた経験値は、本体を裏切らないのだ。
ただ甲殻人に交じると遠景が、チンマリ小人さんに見えるだけで。
うーん。
自分が心配するのは良くても、こうも心配されると複雑な心境になるのはどうしてだろう?
………。
しまった、出遅れた!
先達に学びながら、仲良くなるのは全然アリだ!
たつみお嬢さんはそれで先輩たちと縁が繋がったのに迂闊!
よし。
お堅い軍人の夏草少佐らとは違い、彼らは民間冒険者だ。脇のガードは弱いはず。
指を咥えて見てないで、積極的に声かけ行くぞ!
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