280 火遊び
小休憩を挟んでから、近くの脇芽を回収する。その後エレベーターを設置した。
それで本日の業務は終了だ。
これよりのフリータイム。オレは豚草を駆逐する耕運機になるのだ。フハハハ!
「マスターは、楽しそうですね」
微笑ましい目で見られてしまうが気にしない。
「楽しいぞ」
甲殻人の草刈り部隊が刈った痕を、『地面操作』でモリモリと耕していく。
地面からしっかり深く掻き出した根っ子は、妖精さんに拾ってもらう。ノンストレスだ。
花粉がこれだけ蔓延していたら、また生えるんじゃないか?そんなことは言いっこなしだ。
荒ぶる地脈を落ち着かせるには、弱い魔物を大量に刈るのも効果がある。
耕され空気をたっぷり含んだ土は、低層階の主である豚草も発芽しやすいことだろう。
魔物が成長する時には、少なからずダンジョン内魔力も消費されるのだ。
しかし倒されたまま放置すると生育に掛かった以上にダンジョンが豊かになってしまうので、それだけは注意。
はい。モチロン負け惜しみですが、なにか?
折角土をふかふかにしたって、生えてくるのが豚草だってのはガッカリだ。
見渡すかぎりの大平原だ。【憧れの大規模農業】。その言葉が頭にチラつかなかったら嘘になる。
この大地が雫石に『精製』すると千分の一以下に減ってしまうのが世知辛い。
土を耕しているとマッスル小麦か、踊り子豆でも入植させたくなって困る。
責任を持てないからやらんけどさ。
管理もろくやれないくせに、魔物を育てるとか造反フラグだ。
そういや同一種族で魔物が密ると王が生まれたりするものだけど……こいつらってフロアボスや変異体を排出するんだろうか。
豚草のボスが想像つかない。
「これがポテトツリーの群れだったら良かったのに」
「芋か。いいな」
「なに、腹減ってるのお前ら?」
「土の上の魔物ぞ。水中よりはマシだろうて」
考えることは誰も一緒なのか、うんざり気味の愚痴も聞こえる。
や。ひとりで楽しくなってて申し訳ない。
友人の鹿山くんに誘われたもんで、箱庭ゲーは些少ながら嗜んでいた。
オレ、建物は豆腐ハウス派だったけど、整地作業は好きだったんだよ。無心になってさ。
山なんて全部削って畑にしつくしたわ。
こんなん簡単に作物が実るかー!って突っ込みつつ、一大農園を作ったものだ。
夢だよな。
ダンマスになり、その夢が幾ばくか叶ったような現在だ。
見えない大爪で大地を抉り、掻き回す。
思うがまま土を耕す、その爽快感よ。
いくらやっても終わりの見えない、地平線の叢が頼もしい。
ううむ。スキルが伸びそうであるぞよ。
このまま励めば、オレは爺さま自慢の新型耕運機に勝てるようになるかもしれん。
土仕事は心が安らぐ。
日々のストレスが溶けるようだ。
……サリーは小さな薬草園程度の庭仕事は嫌いじゃなさそうだったけど、果たして一緒に農業を楽しんでくれるだろうか。
オレが好きなことと、サリーの好きなことは違うよなあ。
とーさんは頭が良くて仕事も出来て情が深いのに、実生活ではそのスペックが空回りで気が利かないところがある。
そんなところが可愛いと、惚気るかーさんにしかモテてこなかった男だ。
いや、仕事場や男社会じゃ頼りにされているんだけどな、とーさんも。
その血を直で引いているオレとしては、サリーのニーズを満たせているかどうも不安になってしまうのだ。
オレがゲームで知り合ったサリーは、武闘派犬系美青年だった。
だからって目が節穴だったよな。
サリーが女の人って全く気がつかないでやんの。
佐里江さんとリアルで対面した時、正直声を失ったわ。
我ながらもうね。気が回らないにもほどがある。
凄く、とーさんの血を感じた!
佐里江さんは生まれつきの才覚に胡座をかかない努力家の上、見目麗しく腕も立つ才女だ。
しかも性格も可愛いだろ?
そんな高嶺の花に好意を寄せられ、好きにならない男はいない。チョロくない。
オレが佐里江さんを好きになる理由はたくさんあるけど。その反対は、って考えてしまう。
ほら、さ。ぶっちゃけダンマスって、恋人にするには不向きな職じゃん?
いつも護衛と一緒だし、賢い一般人には遠巻きにされがち。
損得だけで考えるなら、オレみたいな面倒臭い立場の人間を選ばなくてもサリーは選り取りみどりなんだよ。事実にめげそう。
あー。
こうして離れている間に、正気に返られたらとても困る。
ううむ。世の中の遠距離恋愛成功者のテクを知りたい。
たつみお嬢さんとして女の子の中に混じってみると、彼女たちは野郎と違うロジックで男をよく観察しているとわかってしまった。
そのシビアな視点だと、オレは落第してそう。
ダンマスの恩恵でウキウキと自家用畑を増やしていた心に冷や水だったな。
悲しいかな。土臭い男は、一般的にとてもモテない。
農家の嫁になってくれる気立てのいい女は希少価値だ。
護衛の平賀さん?
跡取り娘なのでお婿さん募集中ですってよ?
平賀さんほどのスペックでも、専業農家や農家志望はそれだけのデバフなのだ。泣けてくる。
スキルを取れば農作業もぐっと楽になるとはいえ、同じ汚れるなら管理ダンジョンに通った方が稼げてしまう。かなしみよ。
少なくとも専業農家や、周りから過保護にされているダンマスはモテ道の対象外だ。
家庭菜園くらいならやってもいいよって人もいるんだろうけどさ。
佐里江さん、見るからに都会の女だし。
「マスター。あんまり刈ると水玉工場が詰まるもし。もそっと手加減するもしよ」
ハッとする。
切なくなった心のままに大地を丸ハゲにしていたら、ちょこちょこ並走しているハジメさんに注意を入れられた。
無口な仕事人なヌリカベーズの収納が間に合わず『体内倉庫』に仕舞い込んでいたハジメさんを呼び出したのはオレだ。
遠足先でなにが起きても困らないよう、オレの妖精さんらは倉庫に入れて連れてきている。
「……いっそ燃やすか」
魔石だけは回収してファイヤーしてもいい気がしてきた。
延焼に注意すればイケるだろ。
持ち帰りするにも灰にすれば嵩が減る。
「そうしましょうか、流石にこの量はやってられません。
2、3日、放置して乾燥させましょう」
豚草は根っこ部分も立派なので、草がピラミッドになっている。
その草山を眺める広崎さんは炎熱系の魔法スキルを持っているニンジャゆえ、火遁はお任せの得意技だ。
「異世界に来てまで野焼きをすることになるとは思いませんでした」
そして、後方師匠面。やれやれと自信がありげなのは平賀さんだ。
派手目セクシー、白髪黒ギャルな外見の語彙から、野焼きって単語が出てくる相変わらずのギャップだ。
火燃しするならこの2人がリーダーだ。
「あー」
焼却処分賛成多数に傾きかけた場に、待ったを掛けたのは小松さん。
「野火に招かれる霊体タイプのレイドボスもいましたよね?
遭遇する可能性は低いでしょうが、火を使うなら事前の講習会を具申します」
へえ、いるんだ。そんなのも。
世界は広いな。プレイヤーによって辿るルートが異なるから、知らん情報がこうしてでてくる。
うちのGMは文系に寄っているんで、新人GMの教導を任せられる先輩としての立ち位置くらいの知識量を蓄えている。
だけど正式にロケットに積まれるようなサイズで作ってなかったのも事実だ。
実はデータの欠けもそれなりにある。
GMの欠損は早めに補填しておきたい。しかし日ホプのやりとりは未だメール程度の活字がようやくの現在だ。
嵩むデータのやりとりは、ダンジョンタワーが起動してからになるだろう。
実を言うと漂着してからGM初号基は、容量を何度か増設している。
良かったのは通信性能が上がったこと。
悪かったのは汎用機としての便利さが失われたことだ。
フフ。筐体が業務用洗濯機サイズから8人乗りのワゴン車程度に膨らんだことから、塔の規格から外れてしまいましたことよ。
オレがGMをデ……ふくよかにしてしまった責任をとって、うちのトウヒさんにその筐体をいつも持ち歩いてもらっている。
妖精さんの小異界。
トウヒさんが洗濯物を干しているウッドデッキの半分は、GM筐体による占拠をされた。
日除けテントを張られたGMの横で、布団や野菜が干されているのだ。
妖精さんって、GMにはなんか気安い。
頻繁に行き来する親戚のような距離感だ。
毎日『洗浄』、乾拭きをしてピカピカに手入れする程度に仲良しだが、遠慮もお客さま扱いもしていない。
いや、ホント。GMは精石をぎゅっぎゅと『圧縮』『融合』しているものだから、これだけのサイズとなると重いんだよ。
実際、プレハブとはいえ甲殻人基準の頑丈なハウスの床を抜けさせてしまった失敗済みだ。
やってしまったものだから、GMを載せているウッドデッキは不壊属性のダンジョンオブジェクトで設えてある。
この重量で塔の上から落ちたら洒落にならない。
規格化って偉いんだな。サイズが決まっていた理由をひとつ知った。
GMは諸事の功労者だ。小異界の中とはいえ野外生活はよろしくない。
専用の社を建てるべく好みを尋ねたら、本人的にはざっくばらんなテント生活がお気に入りの様子。
【私そんなにやわじゃないんですけど、皆さま気を使ってクリーンルームにしてくれるんですよね】
【むしろ雷が落ちなくて、ゲーム塔が精石狙いの大きな魔物に襲われないぶん、気楽かもしれません。データのバックアップポジション的に!】
そう言を左右されて断られてしまった。
「……燃やすなら、焼却場をブロックで囲った方がいいですかね?」
「いいえ。幾つか水玉プールを新たに造って、この草山を突っ込みましょう」
日本人チームが野焼きしようぜ!と、わっちゃわちゃしていたら気まずげな山霧少尉がそっと割って入り、他の解決策を提示してきた。
「効率は悪くなるかもしれませんが、地下都市暮らしの私どもにとって放火は強いタブーです。
軍に入ってからの研修で、初めて焚き火でナッツを焼いた、そんな者も多いのですよ。
我らは大きい火の扱いに慣れておりません。
特に年の若い層は、その……はしゃいで悪さをしないか不安があります」
あっ、ハイ。
皆さま、宇宙コロニー技術の保持に地下都市暮しをしてますもんね。
火遊び厳禁把握。
そういや若葉の迷宮・前庭に置いた焚き火台は、甲殻人にめっちゃ人気出ているって報告受けたっけ。
火遊びは悪い大人の遊びだからって……言葉遊びじゃなくて、そのまんまなの?!
そっかー。
甲殻人は火を調理であまり使わんのか。そういや暖房器具の燃料も魔石だったっけ。
えっ。ってことは、炭とか灰も農業に使ったりしない?
なんか唐突にビックリした。
彼らの歴史は原始時代や古代、中世をワープしているって知っているのにカルチャーショックだ。
ろくに使った経験はないのに、火は本能を揺さぶってくるって生き物って不思議だな。
ホプさんたちと炭火で焼き鳥とかやったらウケるかも。今度、誘ってみよう。
うん。野焼きの主張は止めとこうか!
放火魔だって思われてしまう!
この後オレのスケジュールとしては通いで草むしりをしつつ脇芽を摘み取り、10F相当階までの情報待ちだ。
上の階への探検同行は、迂遠な表現で拒否されてしまった。
ぐぬぬ、残当…!
5階層から上の問題児はカマキリだった。
正式名称はフリルカマキリ。
花弁を纏ったような雅な姿をしているカマキリで、お洒落さんだ。
素材は白とピンクのマーブルな生体金属が取れる。この生体金属は割合柔くて、ホープランプの老舗メーカーのキャンディ缶に使われているのお馴染みの品だ。
それはいいが、フリルカマキリ。
お前ら唐突にレベルを上下させるんじゃないよ。
野良ダンジョンはこれだからもー。
同じフロアでレベル5のほのぼのしたのからレベル80オーバーの徘徊ボスまで大小そろえて偏在している。
ガチャなのかな?
これは卵が孵化ってますね!
これがぱっと見、見分けが付きにくいので、民間人は入れたくないよなって納得せざるを得ない感じだ。
なんでも5階からはカエルや雉っぽい魔物たちと合わせて、生態系を作っているそう。
ボーナスステージは5階までか。……ところで雉って旨いよな?
情報が集まるのが早いことに、つい感心してしまう。
斥候30人体制とか、ドリームチームなことだけあった。
これが国家権力の規律…!
それプラス、物理が良く効く相手にはホプさんたちが滅法強いってことかな。
物理の通じない相手が出たら、日ホプ混成パーティもいいけどなー。
今の段階では残念だけど、民間日本人冒険者の出しゃばりは荷物になってしまうだろうな。
レベル80のフリルカマキリに不意打ちされて、生き残れないなら慎むべしだ。
「たった今、ゼリー山脈の別動隊から画像データが届きました。
言葉を失う絶景らしいので、次の休憩時に是非ご照覧を。
ゲーム塔の通信システムの恩恵は、素晴らしいものですね」
水玉プールの穴堀作業中、連絡を受けてステータスを開いていた山霧少尉の口元に微笑みが浮かぶ。
どうやら良い知らせだったようだ。
河西に陣を張ったことでダンジョンウォーと並行し、ゼリー山脈の中腹に1箇所、山頂に1箇所、駅を通す案件が入っている。
ここら辺も調査待ちなので、別動隊とはその人たちだ。
「それは楽しみだな。そちらの皆も順調そうでなによりだ」
ゼリー山脈はまだ深く雪が残っているので、春の雪崩の危険もある。入山の機会を慎重に伺っている最中だ。
山脈ルートを通らない大回りコースも探してもらっているので、どちらになるか予定は未定なところもある。
雨が止むと、一気に事が進む。
夏が来る前にサリーたちと合流出来るだろうか。
そうだといい。
コメント、リアクション、評価、誤字報告感謝です。
佐里江さんが【可愛い性格】なのかは、語り手個人の主観になりますヨ。
ご友人のジャスミンあたりは違う意見もありそうです。