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28 エドによくある珍商人




 5日目夕方、拠点にて。



「懸想文売り、ですの?」


「春の風物詩で、良縁のお守りだとか。

 その懸想文売りとやらが、こちらの住まいのお嬢さまにお届けしてほしいと。

 詳しく話を聞けばどうやらシノブ殿宛てのようで」

 ゲンゴロウは家事仕事の合間に思い出して、懐から恋文を取り出した。

 早朝に庭を掃き清めていると、覆面にエボシ姿といった怪しげな人物に声をかけられた。「頼まれものでして」と押し付けられた品である。

 そういう者がいるとは噺の種に聞いたことがあったが、少しぎょっとするいでたちだった。

 真っ赤な服に巨大唐辛子の張りぼてを背負った唐辛子売りを見たときも2度見をしてしまったが、大都会の商売人とはげに珍妙なものである。


「そんな者がいるのですね。

 しかし実のならぬ花によくもまあ、そんな気になれますこと。本能が死んでいるのではないかしら」

 逆立った柳眉に苦笑する。美人には美人なりの苦労があるものだ。


「蜂には蜂の理屈があろうよ。不快なら焚きつけ材にでもしてしまおうか?」


「そうですわね」

 よもや新しい符号ではあるまいか。

 一応確認しようとひらいたが、なんともゲンナリしてしまう。

 文の手跡は(1、2)とんでもない悪筆だった。【良縁のお守り】が聞いて呆れる。


「………下っ手な字。こんなん俺の方がマシだわ。これ、ホントに商品?」

 (『探索』)紙と墨は及第点。しかし内容が気持ち悪い。

 【君は美しいから、そのままの姿で時を止めてしまいたい】

 要約してもアレだが、本文はもっと赤裸々におぞましい。

 普通の女の子がこんな手紙を貰ったら泣くか怒る。そんな内容だった。


「シノブ殿、地がでてるぞ」


「あら、いやだ。ゲンゴロウさまと、お話しているとつい」

 手の甲を口元に当て、コロコロと笑う姿はそれこそ花のように愛らしい。

 ゲンゴロウはシノブの素性を知っている。それだというのに、このシノブはどこからどう見ても育ちのいいお嬢さんにしか見えない。しかも男心を擽るような手弱女の。

 ゲンゴロウは内心唸る。

 なんとまあ、流石は忍者。感服しかない。


「シノブ殿が姫さまの側に居てくれて助かった。サユリは昔からあれで案外お転婆でな、姫さまに悪影響だと気を揉んでいたところだ」

 噂をすれば影、サユリはノレンを片手で割って、台所にはいってきた。


「ゴロウお兄さま、シノブさま。菜の花を摘んで参りましたの。

 夕餉に使ってくださいません?」


「サユリはシノブ殿を見習え。料理ができんと嫁の貰い手がないぞ」


「サユリはお嫁になんか行きません。職業婦人になりますわ。…あら、それは?」

 (1、1ファンブル!)


「ゴロウお兄さまとシノブさまが、まさかそんな仲だっただなんて…!

 これはこうしてはおられません。急いでお母さまに報告しないと、堅物のお兄さまにもようやくの春が!」


「あら、サユリさま。ゲンゴロウさまのお手跡はこんな醜くございませんでしょう?」

 ひらりと渡されて、人さまのお手紙にと迷いもつかぬ間、結局サユリは好奇心に負けた。


「ゴロウお兄さまの手は、(2、3)確かにまだ、これよりは整っておられますわよね」


「そんなお前は(4、6)…まあ、お前は筆も達者だからな。…これでも努力はしたんだぞ?」


「ゴロウお兄さまは頭の回転が早すぎて、筆が追いつかないだけですわ。ゆっくり書けばお上手なのに。

 …なんか、このお手紙、悪趣味ですわね?」

 手紙を開いた所作は丁寧だったが、読み進むにつれサユリは汚いものに触れてしまったというように、紙を指先だけで摘まむような仕草をとる。


「あの懸想文売り。身をやつしただけで本物じゃなかったか」


「ゴロウお兄さま。恋文は自信がなくとも、自分でしたためませんと」


「違う!買ってなどない!

 シノブ殿に渡して欲しいと押し付けられたのだ!」


「シノブさまにこんなものを寄越すだなんて、許しがたいですわ。

 ゴロウお兄さま、その方のこと覚えてらして?」


「そうだな(21+4、4)。顔は覆面をしていたから省くとしてだ。

 体つきは中肉中背。

 言葉づかいもおどおどして、商売人らしからぬとは思いはしたが、手荒れのない手をしてたから、力仕事をしているものでもなかったようだ。

 男か女か区別がつきにくかったが、おそらくは男だろう」

 ゲンゴロウの証言に(『探索+3、2』)、シノブは小首を傾げる。


「貴族家部屋住みの次男以下の殿方かしら?」


「それなら位階上げに励むのに忙しいのでは、ないのでしょうか?」

 サユリの疑問にシノブは苦笑する。


「ダテの皆さまは尚武もまた尊しとなされますから。

 結婚して家を建てられなくとも、生活には困らない立場に甘んじる殿方もいらしてよ」


「シノブ殿、俺も読んでよろしいか?」


「ええ、問題ありませんわ」

 何かの符号を含んだ密書ではないかと、確認を取られてシノブは頷く。


「これは、…………キモッ」


「ゴロウお兄さま?」


「いや、想像した以上に怖気が走る内容でな。これはストーカーではないだろうか。

 気持ちが悪いがしばらく取っておいて、続くようならブギョウショに相談しよう」


「そんな。私なんかのためにお忙しい官憲の皆さまにお手数を掛けるなんて」


「シノブさま。ゴロウお兄さまは、シノブさまが心配なのですわ」


「サユリ、お前。誤解だってもう気付いているだろう。あまり兄をからかうものじゃない。

 だが、シノブ殿。心配なのは、本当だ。ここは俺に任せてほしい。それでないと」


「それでないと?」


「姫に相談するしか」

「わかりました。お願い致しますわ。だからそれはお止めくださいまし」


「シノブさま、タツミさまをお味噌にするとスネますわよ?」


「だからってこんな汚物をタツミさまに見せる訳にはいきませんわ!」

「そうだな」

「ですわね」





「…これ、秘密にしても後でバレてタツミ姫プンプンなのでは?」


「ええ、想像するだけで可愛いわね。その時が楽しみだわ」


「ところで、ゲンゴロウさん、サユリの兄ちゃんなの初耳でしたけど?」

 オレもオレも。


「私も初耳だったわ。いつの間に妹が出来たのかしら。先に馴れ馴れしくしたのは私だけど」


「ゲンゴロウ氏のキャラシートに名字がなかったので、突っ込んでみた!

 箱入りお嬢さまのサユリが親しく寄れる異性など親兄弟ぐらいじゃないかとな!

 なんなら従兄弟ぐらいにしておくか?」

 エンフィお前の独断か。

 いきなり振られてアリアンもよくアドリブがきいたな。


「いいわよ、実の妹で。えっと、ゲンゴロウ ニノジョウっと、シートに名字書き込んだわ。「よろしくな、サユリ」」


「ふふ、ええ。ゴロウお兄さまがいらしてくれて、サユリは心強いですわ」

 うーん。倒錯している。


「お前さんら『探索』系だけは失敗しないな。技能の習得の方はいい加減ボロボロなのに。いや、タツミ姫が『ミシン』の『陣形』でクリティカル出したか」


「GM、冒険者ギルドに依頼を確認するふりで、カワラバンの張り出しみてきたい、です!」


「タカアキラはギルドの訓練場だったな。いいだろう。移動時間の経過はなしでいい。あと、誰もが見れるように掲示してあるのでダイスはなしだ」


「やったー!」


「事件順に被害者をあげていくぞ。

 被害者Aは蕎麦屋の娘、オハツ、15歳。

 女ともだちと芝居見物の帰りに行方不明。

 発見はアガヅマ橋下。


 Bは金物屋の娘、トキ、16歳。

 恋人と会瀬に行くと言ってでたきり行方不明。約束の時間になってもこない娘を心配した男が家を訪ねてきて発覚。

 発現はシンオオ橋近くの河原。


 Cは1代男爵の息子、ヘイノシン マルヤマ、14 歳。

 手習いの帰りに失踪。

 発見はエイダイ橋近く。


 D、E、Fもあるが以下省略。

 被害者は14から16まで。男女ともに色白細面のベッピンさんばかりだ。

 日付にも意味はないから省略する。

 ただ犯行時刻は雨が降っていたのではないかと推測されているし、橋の近くで見つかっているが、川に落ちた形跡はないとする。

 タカアキラは明日も『ターゲット』の訓練でいいか?」


「ううん。みんなのスキルの訓練がじょーずにできないのは、位階が低いせいだと思うの。

 タカアキラは、ダンジョンでレベルあげしたいです!」


「そうきたか。エドならいたるところにダンジョンはあるだろうし、いいだろう。…シナリオが破綻するのもまた経験だ」

 なんかまたGMがプレイヤーを怯ませようとフカシをこいてる。


「例題に上がった3人は、成人前後ですが、位階はいかほどでしょうか!」


「カワラバンにはのっていないな。

 だが聞かれたので話すが、エドは成人前の子供がダンジョンに入ることを許していない。

 タツミ姫の後輩が郊外に出て魔物狩りしてたのはそんな理由があったりする。

 歴史ある国は子供を守ろうとして、制度を整えてきたから年齢制限でダンジョン禁止はありがちだな。

 サリアータも崩落以前はそうだった。

 庶民の娘はここら辺の事情と同じく、冒険者を志そうとするもの以外はダンジョンにあまり入らないな」


「了解しました!

 それではサユリは夜の時間にでもダンジョンブートキャンプの開催を皆に提案します。

 エドの生活にも慣れてきたので、そろそろサユリは位階上げに励みたい所存です!」


「そのココロはー?」


「ストーカーの狙いは低レベルの青少年と見た。シノブ嬢の安全を可能な限り確保したい!」


「では、タツミは全員の肌着の背守りに『ミシン』で『陣形』刺繍を入れます。

 シノブ嬢とタツミは『守護』で、他は『攻勢』を」


「…するとタツミ姫はしばらく夜時間の行動ができなくなるがいいか?」


「どのみちタツミは夜は外に出して貰えませんし」

 君たちTRPGをなんだと思っているん?

 いや、満喫しているのかこれは。


「シノブは姫に付き添って『糸つむぎ』の練習でもしてます。フレーバーで」


「サユリも同じく『機織り』をしてます!」


「そうね。ゲンゴロウとタカアキラが情報収集ね。

 リュアルテは窮屈させちゃうけど、ロール的にないかなあって」


「タツミはあまり気にしてないんじゃないか?

 行動制限が多いのは生まれつきだから、かつてないほど自由にさせて貰っていると感じていそうだ」


「そうだ『ミシン』で『陣形』の単位がとれたタツミ姫は次の授業を選んでくれ」


「さあ、アミダくじを引いてね」

 トト教官セレクトのお嬢さま学校アミダくじは中々気合いが入っている。

 アスターク教官の従士セットアミダくじの倍は長い。


「『声楽』ですね」


「あら、いいわね。『祝い歌』『呪い歌』の上位スキルよ。

 うふふ。リューくんが、ここで1曲披露してくれたら加点しちゃうわよ。

 特定の楽曲ならさらに倍で」

 はい、楽譜。そう渡されたのは、


「君が代?」

 なして、それ。


「エドのサプリに掲載されているんだけど、歌詞が典型的な『祝い歌』なのよ。

 君主の御世よ永遠なれとね。

 君はあなたと言う意味もあるから、言葉遊びであなたの無事を祈ってますとも、解釈しちゃってもいいんじゃないかしら。

 国家が永く安泰なら、結果的にそこに住む個人の生存率も変わってくるしね。

 ルールブック的には体力と精神に+1、重複はないけど1日中効果が続くわ」

 おお、中々いいな。これは欲しい。


「折角なので歌います」

 よーし『チャクラ』も回しちゃうぞー。

 小中ともに合唱関連はやたら気合いが入っていたんで、君が代はかなり本気で歌わされた。9年間の教育の成果を聞くといい。

 しかし合唱曲は2年ぶりにまともに歌うわー。声出るかな?

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 私の中学生の時の音楽の先生が、『君が代』に一家言ある方で、「さざれ石の巌となりて」のさざれ石の間で息継ぎをするなと厳しく指導されたことを思い出しました。「さざれ石」で1単語なので、途中で切る…
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