279 ブタクサ!
これから大車輪で働くことになる水玉工場の稼働をチェックしたら、河西ダンジョンに突入である。
しかし忘れてはいけないことが、もうひとつ。
ガション!
野良ダンジョンに繋がる空間の割れ目に門扉を嵌め込み、ゲートを固定する。
「よし、固まった」
今回も使ったのは雫石。
門は野良ダンジョンの亀裂に当て布し、ファスナーをつけたと思いねえ。
これは野生のゲートが【なんらかの衝撃で】、不意に裂け広がったりしないようにする用心だ。
誰も住んでいない土地でも高深度の野良ダンジョンなら、出入り口の固定化はやっておいて損はない。
晴天の傘だ、無駄なことをやっていると指差し笑われるくらいが一番なこともある。
強くて大きいのが【やあ!】と出てきて、あまつさえ繁殖しちゃったら大変だ。撹拌世界のカザンみたいに。
………なんであの国、滅んでないんだろう。謎だ。
とっても謎だから、ダンジョンブレイクは起こさせんぞー!
ダンジョンウォー初日の今回は120人体制。その内既に30人が、5人1組で威力偵察に散っている。
本来の偵察チームは1組に1匹、鼻の利くドでかいワンが随伴するのだが、今回は犬くんに相性悪いフィールドだったので彼らはヨコハマで留守番待機だ。
そもそも撹拌世界において、レイド戦とダンジョンウォーは似て非なるものだ。
飛び抜けた個による万夫不当。
フィールドボスとの一騎討ち。
それら英雄たちの武勇伝は、聞くたび胸が踊るもの。
しかしダンジョンウォーは凡人たる群衆の。つまりオレらの出番なわけだ。多くの名もなき参加者が、いないことには始まらない。
無論、要となる雫石を奪えば野良ダンジョンは大きく萎む。
しかし魔物を多く残し、余力のある廃ダンジョンは厄介だ。
雫石が再結晶化を遂げ、復活してしまうことがある。
そうすれば二度手間、三度手間だ。
野良ダンジョンを閉じるまでに生息している魔物は可能な限り減らさなくてはならない。なのに猟をしたら獲物は持って帰らなくてはならないのが冒険者の決まりだ。
その手間を考えるだけでも億劫だろう。
しかし食い散らかしたまま獲物を放置しては、なんのために狩ったのかわからなくなる。
ゲームなんて野良ダンジョンを肥やしてしまう素人臭い真似ばかりしてると、お節介な先輩冒険者にこっぴどく叱られ、いっぱしの狩人になるまで同行されてしまうイベントが起こるくらいだ。
つまりダンジョンウォーは人手とそれが一丸となった協調が必須。お祭りだ。
普段は気に食わない、苦手、よく知らないそんな相手とも力を合わせて成し遂げる、そんな楽しさもあった。
いつもは好き勝手にやりたい個人主義者勢もダンジョンウォーの時ばかりはイベントのマナーだからやむなしと、レギュレーションを守っていたあたりが日本人プレイヤーと現地の民度が高かったところだ。
まあ、【仮想現実まで良い子ちゃんをやるなんて反吐が出るぜ!】ってゆー反骨精神マシマシなゲーマーは、地獄でキラッと輝いているってこともあったか。
……あの頃は、これがリアルになるなんて思ってなかったな。
鬼、悪魔、運営と罵ってた前世が既に懐かしい。
たった数ヶ月前なのに。
人生ってなにが起きるかわからないものだ。
年上美人の彼女が出来るよって、1年前の自分に告げてもきっと信じないんだろーな。
寝言は寝て言えって鼻で笑った。
「こんにちは!ドアの配達です、納品確認をお願いします!」
「ご苦労様なのですじゃ。室内の備品はそこなスープーシャンがお預かりしますのじゃ」
「スープー?」
「四つ足の妖怪ですのじゃ」
「ひぃん。妖怪じゃないですー!ちゃんと妖精ですー!スネちゃま、酷いわ!」
おう。あの太ましい足のスープーシャン、メスだったのか。
本国から配送されてくるものは多岐に渡る。
野外広場で一度広げられた荷物は、確認されて引き取られていく。
あのドアは、素泊まりの宿のセットかな?
相変わらず箱物にドアを作るのを面倒臭がるダンマスですまない。
河西駅ナカダンジョンの簡易宿舎の準備が調い次第、ダンジョンウォー参加者も増える予定だ。
現在の河西攻略の主力は、夏草少佐の旗下から賄われている。
彼らはヨコハマに宿舎があるが、他から応援に訪れる人たちはそうではないということだ。
今ごろはネモフィラで検疫待機をしていると思われる。
エレベーターを造るなら、わざわざ野良ダンジョン内でキャンプをする必要なんてないもんな。
甲殻人がいくら頑丈で転生神殿があったとしても、気の抜けない長期のダンジョン泊の苛酷さは身命を削る。
オルスティンが転生して、誰より安心したのはクリスさんだ。
野良ダンジョンの多いナノハナでは年寄りが多かった。長年の体の酷使で、ガタがきている中年が老人に見えたのだ。
それを思えば通いで充分。余計な苦労はしなくていい。
ダンジョンマスターが参加するダンジョンウォーは、最深部へ繋がるエレベーターがついてくる。
これから訪れる他所の方面で活動している兵隊さんとは、オレもお初のお目見えだ。
ここは是非ともエレベーターに味をしめて、帰ってくれるとこちらも嬉しい。
甲殻人のみんなー!
ダンジョンタワーを造りたくなるよねー!
雑事を片付け。心置きなく野良ダンジョンにダイブだ。
「お、おおー。平原ですね」
「なんてシュール」
「奥の方は黄色いな」
「初手、豚草とは歓迎されているようで」
偵察チームのお陰さま。今日のオレらはフルフェイスだ。
もちろんそれには理由がある。
平原の向こうに霞む黄色は、セイタカアワダチソウに良く似た魔物の群生だ。
この【豚草】は、ホープランプ在来の魔物種のひとつである。
こちらとしては初めましての魔物になるので、新しく図鑑に載せるのに豚草と意訳された。
まんまだな?
そうコメントしたらGMは、【気取った名前に訳しても、結局はブタクサと呼ばれそうですのでー】とのこと。確かにそうだ。
よく混同されるが、地球におけるブタクサとセイタカアワダチソウは別種である。
ブタクサは風媒花で花粉症になるやつ。
セイタカアワダチソウは虫媒花なので、花粉症にはならない。悲しき風評被害を受けているやつ。
そして魔物の豚草は黄色い花がモサっと咲いて姿はセイタカアワダチソウに激似なのに、ブタクサのような風媒花なやつだ。
しかも植物毒のアレロパシーを保有しているので他の植物魔物をも駆逐したりする生態は、セイタカアワダチソウを思わせるとか、もうね。
【ヤダなあ…】ってゲンナリしてしまうところばかり、両者の要素を集めたようなハイブリッドぶりだ。
そりゃあGMもどちらかの名前で訳したくなる。
育ちすぎたセイタカアワダチソウの外見に酷似しているので、花の色も褪せていて美しいとは言えん感じもガッカリだ。
同じように野辺に咲く黄色の花でも、タンポポや菜の花とかは綺麗なのにさ……どうしてだろうな。
いや、人間に阿らない独立独歩の気風は、魔物らしくて正統派なのかも。
人類の天敵種だもんな。基本的に魔物って。
「豚草は状態異常の『アレルギー』が、とにかく厄介です。メットは安全地帯で『洗浄』を済ませるまでは決して外さないようお願いします。
粘膜に花粉が付着することを媒介に、『アレルギー』は発動します」
ミーティングでもやった説明をおさらいでもう一度、山霧少尉に受ける。
黄色く煙るような地平線を自らの目で見ると、湧く警戒心が違うわな。
斥候チームのドでかいワンが留守番なのもこの花粉のせいだ。
最初に突入した組は、【キューン】と悲惨なことになったらしい。
「了解した。気をつけよう」
真面目くさって頷いておく。
とはいえ肉体レベルの上がった冒険者は、食品や花粉のアレルギーが消える福音がある。
豚草の花粉も単品ならば、位階の上がった超越者やイッヌたちには無害なものだ。
問題はこれら花粉が粘膜に付着すると、その縁を媒介に豚草が操る『魔力毒』の範囲攻撃を受けることだ。
それが状態異常の『アレルギー』だ。
なので『エア』でカードすれば花粉攻撃を無力化できるし、フルフェイスのメットでも防げたりする。
豚草の『アレルギー』は目痒み、鼻水、くしゃみ、発熱のオンパレードで嫌がらせの達人だ。
死にはしないが的確に、行動低下のデバフを盛ってくるのだ。いじめかな?
その癖、耐性のある四つ足の草食、雑食の魔物など…例えばブッチーなんかには【わーい、ご馳走!】ってモシャられるので、外で増えたら困る魔物筆頭でもある。
風媒花の上にレベルが低いから、低魔力下の外界でもめっちゃ繁殖してしまうのだ。やめれ。
「スネコスリ名誉二等兵、休憩の時は皆を頼む」
「あい、委細承知なのじゃ!」
これから前線に上がって指揮を執るのでここで少しの間お別れになる夏草少佐のご指名だ。
妖精さんは短い前足をピッと上げる。
名誉二等兵とはアレ、猫の駅長みたいなノリだ。
妖精さんはその名目で、ダンジョンウォーに参加している。
……妖精さんがホンモノの軍人になるのは無理なんだよなあ。
能力はともかく本能的に。
性格に違いはあれど妖精ルールには忠実なので、人同士の争いは【やめれ、やめれ】とゴロンゴロン床に転がり、全力の駄々こねするのが彼らである。
こーいう気のいい隣人は、なるべく悲しませたくないものだ。
そんなわけで。人の背丈を越える豚草は、今が盛り。
「うぉりゃあ!」
振るわれるのは巨大な草刈り鎌だ。
まるで死神のよう……というにはいささか持ち主がパワフルすぎるな。
あるはずのHPも歯牙にもかけない、なんのその。分厚く長い刃が弧を描くたびに、もうバッタバッタだ。
刈り取られて行く、豚草の群生。
その後、地中深く張った根を手押しの耕運機で掘り起こす組、地面を均すローラーを引く組と、どれもが無駄のない分担作業ぶりだ。
なんていうか、人の力が凄い。
ホープランプは農業国家とは聞いていたが、その一端を見せつけられた。
なのでつい。生き生き働くその姿に、ねっとりとした視線を這わせてしまう。
家の周りでも後継者不足で耕作放棄地が増えているんだよ。
ナンパしたらダメかな?
年を食って手が回らないから耕運機が入れない場所の畑は止めるとか、とっても勿体ないと思うんだ。オレ。
「ヌリカベ阿号、吽号。回収を頼む!」
スネコスリは小異界に休憩所を収納しているタイプだが、ヌリカベたちは休憩時に番をしてくれる『結界』持ちの番人タイプだ。
そしてヌリカベたちの小異界はあえてフリースペースにしてあるので、収穫物の回収作業も率先して手伝ってくれる。
縁の下の力持ちだ。
「「(`・ω・´)!」」
無口なヌリカベーズが左右に別れ、刈られた豚草をワッサワッサと自らの小異界に仕舞っていく。
偵察部隊が『マップ』を作ってくれているのを幸いに、目印の道を造りがてら真っ直ぐ最短距離で目的地に進んでいる道中だ。
「この草原は地図がないと迷子が出そうだな」
平坦な豚草の群生地には刈り取られ、偵察部隊が【歩いた】細い道があちこちに残っている。
だからオレらは【この道が正道ですよ】という標識を立てながら進んでいる。
薔薇や向日葵の迷路とかはメルヘンでも、豚草迷路は悪夢かな。
「このまま5Fのエレベーター設置予定地あたりまでは、一面の豚草だそうですよ。
これ程に密な集団です。数年もすれば自身の持つ毒で自滅してしまい、枯れていくものかと。きっと今が盛りでしょうね」
おおう。自家毒で中毒も起こすのか、こいつら。
全く考えなしに繁殖するから!
「5階分相当とは範囲が広いな。豚草以外の魔物は淘汰されたのか?」
「報告によりますと低層階で湧く魔物は、ほぼ植物魔物のようなのです。
だから地中に染み込んだ植物毒にやられるようで。リストはこちらに」
「拝見しよう」
送られてきたデータを開く。
リストにある薬味系の魔物とか、豚草より基礎レベルが高いのに生存競争では負けたのか。数の暴力ェ。
お。カマキリ系の魔物も出る……が食える獲物がいないので、こちらは繁殖してない、と。よしよし。
食物連鎖が繋がらないのは、いい塩梅だ。
豚草のレベルは2、3が精々。地中深く根を張る彼らは動かない。
ふと、後ろを振り返った。
オレらが通ってきた道は、既に花粉で黄色く煙っていた。
花粉症でなくてもゾッとしないな。
「マスター。この先、右にそれますが、ダンジョンの脇芽が生えているとあります」
「ああ、ついでだ。摘みに寄ろう」
示された『マップ』によると、寄り道の脇芽はレベル1。
ボス排除済みの湖水エリアだ。
出入り口近くの低層階では、河西ゲーム塔に赴任したGM3号基による恩恵がある。
GMが斥候から送られてくる情報を元に、リアルタイムでワールドウォークの地図を更新してくれるので『マップ』が随時埋まっていく。
入り口から離れた5Fあたりから通信の限界距離になってしまうが、その辺はエレベーターが繋がるまでのこと。
5Fエレベーターを開通させてしまえばアンテナも立つし、お待ちかねだ。
10Fエレベーターを建てるのに斥候たちが相当階層の調査が終わらせるまでは、オレも晴れて自由時間だ。
脇芽を摘みがてら『マップ』埋めに参加して、野良ダンジョンの探検をする。
わくわくだ。
野良ダンジョンの特色なんて十人十色。いつどこで新種の魔物に出会うかなんてわからないもの。
日本にはこれ程深い野良ダンジョンは今のところなかった。
リアルの高深度のダンジョンで、勉強させてもらえる機会は貴重だ。
「カマキリに遭遇しないなら、皆の練度上げに良さそうな平原だな」
件のカマキリは平均して微妙なレベルだ。30そこそこ。初心者殺しだ。
飢えた魔物はレベル以上に危険である。
「ああー。ヨコハマの住人は地道にコツコツした作業狩りも好きですものね。あの根気はあやかりたいです」
平賀さん、弱くて無数の魔物を相手にするのはゲンナリするクチだったっけか?
レベルが90超えれば、豚草程度の経験値じゃ雀の涙か。
でもオレは蝗の群れより豚草が好きだな。
スキル習熟の練習もしたいし。
ううむ。熟練度を上げたい『地面操作』や、アクセサリから自力習得したい『伐採』等。なにから試そうか悩ましい。
獲物を痛めてしまうから普段は避けている爆破魔法だって、魔石以外は回収したい素材のない豚草相手なら試し撃ちに適している。
つい思い出すのは先日のダイヤモンド試練だ。
『ロックバースト』。
アレを連続で受けるのは、想定外にしんどかった。
近くで爆発されると、視界が眩む。
やられてみないとわからぬものだ。
受けるのに難儀したので、どうも使い勝手が悪いと感じていた『ロックバースト』はオレの再評価対象だ。
しぶとい相手に間に挟むと、物理ダメージ以上に巧く悪さを謀れそうな印象を受けた。
転生しといてなんだが、引き続きスキルはアクセサリで覚えたい所存で!
ジョブを入れる計算すると、あっという間にメモリが埋まるのがほんと草。
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