278 河西ダンジョン攻略準備
オレが知る限りにおいてレベル4以上のダンジョンウォーは、カチ込みの前に陣地の造営が入る。
目指せ無事故制圧!
それには下準備も重要だ。
本隊が到着する前々から斥候による威力偵察は行っている。
野良ダンジョンが大きくなるにつれ、これら斥候のありがたみが増す。
『マップ』作り、大変だったらしいよ。今回も。
その情報を元に装備を誂えてきた。
「河を渡ると、山が近いな」
遠くから見たゼリー山脈は、つついたらプルンと揺れそうな形をしている。しかしこうして裾まで近付くと山の形はわからなくなった。
迫力の景観を楽しむなら、東の河岸が適していそうだ。
「船に乗ったという気がしませんが、あっという間でしたね」
まあ、旅情はなかったかな。
楽しみにしていた船渡しは、揺れひとつなく快適すぎた。
部屋を飛び出して船内をウロチョロするには【やっと使うことができました】と船長さんが自慢気に通してくれた貴賓室の善意の手前、言い出し辛いものがあったし。
お高級でございましてよ?
先見部隊は雨足のあるなか、河を行き来するのを心配していたが杞憂だったな。
宇宙塵を寄せ付けないような仕組み船なら、雨の河を渡ってもビクともしないわ。
ホプさん的にとりまオレは、ガチガチに箱入りにしておきたいもよう。
安全第一。少しの粗も出したくない。そんな意気込みを感じられた。
オレも幸には下手にウロつかんで自営ダンジョンに籠っていて欲しいから、心配したがる彼らの気持ちはわからんでもない。
だって東京グループの本拠地は大変アレだ。
大まかに調査したところ。一方は海、三方は峻厳な山に囲まれた鎌倉的アトモスフィアだってゆうからさ。
どの方面に進出しても、素人には遭難しろってゆうてるものじゃん?
吹く風に髪がさらわれ、チリリ、リリリと鈴が鳴る。
森が打ち払われて築かれた人工の高台。それに建てられたのはゲーム塔だ。
造りかけの塔を中心にして、青空に棚引くのは魔除けの『結界』を粧する幟旗の数々。
耳打つ鳴り物はそのポールの天辺に埋め込まれたからくりだ。
これらのベルはただの飾りではない。柱時計の振り子のようなギミックになっている。
風を受けベルが鳴る度『結界』に、『威力拡大』のバフが盛られる仕組みだ。
野良ダンジョンがぽっかり開くような魔力濃度の土地柄だ。
空中魔力を吸い上げ動く『結界』の幟も、恙無きやと稼働している。
空間が割れた、地脈のヒビ。
深きモノは【河西ダンジョン】。
それがこの度オレらが乗っ取りを仕掛けるダンジョンの名だ。
着いて早々に3号基を設置したゲーム塔。
その裏正面の高台下に、河西ダンジョンは口を開けていた。
地脈が豊かであれば、地下の水脈よろしく脆いところから自噴するのが自明の理だ。
吹き出した水の流れがやがては湖や川になるように、豊かすぎる地脈はダンジョンを生む。
だからこそ河西ダンジョンの地脈を乗っ取るための、ゲーム塔であり駅である。
河西ダンジョン出入り口は白い円形のドームで周囲を囲んである。
この覆いは威力偵察の後、全てを優先されて建造された。
門扉の前には常時2名の歩哨が立つ。
反対側の1階が、駅の正門階段付きスロープとなる形だ。
一連の施設は、河西ダンジョンを封じる役目のドーム以外はどれも工事中だ。
しかし肝心要の3号基に、雨風が当たらなければ充分である。
GM筐体以外の主要インフラは、駅モニュメント内に【仕舞われる】造りだ。
河西ダンジョンはダンジョンウォーを経て、駅ナカダンジョンに生まれ変わる予定だ。
【無事着任しましたよー。これからバリバリ働きますです!】
駅の接続している最中だった。
ステータスが自動で立ち上がる。
ゲーム塔に連結し、システムのスタートアップをしていた3号基からの連絡だ。
トラブルは意識の外からやってくるもの。
初期不良が見つからなくてなによりだ。
こちらも上々。
シリンダー鍵が滑らかに回ったような、その手応え。
ヨコハマ=河西間に駅が繋がる。
「よし、結びついた」
「確認してきますのじゃ」
口を挟む暇はない。
安全装置を嵌めた途端だ。小さな影が足元をすり抜け、たーっと走りゲートに飛び込む。
そして間を置かずに戻ってきた。
「安定した門でしたのじゃ。バッチリでしたのじゃ。
もう通っていいなら、待機しているあちらの人たちを呼んでくるのじゃ?」
そしてムニムニムニリ、行き掛けの駄賃とばかりに脛を擦る。
ハッ。こーいうのを、【当てているのよ?】って言うやつなのでは。
しかしこの妖怪系な妖精さん、フットワーク軽いな?
毬のようなムッチリボディなのに、存外素早い。
「ああ、構わない。頼む」
「了解なのじゃ!」
駅を通して人を招く。
そうしたらいつものように上下水などのインフラ構築だ。
土木作業のターン!である。
ダンジョンウォーの始まりは大抵地味だ。
もちろん派手な時もある。
サブカルを読み漁ったGMが、【わあ、預言者さんがいっぱいいる…】とドン引きしていたくらいには、お約束。ダンジョンブレイクした時だ。
ダンジョンブレイクしてたり、レイドボスが近くを徘徊していたりとエレベーターを設置出来ない環境だと、オレは野良ダンジョンには入れてもらえない。波乱のイベントがないのは良いことだ。うん。
料金を徴収する改札どころか壁もなし。必要最小限で開通した駅からは、人が続々と排出される。
軍人さんたちはキビキビと点呼をすると、段取り通りに散っていった。
野良ダンジョン攻略よりも先にやらなくちゃいけないのは、駅を兼任するゲーム塔を守る工事だ。
土を固く締めた後に、一の郭を守る岩壁が築かれていく。
頼もしきはマンパワーだ。
動画の早送りをしているように工事が進む。オレも負けてはいられない。
荒ぶる地脈を支配下に収めるべく、水源や休憩所、水玉工場と、用意してきたセットを次々、野良ダンジョンの陣地に挿入していく。
空間の軋みは、成長期の深夜に骨が伸びるかのよう。
メリメリとした幻聴が聞こえる作業だ。
自然のままに生えっぱなしの野良ダンジョンと『精製』及び『融合』、『調律』までしてある雫石とでは、存在強度がてんで違う。
それにあかせ、地脈に楔を穿つ。
野良ダンジョンを肥やす栄養を奪い、新たにダンジョンを打ち立てる。
雨のせいで延期をしていた分だけ、雫石やゲートの在庫もバッチリだ。
駅前広場、ジャンクション、宿舎予定地と、設計図どおり埋めていく。
用意していたものがキチッと嵌まると気持ちがいい。
そうしている間にも軍人さんらを吐き出し終えたゲートが、次は民間人を排出した。
「ほっほー!」
「ゲームでは短距離だったが、いや、恐ろしい」
「本当に一瞬なんだな。数百キロもひと跨ぎじゃないか!」
「これが河向こうの土地なのか。………存外、変わりゃせんな?」
「バカ、後ろ見ろよ!ゼリー山脈!」
「うおぉ、この勾配に道を通すのか」
「気が早い!」
内心はどうあれ規律正しく粛々としていた軍人さんらと違って、彼らは大層賑やかだ。
観光気分丸出しで、キョロキョロしている。
この反応を待っていた。ニヨってしまうな。
なにげにホープランプで雫石を使ったワープ駅の開通は、ヨコハマ=河西間が初めてとなる。
その偶然が面白い。
オレの記憶が正しければ、品川=横浜が日本最初の鉄道駅だったはず。
ヨコハマって駅力が高い地名なのかな。
嘱託公務員な大工衆には、駅内の動線だけはこんな感じでと資料を渡してお任せしてある。
彼らは昭和日本に留学しているので、ニュアンスを掴む事前学習も履修済みだ。神殿造りを邪魔して悪いが、ホープランプ政府さんにお願いして来てもらった。
資金はネモフィラとヨコハマの大家としての契約金がダブついているので、それを河西駅に突っ込んでおく。
JRでも乗客が少ない路線は経営困難になっている。
地脈の汲み出しに産業ダンジョンを捩じ込むとはいえ、ネモフィラで検問している都合上、ダンジョンウォーが終わったら河西はしばらく過疎りそうだ。
その懸念から駅の造成はオレの持ち出しにしたい。後々、黒字になるなら売り払えばいいし。
……あのさ。
ホープランプ本国って市民は纏まって暮らす都市国家だから、住居の家賃は割合高いそうなんだ。
特に産業ダンジョンは貴重だったんで、買うとなると天文学的値段がつくんだと。
その感覚で払い込まれた契約金のアレソレにファー?!
ってなった。なったよ。
多分日本政府ちゃんも頭を抱えてる。
【篠宮くん、帰って来るよね?】って聞かれてしまった。カエルヨー。
大陸国家のストロングな経済感覚は怖いね。プルプルしてしまう。
これ絶対、知らんところで恨みを買っている金額じゃん……。
リュアルテくんでボランティアや寄付の心得を習ってたけど、リアルになって身に染みた。
とはいえこちらの文化は勉強中なんで見当違いのことをしても困る。気遣いが侮辱になりでもしたら目も当てられない。
ヨコハマ=河西は私鉄扱いだからまず駅の建築費を突っ込んでおけと、とーさんに入れ知恵されてホッとしたオレの気持ちを皆もきっとわかってくれると思う。
ホープランプ経済に還元します!
まず招聘したいのは、資材用のマッドスライムとロックバースト。
大工さんたちが駅や工場内部の施設周りを整え始めてくれるので、使う資材を生むべくダンジョンを更に捩じ込むのだ。
そうしたら、お次は待機していた冒険者の出番となる。
ヒトガタトラックの活躍により資材は今もどんどん運び込まれているが、将来足りなくなるのは目に見えている。
「配達でーす。署名くださーい。粉砕空魔石はどこおけばいいいっすかー?」
「まだ土を締め固めるのが終わってない。舗装資材は一番資材倉庫に運んでくれ!」
「うーっす」
「一番倉庫どこ?」
「ワールドウォークのマップ見ろ。更新してるぞ」
揃いの運送会社の制服を着た、兄さんらがわらわらしている。
配達の彼らは、こちらをチラ見のつもりでガン見している。
協力感謝と手を振ると、芸をするイルカの前のような歓声が上がった。
そして上役にはしたないと小突かれている。
「ホープランプ式コンクリートはダンジョンの外でも古びないからいいわよね」
「実感あるな」
「実家の塀ブロックが傷んでるのよ」
小松さんと平賀さんの目の先では、ブロックが搬入されて積まれている。
こちらでは空の魔石が沢山出るので、それらを粉砕してコンクリートに混ぜ込むのだ。
そうすれば魔力を通すと『錬金』でヒビの直るコンクリートの出来上がりだ。
特徴は経年劣化で『錬金』の効きが悪くなってきたら空魔石粉を練り込めば復活すること。ホプさん家標準のコンクリートはエコだ。
真似したいが日本ではここまで潤沢に空魔石は出ないので、導入したらとんだ高級品になってしまうのが残念だ。
「はー。ここでもマッドスライムと縁切れなくて草」
「お前らロックバースト、倒しに行くぞ。『ロケットランチャー』使いは集まれー。兵隊さんが前衛してくれるってさ!」
「俺の時代キタコレ勝つる」
「『体内倉庫』入れちまったから、元は取らんとな。頑張んべ」
「あ、マスターさんだ。お疲れさまでーす!」
「きましたよ!駅、便利っすね!」
「よく来てくれた。励んでくれ」
「うふふ、はい」
「はーい!」
ぐぬぬ。これでも頑張ってロープレしているんだから、その温かい眼差しは、やめるんだ。
そして愉快なおっさんどもよ。少し離れた場所でおもむろに、【お話しちゃった♡】【いいなー!】そんな小芝居を始めるのはどうかと思う。
オレに鳥肌が立たせて、楽しいか。おん?
確信犯め。
ダンジョンウォーはレベルが高い者はもちろん、まだまだこれからだというニュービーたちも後学のため奮って参加してもらいたいのがダンジョンマスター心。
これだけ育った野良ダンジョンはリアル日本にはまだまだない。
彼らだけではなくオレも、経験を積ませてもらうチャレンジャーだ。
来て見て判明したが河西は、ネモフィラ=ヨコハマ間と地脈は別の流れだ。
まあ、あれほど大きな河の向こうだ。予想はしていた。
翻りネモフィラ=ヨコハマは同一地脈。
ネモフィラが活発に回り始めたので、ヨコハマの地脈周りもよい感じに落ち着いてきた。
夏草少佐から預かった周辺野良ダンジョンの湧き具合のデータからしても、まずまずといったところ。
野良ダンジョンで生じる魔物の数は減る傾向だ。
変わって、人の手がほぼ入ってないこちらの河西だ。
前フリでわかってもらえるだろう。
近辺で一番深そうなところを決め打ち突撃したこともあるが、河西はかなり深くまでダンジョンが育っていた。
大雑把にレベル5はありそうだ。6はないと願いたい。
百階層並みにエレベーターを組まなくちゃいけないかと思うとわくわくしてし…………失敬。大規模な攻略になるだろう。
地脈から我田引水した産業ダンジョン。いつも設置している素材を転送する井戸は、処理工場が稼働するまでお休み中だ。
そこは手間だが野良ダンジョンに突っ込まなくてもダンジョンウォーに参戦出来るというわけで、冒険者諸氏には魔力の汲み出しに合力してもらう。
「マスターさんは、この後も河西ダンジョンの整備ですか?」
「いや、野良ダンジョンに潜る」
「ええ、いいなあ!俺も行きたい、まだ昇殿資格がないから無理だけどっ!!」
いいだろう。ふふふ。
ホラ、オレはダンジョンマスターだし?
エレベーターを建てなくちゃいけないからさー。
同じ野良ダンジョンにお百度参りしなくちゃいけないとか、辛いよなー。
そう、これも仕事だから!仕方ないよな!
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。
オタク系のおっさんは、ずっ友の鹿山くんに似てるので親しみのある語り手です。