275 逃げ足ナンバとナッツ守りの猫
本日最後のダンジョン製作は一番簡素だ。
部屋をひとつ、若葉の迷宮・前庭に挿入しただけ。ワープ穴の仕込みもないから楽々だ。
風もないのにざわわと揺れる。魔物の名前は【逃げ足ナンバ】。
甲殻人ですら天を仰ぐように見上げる背丈のトウモロコシだ。
若葉の迷宮・前庭的には『体内倉庫』を持っている人専用のコースである。
さあ、1本あたりの収穫量に見て驚け。
逃げ足ナンバは皮をぺりりと剥けば濃いオレンジ色の粒が目に美しく、生食でもイケてしまうというナイスガイだ。
ただ収穫した実ときたら野球のバットと並ぶサイズなので、焼きもろこしには向いていないかもだ。
大変ワイルドなことになってしまう。
特記すべきはホープランプの種苗資料に、トウモロコシの類似種がなかったこと。
それがこいつを今まで封印していた理由だ。
なんて言っても逃げ足ナンバは、収穫量の優等生だ。
自家受粉はするが密集しないと結実しない都合から、1本あたり20も30ものドでかい実を鈴生りにする。
なのでオレはこいつをダンジョンに招くのを止めていた。
いや、だって日本人と魔鶏の口だけでは、もて余すのが目に見えていたからさ?
鶏に食わせる古古古米はもう契約してあるって話だったし。
食品ロスは悪い文明。許されざるよ。
食べ物が廃棄されたら勿体ない。
供給過多で採れ過ぎたキャベツが出荷出来ずに畑に鋤き込む羽目になったとか、そんな話を聞くと切なくなるもの。
今回の節分祭で、振る舞いのコーンスープをウマウマとしているホプさんたちの姿を目撃したので【あ、杞憂だったな】と導入してみた。
昭和異変でホプさんたちの好き嫌いのリサーチが済ませられるのは、とても便利だ。
オレが知る限りにおいて、ホプさんらが暫定アウトなのはコーヒー、ゴーヤ、ケールのあたり。
苦いもの全般が不得意なのかと思いきや、チョコや緑茶、ピーマン、ホップ入りのビールあたりは好きなので本当に苦味が苦手なのか疑問がある。
苦さは薬にも毒に通じるので、この辺は慣れたら変わるかもだし、ずっと変わらないかもだ。
あとタピオカは姿が、ナメコは味が完全ダメだった。
胡瓜を後ろに置かれた猫みたいになってた。
どこに地雷があるかわからんね。
特にナメコは人前で吐き出すわけにもいがず、飲み込めもせずに涙目になるありさまだ。
甲殻人はデカくて超格好いいのに、そんなところが愛嬌ある。
……しかし、なにがいけなかったんだろう。ヌメリ?
『鑑定』先生が仰るには、【甲殻人にも毒ではないですよ】とのことらしいが。
「ああ!逃げ足ナンバって、唐黍のことだったんだ?!」
「収穫したてのとうもろこし、美味しいですよね。楽しみです」
「今夜は天ぷらかな」
「いいね!」
「やベえな、このビジュ。ゲームだとネタ武器になりそう」
「トウモロコシセイバー?」
「メイスじゃね?」
護衛メンバーに加え、通りすがりの散歩中パーティを捕まえて、部屋がきちんと動くか確認をしてもらう。
トウモロコシを収穫すると、なんで皆笑顔になるんだろう。不思議だ。
「しっかし、こいつら足早いよなー」
「フィールドが部屋型で良かった!でないと追いつけないよ」
「スタダは人類が最強。そう思ってた時もありました」
「それなあ、自惚れだったわ。なにあのスーパーダッシュと巧みなフェイント」
「誰かサッカー選手、呼んでこい」
「おのれ、軽快なステップを踏みよってからに…!」
「でも部屋ならいいけどさ。広い野良ダンジョンで遭遇したら、どうしようね」
「捕まえるなら投げ縄か魔法?」
「『地面操作』の系列で引っ掛け罠とか」
「ビターンってなりそう」
生育中はあまり動かず大人しやかな逃げ足ナンバだが、収穫期を迎えると種を拡散するために四方八方へ脱走する。
その逃げ足は敵ながら天晴れ。
足にもなるその長い根で、土地の栄養を吸い尽くすだけある。
露地栽培には向かない魔物だ。
ダンマス的にはコーナーに追い込める部屋に押し込めて召喚するべしと、虎の巻に綴ってあった。
その通りにした。
しかしこうして攻略法を頭を突き合わせ考えてくれると、頬が緩む。
なんだ。皆きちんと冒険者してるなあ。
そういった日常のタスクを片付けて、いざゆかんオノゴロ島だ。
ゲームは1日だらだらして過ごすぞー!
たつみお嬢さんの美容と健康のために朝ダンはしたけど、それ以外は!
そう思っていたけど、事件である。
これはリスナー諸氏に報告せねば。
「ご機嫌よう。皆さま。
よい朝ですわね。
わたくしの都合で、お家配信はなしのつもりでしたけど、事件がありましたので特別配信でしてよ。
前言撤回で、ごめん遊ばせ」
2月4日は平日だが、昨日の今日なので学校はお休みだ。
生産グループは悉く討ち死にしている。
冒険者の体力とガッツ、溢れる若さで祭りの最後まで踏ん張った、そのツケを払っている最中だ。
《おはよー。姫ちゃん》
《ご機嫌よう、お姉さま!》
《事件とはなんぞ?》
《佳代子さまのお宅配信!》
《はわわ、いい香りがしそうなお庭…》
《珍しいね。どうしたん?》
《ヒッメのバストアップは心が潤う》
「聞いて下さいまし、朗報ですわ。
ホープランプからの親善大使としてこの度、オノゴロ島に素敵な住にゃんが増えますの」
ここでカメラを下げるように合図する。
「紹介しますわね。淡雪さんです」
薔薇の咲き乱れる司城邸後庭。
青々とした芝生の上に転がっているのは、長く寝そべる大猫だ。
ピュアホワイトのゆるふわカールの毛並みが被うのは、筋肉質のしっかりめボディ。
くりっとしたグリーンアイは愛嬌たっぷり。
魔女の箒のようなふたつ尾がスペシャルチャームの可愛い子ちゃんだ。
しかも中型犬ほどの大きさで、枕にしたら気持ち良さそうなサイズ感である。完璧だ。
大きい、にゃん!
「この淡雪さんは、白蒲公英種でこの大きさでもホープランプでは小さめサイズの猫さんなんですって。
ホープランプの猫さんはのんびり屋さんが多いそうですけど、ふふ、この子もおっとりさんなのかしら。
わたくし、動物にはいつも避けられがちなのですけど。
触らせてくれるなんて、優しい子」
ふわふわの腹毛を無心に撫でる。
ああ、温かくて溶けそうに柔らかい。猫はいいなあ。癒される。
同じ屋根の下で暮らす住人として、仲良くしてくれたらとても嬉しい。
《手は曲げて、脚を伸ばして転がっておりますが?》
《姫さま、ソレ。最上位者への服従のポーズっすよ》
《ヌッコ。めっちゃ緊張していて草》
《そっちのにゃんは、そうなの?》
《まあ、はい》
《猫は群れで狩りをするイキモノですから》
《ふむん?》
「ふふふ、ゴロゴロいってますわね。ご機嫌かしら?」
可愛いな、もう。
役得だ。
《判定はどーよ?》
《ご機嫌といえば、そうかもしれません》
《忠誠の喜びを与えてくれるのはよいご主人さまです》
《パトロールが捗りますね!》
《( っ゜、。)っ…。知らないって悲しいなあ》
「日本の猫さんは気まぐれでおすましさんなので狩りをするのも個にゃん行動ですけど、ホープランプの猫さんは飼い主さんと集団で狩りをしてくれる狩猟猫さんなのですって。
ナッツを食べ放題会場にしている小動物や、それを狙う魔物たちを狩ってくれるエキスパートだそうですわ。
お店で見掛ける輸入ホープランプナッツのパッケージによく猫さんが描かれているのは、そんな理由があったのですわね」
《へー!》
《瓶詰めミックスナッツラベルのデブ猫。ブサ可愛い》
《ワイン守りならぬ、ナッツ守りの猫なんだな》
《猫が集団パトロールしている商標のナッツオイルが好み》
「淡雪さんのお仲間には、ホープランプナッツの収穫体験が出来るキャットラン、【やぶらこうじのぶらこうじ】でお会いできるということですわ」
箱を作る関係で、おばちゃまは施設のオープンイベントによく招待される。
そこで運命の出会いがあったというのが淡雪さんだ。
おばちゃまは忙しさにかまけて日々のジョギングを意図的にサボりがちにしているけれど、淡雪さんの健康のために今朝から一緒に走ってきたそう。
まさしく愛だ。
秘書さんが淡雪さん相手に拝んでいた。
おばちゃまって、たつみお嬢さんの前では猫を被っているけれど、実はちょっぴり問題児だな?
親近感だ。猫被りに血筋を感じる。
「淡雪さんの前に、こう、スライム素材のボールを置きますと」
『体内倉庫』からムニっとビニールボールを取り出す。
すると淡雪さんの目付きが変わった。
しゅたっと跳ね起き、臨戦態勢。
「そーれ!」
『念動』でボールを転がす。
すると白い獣が躍動した。長い尻尾が翻る。
ボールを逃がそうと動かすが、ガッチリ噛みつき、仕留めに掛かる。
そして仕留めた獲物を口に咥え、自慢気にこちらまで持ってきた。
《はわわ、野生…!》
《美少女と遊ぶ猫たん》
《はー。尊いかよ》
「ふふ、ありがとう御座います。淡雪さん」
貢がれたボールは回収し、ご褒美のおやつを手に乗せる。
ぺちぺち食べる感触が擽ったい。
ホプさん家の猫の舌にもトゲがあるんだな。
《食べる姿がお上品》
《めっちゃ緊張しとる》
《姫さまのテラ優しい顔との対比がオモロ》
《そ、粗相を出来ない相手にゃん(=`ェ´=)》
《このネッコ賢いぞ?》
「このようにナッツスライムを捕まえて取ってくるよう、猫さんたちは仔猫さんの時からしっかり訓練されているようですの。
キャットランでは本場の狩りを見せてもらえるそうですわ。楽しみですわね」
ホプさん家の猫は勤労の喜びをしっているのだ。
働きものにゃん!
余談だが秘書さんに見せてもらった資料によると、ある種のホープランプナッツは夜のうちに放出されたナッツスライムがウマウマ収穫して膨らんだところを、翌朝猫が狩り、それを人間が回収するというスライム搾取型農業だ。
ナッツの毒と、渋が出る果肉部分をスライムが綺麗に食べてくれるので、人は楽して種子を手に入れることが出来るというものである。
ナッツスライムの立場だと栄養価の高い種子部分はスペシャルなご馳走だ。
後でゆっくり殻を溶かして食べようとしていたのを、まんまと奪われた形となる。
………なにやら既視感がありますな?
ノベルでも袋リスの上前を撥ねることをやってたわ。
人間って酷いヤツだな!
《ふあ、働く猫たん…!》
《猫が働くとか違和感あるにゃん》
《にゃーは愛されるのが仕事だから》
《いや、農家な実家の猫は熟練モグラハンターだったぞ》
《流浪の商人氏が狩られてしまうww》
《妖精としては銭ゲバなばかりに》
《うちの猫は運動量が少ないとすぐ病気になるので》
《猫が好きでも郊外農家以外は飼えないんですよー!(≧口≦)ノ》
《日本のネッコは個人宅飼い出来ると聞きました!》
「そうそう。忘れるところでしたわ。
地球の猫さんとは、同時オープンの姉妹店。猫喫茶【海砂利水魚】で遊べるそうですわ」
チラリとカンペを確認する。
ひとりでツラツラ喋っていると、どこまで話したか忘れてしまう。
「猫さんのお腹に余裕がある時なら、専門のおやつをあげることもできるのですって。
猫喫茶には外国の珍しい猫さんもお招きしているそうなので、お好きな方は楽しめるのではないかしら」
島の猫関連の店名は寿限無で統一なのかもなー。
寿限無でつらつら上げられる名前ってお目出度い意味合いばっかりだし。
《ガタッ!》
《ヤッ━━٩(*´ᗜ`)ㅅ(ˊᗜˋ*)و━━ター!!》
「ただひとつ、悲しいお知らせもありますのよ」
《なあに?》
「わたくしのような該当スキル持ちで、制御が未熟なものは【海砂利水魚】の猫さんにはストレスが大きいとのことですわ。
場合によっては、入店を見合わせて欲しいそうですの。
特に『威圧』や『テラー』を持っている方は要注意なのですって」
だからオレは海砂利水魚には出禁である。
《そんなー》
《日本の猫たん、そんな繊細なん?》
《成猫でも仔猫みたいに小さいしな…》
《島猫を追いかける猫動画は、いつも警戒されてて悲しくなる》
《小さなお婆ちゃんの膝で寛いでいたネッコが飛び上がって逃げる系のな》
《あれってスキル保持のせいだったの?!》
「心当たりがある方は、お互いにスキルの訓練を頑張りましょうね。
地球産まれの猫さんは騒がしい気配が苦手ですのよ」
秒で逃げられる。もしくは目が合う瞬間、尻尾をブラシに膨らませた、やんのかステップされてしまう悲しみよ。
猫の好きな同胞には、同じ轍は踏んで欲しくはない。
おばちゃまの護衛さんに確認してもらったが、たつみお嬢さんの『威圧』は【人には効果が出ないくらいにはきちんと閉じている】と太鼓判をもらえた。
しかし人には分からない微妙なナニカを、動物は鋭く感じ取るのだ。
《はい》
《はーい!》
《…光明が見えたっ!》
《いつかお猫さまを、拙宅にお招きしたいもの》
《犬派のワイ、高みの見物》
《ボンヤリしてていいのかよ。日本にはさっかーぼぅるみたいに小さなサイズのイッヌもいるぞ?》
《あ。確かに小型犬はビビりだよねー》
《キャンキャン吠えるは良い猟犬》
《ほう?》
《kwsk》
《ひょっとして日本さんでは、イッヌも自宅で飼えたりする……?》
《…ザワ…ザワ……》
《見掛けた犬ってアレ、幼犬じゃなかったんだ?!》
《てっきり幼年期の里親制度の犬だと思ってた!》
《嘘だろ日本さん。マジか…え、マジ?》
《ホプさん家の犬くんは軍用犬だもんね》
《あいつら熊かと思った》
《ドでかいワンは、お凛々しいもの》
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ちな、納豆は勧めてないので、苦手か好きかは謎のままです。
日本人でも好みがわかれますものね。