272 白鷺
野舞台に、純白の鷺が舞う。
この上なく清らかな、白い鳥が。
その正体は明里ちゃんだ。
面を掛けていないその顔は、必死のあまり固まっている。
《見習いちゃん、がんばえー!》
《妖精さんでも緊張するのか》
《あっぷあっぷしておる》
《上位の妖精めらほど、人間臭い業持ちよな》
なんかこう、ヒヤヒヤする。
頑張って型通りに踊っているが、ぎこちないのは素人目にも分かるくらいだ。
【私、教わったことをこなすだけで精一杯です!】
そんな脳内テロップが流れてしまう。
大きな失敗もなく演目が終わると、本人だけではなく見ているこちらもホッとした。
初々しいその姿に【よく頑張った!】と応援の拍手が湧く。
ひたむきであるということは、人の心を打つものだ。
公式デビューとしては、まずまずの滑り出しではなかろうか。
明里ちゃんはこれから島のイベントごとに顔を出していく予定だ。
地元アイドルとか、ご当地ゆるキャラ、そういったノリである。
運営曰く、妖精王子や妖精王女の見習いは、昭和日本各地に派遣されているそうだ。
そしてオノゴロ島担当のマスコットなのがこの明里ちゃんだ。
見習いとして他の候補と切磋琢磨し、王女という一番星を目指す妖精プリンセス・プリティ総選挙だ。
現在の妖精サーバーはGMが一括管理をしているが、いつかの将来的には分離する。それまでにライトスタッフを育てたいとのことだ。
そうだよな。GMがうっかりダウンすると、妖精さんらのバックアップが出来なくなりますよとか、大惨事の予感しかしないわ。
ゲームや銀行だけならまだしも、翻訳システムが破断されると目も当てられん。
《妖精王女見習いちゃん、ホプさん的にはセーフ、アウト?》
《……可愛らしいと思わなくもないですが、微妙に背筋がソワっとします》
《キモカワイイあたりでしょうか…》
《慣れれば平気になると思います?》
《一目見れば忘れません》
《インパクトはありますね!》
《………。そっかー》
《ロボ子も妖怪カテゴリなんだな把握》
《甲殻人。フカフカ、モフモフはお好きだから、金属質の肌がダメっぽい?》
《まあ、育ってきた世界が違えば感性も違うよな》
《日本人ちゃんさんの受け入れ間口がガバすぎるのでは?》
《アイター》
《言われておるぞ俺ら》
《まあ、順当》
《にほんじん。すこしふしぎないきものには、むかしからよわいゆえ》
夜も更けた。祭りの〆となる能を立ち見した後は解散だ。
今日はお疲れさまでした!
「それでは、皆さま。お休みなさいませ」
「バイバイ、姫ちゃん!」
「そのうち一緒に狩りに行こー!」
「眠いー。疲れたー」
「はー。堪能した」
「マヨネーズはいい文明」
「来年は鬼をやりたい」
「うー、さぶさぶ」
「たい焼きとたこ焼きは商店街に常設屋台があるってよ」
「マジか。通うわ」
「次イベは設営から携わりたいなあ」
緩い集団が三々五々に散っていく。
夜道だが、鶴ちゃん花ちゃんらは佳苗先輩らと寮が一緒なので安心だ。
祭りの終わりが物悲しいのは、頭と体の芯が程よく疲れているからだろうか。
さわさわとロケット神社予定地から、人が順に捌けて行く。
月明かりに照らされた鳥居を眺めて、ぼうっと待つ。
ああ、ロケット神社の鳥居は青い。
なんの偶然かGMの【お父さま】の雅号は、青い鳥居の形をしている。
彼の印はここにも届けりと、そのリスペクトだ。
総蒼天宝貝製の鳥居は、白々とした月下に映える。
同じ会場にいるよしみで、オレは明里ちゃんをピックアップして帰る。
月は既に天高い。
見るからに子ども姿の明里ちゃんは、酒の出る打ち上げの席には不参加なのだ。
「お待たせしました、お姉さま。
お寒う御座いましたでしょう?」
明里ちゃんはお世話になった役者さんたちに挨拶をしてから、トトトと足早に寄ってくる。
能のお衣裳は返却し、既に普段のドレス姿だ。
「わたくしは、冬の寒さも好きですわ。気が引き締まりますものね。
公式デビュー、おめでとう御座います。明里さん。
とても可愛らしかったですわよ」
能の鑑賞だったのに、立ち見とこの寒さのおかげで最後まで起きていられた。
オレにしては快挙である。
身内の明里ちゃんが頑張っているのに、スヤァしてしまうのは流石に気まずい。
《あれ?》
《見習いちゃんじゃん》
《ヒッメと親しい関係なん?》
《王女見習いちゃんは、佳代子さまのお家に下宿しているって聞いたよ》
《それでか》
《堂々と【お姉さま】と呼べる見習いさんが羨ましい……!(≧口≦)ノ》
「ありがとう御座います。
でも舞台に立ったら緊張してしまって、なにがなんだかわからないうちに終わってしまいました」
明里ちゃんはしんなりしている。
板の上じゃテンパっていたもんな。
「衆目に慣れないうちは、そのようなものじゃないのかしら」
下の妹もあがり症で、競技会じゃ本番のタイムが伸びないタイプだ。
だから応援したくなってしまう。
「お舞台の準備に忙しくて、明里さんは屋台を回れなかったでしょう?
どうぞ、お土産ですわ」
頑張る良い子にプレゼントだ。
魔法少女がプリントされた綿菓子の袋を渡す。
するとパッと笑顔が咲く。
「わあ!先輩さんですね!嬉しいです!」
胸にピンクの袋を抱きかかえ、明里ちゃんはピョコピョコ跳ねて喜んでいる。
リンゴ飴と迷ってこちらにしたが、正解だった。
休日の朝、明里ちゃんが夢中になっている魔法少女はアイドルをやってみたり、変身をしたりするけれどあまり魔法を使って戦ったりはしないそうだ。
世界を蝕む巨大な敵も出てこない。
えっ、なんでと思ったが、日本一有名な猫型ロボットとその相棒だって劇場にならないと巨悪と戦ったりしないもんな。
ありふれた日常にて軽やかに、少しの不思議と優しさを振り撒くのが、昭和中期風の魔法少女というものらしい。とても平和だ。
だからか明里ちゃんは魔法少女たちを見習うべき先輩と慕っている。
妖精さんは案外テレビっ子だ。
ロケット神社前のゲートはまだ混んでいたので1駅歩く。
赤と青の提灯が照らす道も今宵限りだ。
明日の朝には撤去されて、島の日常が戻ってくる。
「明日からまた忙しくなりますわね」
「……ちょっと、不安です。急に妖精郷とオノゴロ島が接続することになるなんて」
《( ゜ェ゜)》
《ふぁ?!》
《どゆこと?》
《聞いてないよ??》
「妖精郷も本土ではなく、小さな出島のようなものなのでしょう?
小さな遊園地みたいなものだと伺いましたわ」
《へー!》
《ゲーセンみたいなもの?》
「ええ、新たに生まれる同胞たちの育成も兼ねる場とかで。
私、お飾りの園長さんなんです。判子を捺すだけがお仕事なんですよ?
妖精の多様性を保つためにあえて未熟に創られている私ですけど、なにをしても力足らずで。
つい、もどかしく感じてしまいます」
っ。
……わかるわー!
お飾りのお殿さまやらなくちゃいかん時のやるせなさったらないよなー!!
いつかやらなくちゃいけないことでも、まだこっちは準備不如意。いきなりの【こーゆことになったから】は、困るよなあ!
「わたくしたち、失敗するのがお仕事な時期ですものね。
全く子どもじゃないですけど、大人には敵わないなと思ってしまいますもの。
目指す場所は遠いですわ」
《えっ》
《そ、そんなことはないんじゃないかにゃあ?》
《姫さまが立ててくれるほど優れてないんよ、普通の大人は》
《若者の期待が眩しい》
《この信頼って、裏切れなくね?》
《懊悩》
《……頑張ろうな!皆の衆!》
「お姉さまでも、そうなのですか?」
「誰もが、そうではないかしら。だから豆撒きなんて悩みを祓う行事が出来たりするのでしょうし」
少し笑う。
届かない苦しみ。凝り固まったプライドや、妬み恨み欲望に、不意の悪意。
それらはありふれている人の業だ。
常識は時代によって移り変わるとしても、昔の人も現代人と同じような悩みを抱えていたと分かると親近感が湧く。
鬼は人の内にこそ棲む。
胸に手を当てれば、心当たりがありすぎた。
心掛けや努力だけじゃ、どうにもならんものもある。
「人間さんは難解ですよね。
私は人間さんと妖精たちの架け橋になるよう仕立てられましたが、時々、途方に暮れてしまいます。
私たちは人の喜ぶ顔が好きなのに、かえってご迷惑になっていることもしばしばで」
「なにかお悩みがありまして?」
「私たちは人間さんのお手伝いをしたいのですけど、場合によってはご迷惑になってしまうでしょう?
例えば乳母代わりに子どもに親しく接していると、親子の情が薄れるとそんな意見を頂戴します。
年老いた親が私たちと無邪気に遊んでいるのが恥ずかしいとも」
《あー?》
《いやいや、ねーよ》
《子どもを育てたことがない方は、優雅な意見を仰いますね?》
《育児は戦争》
《援軍はいくらいてもいいよ》
《むしろ妖精さんが家に居てくれるなら、足の弱った親と同居できるんだが???》
「あら。親以外にも子どもを大事にしてくれる周りの手があるのは、心強いものでしてよ?」
うちの両親もオレを育てたことを振り返った時に、【あの時、この子たちがいてくれたら…】と絶対思ったに違いない。
周り近所は皆昔馴染みで、近くに爺さま婆さまが住んでなければ、大変なことになってただろう。特にかーさん。
ワンオペ育児じゃ賄いきれない子どもっているよな。
当時はなーんにも考えていなかったけど、今になってはそう思う。
その節は、ご迷惑をお掛けしました。お恥ずかしや。
成長した今でも進行形で心配掛けてて、アイタタである。
それに年寄りだって、なにがあるかわからんもんだ。
いざという時側にいて、応急処置ができて救急車呼んでくれるスタッフが仲良くしてくれるとか、安心しかないのでは??
寒天や酷暑。野生動物。独りで畑にいる時に倒れられたら、おっかないしさ。人目があるだけでも助かるわ。
「なにをやっても心配したり、文句が出るのがわたくしたちですわ。
明里さんたちはガッカリしてしまうかしらね?」
人間ちゃんが我が儘で申し訳ない。
「いいえ。いいえ。
なんていうか、人間さんは私たちにとって【箱推し】なのです」
《おっ?》
「笑顔でいてくれると嬉しいですし、悲しい顔はキュンとなります。
そして健やかに生きていてくださると、なんかとてもパワーになります。
だから、その。私たちの推し活が……推しの迷惑になっていると思うと……凹みます」
おっと。明里ちゃんのこんな悲しい顔、今まで見たことなかったなー。
妖精さん、オレらのこと大好きすぎじゃね?
《うーん、この妖精さんの訓練された限界オタぶり》
《俺たち、アイドルだったっけ?》
《愛が重い!》
《えっと。妖精さんがカウンターにいると、親身になって相談に乗ってくれていいよね》
《俺氏、似たところなんてないのに妖精には謎の共感性羞恥と同族嫌悪が湧く。不思議!》
《甲殻人あるある》
《推しロスは心を歪ませるのじゃ》
《ええと。甲殻人さん、妖精さんはお嫌いなん?》
《別に嫌いじゃないですけど?》
《なんとなーく、身内というか、同胞意識はあるよなー?》
《仲は悪くなさそうだけど、複雑なん?》
《自分で悪口を叩くのは良くても、他人に言われるとムッとする感じかいね》
《妖精たち。日本人ちゃんに全力で懐いている姿を見て2度見はした》
《日系の妖精は、なんかこう、ぽややんとしていて戸惑う》
《俺ら相手だと遠慮してたんだなって、わかって申し訳なくなったな》
《我々、心が狭くてスマソ》
「なるほど。確かにそれは難しいですわね??」
《宇宙猫姫さま》
《これは考えるのをやめた顔》
《オタ活宣言した相手と、手を繋いで帰る姫さまとか。危機感死んでない??》
《妖精さんなんて可愛いもんよ。夢魔じゃないから手繋ぎはセーフ》
《なんで夢魔よ?》
《戦闘系スポイル種族の代表格だし》
《あー。中央大陸は酷かったらしいね》
《迂闊に興味あるとは言えん雰囲気》
《接触したら俺らなんて片手間で征服されてしまいそう》
《えっちなお姉さんって、それだけで強いね》
《……第一遭遇異界人が彼女らじゃなくて良かったよな!》
《ほんそれ》
《煩悩払いに豆撒きしなきゃ!》
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。
妖精さんは姿に似合わず不羈ですので、辿ってきた歴史に忸怩はありません。
むしろよく底から関係を立て直せた、頑張った!とニコニコですが、甲殻人的には先祖のやらかしに後ろめたさや申し訳なさがモニョるガラスハートです。
妖精さんには生き証人もいますしね!