270 夜店のこと
赤と青。提灯が点る頃になると、商店街は異界と化した。
街並みが現代の造りと違うからだろうか。
通りの明かりが射し込まない路地の奥では、小さなモノノ怪どもが暗がりに潜んでいてもいっそ、おかしくないように妖しげだ。
割れた鬼面を継ぎ接ぎした元鬼どもに混じり、今日ばかりは夜遊びを許された子どもたちの群れが提灯の下、きゃらきゃら毬のように跳ねていく。
有線から流れる演歌に、ソースの匂いが絡むちぐはぐさ。
どてら姿の子どもたちは皆、振る舞い菓子を入れる大きな袋をパンパンにして、手描きの鬼面や流行りのヒーロー、ヒロインのプラ面を被っている。
まるで季節外れのハロウィンのようだ。
「福はうちー!」
「おっちゃん、タコせん頂戴ー!」
「おう、よく来たな小僧ども!うちの振る舞いの菓子は南瓜饅頭なんだがどうするね?」
「両方欲しい!」
「よしきた!持ってけ、毎度っ!」
振る舞い菓子ありますの貼り紙ある店を狙って、チビ鬼たちは殺到している。
《島のガキんちょは白玉狩りをしているから小金持ちなんだよな。羨ましい》
《子どもの頃、祭りの屋台飯は憧れだったっけ》
《なにあの集団【私はフレンドリーファイアしました】たすきww》
《ホプさんたちにナニがあったんだ (-ω- ?)》
《同胞がすみません!》
《うーんこの晒し者感》
《案外、罰ゲームしてる人おるね》
《お祭りは変にテンション上がるから》
「ぼく。お金ないから、振る舞いだけもらっていいですか」
「おうよ!いっぱい食って大きくなれよ!」
「あい。おじさん、ありがとう」
《ちゃんとお礼を言えて偉い!》
《今はちびさんで金がなくても将来の顧客だもんな》
《中の人の俺は大人だけど、振る舞い菓子って嬉しいよ。童心に帰る》
《振る舞い酒も嬉しいぞ♡》
《わかる。日本酒って旨かったのな!すっっごく染みる。リアルボディは下戸なんよ》
《飲んべえ舌の右党は辛いな》
《←酒米がダンジョン産だと魔力濃度の高い酒になるんだぞ。おま、MP足りてる?使いすぎてない?》
《ダンジョン米酒=微弱MPポーション?》
《うんにゃ、そこまで効果は強くない》
《魔力使いすぎてグロッキーな仕事終わりに一杯引っ掛けると、明日の体調がよくなる程度》
《おあー。職人連中は酒飲み多くなりそう》
「ガキども、大通りから逸れるなよー!」
「わかってるー!」
「おじさん、ごちそーさまです!」
スーパーボールが流れる屋台や、カラーひよこ売り、射的に、福引き屋。それに出張秘宝館。
大通りには、なにやら如何わしい雰囲気もある屋台も散見している。
祭りでは少し不健全なくらいが健全だ。
《屋台で銭亀を売るのはアウトー!》
《カラーひよこ、かわいいのが罪》
《子どもだけで夜歩き回った記憶って特別だよな》
《そういや商店街はへべれけの客いなかった》
《呑兵衛どもは臨海公園側で赤提灯ってたぞ。ウェーイ乁( ˙ω˙ 乁)》
《このクソ寒いのに海っぺりで酒飲みするとか正気か》
《七輪で手を炙りながら嗜む熱燗の、しみじみと旨きことよ》
《キャバのダンサーたちの出張あって、お捻りが凄かったお!》
《おねーちゃんの尻尾の羽がめっちゃモサモサしてたな》
オレは商店街の一角で待ち合わせ。
この前は一番遅かったので、早めのスタンバイだ。
すると目の前に影が差す。
「あれ、彼女ひとりー?」
「暇なら俺たちと回らねえ?」
「温かいものでも飲みにいこうぜ!」
夜店を満喫しているのだろう、揃いも揃って中々のイケ面。
狐面、天狗面にひょっとこ男、小鬼衣裳のモブ鬼が声を掛けてくる。
やや、ひとりはお仲間か。しかし残念。
《お?》
《ナンパか?》
《処す、処す?》
「気遣ってくださって、ありがとう御座います。お兄さまがた。
でも、大丈夫ですわ。
わたくし、お友だちと待ち合わせですの」
折角声をかけてくれたのに、すまんな。
片手を挙げて彼らが立つその奥の集団、一際背の高い影たちに手を振って合図する。
「あらん。お待たせしちゃったかしら。……この子たちは?」
「こんばんはー」
「姫さま。いつも動画見てます!」
《お!ステファニーちゃんたち、揃い踏みで民族衣裳じゃん!》
《おお、眼福…!》
《アラブの王族みたい》
《彼ら集団だと迫力ある》
《そして【私はフレンドリーファイアしました】たすきの存在感》
《素敵な服が愉快なことに》
《すまんて》
「わたくしがひとりだったので、心配して声を掛けてくださいましたのよ」
《うーん》
《チャラ男相手にも優しいなヒッメ》
《いや、まて。お前ら考えろ。小鬼衣裳を着ているような女の子だぞ?》
《姫さまをナンパするとか、勇者では?》
「まあ!ありがとうねえ、あなたたち。
アタシたちったらおめかしするのに手間取っちゃって」
《まーね、手が忘れとる。祭装束の組み紐とか久々結んだわ》
《冠婚葬祭のお呼ばれは、軍の礼装がマストだし》
《普段使いの『ロック』機能が便利過ぎて》
「とても素敵ですわ。わたくしたちの世界では砂漠の国の人たちもそんな裾の長いお洋服を着ますのよ」
《( 〃▽〃)》
《やったぜ、誉められた》
《面倒臭い式典服を着てきた甲斐ある…!》
《この手の服は甲殻を少しでも隠そうとしたヅラ文化が発祥だけどなー》
《えっ、生えかけの甲殻の保護が始まりじゃなかったっけ?》
《諸説ある》
甲殻人は頭に巻き布の帽子こそ被ってないがアラビアンな感じだ。
そして石の沢山ついた装身具で全身をジャラっている。
派手だ。なのに下品にならないのは凄い。
色取り取りの石に負けないくらい、彼らの甲殻が色鮮やかであるからだろうか。
「でも、お寒くありませんこと?」
たっぷりとした白い布地は、近くだとシャリシャリ音が鳴るのが聞こえる総生体金属製だ。
暑そうで寒そう。
「外歩きだから防寒装備を固めてきたわ。アタシたち、そのままの毛皮を着るのはハレの日はNGなのよ」
へえ、そーいう文化。
ステファニーちゃんは腰周りから下げているベルト飾りを示す。
小さな魔石が石畳のように敷き詰められていてゴージャスだ。
これが懐炉の魔道具か。ほへー。
「ねえ、あなたたち。折角だしアタシたちこれから仲間と食い倒れするつもりだけど来る?」
おっ。それはいいな!
飛び入り参加者は大歓迎だ。
《可愛い女の子に声掛けたら、異界のマッチョに囲まれて草》
《昭和世代の日本人って、現代人より小柄だから埋もれとる》
《でっかいワンの群れに混ざるチワワかよ》
「ステフ。可哀想だから、やめてやれ。
すまんな、兄さんら。俺らのグループは祭りの水先案内人のクエスト中だ」
ここで、にょろっと合流してきた茉莉花くんが待ったをかける。
ええー…?
「おー。そういう!」
「ひゃー!面白そうだからついていっていい?」
「夜店の案内なら俺に任せろ!」
《【ナンパ男A・B・C・Dが仲間になった!】》
《そんなことある?》
《www》
《陽キャのノリ怖ぁ》
そうしている間に鶴ちゃん、花ちゃん、そしてその先輩らがパラパラと集まってくる。
ひふみよと数えれば、総勢30人ほど。……こんなもんか。
「悪い、ステフ。予定より人数増えた」
ステファニーちゃんと違う支流から、合流してきたらしきアレグリアくんが手を合わせる。
「姫ちゃん、大丈夫かしら?」
こくりと頷く。この時間の銀行はもう閉まっている。
困っている甲殻人は多いと思っていたから問題ない。
「ええ、小銭と紙幣は多めに用意してましたわ。
皆さま!小さな屋台ではカードやステータス決済が使えないのが殆んどですのよ!
現金が足りない方は、わたくしのところへ。
両替の準備がありましてよ」
現金は賽銭箱に入れるお布施を用意する時、一緒に確保してきた。抜かりない。
……今日も出張しているおばちゃまが前もって【お祭りだから】とポチ袋で、お小遣いをくれなければ思いつかなかったことだ。
《ありがとー、姫さま!》
《現金の持ち合わせがなかったので助かりました!》
《一般日本人ちゃん、フツーにこういうことしてくれて優しい。いっぱい好き》
《俺ら成人してステータス入れてからは、ずっとステータス決済だったもんな……》
《なー。現金での買い物って楽しくない?ワクワクする》
《わかる》
《現地通貨、今イベで初めて手にした。お土産によさそう》
《俺も全種類集めたい》
留学生たちが島に慣れないうちの買い物は、カードが使える公的ショップを推奨されている。
だから現金の手持ちが少ない者がいるのではと心配していたが案の定だ。
お祭りに来ているのに碌に買い食いも出来ないとかつまらんもんな。
両替はひとり一万円まで。屋台も昭和価格だが甲殻人はエンゲル係数が高いのでこの値段だ。
1列に並んでもらい、さかさかとステータス決済で両替していく。
「それじゃあ、島の先輩2人につき、6人ぐらいにバラけてねー」
「厳密じゃなくていいよ、適当にね!」
両替が終わった側から、ボランティアの引率に引き取られていく。
《女の子たち化粧濃いな》
《祭りだからじゃん?》
《徹夜明け隈隠しでしょ》
《あー。生産系の子たちか》
《後夜祭までしっかり参加してくるあたり若さだよ》
日本のお祭りの歩き方指南は、鶴ちゃんの伝手で盾職や前衛と仲良くしたい生産系女子が引き受けてくれた。
この取り組みは学校に両替ボランティアの申請をして、許可をもらっている。
島の学校は、事務員さんの数が多いからフットワークが軽いのだ。
これからも甲殻人留学生は増えていくから、次のイベントあたりでは正式なクエストになるかもしれない。
「なあなあ、甲殻触らせてーって言ったらキモいことになる?」
「お前ら、民族衣裳格好いいな!」
「気合いで負けた…!
ヤベエよ。一張羅の革ジャン着てきたのに!」
「案内人、足りないならダチ呼ぶわ」
さっき声かけしてくれた彼らも、ステータスからクエスト受注して参加してくる。
報酬なしのボランティア依頼なのに、助かっちゃうなー。
《うーん、この》
《パリピども、それでいいの?》
《こいつら人生楽しそうだな》
「すまない、司城さん。助かった」
「ふふ、お役に立てたら良かったですわ。
商店街や蚤の市では、アレグリアさまたちをお見掛けするのが珍しかったものですから。
気がついて良かったですわ」
《だって店にあるの全部ください、それをやった馬鹿が出たから》
《迷惑かけるな、イナゴどもが》
《寮母さんたち激オコ事件な》
《食事の量が足りてないなら早よ言えって言われましても。なあ?》
《あればあるだけ食べるのが十代の胃袋じゃん?》
《甲殻が生える時期は仕方ないんや》
《あれで寮の売店にスナックの自販機や袋菓子が増えたから嬉しい》
《ところでだが、日本製の炊飯器は神器だと思わんかね?》
《同意》
《理解しかない》
《リアルに持って帰りたい》
《ライセンス許可取りして、生産して欲しいです政府ちゃん!》
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。
ゆく年くる年。今年は最後の投稿になります。
皆さまもよいお年を。
どうか温かくしてお過ごしくださいますよう。