263 仮初めの客
わくわくしながら寝床についたら、リアルの朝だ。
深夜サリーから届いていたメッセージを読んで送り返しておく。
よし、朝から元気になった!
……まあ、本当は1、2行だけのやりとりがもどかしくある。
サリーがまた、夜遅くまで仕事をしているよ。
異世界生活でも相変わらずだ。
むむっとなったが、距離は遠い。
脆弱な通信状況の改善には、ゲーム塔を建てて出力を上げていくしかないありさまだ。
ってなわけで、今日もGMを増やすお仕事である。
2基並んでいる筐体を、取り巻くのは青い光。
その明るさがフッと落ちる。
「インストール終わりましたー」
ぱちり。
トウヒさんがGMへ切り替わった。
新たに3号基がロールアウトだ。
「お疲れ、GM」
GMはふう、と掻いてもいない額の汗を腕で拭ってやりきった仕草だ。
「はい。流士さんもお疲れさまです」
お互い労い、健闘を讃える。
うん。オレもGMも頑張った!
作り終えたらすぐ次のロットの筐体が待機している現状とか、今は考えたくないかな!
GMが最終仕上げをしていた間に、使っていた裁縫箱の蓋を閉じる。
ロールアウトしたての彼女は、オレらの期待を一身に背負う。
ヨコハマダンジョンから遥か西、血涙河を越えた先の土地にゲーム塔兼駅として根付いてくれる予定だ。
血涙河からその先は甲殻人にとって、因縁の地だ。
通りすがりの道に架かったクモの巣のように、取り払うのは容易くともなんとはなしに避けて通りたい。そんな無意識のタブーが張られている。
学術調査に数年に一度、赴くかどうか。そんな世界の最果てだ。
「よっ、と」
バサッっとな。
筐体にホコリよけの布を掛ける。
側に居るGMはマメに乾拭きをしてやれるが、離れた場所に嫁ぐのならこーいうドレスも必要だ。
「……そっちの私には、ジャックさんがお供してくれるんですねえ」
GMは新しい自分に掛けられたカバーを摘まむ。
代々コットン製の白い布には、『洗浄』の『陣形』とドヤ顔のアヒルが縫い取ってある。
「キャラクターものは駄目だったか?」
「いいえ、商業利用じゃありませんしセーフです!」
GMは力強く否定する。
好みを聞いたつもりだったんだが?
でも…まあ。その態度なら嫌ってことはないか。良かった。
我が身が遠くに里子に出されるにあたり、手製のものがひとつ欲しいとねだられたのが自宅3時の休憩時間だ。
なのでオレもなけなしの遊び心を出してみた。
丁度お茶請けに食べていた、オーランタンの看板息子を備品の布に縫いとったのだ。
『洗浄』だけじゃ少しシンプル過ぎるかなと。
日本に在住しているGMも企業相手に交渉し、力を尽くしてくれている。
なので慣れ親しんだ食品を、ゲームの世界でも味わえてはいた。
だけどなんの気構えもなく故郷から離れた現状だ。嗜好品の現物はそれなり以上に貴重品だった。
輸出入が始まってこのかた食事の心配がなくなったってこともある。
オレの『体内倉庫』の在庫の茶菓子は誰に出しても喜ばれるので、お客さまへの振る舞いとして、なるべく手を付けないようにしてあった。
うん、なるべくだ。
筐体の新規落成に託つけた、自分たちへご褒美だ。
幸から貰った土産の品を、それぞれ一個ずつモグってしまった。
盗み食いの共犯である。
カボチャ餡は背徳の味。
『CAD』と『刺繍』のシナジー効果のお陰さま。
仕立は上々。洋風饅頭の焼き印のままに、ニヒルなアヒルは色悪めく。
粋で小憎たらしいのがオーランタンのジャックである。
丸い尻からガブリと噛りつきたくなるような愛嬌がそのまま布に写されている。
手前味噌だが上出来だ。
オレが刺したとは思えない。
スキルって凄いな?
抜き打ちで、技能検査された気分になったのはナイショである。
たぶん素のGMは、そこまで深く考えてない。
「GM。3号基を設置したら東京グループと写真や動画のやり取りはできるようになったりする?」
期待を込めて尋ねてみる。
そろそろサリーの顔が見たいし、幸がどうなってるか把握しときたい。
独りじゃ到底崩せないタスクが溜まると、いかに攻略するかで楽しくなってしまうのがあいつである。
前向きでガッツがありすぎるのが、幸の短所だ。 手加減しろ。
サリーと幸は混ぜておくと、ワーカホリック一直線なのがなあ。
行動派とサポートタイプ。相性良すぎて悪いやつだ。
「ンンン、多分ダメですね!
設置してみなければわからないところもありますが、省エネモードの一般回線だと画像が乱れてしまいそうです。
ゼリー山脈は強敵ですよ。
あ、でも百文字くらいの文章じゃ破断しなくなりますかね?
少しは安定しますので」
ざっと計算を走らせたのか、GMが一瞬無表情になる。
やったぜ。聞いてみるもんだな。
件のゼリー山脈は夏のうちに登頂したい。
地場を乱しているフィールドボスが居座ってたら平らげてしまいたいし………それじゃなければ特異野良ダンジョンが形成されているんだろ、どうせ。
どんなヘンテコな進化を遂げていても可笑しくないよな魔物って。そして野良ダンジョンも!
ゲームで散々やってきたやつ!
……でもこれでゼリー山脈が生み出している謎の通信障害が、ホープランプ固有の大霊地が由縁だったりしたらロマンあるよな。
そしたら通信障害の原因を取り除くのも、環境保護のうんちゃらで困るけどさ。諦めがつく。
世界の秘宝は人の勝手で破損したらダメ。
そうだな、北回りか南回り。山脈をぐるっと大きく迂回して駅を通すことも、一応覚悟しておくか。
「雨が止まないのが、こうなると恨めしいな」
頑張って仕立てた3号も、運んで設置しなければ使えないのがもどかしい。
「お天気ばかりは仕方ありませんよ。春の雨は恵みの雨ですし」
そう言われると農家の孫としては、ぐうの音も出ない。
水不足で日焼けした畑は、物悲しくも恐ろしいものだ。
家の周りは水が豊富で困ることはなかったが、そんなニュースを見るたびゾッとする。
「……そういえば、雨に誘われて外にカエルの魔物がいたぞ。
元気なのがケロケロ跳ねてた」
GMも把握しているだろうが本日ホットな厄ネタだ。
「やだー。ケロちゃんは魔物を増やす素材な魔物じゃないですかー!
氾濫しちゃダメなやつー!」
ぽてん。ころころ。
GMは床に転がることで、強く遺憾の意を表明する。
『水上歩行』の産みの元ネタ。
【水飛びカエル】はサッカーボール大で、綺麗な緑色にくりっとした黒目の可愛こちゃんだ。
両生類はサブイボでも、こいつのビジュは割りと平気って人も多いんじゃないかな?
水の上だと素早いが陸上では捕まえるのも簡単で、肉の味はマルフクの実家の大衆食堂で鉄板メニューになる程だ。
残念だけど、カエルは旨い。
トト教官がやたら美味しそうに食べるから、好奇心にオレは負けた。
ブッチーも鼻息荒く捕食しようというものだ。
豚って雑食なんだよな。
「ホプさんらも同じことを嘆いてた。
カッパ着こんで、電気猟をしてくるってさ。
探し漏れした新しいダンジョンが溢れているはずだから、ついでに探してくるらしい。
雨なのに電気使うとか、お疲れさまだ」
夏草少佐たちは、きちんと休めているんだろうか。
彼らは妖精さんという荷運び要員と、ヨコハマダンジョンという拠点が出来たことを幸いに、雨降りのなか四方八方の掃除に駆けずり回っている。
そして知見を広げるため日本のお役人ちゃんグループも、交代で協力者として同行している。
オレは当然留守番だ。おのれー。
「むむむ、油断なりませんね。未手入れの野良ダンジョンがこんなご近所に!
私がもっと大勢いれば、漏れなく探し出せますものを……!」
悔しげであるGMは、野良ダンジョンの乗っ取りにアグレッシブだ。
その意気やよし。
こーいうところは気が合うよなオレら。
「第一の目標は東京グループと合流だが、それが終わったら東西だけでなく北と南に駅を伸ばす需要も出てきそうだ」
もちろんそれは願ったり。
食い潰していい巨大地脈を探すのに、中継地点確保はとても大事だ。
ダンジョンウォー仕掛けるのに、ダンマスのご要望はありませんかー!
チラッチラッ。
うーん。『サンダー』以外も戦略スキル増やすかなあ?
レイド戦で味方全員にHPの壁を張る『天蓋の守り手』あたりのMPをバカ食いするスキルも、今のステータスなら運用可能だ。
「あ、そうだ。聞こうと思ってうっかりしていた。ゲーム時間中に夜勤があるプレイヤーもいるだろう?
あれって、アバターはどうなってるんだ?
昭和世界では、よく眠ってしまう英雄症の話を聞かないけど」
サリーが深夜に働いていたのが発覚したので、気になる。
現在の日本人の住居エリアは住人しか入れないように設定してある。そしてオレが寝る時はトウヒさんの庭園に入っている。
人手が足りていない今は、夜間や自宅の張り付き警護は遠慮してもらっているのだ。
だから頭からすっぽり抜けてたけど、ログインしてないプレイヤーもいるよな?
「そうですねえ。……プレイヤーは2世と呼ばれてますでしょう?
日本人さんの場合は親が冒険者だという意味もありますが、【アバターの世界】と【プレイヤーの世界】、2つの世を合わせた人との意味も持たせてあるんです」
ふむ?
後者の意味で呼ばれているなら、中の人がいるのは現地の人にも知られているのか。
そっちは撹拌世界と一緒だな。
「地元の人的にアバターは【三千世界から我々の教導役として来訪した仮初めの人】。その神宿りの巫人扱いとなっています。
中の人が居る時は、あ、今日は宿っているんだなと思われてますよー。
第1世代より第2世代の方が体の造りが頑丈なので、異なる精神が宿るに耐えるという設定です」
「顔や髪の色が変わったりするのもソレ?」
フレーバーとはいえ、色々理由をつけてくる。
「神々の宿り木。力のあるモノの寵愛を受けている。
巫士が神と同化し似た姿を得るのは、分かりやすい御印でしょう?
厨二的にもカッケー!ことは強いです」
尻尾があるプレイヤーは女の子にチヤホヤされているからそうなのかもな。
話す間もGMは、ダンゴムシのよう床に転がったままだ。
ゴロンとしているホープランプ織の絨毯は、トウヒさんが掃除してくれてるからいいけどさ。
今日はそーいう気分なんだろうか。
ハハハ、頑丈さが条件なら、なるほど甲殻人は余裕でクリアだな。
いや、現実逃避は止めておこう。
「……ひょっとして、プレイヤーがログインしてない時のアバターって自律的に動いてる?」
二重人格みたいな?
「動いてますねー」
動いてるのかー。
「だったらアバターは、オレらのことどう判断してるんだ?」
聞くのが怖い。
オレ、たつみお嬢さんには嫌われたくないぞ?!
「ロケットに乗ってやってきた守護霊や小さな神さま扱いです。
アバターの方から積極的に体を貸してもいいと感じる相手と契約している設定ですし、中の人が滞在するとその期間は身体能力やスキルが爆発的に伸びるので現地の日本人やアバターたちは概ね仮初の客の長期滞在は歓迎されますね。
たまさか宝くじに当たったノリです。
中にはいけない神さまも混じっているようですけど、そんな場合は【お祓い】で処置も出来ますし?」
「おおう」
なんて多神教的解決法。
そりゃ八百万もいれば、細かいのが少しくらい増えても誤差だけどさ?
オレがログインしない日とか、たつみお嬢さんが昏睡してたらおばちゃまたちが心配するから……良かったりする?
文通や交換日記とかでたつみお嬢さんとコミュったりできるのかな。
ああ、そうか。
服の好みとか好きな食べ物とかを、ささやかながら主張してくれてたのって【見ていましてよ】ってことになるのか。
だよな。そういう世界観なら、オレがなんらかの事情でゲームを引退しても、たつみお嬢さんが困らない。
GM。現地の人のアフターフォローも手を抜かないのな。こっちの努力が足りんと皆殺しにはするくせに。
TRPG卓におけるゲームマスターは、一般人でも【人の頑張る姿スコ】的な愉悦神だからそんなものか。
自分の創った世界を愛する故に、その破滅をも慈しみをもって見守る姿はとても邪神だ。
まあ、うちの妹のことだけど。
「甲殻人のお人らも、それでOKもらってるのか?」
ゲーマーはともかく、現地の人は混乱しそうな気がするぞ?
「郷に入っては郷に従う。異文化交流ってステキですよね。
彼らがわくわく留学してきたら日本人さんがロケットに乗ってやって来た三千世界の小神たちを相棒としてヌルっと受け入れておりましたので、そんなもんかと前例に倣っておりますよ。
私もそこで一発問題を起こそうかなーって目論んでましたけど、なんか想像以上に馴染んでまして。
事前アンケートでも、甲殻人さんの嗜好的に魔力が増えるなら【居候はいてもいい】、【むしろ大歓迎】。
そんな意見が大多数だったので、これは無理だなとポシャりました。
そもそも小神が宿るのに抵抗感がある現地のお人は、アバターに選出されませんし」
そこら辺は調整してあると。
「………甲殻人も、おおらかだなあ」
「SFやファンタジーの題材的に、そーいう【自分だけの相棒枠】はホープランプさんでも脈々と受け継がれるお約束らしいですよー」
ううん。言われてみれば、日本のサブカル業界は魔法少女のマスコットから、本の精霊、喋る魔剣まで不思議な相棒が選り取り見取りだ。
そーいう文化がホプさんたちもあるんだな。
なんでだろう。彼らを知れば知るほどに、親近感が湧くんだが。
「ところで、今回のGM筐体増設で新エリアは増えたりする?
島はあちこち工事中だっただろ」
聞いたとたん、床に懐いてグダグダしていたGMがペカっと笑顔で起き上がる。
あ。これは話したくてウズウズしてたな。
「うふふー。建築もイベント扱いなのでゲーム内での拡張工事が終わらない限り、島表面の施設は増えません」
ふむふむ、それで?
「だからダンジョンタワー内に妖精郷を新規オープンします!
現代日本さんの遊興文化で、ホープランプさんをドッカンドッカン沸かさせて頂きますよぉ。
今度の妖精郷は、うたかたバブルの夢。問答無用で遊園地です!」
………遊園地でバブルって、弾けて廃墟りそうなやつなのでは?
コメント、評価、いいね、誤字報告等、ありがとう御座います。
英雄症は不幸ありきの設定ですので、昭和アバターにトラウマを盛るのは、なまじ世界が近いだけに【プレイヤーの心の傷にニアピンしそうだな】、とGMも自重しました。
おそらく、掲示板界隈では【朗報】昭和アバターはあったか家族の出【どうしたGM】
そんな風にザワザワされてます。