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26 セッション2 ニホン橋に降る雨は




「殺人鬼にストーカーされるなんて、シノブって不憫」

 ダイスの導きにより、ターゲットに選ばれたヨウルが手で顔を覆う。


「すまない。タツミ姫が屈強なばかりに、ヒロイン適正が薄くて」


「タカアキラやゲンゴロウにストーカーがついたら、違った意味でホラーじゃないかしら。少なくともシノブは可憐な乙女で通しているわけだし」


「いや、まてアリアン嬢。GMはストーカーが男だとはまだ明言していない!」


「その通りだな。

 まず、お前さんらには、導入で平穏な日々を過ごして貰うことにする。

 が、その前に前回セッションの成長やるぞ。

 タカアキラとゲンゴロウもエドまでの旅の間に冒険があったということで振っていい。

 容貌以外の能力に+4だ。本来はダイスで成長させる先を選ぶんだが、サブGMと相談した結果、自分で好きな能力を伸ばせることにした。

 あと、覚えた能力を教えてくれ」


「GM、新しい護衛もタツミ姫の父上から生活費貰ってますか?」

 はい、質問。

 駄目なら駄目で引っ込むけど、交渉だけはしとかんと。


「貰ってないと可笑しいもんな。条件は一緒にしちまおう。支度品に防具もひとつ付ける」


「嬉しい!まともな武器が買える!」


「もう石を投げなくてすむのー!」

 どんな冒険をしたんだ、お2人さん。

 でも石はいいな。ひとつ懐に入れておこうか。タツミ姫の。

 そんなわけでこうなった。



【タツミ シジョウ】竜族


 性別 女  年齢15



 体力 20+3(種族)+2(骨格強化)+2(成長)=27


 素早さ 15+1(骨格強化)+1(成長)=17


 精神 17+1(骨格強化)+1(成長)=19


 技術 14


 容貌 19+1(種族)=20


 知性 10



 スキル 『ヒール』『体内倉庫』『盾術』『造水』『堅牢』 『骨格強化』



 特殊 コネクション



 新しく取った『骨格強化』は体力と素早さと精神の基準値が10ごと+1されるスキルだ。


 知性の追加人員はあったけど、素早さ要員は増えなかったんで自力を伸ばした。


「…タツミ姫はあれか、真竜に転変することでも目指すのか?」

 キャラシートを提出すると、教官は何やら計算を始めた。気が早い。


「真竜になるにはひたすら体育スキルを重ねないといけないから、茨の道よ?

 でも盾職ならシナジーがあるかしら。………あるわね。普通に。

 やだ、行けちゃう?真竜ルート」

 パラパラとページを捲るトト教官は悩ましく眉を寄せる。


「本人は何も考えていないんじゃないでしょうか。少なくともその振りはしています。

 でも前回、強くなろうと決意はしてましたね」

 竜族は位階を上げていくと、ごく僅かな上澄みに真竜の姿に転変することの出来る者もいる。

 真竜ルートに乗せるかはさておき、盾が丈夫なのはいいことだ。


「そうか、ウエスギとダテの殿は真竜であらせられるのだったな!」

 セッションに備えてルールブックを読み込んで来たらしいエンフィが嬉しそうに膝を打つ。


「ニホンってどんな魔境なの。1世代に2人も真竜さまがおいでになられるなんて」


「アリアン、これゲームだから」

 ヨウルのツッコミはスルーされる。


「ちょっとまって。それならタツミ姫は本物のドラゴンプリンセス…!

 なんで護衛がこれだけしかいないの、間違っているわ!」

 エキサイトするアリアン嬢が真竜のファンなのか、一般的な感覚なのか、どっちだこれは。


「あーちゃん、お姫さまはお忍びちゅうなのよ。目立っちゃだめなの」


「そ、そうね。でも、国許の偉い人、胃痛が酷いんじゃないかしら」


「だから信頼ある護衛の増員があったんだな。よし、纏まったな」


「教官!ゲンゴロウは『乙女』なので家事技能ありますが、タツミ姫は何処でお過ごしですか」


「女子寮だな。わかった、女子寮は火事で焼けた。

 スムーズな夜時間の連携の為にも、仲間で小さめの邸宅を構えていい。トト、それでもいいか?」

 なんの罪なく焼かれる女子寮。

 これ、タツミ姫のせいじゃないよね?


「そうよね。ここまで大身の姫君を、安宿やナガヤ暮らしさせるわけにはいかないものね。サブGMとしても賛成です。

 駆け出し冒険者の、爪に火を灯すような極貧生活もやらせてあげたかったのだけど。

 オイルに砂糖を混ぜただけの代物を、自作ポーションと称して呷ったりとか、この時期じゃないとやらないのだけれど、流石に、ね」

 ああ、おえってなるやつな。確かにキクけど他の美味しいものでも回復するのになんでって切なくなる地獄ポーション。


「あ、便利な道具をひとつくれるって話だったじゃないっすか。

 それ、家の賃貸代でどうでしょ?」


「いいだろう、許可する。寮が焼けたことを知った例の叔母さまが、姪っ子の為に用意してくれましたとさ。エドにいる間は家賃無用だ。

 参考までにだが、元はなにを頼むつもりだったんだ?」


「【猟犬の杖】です」

 相談の結果そうなった。

 自分たちが作ったものをTRPGで使えるとか夢があるな、と。


「あー。ルールブックにはないが、【猟犬の杖】は報奨に渡すのは値が張りすぎるな」

 なんと?


「オレたち、そんな高級品つくってたの?」

 そういや末端価格知らなんだ。


「ビリビリ棒はその2倍だ。生活スキルには補助が出るって言っただろうが。

 『エンチャント』済み武器防具はお高いものだぞ。…お前さんら自分が金のなる木だって、そろそろ自覚しろ」


「…そういえば。今日、【雀の水浴び】ではしゃいだら、レベル8まであがったんだ。今朝起きたときはレベル1だったのに」


「なるほど、ゲームブレイカーだな!【猟犬の杖】!」


「そっかあ、残念。ま、オレら普通の冒険者してないから、せめてシノブたちはまっとうな冒険させてやろうぜ」

 

「そうよね。町の外だと生活スキルのありがたみが染みたわ」


「造水ないとたいへんね!」


「そっちもてんやわんやだったんだな。こっちの生活スキル分散して持とうって言い出したのリュアルテだっけ」


「村育ちの野生児の知恵ゆえ」

 前世はまともに宿とか泊まらなかったからなー。ははは、はー…。

 悲しくなるからやめよう。


「実際にそういった経験をお前らにさせてやるわけにはいかんからな。

 精々酷い目に合うのを楽しんでくれ」

 やだこのGM、どS。

 妹はプレイヤーの阿鼻叫喚にSっ気たっぷりに振る舞うGMはよいGMだと主張していたけど。





 セッション2  ニホンバシに降る雨は。



 1日目昼。店先売りの呉服店前にて。



「足元が危のうなっております。お気をつけてお帰りくださいまし」

「ええ、ありがとう」

 エドの良いところは屋敷売りではなく現金で布を買えることだ。

 シノブはタンモノドンヤで布を買い足し、バントウの見送りを受けた。その帰り道のことだった。


 シノブは肩を震わせた。

 傘もまだ要らぬような、霧めいて纏いつく雨の寒さのせいではない。不快な視線を感じたのだ。


 シノブは美しい乙女であった。

 墨染の髪をアマソギにして、地味を装っても生来の美貌は隠しきれず、かえってその清らかさが魅力に映ってしまう、そんな少女だ。

 少年のような細い肢体に、影さす面立ち。

 その唇が綻び皓歯が覗けば、それだけで恋に落ちる男もいるだろう。


 シノブは自分の容姿を知っていた。

 これは武器だ。

 他の男には用意できない道具のお陰で、尊きお方に仕えることが許された。

 だからこそ手入れは欠かしていないが、人目につきすぎるのは失敗だった。

 最初から、そばかすのひとつも描いておけば良かったと臍を噛む。


 今も通りすがりの男から野卑な声がかけられた。

 苛立ちが募る。

 この手の厄介ごとは、主の側に侍るときにはあったりしない。

 男というのは度しがたいもの。

 なまじ男の性に理解があるゆえに、一緒にされては堪らない、恥ずかしいからやめてくれと、つい恨めしく思ってしまうのだ。

 あの高貴な姫君の目の前では、怖じ気づいてそんな態度をちらとでも見せないくせに。

 下と見て許される相手ならいくらでも図々しくなれるさもしい態度が腹立たしい。


 年若い精神が醜く思うものに反発する。

 密命を腹に飲んだ忍者とてシノブは15。身も心もまだ青い。



 ダイスの転がる音がする。



「よお、しのさん。お使いかい?」

 声を掛けてきたのは、先日同僚になった大男だ。

 分厚い胸に、割れた顎。太ももなんて女の胴ほどありそうだ。

 みっしり詰まった筋肉は、視覚的にも熱量がある。

 ギョロリと辺りを睥睨しての威嚇に、一言もなく逃げさる馬の骨どもの滑稽さ。

 自分の手柄でもないのに笑いだしそうになって、シノブはひとつ咳払いをして誤魔化した。


「これは、タカアキラさま。はい、そうです。ご機嫌よう」

 シノブは手荷物を胸に抱き締めた。

 大きな家具は運んで貰ったが、細々したものが増えてしまい難儀をしていたところだった。

 火事と喧嘩はエドの花と皮肉られるだけのことがある。戦乱でも陰謀でもなく、まさか半年もたたないうちに焼け出される日がこようとは想像だにしなかった。


「ご機嫌ようだ!

 ゲンゴのやつも気が利かない。こんな都会で、しのさんみたいなベッピンさんを1人歩きさせちまうなんて、ダテ男の面目丸つぶれだ!」


「いいえ、私が言い出したんです。時間がないから手分けしましょうって。

 ゲンゴロウさまは、私の我が儘を聞いてくださったのです」


「いいや、そいつはいけねえよ。いくら女が気を回しても、そこで折れちゃあ仕事になんねえ。しのさんだって姫さんを1人で歩かせたくなかろ?」


「もちろんです!…はい、申し訳ありません。私ったら軽率でしたわ」

 シノブは恥じて目を伏せる。

 ゲンゴロウはシノブの【素性】を知っている。だからこその信頼だったが、世間一般の常識に合わせた方が悪目立ちせずにしないというもの。

 世の中のご令嬢は供も付けずに動かない。その約束を横紙破りした、シノブの失態だった。


「あの。タツミさまにはご内密に」


「心配をかけたくないってか」


「いえ、真似されては困りますので」


「はっは!承知した!あれで姫さんも思慮深いところもあるんだが、それ以上にあれだからな」


「天衣無縫?」

 育ちが良すぎてふわふわとした、純真で心清らかなる乙女。

 シノブの主は行動力がありすぎることだけは玉に瑕だ。


「それな。厚顔無恥にならんところはお育ちかね。

 しのさん、それで買い物は全部かい?

 よかったら俺に持たせてくれんかな」

 体つきは筋肉隆々。金壷眼に禿頭の、容貌怪異な男だが、笑うと妙な愛嬌がある。


 男は寒村の出で、恵まれた産まれではないと聞く。

 なのに男は竜の手中の姫君を友と呼べてしまうのだ。

 なまじの覚悟と胆力ではなかった。

 天掛ける竜の逆鱗が恐ろしくはない者がいるはずなんてないというのに。


 叶うならこんな男に生まれたかった。

 胸に走った痛みには蓋をする。


「私も体力を付けたいので。では半分、ご助力頂いてもよろしくて?」



 ダイスが転がる。



 その背にじっと見詰める目があること。

 それに気がつきはしても、それがエドの巷を騒がせている悪鬼のものだとはまだしらぬ日の、まだ穏やかな昼下がりのことだった。


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