257 黒ウサちゃん
「お待たせしました。只今より【若葉の迷宮・前庭】のプレオープンです。
前庭のみの入場券は200円です。こちらはプレオープン価格になります。
カゴ等の採集道具は売店で扱っておりますが、現在品薄なので入荷までは1人1品でお願いします」
黒ウサギの受付嬢に見守られて前に立つのは、新人茶色ウサギ嬢だ。
短くツヤツヤした毛並みに、濡れたようなつぶらな黒目。
着々とギルド運営スタッフが増えている。
ヨコハマダンジョンは近々農家も入植してくる予定。以前に増して賑やかだ。
「おっ、新人ちゃんだー。よろしくねー!」
「はい。御指導御鞭撻をお願い致します」
茶色ウサギな新人さんは言葉はハキハキとしているが、挙措がこなれておらず初々しい。よきかな。
オレの都合のゲリラオープンなのにも関わらず日本人は20人ほど、非番の甲殻人が100名近く集まってくれた。
どないしよ。
……ええー?
参ったな。健脚な甲殻人には散歩にもならんよ?
「籠、どうする?」
「売っているのなら、いるんじゃない?」
「ザリガニ釣竿、太くてゴツい。鈍器じゃん?」
「また荷物増えるのー?」
「やっぱり『体内倉庫』欲しいなあ!」
「ごめん、両手を空けたいからクーラーボックスは持って貰っていいかな」
「おう、いいぜ。その代わりにマッパーは頼んだ!」
冒険者のダン活で、なにが問題かとなるとやはり荷物だ。
こうして様子を伺っていると、やっぱり『体内倉庫』持ちは臨時パーティ募集で人気が出る。
野良ダンジョンを肥やさないため、命の危険がない限り倒した魔物は回収推奨。それらは基本の嗜みだ。
あまりこれを疎かにする冒険者は、ギルドの評価が下げられてしまう。
ハナから無視する悪質さだと免停、免許没収もありうるので、楽をする癖はつけないほうがいい項目だ。
『体内倉庫』もメモリに余裕があれば全員入れたいところだろうが、ジョブ就職を優先させると容量を食うスキルは後回しなのが現状だ。
そこら辺は正解はないので、冒険者個人やパーティのお好みである。
……でもさ、GMにジャンプさせたら、まだ出て来てないジョブがチャリンチャリン鳴りそうだよなあ?
人類史最古の職業は娼婦だし、麝香氏熱望の床屋や、上位クラスなどもまだ出てきていない。
ここら辺は既出スキル編成からして、絶対あるだろうに出し惜しみをされている。
まあ、基本3職ですらヒーコラしている現状だ。
出されても取れはしないけどな!
「もう、奮発しちゃったよ。見て、新しい手袋!」
「ザリガニ用?」
「ザリガニ用!蜘蛛はビジュが本当に駄目で絹蜘蛛はチキンってたけど、甲殻類、大好きなんだよー!」
「わかりみ深い」
冒険者たちは頭を突き合わせ、ステータスのある仲間を取り囲んでいる。
広げているのは前庭の手引きだ。
ああでもない、こうでもないと、知恵を絞って相談している。
楽しげだな皆の衆よ。
別にオレを誘ってくれてもいいんだぞ?
こうしてギルド2階席で、見守っていますよー?
………そんなにネタバレは嫌なんだろーか。
「黒ウサちゃん、いってきまーす!」
「はい、楽しんでいらしてくださいね」
意気揚々。かわゆくお手振りされて、ゲートに吸い込まれていく冒険者たちだ。
本物の兎に肉球はないが、受付嬢たちにはピンク色の肉球がある。
あざとい。流石は妖精さんだ。
すっかり指定席になっている2階席から出立を見送る。
午前中に前庭を仕立上げ、公務員さんにも検品してもらい、それからチョロチョロ手直しして、現在昼下がりになった午後4時だ。
メインターゲットになる仕事終わりの職人系冒険者たちは、これからダン活の時間なので間に合った。
発注した突発クエストで、釣竿や、籠を急遽作ってくれた職人には感謝の念を捧げたい。
出来た端から納品なのは、ギルド内に作業加工室があるからこその荒業だ。
ハサミのひとつの使い勝手にしても、オレらと甲殻人は身体強度や骨格が違う。
輸入したい既製品は、サイズの合う物がなかったりするんだよ。
現在のところ生活小物は、ほぼオーダーメイドの手作り品だ。
身一つで災厄に巻き込まれた者も多い、遭難者なオレらである。
必然、生産スキルが出た時点で、引っ張り凧になってしまう。
前庭での冒険は指導員もいらないフランクさなので、ステータスからパンフレットの情報だけでも取得出来るようにギルド広報にアップロードしている。
これはオレの作業と同時進行で、執事のトウヒさんに執筆してもらった。
分布させた魔物図鑑のデータと、狩猟時のコツや、用意したい道具のチェックリストも認められている。
出来る執事なトウヒさんだ。
彼にパンフを頼んだら、オレの手持ちの書籍にもなかったそれぞれの魔物の、狩猟手引きデータも載せてきた。
彼は足りないと判断すれば自主的にGMに申請し、データを集めてきてくれる。
これが執事の力…!
末長くお世話になりたい。
サリーを始め秘書室メンバーがいない今、トウヒさんがいなければオレは絶対キャパオーバーしていた。
少なくとも、慣れない家事や書類なんかはどれだけ手を取られていたかわからない。
今の仕事の20パーセントも進んでいなかったんじゃないのかな。
食べるだけならあっという間だけど、料理するのには手も時間も掛かるものだ。
先程はざっと目を通しただけのパンフをもう一度じっくり読むため、ステータスを開く。
ゲームなら事故ってナンボ。
情報集めが足りずに失敗しても、【それもまた人生ですね】と、プレイヤーの自主性のまま放任スタンスだったGMだ。
だけどリアルのGMや妖精さんは、オレらが損を踏まないよう、こうして影日向に立ち回ってくれている。
ありがたいよな。
一度は痛い目に遭わなければ、身に付かない人間ちゃんばかりで済まんな!
胸に手を当てれば、心当たりがありすぎる。
ここで【ただ賢いだけでしたり、うっかりもしないのは、案外詰まらないものですよー】とクフクフ笑う、トウヒさんの精神フレームは可愛い顔してストロングだ。
前庭パンフの表紙は避暑地風。
白糸のように落ちる滝と、清流きらめく川辺である。
トウヒさんは、写真を撮るのもお上手だ。
ありふれた風景も、なにか特別なもののように撮ってくれた。
なんていうか。うん。
余分なギミックのないダンジョンって、攻略するほうもだろうが造る方も大変楽だ。
罠や宝箱招聘システムもそうだけどダンジョンで扱うものが魔物な以上、どうしたって事故は起きる。
専用の部屋に魔物を種類ごと収納してしまえば、管理が楽になるのは分かりきっていたことだ。
……こんなゆるゆるなダンジョンで良かったんだろうか?
造っている最中は自信があったのに不思議だ。
きちんと企画を立てて周囲と相談もしてるのに、公開した途端、泡のように不安が沸くのはなんでだろうな?
コメント、いいね、評価、誤字報告等、ありがとう御座います。
お寒くなってきましたね。
スマホを持つ手が冷えると、冬の訪れを感じます。
……ええと、秋はいずこに消えたのでしょうか?