255 ダンジョンタワーは工事中
古今東西。怖い話。
土木工場のアルバイトは、ヘルメットなし、命綱なしの高所作業だった。
そういうところだぞ、ガバ昭和ァ!
冒険者の安全管理システムはロケット文明準拠だった。
しかし建築会社の労務基準は昭和の香りだ。
過渡期っぽくてカオスだな。
昔の大工は腕自慢。気っ風が良い分、喧嘩っ早くて上げ煙管な印象がある。
女のたつみお嬢さんがバイトに行っても大丈夫なもんかと内心ドキドキしていたが、学校ジャージの中学生らは纏めてチビッ子扱いだった。
「ご時世だったとはいえ、わしらなんて小卒よ」
「勉強しながら働くっちゅうのは、エラいもんだ」
苦労している世代のおっさんどもは、働く子どもに少しお甘くいらっしゃる。
休憩時間ともなれば、ストーブの傍を率先して空けてくれた。あったけえ。
「差し入れの弁当余っとるぞ、若いのはたあんと食えよ」
膝の上に弁当箱が落とされた。
ついて回れと紹介された采配役の政さんは、顔に大きな向かい傷がある。
兵隊あがりの薫陶だ。
……治したりしないんだなあ。
「ありがとう御座います。わたくし、お肉大好きですの」
弁当は肉と米だけという、ワンパクぶりだった。たまらん。
「飲み物はコーヒーしかないけど、お嬢ちゃんは飲めるかい?」
トング片手の政さんに聞かれた。
ストーブの上には大きな鍋が置かれ、缶飲料がコトコトと湯煎されている。
缶が幾つも並べられると、目につくのはプルタブの形が違うことだ。
「わたくし、来年は高校生ですもの。大丈夫ですわ」
現在の缶飲料はプルタブが取れないようになっている。だけど昭和世界のプルタブは開けると取れる仕組みなのだ。
だからか休憩所にはプルタブ入れが置いてあった。えらい。
島を歩いていると、そこかしこにこのプルタブがポイ捨てされていたりする。
そしてゴミ0運動している妖精さんに拾われている。
プルタブが一体型になった理由が、わかってしまった。
缶飲料にも歴史ありだ。
「そうか。熱いから気をつけろよ」
「はい。ご馳走になります」
熱いコーヒーをタオルに包んで渡される。
コーヒーはミルクなしの砂糖入り。
弁当の肉が冷えていてもオレは美味しく食べるけど冬のこの時期、暖かい飲み物があるのは最高だ。
ぽうっと胃に熱が灯る。
しかし政さんの強面で、マメに世話焼きされるとギャップがある。
………ああ、そうか。
政さんは、ちょっとアスターク教官に似てるんだ。
人を2、3人食い殺してそうな野獣の貫禄とか、そこら辺も。
いかん。好感度が上がってしまう。
《ここの土建屋の親父さん、まだ若いのに大頭領の貫禄あるよな》
《まさに山賊》
《←失敬だぞ、君ィ》
《シャッチョさんは戦後裸足で焼け出された孤児から、裸一貫で成り上がった立志の人やぞ》
《ヒュー!そういうネームド、大好物!》
《道理で迫力の火傷顔》
《おっさん作業員たち、スカーフェイスの見本市じゃん》
《そんなヤクザ顔負けのオッサンどもに囲まれて、ご機嫌でいられる姫さまの異彩について》
《まんまと餌付けされとる》
《他の中学、高校生は借りてきたネッコ状態なのによ》
《戦地帰りの元兵隊さんを前に、ヤンチャはできんし》
《ニブ……いや、胆力あるよな。ヒッメ》
「おうい、政さん。そこの娘さん。休んでいるところ悪いな。資材が搬入されたんで、天辺まで荷運び頼まあ」
采配人の政さんと、オレの『体内倉庫』の資格腕章に目を止められて休憩所の外から声が掛かる。
「おうよ。戻るぞ、嬢ちゃん」
奢りの甘いコーヒー缶を急いで飲み干して、ちょこんと座っていた蜜柑の木箱から立ち上がる。
もちろんゴミはゴミ箱へ捨てる。
なんとこのオノゴロ島。
昭和只中なのに燃えるゴミと燃えないゴミの分別をしている未来都市なのだ。
尚、燃えるゴミは水玉工場行きである。
「はぁい。それではお先に、おじさまがた」
余分にエネルギーチャージしたぶん、頑張るぞい。
トラックに積載されていた資材を『体内倉庫』に取り込むと、組まれた足場を登っていく。
すると足下、隙間から、ひゅうひゅう寒風が吹き上がる。
オレが募集で請け負ったのは、資材の荷運び要員だ。
組み立て途中の工事の足場を登るのは、大人のジャングルジムのようで楽しくある。
巨大建造物の工事現場とかこんな機会でもないと入れないし、ダンジョンタワーは手入れしながら百年、千年先にも使われるだろう建物だ。
歴史の中にいるようで心が踊る。
瀬戸大橋や青函トンネル。実際に建てた人たちは、こんな気持ちだったんだろうか。
なにせ物は日本を繋ぐ大動脈だ。
一生の自慢話に違いない。
『登攀』の発動体を現場では貸し出しされているし、『アクロバット』持ちのたつみお嬢さんだ。
狭い足場もすいすいな、政さんに追随する。
「おじさまがた!追加の手すりと足場材料を持って参りましたわ!」
「おーう!
角のお嬢は掴んでいる柵を絶っ対に、離すなよ!
俺らが固定するから、こっちの作業を見ながら足場を置いていってくれ!」
「はい。それでは番号順に出しますわね。
『念動』を使いますので、二歩分、離れてくださいまし」
お届けする物資は政さんが、仕舞う際に番号を振ってくれた。
充分なスペースがあることを確認して、『体内倉庫』から足場材料を取り出す。
それを『念動』で支えながら、ぶつけないよう、そろりそろりと置いていく。
「オーライ、オーライ……ストップ!」
むむ、ゆっくり動かすのは何気に重い。重量物を丁寧に『念動』で移動させるのは、訓練になりそうだ。
《手を使わんでいいもんな。建築現場に『念動』があると潰しがきく》
《『体内倉庫』とセットなら、小回りのきくクレーン車?》
《そうか。この先、老朽化したビルの解体なんか楽になりそう》
《怖ぁ。足元カメラたまヒュン》
《なんか足場を固定するおっさんどもの動きがさ、早送りしているみたいで気持ち悪い…》
《慎重に作業する、姫さまがおっとりして見える。不思議!》
…………命綱なしの環境には慄いたが、冷静に考えればオレもタワー5階の高さから滑落してもピンシャンしている程度のHPはあるんだよな……。
そういや撹拌世界の工事現場でも、ヘルメットしている作業員はあまり見掛けなかったっけか。
しかしだ。うーん?
昭和世界の建築現場業界はヤクザ紛いのパワハラや虐めが横行してるもんだとワクテカしていたのに拍子抜けだ。
偏見はよくなかった。反省しよう。
作業員を冒険者資格があるので固めるなら、一定のモラルは保証されるってことなのかな?
昭和政府ちゃん、意外と抜かりがなかった。
いつもガバ扱いして、すまんかった。
オレの懸念は島の中にいても漏れ聞こえてくる、外の世界の『昭和異変』だ。
こちらは世相相応に、治安が悪い様子なのだ。
ゲーム中、小耳に挟んだことだけをざっと挙げる。
横行する人攫いに、小学生の喫煙の横行。貧しさから子を捨てる親。賭博に猟奇殺人、元兵士に蔓延する覚醒剤。大挙して違法バイクを乗り回す若者たち。ヤクザの抗争。大企業による河川の汚染。
シナリオにどこまで絡んでくるか不明だが、軽犯罪から重犯罪までより取りみどりの欲張りセットだ。
昭和世界を謎時空にするために複雑怪奇な国家摩擦や、それに伴う大事件を抜いているだろうにコレである。
素行悪いぞ、戦後日本。
もちろん良い話も沢山アンテナが立っている。
公共事業がバンバン行われ、景気は上向き。電灯が世を照らし、水道が通る。
ぬかるんでいた道は舗装されて、街角のテレビからは明るい歌が鳴り響く。
今日よりも明日はいい日だと信じられる、エネルギーに満ちているのがこの昭和だ。
増してロケット漂着に、ダンジョン建造の追い風だ。
産業は着々と花開きつつある。
どんなに貧しく産まれようとも、真面目に生きていれば冒険者になれるし、成り上がることもできる。最低でも食うには困らない。
冒険者は未だ貧しい日本にあって、誰もが手を伸ばすこともできる希望の星だ。
そして四方が海の国の日本である。
オノゴロ島が生み出し、冒険者が汲めども尽きぬ莫大な富は、綿津見が全国津々浦々へと運んでくれる。
つまり重要拠点でもある島の治安は、政府ちゃんの肝いり案件なわけで格段に良いのだけれども。
いや、済まない。皆の衆。
出てしまったんだよな。
【島に蔓延る悪を暴け!】
その、やることリストが。
おばちゃまのスパイとしては気になるじゃん?
バイト代が高額だったもんで怪しんだが、工場現場はハズレだな。
おっちゃんらが悪党なのは顔だけだ。
ポケットに突っ込んであるのだって、拳銃ならぬキャンディだ。しかも黒飴。
おばあちゃんかな?
「よし、固定した。嬢ちゃん、次は手すりを頼むぞ!
目の位置に、金具飛び出てるから気を付けろよ!」
「はぁい」
しかし悪とは、なんじゃらほい。
気になるが、バイト代の分は働かねば。
そう。募集のバイト代が高かったのも闇バイトじゃなくて、『体内倉庫』のクレーン車代金代わりの技術料だったってオチがついてしまっている。
どっとはらい。
………だよなー!
学校の掲示板で紹介されて、闇バイトにたどり着いたらそれこそ恐怖だった。バカかオレは。
でもうちのGMなら、しれっとそーゆー洒落にならんことをやりそうじゃん?
ゲーム内のGMだけは信用ならない。
「政さん、別嬪さんには随分と優しいじゃねえか。嬢ちゃんを3人目にする気かい。
カミさんたちに叱られても知らねえぞ!」
政さんの外付け『体内倉庫』として働いていると、他のおっちゃんに野次られた。
おおっと。隅におけない。
政さんってば、おモテになります?
「関の字。お前さん、馬鹿ばかりを言うんじゃないよ。
うちのガキどもより年下の娘っ子だぞ。
まして俺らの世代と違う。
気立てのいい娘さんは、まっとうな男に嫁げるご時世よ!」
ほうほう。
つまり奥さんたちは自分に勿体ないような、素敵なお嬢さんだったんだと主張したいんだな。政さんは。
お熱いことで。
「ハハハ!違いない!
養う鬼ババがひとりで済むのは、全くいい時代になったもんだ!」
《そっか、おっさんらは女余りの時代か》
《っ………憎しみで人が殺せたら…!》
《未亡人とか多かったろうしな》
《あっ、あー!昭和世界だと一般女性冒険者の人口が、男より多い謎が解けた!それでか!》
《冒険者学科は男子の方が多いもんね》
《ひょっとして、狩られたのはおっさんたちの方かもよww》
《女狩人……。悪くない》
やいのやいの言いながらもテキパキ働くおっさんたちの身こなしは、高所であっても危なげない。まるで猿か忍者である。
鬼に金棒。大工に『登攀』だ。
ううむ。現代の基準とは違っても、安全へ配慮はされているのか?
ある意味、最先端だ。
……いいや、待て。そんなことはない。命綱は必要だ。
地面と重力は時として、強敵だ。
落下ダメージは舐めたらあかん。
「よし、嬢ちゃん、次は上階に移るぞ!」
「はい!」
だから、おっさんよ。鉄骨の上を軽やかに走るのはやめろ。
落ちないか、ハラハラするだろ!
まだ低い島のオノゴロ島ダンジョンタワー陸上部分だが、完成した暁には地上300メートルを越えるそうだ。
工事が進みタワーが高くなればなるほど、リスクは増していくだろう。
よし。おばちゃまとの今夜の茶飲み話のテーマは命綱だ。
たまには実になることを話そう。
宿題や縫い物などをしながらの、他愛ないお喋り。それには功績ポイントが、気持ち程度つくこともある。
【可愛い情報屋さん】クエストの余録だ。
いつもは授業の感想や、食べ歩きの話とかだもんなあ。
海の揺りかごに守られて、島はとても平穏に見える。
いっそ悪など見つからず、こんな日がいつまでも続くといい…………と、動乱フラグを立てておく。
ゲームが接続すれば東京グループの戦場に、どの道ワーイと乗り込むのだ。
それまで羽を伸ばしておかねば。
そんなこんなで高所作業が効いたのか、ゲームで貯めた熟練度がリアルに還元されてきましたよ。っと。
おはよう。
縁起の良い朝だ。
予感があって、起き抜け一番のステータスチェックだ。
見事的中。燦然と輝く【new!】の文字が飛び込んでくる。
オレの体育スキルに『バランス』と『アクロバット』と『柔軟』が、自動習得で一気に生えてた。
たつみお嬢さんの上位スキルである『アクロバット』から内包スキルである『体幹』と『バランス』が抽出されて、改めてリスト化した。
なのでもしやリアルにも、なにかしら変動が来るかと思ったら案の定だ。
経験値がオレの見てないところでも、しっかりと働いてくれている。
ありがたいので、これからもよろしく。
そもそも『アクロバット』は、『体幹』、『バランス』、『柔軟』、『リズム』を内包している上位スキルである。
そう、上位スキルだ。
フフフ。自動で200近くものコストが支払われちゃったぜ。
内包スキルがゼロだと500からのコスト代金だから、凄くお得ではあるけれど!
こういう自動取得が時々あるから、コスト計算狂うんだよな……!
セカンドジョブを入れるタイミングを迷ってしまう。
しかし出した文句が引っ込む程に、『アクロバット』は良いものだった。
コストに見合う満足感ある。
体の動きのキレが昨日と別人だ。
たつみお嬢さんが猛ダッシュからの急停止を易々こなし、重量物を取り回してもグラついたりしないわけだ。
リアルのオレは走るとカーブで曲がれなかった。
スピードで乗った重量に対し、コントロール系のスキルやその熟練度が足りてなかった。
その問題も上位スキルが出たことで安定した。
単品で働いていたスキル同士の歯車が、カチリと噛み合った感覚だ。
ピンのスキルを繋ぐこと。昇華すること。これが上位スキルの持つ強さだ。
全力で走ってもカーブが怖くなくなったし、ストップモーションも滑らかだ。
世界が変わる。
「よっ、と、と!」
床に手をつかず、空中で膝を伸ばして一回転。
着地こそ2歩乱れたが、後方宙返り成功だ。
スゲー。『アクロバット』生えたら、バク宙がやれるようになりましたよ?
バク転、前転ってなんていうか、男の子じゃん?
箒ソードとモップ槍と同じくらい、小学生男児の教養だ。異論は認める。
オレはじっとしていられないタイプの小学生だったので、そこら辺は満遍なく嗜んできた。
しかし真っ直ぐに足を伸ばしたバク宙に至ると、体操選手かダンサーのもの。
拳を天に高く掲げる。
渾身のガッツポーズだ。
「成長を感じる…!」
「おー!」
「尻の穴を前に押し出す感じで体を伸ばすと、もっと綺麗に飛べるぞー」
パチパチ拍手してくれるのは柔道2段、黒帯レディの狭間さんの生徒さんらだ。
彼らは運動が割合と得意な分類の、民間冒険者さんたちである。
「はい、そこ。遊んでないで、受け身をやるよー」
ピー。
少し遅れて来た組の柔軟を指導していた狭間さんが、ホイッスルを鳴らす。
「はーい」
場所はヨコハマダンジョン運動場。
使っていいマット床があれば、はしゃいでしまうのが若い男という生き物なのだ。ご容赦あれ。
「柔道講座ではお初目の、若葉さんが混じっていますので前置きしますね。
柔道は人相手の技なので、冒険者には不向きとされています。
確かに四つ足や空飛ぶ相手に、組み寄って技を掛けろは無理難題ですよね。
だけど受け身の技術はそれこそ一生、使えます!
魔物に吹き飛ばされてしまった時、そうでなくても転んだ時、身に付けた習慣が皆さんを守る一助になるでしょう。
ということで今日も張り切っていきますよ!」
狭間さんの初心者講座は、技の掛け合いなどはバッサリ切って、受け身だけの授業形態だ。潔い。
ジーンズにTシャツ。柔道着の上だけ着た狭間さんに来い来いとされる。
どうぞどうぞと、お互いに目線で譲り合ったが圧で負けた。
大人はずるいなー!
「おっ、篠宮くんからだね!どんどん投げていくから皆も列を作ってねー!
まずは大内刈りからね、後ろ受け身!」
そして宣言通り、襟を掴まれて5秒で投げられた。
もう、なすがままだ。
いや、嘘をついた。抵抗したが無意味だった。
後ろ受け身。
教えられた通り、頭を丸めて床を叩く。
「はーい、忘れてる!後ろ受け身は転がった時、足をもっと伸ばーす!
それだと膝が顔面に当たっちゃうよ!
篠宮くんは床に座った状態から、後ろに転がる練習をやろうか。誰かー。腕の角度とか細かいところ教えてあげて。
次!」
……うん、教えられた通りには出来なかったよな!
異界生まれの『アクロバット』は、柔道の……三千世界基準だと変態進化している地球の武術の動きに対応してない。
フォーマットは真っ白だ。
巧く使いたければ知識を寄越せ状態である。
HPがあるのは前提運用。
顔に膝がゴッと当たったくらいじゃへっちゃらだから、『アクロバット』さんは働いてくれないのだ。
………幸が育てている『アクロバット』は、えげつないことになっている予感しかない。
日本製、新しい分岐スキルの開祖になるんじゃないか、あいつ。
フフ、オレの柔道経験はとても雑魚いぞ……。
リアルの強化カリキュラムは、まず走って逃げることから覚えさせられたからな。伸び代しかない。
剣道?
あれは教養だ。余裕があるなら練習してもいいですよといったところ。
無念なりけり。ダンジョンマスターを前衛に置くと、皆の迷惑になってしまうのだよ……。
竜の気が出たから、それなり以上に頑丈なんだけどなオレ。
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。
バイトを選ぶ時、たつみお嬢さんのアバターなのに、制服のめっちゃ可愛いカフェで女給さんになってくれないあたりが、語り手のハジけきれないところですね!




