254 アルバイトするなら
昭和世界の冬は如月、その1日だ。
2月3日の節分祭まであと2日だ。
迫りくる締め切りに、校舎の雰囲気も浮わついている。休み時間も内職を励む生徒ばかり。
段取りが上手くいかなかった高校生以上のグループなんて、支度に追われて大わらわだ。
部活をやっている鶴ちゃんや花ちゃんも、昼を食べ終わるなり【さあ、いくよ!】とやる気溢れる部活仲間に強制連行されていった。
転校生なプレイヤーはというと大抵まだ所属クラブに入ってないので、お客さん扱いで自由行動だ。
最初から修羅場はないだろと、配慮されてしまっている。
節分祭が終わったらこの熱気立つ学校も卒業式前ムードになるんだろうか。
高校3年生は卒業したら黄泉比良坂に行く者も多いと聞いている。
こうして送る立場になると、節分祭が盛り上がる理由がわかってしまうな。
国の防人として、旅立つ君にどうか幸あれ。
艱難辛苦よ、降り注いでくれるな。と。
厄払いをしてやりたいと、そんな心情が見え隠れする。
例えば、そう。
発動体の売買はえげつない税金が掛かるものだが、学生がイベントで自作し、無料配布されるものは【勉学のため】との錦の旗により目溢しをされたりする。
まさに招福。『ヒール』を持たない3年生はこのイベントで発動体が回されて卒業することになりそうだ。
法律的には駄目なんだろうけどなー。
四角四面ばかりでも良くないよ。こういうズルをケンケンとつつくのは悲しいことだ。
効率が低下するから乱造品を氾濫させたくない政府ちゃんの思惑も、卒業生にせめての【お守り】を持たせてやりたい島メンの気持ちも両方わかる。
一緒にランチしていたメンバーは攫われて行ったが、オレは祭り前の特別で小ミーティングルームとして解放されている学食にまだ残っている。
茉莉花くんと顔を付き合わせて商談だ。
日の当たるテーブルの上に品物を広げる。
「装飾モチーフつきリングヘアゴムが20点。
ミニ簪が10点。
ラメ入りコンパクトミラーが5点。
バレッタが5点。
飾り付きヘアコームが5点。
ヘアクリップが5点。
玉止めヘアピン500個。
U字ヘアピン500個。
小さなゴムバンド500個入りが2つ。
以上が納品となりますわ。ご確認くださいまし」
茉莉花くん発注の納品クエストだ。
彼はさっきまで鶴ちゃんとも、ビッグリボンやシュシュなんかを売買していた。
そして驚くほど電卓を叩くのが早い。これが社会人のスキルか。
「おう、助かる」
茉莉花くんは数の多いヘアピンとゴムバンド以外を検品してから、依頼書にサインを書き込んだ。
これを学校のギルド受付に持ち込めばクエスト完了だ。
お疲れさまでしたオレ。
装飾品の制作は、プラモ組み立てのような面白さがある。
設計図通りに細かいものを、きっちり仕上げられるのはえもいわれぬ充足感があるものだ。
『錬金』スキルさまさまだ。
これは一例だが、『計算』などの前提スキルは『錬金』ツリーの『CAD』などに使われ自動的に連動する。
今はスキル内に埋没しているスキルも、改めて出しておきたいので初めてのレシピで負荷を掛けるのは大歓迎だ。
『計算』は『ターゲット』や『結界』など多岐にわたって仕込まれている。
そんなあちこちで使われている内蔵スキルをピンで出してしまえば、その分使用スキル群のコストが圧縮されるのだ。
検品した品をそのまま手作りディスプレイボートにパッキングしていく茉莉花くんの器用な手をじっと見てしまう。
うーん。この格差。
リュアルテくんといい、たつみお嬢さんといい、そして本体のオレといい。
指先を直接使うよりも魔力のみでの工作の方が、得意なのはなんでだろうな…?
そりゃあオレは日課の石弄りがあるんで、それが魔力を扱う訓練にはなる。
とはいえ指だって、生まれてからこのかたずっと使っているものだ。
なのに不器用とか不思議過ぎる。納得いかんよ。
こーいうところは、かーさんの遺伝子に頑張って欲しかった。
とーさんの遺伝子は変なところで頑張らず、頭脳方面で主張してくれたら良かったのになー。
…きっと、たつみお嬢さんもスキルで『刺繍』を覚える前は、縫い目がガタガタだったんだろうな……。
スキルのありがたみが染みるようだ。
時間短縮だけに留まらず、不器用者でも一定のラインまで押し上げてくれるスキルこそ神だ。
「一点ずつ違うデザインを頼んで悪かったな。面倒くさかっただろう」
「あら、こちらも勉強になりますもの」
むしろレシピ埋め協力感謝だ。
リュアルテくんと合わせて、今までに作成した錬金レシピは900と少し。
それぞれのアバターで100やら500やらの節目の達成時には、特典で錬金キットや纏まったご祝儀功績ポイントを椀飯振舞されている。
多分1000の時にもあるだろう。
こーいうやりこみゲーム的なシステム、好きだよなGM。分かりみが深い。
それでも全然埋まらない錬金レシピをコンプリートするのはもう諦めているが、冬が来る前のリスのように蓄えてきたレシピブックが日の目を見るのは感慨がある。
発動体で使えないような装飾品レシピなんかは、お蔵入りしてるからなあ。勿体なかった。
まだ利用しているのはネジや工具といった類だ。そっちはリアルの方で納品している。
ほら、甲殻人デカいし錬金レシピの規格が合わんからさ。椅子とか小物類は神奈川メンバーで都合した方がスムーズだったりする。
お前は他にやることあるだろうって突っ込みを受けそうだが、息抜きだ。許して。
日々更新されるクエストボートを眺めていると、混じりたくてつい。
「本当はもっと発注したかったけどよ。サロンチェアが高かったよな」
こくりと頷く。
「出会ってしまわれましたものね」
茉莉花くんのバトルドレス資金は、革目が美しい理髪店のデザインチェアと三面鏡に化けてしまった。
蚤の市ってなにが出てくるかわからんもんだ。
「ねえ、あなたたち。アクセサリの販売をしているの?」
そこで、にじにじと寄ってきたのは高校生女子グループだ。
これはラッキー。
人目のあるところで商談していた甲斐があった。
《おお、懐かしのアイドルカット》
《バッチリ決めておる》
《配信顔出しOK女子は貴重》
《ありがてえ》
《彼女たち、今ならギャルのグループ分類?》
《不良の突っ張りスタイルは嫌いじゃないけどお洒落ではないもんな……》
《でもリーゼントは格好いいです》
「ご機嫌よう、お姉さまがた。
こちらの茉莉花さまは美容師志望で、節分祭で髪結い屋さんを出店しますの。
その打ち合わせですわ」
「アクセサリーは発動体じゃないファッション専用だが、冒険者たるもの格好つけてナンボだからな。
祭りに花を添えるのもイイ女の仕事だ。良かったらきてくれよ」
《こいつは、またww》
《ブレない男よ》
「えー、どうする?」
「興味はあるけどぉ」
エキゾチックな美少年の営業スマイルに女子高生がさざめき立つ。
「ねえ、いいかな?」
そのうちのひとりがオレに話しかけてくる。
なんぞや?
「あなた、転校してきたときは普通にお下げにしてたでしょ?
なのに今日は急にお洒落になっていたから気になって」
あー。昭和女子にも現代美容師のテクは通じるんだな。
「ええ、わたくしも突貫でお勉強させていただきましたわ」
後頭部を丸く見せるテクニックや、摘まみ髪の出し方。美しい結び髪のポジショニング、ヘアゴムを隠す一手間その他。
思い返せばサリーが毎日やってくれたこと、その一部だ。
「だからかあ。
キラキラした金髪だから崩れたようなひとつ結びでも素敵なのかな、いいなって見てたけど、理由があるんだ!」
「髪の毛に差し込んであるヘアピン?
小さいけど似合っていて可愛いよねって」
指摘されたのは菫モチーフのUピンだ。
ついと人差し指の爪で触れる。
「ええ。これぐらいなら沢山動いても落とさないかしら、と」
今日の髪型は、軽く崩した低めのポニテだ。そして右の耳の上にワンポイントで小さな菫を差し込んでいる。
おばちゃまや妙子さんからの評判が良かったのは、あながち身内の贔屓でもなかったようだ。
なんかこう…褒められて気恥ずかしいのは、たつみお嬢さんが照れてるからだな。
彼女は存外、はにかみ屋だ。
アバターはもうひとりの自分であるが、肝胆相い照らす友でもある。
プレイヤーなら自分専用アバターに、ひとかたならぬ自信と愛着もっているものだ。
たつみお嬢さんを褒められると【わかる】と深く頷く方がオレ側の心理だ。
「わかるー。落とさないのは大事だよねえ。
戦技訓練入るとセットがぐちゃぐちゃで朝の頑張りがパァだもん。
だけどお洒落はしたいよね。気分のノリが違うしさ」
「祭りの時は華やかな結い方をするつもりだけどよ、今なら簡単な手直しのやり方も教えられるぜ?
ヘアアクセ1個買い取りプラス技術料で1人2500円でどうだ?」
《昭和価格は安く感じる》
《実際は安くはないよな?》
《学生時代は金なかったなー》
「やる!」
「よーし、可愛くしてね!」
「しっかり覚えて元をとるぞー!」
《即決か》
《高校生ともなるとじゃぶじゃぶ金を使うようになるのじゃ》
《金遣い荒くなるのは心配》
《←いや、装備品買おうと思う奴らは結構カツカツにしておるよ?》
《でもさそーいう貧乏金なしな学生冒険者生活、超楽しい》
《ラノベで百回は見て、まだ読みたいやつ》
《だよな。稼ぐのも勉強するのも毎日伸びている実感がある》
《ふふん、大人組もいいぞ。お水や酒場はバブリー上げ上げ。ステージショーは楽しいぞ。女の子が垢抜けてないのがまた色っぽくて!》
《ホントこの世界。どの時空の昭和なん?》
《年代ブレブレ》
《ここに駄目な大人がおる》
《小学生やってる俺に喧嘩売ってる?》
茉莉花くんが乾燥ワカメのようにモリモリ増える女子高生に集られてしまったので、これからの予定が空いてしまった。
見捨てて逃げ出してないよ。本当だよ。
あの場にオレがいても仕方ないじゃん?
……女の子って集団だとパワフルだよな。
あの調子じゃ祭に用意していたヘアアクセは瞬く間に売り切れそうだ。
自分用にもう少し種類を作っておいて、追加注文あるか夜にでも連絡入れるかな。
売り物になるかもと思えば、丁寧に作ろうって気合い入るし。
下駄箱前の学校依頼掲示板で面白そうなクエストを見繕う。
……ぼっち専用依頼も案外あるな?
常設依頼なんて、隙間時間を埋めるバイトアプリみたいだ。
マッスル小麦の刈り入れに、水玉工場のアルバイト。
新聞配達、建物清掃、工場での『解体』補助、封筒貼りに、造花作り。
特に土木関係の仕事は熱い。前衛職大歓迎とある。しかもかなりの高給だ。
……ふうん?
《建物清掃。『洗浄』覚えるのに行ってる》
《水玉工場は無心になれるぞ》
《それな。悟りをひらけそう》
《解体工場は勉強になる。『解体』持ってないやつは行けよ。何回か吐けば慣れるから》
《そうそう、魚を捌くところから行くと慣れやすいよー》
《工場は『防臭』マスクが備品なのいいよね。自前のが欲しい》
《……うわ、出来ない子は肩身狭あ…》
《やれることをやればいいんだって!》
《話し半分に聞いておけ。冒険者はお節介な生き物だからイイと思うと皆に薦めてしまうんだ》
「どれを行っても楽しそうで迷いますわね!」
アルバイト募集が沢山あるのっていいな。わくわくする。
うちの近所なんて農作業ぐらいしかバイト先がなかった。
土仕事が嫌いじゃなくても、たまには違ったことをしたいじゃん?
選べることに喜びがある。
《おめめキラキラじゃん》
《姫さまは人生楽しそうで善き》
《このポジぶりは見習いたい》
《バイトで頑張っても、内申点がつくのは面白い取り組みだよな》
《なあ。新聞配達に使っていた社用バイク、妖精車輌だったんだが。長期バイトと引き換えに買い取り打診されて困惑しておる》
《ふぁ?!》
《うーん、この妖精さんのチョロインぶりよ》
《クエストにはなにが潜んでいるかわからんね》
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