253 ヒーロータイムは一度だけ
『残念ながら人は、生まれながらに平等ではないのです。
それを知らないのは赤子だけ。
しかし彼は心を空に住まわせている故に、天人の末裔と種族の垣根を越えた友情を築くこととなりました。
それは稀有なことでしたが、彼はそれをついぞ理解することはありませんでした。
なにせ彼は体は大人になっても、蝶の羽を追いかけ転ぶ、赤子のままの男でありましたので』
ぶわり。
突如、沸き上がるスモークに歓声が上がった。
ライトが赤く染められる。
丸太で作られた筏が燃える表現演出だ。
《い・か・だww》
《開幕炎上は草》
《焼きナッツは伏線でしたかww》
《筏作りとか、蔵人さんは機転が利きますねwww》
《いや、大したものだよ。水の上とか俺らはほぼ未知の世界じゃん》
《当時は王族の随行で、船に乗る経験もあったんじゃない?》
《王族の皆さま、フィールドワークお好きだからね》
『貴様、火付けは大罪ぞ!』
主人公の放火に、見つけた蔵人が激昂する。
《(゜-゜)(。_。)》
《……暗黒期ではあちこち燃やしたよな俺ら》
《焼き討ちは基本》
《時牛を抱えて一緒に爆発したボンバーマンは絶対許さない》
《そっちにも松永さんみたいな人がおるんやな》
《あああ炎で失われた国宝、重美の数々…!》
《筏くらいなら、まあ穏当?》
『……ごめんなさい?
でもずうっと追いかけてくるから。そういうのは困るんだ。
黒いのをこれ以上疲れさせないで。
なんで追いかけてくるの?』
《悔しいが、主人公を応援してしまう》
《快活だった夜露の方が、過酷な旅路にしんなりしておられるのは心が痛む》
《飛行艇はこのころはもう使われていないんだったか》
《空飛ぶのに整備不足は怖いってことじゃね?》
《地球人ちゃんはよく1から機械を組み立てて空を飛ぼうと思ったよな。スゲーよ》
《空と海は、未踏領域感ある》
『西方はまつろわぬ地ぞ!尊き方になにかあっては如何する!
況してや夜露の方はご正当な婚約者がおられるのだ!
王家の滅びは我らが滅びぞ!』
『……いつもだけど。お前ら、なんか気持ち悪い』
《ぐわぁっ?!》
《その言葉は戦争だろお?》
《痛い、痛い!》
《でも確かに当時の日記は俺らが見てもメンヘラ臭い》
《当時のガチ従者に比べたら、俺らのご主人さま趣味はふんわりファンシー☆なファッションだしな》
《…ご主人さま趣味とはなんぞ?》
《歴史を紐解く会みたいなもの?》
『ええい、気違いが!話にならん!
打ちのめして居場所を吐かせろ!』
『わ!と、と!うわあ!』
舟に放火していた主人公はあっという間に組伏せられる。
『残りのものは消火と組み立てを急げ!
この者が筏を焼いたということは、河向こうが本命ぞ!』
『ハハッ。しかし、陽動では?』
『そんな知恵がこの者にあるか!』
《うわわぁ!》
《この馬鹿ちん!》
《ルート確信されちゃったじゃん!》
《いや、200人も動けば移動した痕も残るよ》
《それでも兵が四方に散っているのは、囮部隊がいたんだろーな》
《←そりゃ、成人男子の王族なら私兵はいるだろ》
ころり。と。
そこで腰に下げていた紐が千切れて落ちる。
主人公は苦しい姿勢のまま、大切な守り袋をなんとか拾い。
ハッと、天啓を受けたように握りしめる。
袋に入っているのは、うずらの卵ほどの宝玉だ。
『……ごめん、小さいの』
主人公は組み伏せられながらも、グイと着物をはだけさせた。
そして宝玉を胸のソケットに嵌める。
パパパ、と、特殊効果が入れられ、音楽が切り変わった。
ヒーロースーツに仕込まれたライトが次々と点いていく。
とうとう来てしまったか。
劇中にチラホラ張られていた伏線。月が満ちた。
これより主人公が男を見せる。
一生に一度のヒーロータイムだ。
『まさか。それは、ホープランプ!』
蔵人たちの狼狽と驚愕。あるいは嫉妬。
『ホープランプ。
訳しますところ【希望の明かり】!
暗闇に灯りて、道を照らすもの!』
講談師は高らかに、その名を告げる。
【けして使ってはいけないよ】。
それは約束して交換した、内緒の宝物の名前でもあった。
『幼き日。交換した友情の証が、なにごとも平均以下の男に鬼神の力を与えます』
講談師の声に合わせて光輝く主人公が、素人臭く腕を振る。
ダ、ダダンっ!
それだけで彼を囲み組伏せていた、蔵人、検非違使たちが木の葉のように吹き飛ばされた。
ここで特筆するのは敵役者の名演技だ。
石像がそのまま後ろに倒れたような仏倒れや、バク宙捻り倒れが披露され、その飛距離や美しさに観客席がドっと沸く。
死屍累々。起き上がろうとしているものの、衝撃で立ち上がれずに膝をつく敵役。
その隙に筏を次々に壊していくのが主人公だ。
蹴りや拳の素振りのごとに、黒子が筏のセットを崩していく阿吽の呼吸だ。
『貴様ァ!かたわ者ごときが楯突くか!
今度ばかりは、許されると思うなよ』
《これって放送禁止用語でない?》
《昭和さんはおおらかだから》
『おれは難しいことはわからない。
でも小さいのは黒いのとずっと、ずっといたいんだ。
おまえたちは小さいのと黒いのを引き離すんだろ?
そうしたら小さいのは泣いてしまう。それはダメだ』
その台詞に蔵人たちの顔が歪む。
《お役人さんもしんどいよな》
《若い王族の恋とか、ペンラ振って応援したいだろ。常考》
《板挟み辛いにょ》
甲殻を黒く塗った蔵人たちに囲まれて、成人し、薄灰色に変化していた甲殻が白銀に輝く。
その胸に、囂々と燃えるように灯るはパワーユニット。
炎は力。そして命だ。
そして、まるで主人公が呼んだように雷雲が鳴る。
《雨が降り始めた?》
《あっ》
《あああ!》
『おのれ、おのれ!
おまえに尊き方のなにがわかる!』
『わからないよ。
おれはおれの好きにしたいだけ。
ここは絶対通さない』
頑是ない子どものままのかたくなさ。
雨の中、立ち塞がる甲殻はぴしり、ぴしりとヒビ割れ、落ちる。
胸に目映く光る宝珠。その溢れる力に体が負けてしまうのだ。
この状態は長く持たないと、見ているものに思わせる。
『ハッ。死ぬぞ、お前。
ホープランプだよりの素人が、よほど命は要らぬらしい!』
黒塗りの男が得物を支えに立ち上がったところで、おっとり刀の検非違使たち。その増援が訪れる。
さささと倒れたままの蔵人たちを回収し、主人公を取り囲む。
バシャバシャとした足音。
『出会え、出会え!』
『お怪我は』
ついと膝をつく検非違使に、蔵人は手を振って指示を出す。
『よい。先にあの者を捕らえよ!笹の葉の君の居場所を吐かせるのだ!』
《無理やん》
《こいつに地図が読めるわけないんだよなあ…》
《アホの子は高性能な耳があるから、一言、呼ばれたら判るんで》
《百里を聞く耳って『コール』みたいな特異能力?》
《サトリっていう心を読む妖怪が、日本さんにはいるらしい》
貴様だけはけして許さぬと向けられる槍はヌメリと輝く。
突き立てられた槍は光の壁に弾かれる。
ただし。
『わ、わわ』
パキン。
穂先は触れていなかった。しかし目を保護するバイザーが割れ落ちる。
後見の黒子たちの手により引き抜きされての、甲殻が砕ける演出だ。
『ああ……使うなって、こういうことか』
驚いたように顔を押さえ、なにかを悟ったように胸に触れる。
それからは多勢に無勢だ。
冒険者の身体機能で舞台狭しと野生の獣のような大暴れを見せた主人公だが、やがて力尽き、殴られ蹴られの演出に入る。
『話せというに。ええい、頑固な。これ以上は本当に死ぬぞ!』
『アハハ、ごめんよ。もう耳が聞こえないんだ。
おまえが、なにをいっているかわからないや。
……。
おれが死んじゃったら、小さいのは泣くかなあ』
轟く雷、打ち鳴る雨音。
さあ、来るぞ、来るぞ。
その煽られていた予感は、この期に及んで的中した。
ドバン!
一気に噴出したのは、積んでいたフラグだ。
上手から下手へ。茶色い布を広げて走る黒子たち。
布が表すのは水である。
河の出水は舞台の総て、一切合切を飲み込んだ。
大河の氾濫が、主人公、蔵人、検非違使もろともを押し流す。
やがてBGMが静まり、暴れる布も落ち着いた。
布がするすると引かれると、人影どころか筏の丸太すら消え去っていた。
後にはなにも残っていない。カラリと空虚だ。
……本当に死ぬのか。主人公。
数々の不敬罪イベントという死亡フラグを踏みすぎて、もうこいつは最後まで生き残るような気がしていたが前評判通り死んでしまった。
おおう、そうか。
そして場面は切り替わる。
『あいつ、また蝶を追っているのかな?』
仕方ない奴めと言わんばかり。
笹の葉の君は優しい顔だ。
彼が迷子になってくれたおかげで、一行はまた降りだした雨に当たることもなくゆっくりと休むことができていた。
お陰で体調を崩していた夜露の方も、今は顔色が良そうだ。
笹の葉の君の友だちは、昔から心優しい。
へっちゃらで自分の損になる【賢くない】ことをしてしまうのだ。
『ええ、雨が止んだら、探して叱ってあげなくては』
夜露の方の腹を愛しく労るその仕草は、観客にそういうことだったのかと知らしめる。
『あいつ、うっかり河に落ちてはないよな?』
『いや、これから水が増えるから、河に絶対に近寄るなと言い出したのはあいつだぞ?
……いかん。心配になってきた。
忘れず高所に登っているよな?』
『野生の勘は、たよりになるやつなんだがなあ』
幕外でさざめくのは主人公の同僚たちだ。
一行は既に河を越えていた。
主人公が一度渡った河を戻り、追っ手の足留めに向かったことを彼らはしらない。
今は未だ。
ああ。
観客から漏れるため息は、劇中に繰り返された主人公の迂闊ぶりがあまりにいつものことだからだ。
これは周りも気づけはしない。
『どうせ我が君に呼ばれたらすぐ戻ってくるだろう。
あいつの耳は百里を知る特別製だからな』
『この雨だ。雨宿りくらいはしているだろうさ』
『………ええ、皆々さまもご察しの通りです。
その特別な耳で彼は、雨の行方と追っ手の足音に気付いてしまいました。
他の誰も知らないのをいいことに、抜き足、忍び足。
荷を燃やしますメラメラと。
なにせ己は、小さいののたった一人の友だちなので。
折しもロケット到着前。『体内倉庫』もなかった時代のことでした』
新説ではこの追手の蔵人たちが、若い王族たちに絆されて駆け落ちに合力してしまったのではないか。と、仮説が立てられていると、講談師はかく語る。
「最後らへん演出が酷い!人を泣かせにかかっている!」
文化ホールを出た鶴ちゃんが吠えた。
その目はちょっぴり赤かったりする。
「どうせご都合主義の物語なんだから、主人公も生きていてもいいじゃんよう。
あーいうタイプの主人公に、泣かされる羽目になるなんて思ってなかった!」
鶴花コンビは非難轟々だ。
「いえ駄目よ。これで生き延びたら今以上にヘイトを買うわ!
ああいうのを最低系主人公って言うのかしら!
ああ、でも笹の葉の君を悲しませたのは万死ね。万死!!」
どうどう。
この作品はフィクションです。ってパンフ2枚目にデカデカ書かれてるぞよ、ステファニーちゃん。
そうエキサイトするではない。静まりたまえ。
「笹の葉の君と夜露の方の第一子の誕生を祝してっ!」
「乾杯!」
「おめでとう!」
「どうしてこうならなかったんだ!」
「主人公モゲロ!」
「いや、モゲていただろ、……色々と」
「後は父君と弟君のフォローをだな」
近くの甲殻人グループは、缶ジュースで酔っぱらっている。グダグダだ。
だからこの作品はフィクションだと。
……静かに地面に両手をついている人たちは、大丈夫だろうか。
夜冬のコンクリートだぞ。凍えるだろ?
《心の一部が欠けていて、俺らなのに忠誠というものが理解できん主人公ってアリ?》
《ないよ》
《日本人ちゃんだと一分野に特化しすぎた天才は、人と同じことがやれないことがあるらしいぞ》
《はへー》
《そんな繊細な才人って、うちらにはそう出てこんよな?》
《遺伝子が事故らないようガッチリホールドされておるし、その弊害かね?》
《初対面から最後まで笹の葉の君を【小さいの】呼ばわりする主人公の功罪について》
《ショタ笹の葉の君とロリ夜露の方が可愛いことしか見てないです!》
《←正直かよ》
《主人公、心の病院に入院してなけりゃ出だしで首が飛んだよな》
《【みんなおれを病気だと言う】…うん、そうだね》
《頭ぱっぱら主人公を、面白い男認定しちゃう笹の葉の君は育ちがいいなあ》
《王族の桎梏がないって……つまり主人公は現代人の俺らの感性?》
《うわああぁ!気付きたくなかった!》
《おめめぐるぐる》
《これで主人公の中の人が日本人ちゃんじゃなければ許せんよな?》
《←そう思えば心安らぐ》
「仮想歴史物はステフ的にはナシなのか?」
「ハッピーエンドは大好物よ。でもね主人公にモヤっとするのよ。
王族に普通の友情を抱くって、過去のアタシたちにしてみたらちょっと怖いような精神の欠落よ。
あって当然のブレーキがない車は恐ろしいでしょ。
……それが同年代の男友だちが欲しくてしょんぼりされていた、笹の葉の君の救いになっているってあたりがね。
なんかこう、ひたすらにモヤモヤと」
ステファニーちゃんってこーゆーとこが勉強家だ。
ホープランプじゃ『体内倉庫』が便利過ぎて車文化が発達してないっぽいのに、オレらに合わせてブレーキの例えとかよくすんなり出せるものだ。
《主人公の訃報を聞くシーン、胸が痛い》
《扇を落とすだけなのに、ヒュッってなった》
《前半は主人公の馬鹿可愛さに、ひたすら戦慄するコメディだったのに》
《面倒見のいい女官さんにしょっちう【馬鹿者!】とハリセンでひっぱたかれているの、頷いちゃうね》
《あんなアホたれが恋文っていうセンシティブなものを運ぶ伝書鳩になるとは、両陣営もおもわんよな》
《主人公をよく知る笹の葉の君の機転がなければ、手紙は迷子になるものだと証明されたじゃん?》
《殺陣のシーンの宝石っぽいパワーアップアイテム、結局なに?》
《王族がこれぞと見込んだ蔵人に、忠誠の証として渡してたレジェンドアイテム》
《ホープランプ。私たちの種族名と同じものです》
《本来お友だちだからとホイホイあげるもんじゃなかったりする》
《ほら、笹の葉の君もお小さかったから》
《大人の真似をしたがるお年頃だったからね!KAWAII!》
「でも古代王朝って、響きがロマンだね。
力で成り上がってないせいかな。
地球の王家と違ってさ、喧嘩しないで穏やかーな感じ」
「………まあ、古代王朝史は日本史のような切ったはったの波乱万丈さはなかったかしら。
でもね【黄金の黄昏】は、起点にした被害が大きくてね。
あの後、夜露の君の弟君が、笹の葉の君のお父上と……以下数名の王族を手にかけてしまわれて。
そして【我は交配するためだけに生まれたのではない】と自死を選ばれてしまったの。
それと同じような事件が、黄金の黄昏以降チラホラと」
うっわ。ポイズン。
なに、弟くんら。1歳の赤ちゃんと結婚しろとでも押し付けられたの?
当事者より、周りの被害が大きすぎる。
【黄金の黄昏】がロミジュリ分類される筈だ。
「ねえ、ステファニーちゃん。その弟さんって婚約者がいたりしたの?」
「……60歳と12歳のご夫婦の、そのうち産まれるだろう子どもが女子であればと」
「そりゃ悪気がなくても駄目だろ」
《……そうか、駄目だったのか》
《王族フィルターがあるといいような気がしてたわ》
《俺らって主人公より節穴なのでは?》
《 (゜ロ゜; =(;゜д゜) 》
「片方は未成年だから婚約だけだったのよ?」
「当たり前だ!
王族とか関係なく考えろよ。
政略結婚で超年の差婚とか、十代のまともなガキんちょが巻き込まれたら、おぞましくて絶望するわ!
しかも片方が12とか、夜露の方の弟なら同世代だろ。尚更だ」
茉莉花くんは吐き捨てる。
うん。夜露の方が駆け落ち成功してたら、弟くんも出奔だけで済んだかもなあ。
実姉は追い詰められて心中、自分も逃げ場なしとか心が病む。
《あああああ》
《うん、そうね……そうか》
「まって、まって、茉莉花くん!
異種族だよ?!
古代王朝の王族はファンタジーのエルフのように超長生きだったり、あるいは粘膜接触なしに子どもを産む可能性があるんじゃ?!」
おっ?
そうか、それならまあ?
《やめてー!》
《俺らのライフはもう0だから!》
《つらい》
「……センシティブな事象なのでノーコメントよっ!」
…ああ、王家ってさ。どこも闇を抱えているもんなんだな……。
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。
現代の甲殻人におけるご主人さまとは、いわゆる【生涯の推し】です。
推しのいる人生は潤いますよね!
そして性癖は、公共の場では大っぴらにはしないもの。
ご主人さまの邪魔になってはいけないので、ファンほど遠巻きにしたり、潜伏をしがちです。




