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250 旅の一座



 1月31日もお休みだ。


 昨日の戦訓を生かし、ネット張りの練習をする。

 それで訓練室を借りたらベテランの貫禄がある受付のおねーさんが付いてきて、ネット張りのコツを教えてくれた。

 おねーさんはたった一人なのに、ものの30秒でネット張りを終える。

 オレらは、もたもた5分オーバーだったのに。

 ……事前準備って大事だな!

 


「初めて使う道具の組み立ては、どんなに簡単そうでもダンジョンに入る前に一度練習するといいわね。

 今回みたいに練習15分の習慣で、ネットとかが1分で張れるようになればこの先が楽になるものよ。

 練習室を借りるのは、冒険者寿命を伸ばす心掛けだわ」

 そう、褒められる。


 おおう、そのようですね。最初から知りたかったです。


 しょっぱい気分になったが、オレたちみたいな若いのは一度失敗しないと人の話を聞かないから、砲丸ピーナッツダンジョンで2回目以降に訓練室を借りるようなパーティには、ネット張りが上手い人が説明に派遣されるんだってさ。


 ……まあ千本ノック等、ダンジョンを周回しようとしなければ要らないサービスか。

 器具の組み立ては事前練習が大事。そのことだけは覚えて帰ろう。


「砲丸ピーナッツは、島のおばあちゃんが作っているピーナッツクリームが断然美味しいのよ。

 このダンジョンの売店でも取り扱っているから、節分以降も学生さんがダンジョンに入ってくれると嬉しいわ」

 ついでに商売上手なおねーさんは、売店で売られているピーナッツクリームの試食をさせてくれた。

 濃厚なピーナッツクリームの後味にほんのりハチミツが香る。


 これは良い買い物だ。いつものトーストがご馳走になる。

 おばあちゃん、美味しいです。


《初めて食べたけど、おばあちゃん工房の普通の落花生のピーナッツ味噌も旨いよ》

《アレっておやつなの?おかずなの?》

《好きに食べていいんやで》

《ピーナッツ美味しいですよね!》

《通常サイズの落花生、小振りさが愛し》

《日本さんと繋がったら沢山輸入して欲しいな…!》

《ホプさんって、ナッツ類も好きだよね?》

《好きです!》




 そんなこんなで昼を挟んでたっぷりとピーナッツ狩りを6セット。

 これ以上はダレると切り上げた。


 砲丸ピーナッツ狩りを終えて、クリームを載せるのはパンとクラッカーのどちらがいいか議論していた帰り道だ。


「そういや今、文化ホールに旅芸人の一座が来てるんだけど、面白いって。

 行ってみない?」

 花ちゃんが街角に貼られたポスターの前で足を止める。


《ポスター、刷られたばかりっぽいのに古くさい。不思議な感じ》

《印刷も進化してるんだな》

《そりゃそうよ》

《使ってる紙幣だって、ホロや透かしもなかろ?》


「旅芸人ですの?」

 なんじゃらほい。


「アイドルの地方公演みたいなものか?」


「うんにゃ。ホープランプの伝承を、日本風に仕立て直して歌舞伎チックな衣裳で新劇をやるってあるね。

 時代劇みたいな感じなのかな?」

 鶴ちゃんがポスターの筋書きを読んで要約する。


《なんてカオス》

《【笹の葉の君と夜露の方】?》

《意外と良かったよ。歌舞伎は素人にゃ台詞がよーわからんけど、そのストレスがなくて》

《新劇ってなに?》

《旧劇が歌舞伎とかの古典で、新劇は普通の演劇》


「……笹の葉の君がキャストなら、【黄金の落日】をやるのね」

 ぽつり、呟きが上の方から降ってくる。


 ふとした違和感に見上げた。

 すると話の流れでポスターを覗いたステファニーちゃんの顔が、能面のように強ばっている。

 どうしたどうした。


《ひぎっ》

《うわあぁ、マジ。え、マジで?!》

《嘘だろ日本ちゃん。なんでそのチョイス?》

《みんなのトラウマ》

《とんだ劇薬が出てきてしまった》


「あれ、おとうさんとお母さんが観に行ったのはロミオとジュリエット的な歴史ラブストーリーものだって聞いたけど。

 違うの?」

 花ちゃんのご両親が、演劇デートしてきたのか。

 いいな。オレもサリーとどこでもいいから出掛けたい。


「ラブストーリー?

 ロミ…はわからないけど【黄金の落日】は、アタシたちとしては古代王朝の終わりの起点となるターニングポイントなのよ。

 種族的なトラウマって言ってもいいくらいね。

 だからこうして大衆演劇で取り扱うって頭はなかったわ」

 おっと?


「えっと少し詳しく聞いても平気?」

 なんか悪いことしちゃったのかな、と花ちゃんは戸惑っている。

 異文化交流はどこに地雷があるかわからんよ。

 オレたちの誰が踏んでもおかしくないから、そう気にすることなんてないって。


「隠すようなことでもないけど……そうね」

 ステファニーちゃんは覚悟を決めるように、大きく息を吐く。


「……むかしむかしの遠い過去。ロケット到着以前のことよ。

 当時古代王朝に君臨していたのは、アタシたちと違う種族の人たちだったの。

 私たちがただ王族と言う場合は、彼の方たちの種族を指すわ。

 王族は宇宙を行く船の事故でこの大地に降り立ったことで、アタシたちのご先祖を生み出したのよ。

 だから王族を天人と呼ぶ人もいるわね。

 星を渡る船を乗る人たちだから天河の人。判りやすいでしょ?」


「生み出した?」


「女の子宮を経ずに命を生む。

 第一世代。最初の王族がいた遠い過去には、そんな技術があったそうよ。

 過程は全く違うけど、ホムンクルスとか人造人間のニュアンスね。

 王族たちは肉体的に繊細だったものだから、私たちは願いを込めて強く創ってもらえたみたい」


《創生神話じゃん》

《王族=創造神?》

《科学の子どもなのかホプさんたち。どーりで心優しい》

《王族やべえ》


「人を創るってOKなのかな!」

「でも結果的にホプさんたちは大成功だし?」


「安心して。当時の王族の倫理コードでも余裕でアウトよ。

 彼の方々も生きるか死ぬかの瀬戸際だったから許して。

 アタシはアタシとして生まれたことになんの後悔もないけれど、王族たちの誰もが好んでやったことでもないのよ」

 アワアワしている少女2人に、堪えきれずステファニーちゃんが華やかに笑う。


《このオカマ強いぞ?》

《まあ、望まれて生まれたことは悪いことじゃないもんな》

《漂流したのは俺らも一緒だ。とてもじゃないが責められん》

《苦しい時、力があったら使っちゃうよ》


「……まあ、お前ら格好いいしな。

 子どもの夢に出てきそうなその姿だ。

 貶められるために生まれたようには見えんよ」


《本当それ》

《王族さんたちはわかってらっしゃる》

《センスいい》


 茉莉花くんはイケメンだなあ。惚れられてもしらんぞ?


「うふん、アリガト。

 船の故障で空に帰れなくなった王族は、元々数が少なかったのよ。

 文明をこの地に残すには早急に人手が必要だったの」


「おーっ。貴種流離譚にして天孫伝説!」

「ロマンだね!」

「かぐや姫の逆バージョンだな」


「カグヤ?」


「日本最古のSF小説ですわ。

 月から落ちてきた天女が主人公ですの。

 興味がありましたらデータを送りますわよ?」

 リュアルテくんの種族が【輝夜】なんでネタがどこに仕込まれてるか判らんと、一応全文を読んで保存している。

 それほど長い話でもなし。


《へー。……って書かれた年代マ?》

《日本ちゃんって歴史長いよな?》

《いや、まて。そのお隣とか4千年とかあるぞ!》

《地球文明史さん、スゲー!》


「読んでみたいわ、お願い。

 ええと、どう話しても誤解されそうだからぶちまけるわね!

 ご先祖さまは奉仕種族として生まれたけれど、ずいぶん幸せに過ごしたみたい。

 飼い主ガチャに大当たりしたペットって、傍目にも満ち足りているでしょ?

 口は悪いけど、そんな感じね。

 王族と過ごした300年の蜜月の間は、同族で戦争することはなかったのよ。アタシたち。

 今の最高学府で受けるような教育を、ご先祖さまはほぼ全員受けてたらしいから相当よね」


《やっと当時に追い付いた感はあるよ》

《ステファニーちゃん!姫さまたちに誤解されるからやめて!》

《概ね間違ってはない、間違っては》

《だって子どもは親を慕うもんじゃん?》

《多少の刷り込みはあってもさ。繊細な異種族を気遣えるメンタル構成は大事だと思うんで!》

《異界人交流をやるんなら必須だったな》

《現在とてもお役立ちだからセーフ!》

《……いや、本当に贈り物だったかもしれんよ?》

《乱暴な力持ちは避けられるもんな》

《今日のコメはホプさん祭りやん》

《生の声が聴けるの楽しい》


「王朝の終わりは王族の減少から、でしたかしら?」


《そうね》

《王族の近親婚は種族最大のタブーだったから》

《悲しみ》


「そうよォ。ひとつの種族を維持するには、元々数が少なすぎたの。

 だからね。王族は自分たちが終わることを恐れていたけど、諦めもしていた。

 王朝の終焉は、なんの争いもなく熾火が消えるように静かなものだったらしいわね。

 その覚悟がなかったのは導き手を喪ったアタシたちの種族のほう。

 後々で困らないよう、高い教育を与えられたはずなのにね。

 それを巧く生かせずに王族の最後のひとりを見送り、喪が明けたとたんよ。

 お互い憎み争う血みどろの戦国時代に突入したのは。

 ホント、アタシたち野蛮でヤになっちゃう」


《面目ない》

《人は愚か》

《当時の日記を読むとクソ真面目なおっさんが闇落ちするのは一瞬なんだなって戦慄する》

 

「王族の落葉は、アタシたちの種族に起きた失楽園ね。

 主の桎梏があった時はこれでもいい子ちゃんだったのよ?」


《まあね。マインドコントロールだって否定するには祝福されてた》

《人を殺すな、物を盗むな。洗脳もある種の教育よ》

《法律は主のものって他力本願だった俺らが悪い》

《なんでいいところを踏襲できなかったのかなあ》

《なんかホプさんの歴史に興味でてくる》

《←なー?》

《日本史も大概愚かだから卑下することないって》

《歴史的有名人、すっっごいDQNばかりで驚くからな》

《呆れから180度回って好きになるやつ》


「最初のロケット到着前後は世も末で、アタシたち、地獄の悪鬼さながらだったらしいわね。

 マザーや妖精たちには申し訳ないことをしたわ。

 だから……そう、【黄金の落日】は気軽に楽しめる話題ではないかしら」


《妖精はホントとばっちり》

《あの事件で元々数少なかった王族が、更に櫛の歯が欠けるように減ったから》

《どうして……どうして…》

《なまじ笹の葉の君と、夜露の方が両家の方々に愛されておいでだったばかりに》

《いとかしこきかたがたでも間違うこともあるよ》

《頭ぱっぱらYESマンだった俺らが悪い》

《それよか問題は王族がお隠れになった後の暗黒時代だろ。俺らの愚かなところが凝縮されてる》

《ロケットの到来がもっと早ければ、王族方の種族寿命が伸びたのに……》

《黄金の落日前にロケット着てたら歴史は変わってた》

《スキル石に転生神殿とかなあ》

《やべえww 機能を知った時のご先祖さまの絶望顔しか思いうかばんわwww》

《やめろ。誰もが思うイフ語りは》

《そんな八つ当たりでマザーや妖精を破壊して回ったんかな》

《当時は終末思想が蔓延してたから》

《ロボ型の妖精がいくら気持ち悪かったとはいえ》

《←なんで?!》

《乳幼児の姿なのに全身装甲なの、おぞましい》

《えげつない妖怪とか、踏んだら死ぬ怪異とかの分類だよな?》

《面妖すぎる》

《夜道で逢ったら全身全霊で叫ぶやつ》

《自分の子どもが話掛けられでもしてたら、抱えて逃げるか、力の限りブン殴るかだな》

《>当時全員メンヘラってたわけでもないだろうけど、極端な俺らは目立つよな》

《若い王族たちが命を散らした史実、地雷です》

《どしたの、さっきからホプさんらめちゃコメるじゃん?》

《画面が見えない》


「えっ。ハッピーエンドって聞いたよ?!」


《ファっ?!》

《上演してるの、駆け落ち成功バージョン?!》

《とんでも学説のアレか!》

《嘘史書なのに人気あるよね》

《一応まともに史実を掘り起こしてるのに、誰も信じてなくてww》

《当時の天気とか動植物の分布とかは、几帳面に調べてはある》

《アレ学生時代に読んだ時、そんな都合のいいことあるわけないだろー!…でも読んじゃう、悔しい!ってなった》

《読み物としては楽しいよな》


「メリーバッドエンドのハッピーエンドか?

 後味悪いのは嫌だぜ、俺」


「うーん。ネタバレしていい?」


「お願いよ」


「お母さんに聞いた又聞きだから間違ってても許してね。

 語り手は高貴な人の幼馴染みなんだけどねー。

 前半は当時のホープランプの風習を説明するのに幼少期の出会い編をやって、後半は王都脱出の逃亡劇だったって。

 見せ場は主人公のスーパーヒーロータイムね。

 過去で友情の証として交換していた【キラキラしたの】が、実は王族が過ぎ足るものと見込んだ家臣に与えるパワーユニットだったらしくて、大立ち回りだってさ。

 ええと、ステファニーちゃんも宝珠を嵌めるソケットが甲殻にあるのかな?」


《パワーユニットとな?》

《ホプさんったら、ロマン種族にも程がなくない?》


「あるわよ。

 胸とか脚とか腕とか肩とか。個人差はあるけど、アタシは背中と手首ね。

 ……見る?」

 ステファニーちゃんは右の手首を見せてくれる。

 空洞には髪の毛の色と合わせてか、琥珀色の石が嵌め込まれていた。


「おー、お洒落ー!」


「埃避けに帯を巻く人もいるけど、アタシは断然偽珠派ね」


《コンタクトレンズと眼鏡みたいな感じ?》

《ただのお洒落で便利ななにかってわけではないので、ファッションリングのようなものですね》

《フォーマルな席では空洞を見せないのがマナーくらいです》

《あー。人によっては飾り帯とか巻いてたりするのコレかあ》


「パワーユニットって、ものすごーく鍛えてないとまともに扱えないものなんでしょ?

 追っ手を引き付けることには成功したけど、所詮一般人の主人公は無理が祟って帰らぬ人になるわけ。

 それでエンディング。


 駆け落ち成功した一行は新天地で生活を営むんだけどね、カップルに赤ちゃんが産まれるの。

 そこで主人公の名前の一文字を貰って名付け………なんで泣くのーっ」

 花ちゃんが慌ててハンカチを差し出す。


 民族的な紅涙を誘う鉄板ってあるよな。


 授業で平家物語の壇之浦あたりをやると【波の底にも都の候ぞ】らへんで、甲殻人にギャン泣きされるって話は聞いた。


《泣くよ、それは》

《主人公……なんて羨ましいポジション》

《そこ変われ》

《王族に自分のソケットに嵌まるホープランプを貰っちゃったら、そりゃー命も惜しまんわな》

《ベタかよ!だけど、それがいい》

《王族が出てくる演劇は誰がやってもゴツくて非難轟々だけど、華奢な日本人ちゃんならいいよね。それだけ見たい》

《俺は観てきた。うん、豪華な和服をお召しになっていらっしゃる笹の葉の君と夜露の方が見れるだけでも価値はある》

《ハピエン二次創作ありがてえ。観にε=(ノ・∀・)ツ》

《物語くらい幸せになっても良かったよね……》


「ごめん、泣かないで。もう行こうなんて言わないからーっ!」

 花ちゃんのハンカチ1枚じゃ足りなそうなので、洗いたてのタオルを差し出す。


「……ううん、いいのよ。

 悲しい歴史が世界を越えた先で、幸せな物語になったんだなって思ったら。

 なんだか胸がキューっとなっちゃったのよ。恥ずかしいわ。

 凄く気になるけど少し怖いから、一緒に観に行ってもいいかしら?」


《ここで同胞と観に行こうとしないステファニーちゃんは賢かった》

《おう、観なくてもわかる。ホールの外で集団ごめん寝しているだろう、俺らの無惨っぷりが!》

《情緒くそ雑魚ナメクジ》

《今聞いたあらすじで打ちのめされるところあった?》

《主人公》

《うん、それな》

《俺らには排出されんタイプの主人公が出てきてしまったから、初見どもは心して観に行け》




 



 コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。


 ホプさん家の歴史トリビアを日本人さん向けに易しく解説しよーとする、GMの親切な企画で阿鼻叫喚DEATH。



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― 新着の感想 ―
ロボ妖精くんちゃんが小さいおじさんとか人面犬っぽい括りなのは文化の違いを感じて面白いですね 確かに妖怪ジャンルデスワー キモ可愛いであっさり受け入れる日本人ちゃんにもカルチャーショックを受けていそうw
>俺らには排出されんタイプの主人公 うーむ、いまいちホプさん達種族のパーソナリティがわからん…
主人のためなら喜んで神風特攻する、絶対裏切らない配下。 これ、漂流したのがどこぞの外国人上層部エルブルト人だと強化兵士ゲットでヒャッハーしそう(偏見)。そしてGMがダウンしそう。
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