248 砲丸ピーナッツ
砲丸ピーナッツは落花生とは似ても似つかぬ姿をしていた。
落花生を名乗るなら、せめて地面に実ってくれないものか。
「そりゃあ、いつものことだけどよ。
植物は魔物になると、どうして歩き出してしまうんだろうな」
茉莉花くんは半眼だ。
そうだな。不思議だよなあ。
「待ち構える魔物植物は罠タイプだから、私もそっちがいいかなー」
遠距離攻撃魔法持ちの花ちゃんは、歩かない魔物は得意分野。
ただしメインは火魔法なので、使うと素材は取れなかったりする。
つまり全てを燃やし尽くす、野良ダンジョン特化型。戦場の花である。
うむ。育てたい、この才能。
《ピーナッツ野郎は【大きな蕪】の根づきっぷりを見習って欲しい》
《俺は蕪の方が嫌》
《非力パーティは辛いよな》
砲丸をマガジンのよう、螺旋状にジャラジャラと巻き付けているその草木は、身の丈は甲殻人サイズよりやや高め。大きく振りかぶった蔓で球を投げつけてくる。
一球だけなら怖くはないが、それが集団ともなると迫力だ。
たわわに実らせた砲丸は、種子ではあるが狩猟道具でもある。
代々コットンといい、作業効率とか合理性とか。そんな言葉好きだろ、君ら?
魔物ってそういうとこある。
葉の緑は夏の盛り。
食物連鎖のヒエラルキーを甘受しない、独立独歩のその気風。
出会ってしまえば最後、戦わぬは恥と言わんばかりだ。
自慢の砲丸で下克上を狙ってくる。
まあ!とっても血気盛んですね!
バスン!バスン!
矢継ぎ早に放たれた砲丸が、うねるネットに絡め取られた。
地面に転がる。
その度に、立てた支柱が揺れてしなった。
「大漁ねえ」
ステファニーちゃんは感心したように、地面に散った砲丸を見ている。
ちょっと嬉しそうなのは彼女も甲殻人の例に洩れず、ナッツ類を愛してやまないからだろう。
傷物の砲丸ピーナッツは山分け配分の約束だ。
「王が立つと面倒臭くなりそうだな、こいつら」
《なるよ》
《コミュ強集団の王は、どの魔物も厄》
「そうだよねえ。参考資料がどこかに置いてあるかも。探してみるよ」
後輩の疑問に答えようとしてくれる花ちゃんも良い先輩だ。
砲丸ピーナッツの持ち味はこの集団戦。
『ターゲット』に『投擲』持ちで、生き物の動きを追尾するセンサー類も優秀だ。
「『挑発』」
しかし砲丸ピーナッツは無機物を【見えていない】。それが攻略ポイントだ。
ネット越しの『挑発』に、面白いほど引っ掛かる。
「……あら。似てないという印象でしたけど、花や葉の形は落花生ですのね」
こうしてじっくりと観察すればそうだった。
《姫さん、植物には詳しいね》
《お嬢さまらしい》
《いや、花が好きってゆーより、食える植物が好きなんだろ》
《食いしん坊さんだからなあ( ´∀`) 》
彼らは次代の砲丸を装填するべく、黄色い花が鈴なりだ。
普段からお肉を直接モグモグしているせいか、花や葉っぱが艶々である。
栄養がいいんだな。
やはり肉は正義なのか。
「へえ、そうなんだ。
私は本物の落花生の方をしらないかなー」
島にくる前は都会っ子だった花ちゃんはネットの外側に転がった砲丸を『念動』でころころ転がし纏めている。
それを横から『洗浄』し、検品箱詰めしていくのは鶴ちゃんだ。
この調子ではまだまだ敵の砲弾は尽きなそうだ。
なので溜まったケースは回収して、予備の空箱を追加しておく。
「……。『投擲』持ちで狙いは正確。でも球威は低めだな。
見た目よりはダメージか低いか。
無防備に受けた一打で、HPマイナス5か6くらいだ」
茉莉花くんはネットの外側に少しだけ出て、そして直ぐに戻ってきた。
試しに攻撃を受けてみてきた、その実験結果を報告する。
《よう、ドM》
《えらい。検証は大事》
オレも後衛がネットを張ってくれてるうちは前に出て、攻撃を受けていたからわかる。
彼らの攻撃は中身が種子なだけに実物の砲丸よりは軽い。つまり威力も低いのだ。
「防御スキルを伸ばす訓練には良さそうですわよね。
……いえ、それにはちょっと数が多いかしら?
『ヘイヘイ、ピッチャービビってる!』」
ネット越しにキーワードを変えて『挑発』をすると、ピーナッツ野郎どもはエキサイトした。
ムキになって砲丸を投げてくる。
《怒られたww》
安全ネットが生き物のよう激しくうねる。
とはいえこのネットは冒険者の走るトラックに設置してあるものと同じもの。頑丈なのが信条だ。
そして床面に等間隔で並んでいる水抜き穴のようなものは、ポールを立てる専用穴だ。
砲丸ピーナッツはネットを使った狩りをするよう、ギルドの方も推奨している。
茉莉花くんの【球威は低め】という感想は、HPの鎧がある冒険者ならでは。
盾に当たれば砲丸か、盾のどちらかがベコベコになる。
依頼に要求されている綺麗な状態の砲丸を拾いたければ、ネットの用意は肝心だ。
実際に盾で受けた最初のものは殻がボコっと凹んでしまって、跳ね出し品になっている。
「あいつらは集団で攻撃してくるのが、厄介なんだよ。
魔物にしては珍しく、ああやって狩りは連携してくるし、獲物を分け合う仲間を作るから。
魔物の釣り出しや、ネット張りにもたつくと、したたかに砲丸を浴びせられちゃう。
だから本体は柔い割に、前衛の推奨レベル25からの魔物なのさ。
今回は姫ちゃんの依頼に相乗りさせてもらったけど、私たち魔法使い系の後衛は、もっとレベルを積まなきゃ出てこないクエストだよ」
そうだったのか。
依頼が出ていることを告げたら迷うことなく了解してくれたから、鶴ちゃんたちにもクエストが出ていると思い込んでた。
《鶴ペディアさん、解説サンキュー》
「やっぱり団結するのは力なのよねえ。
彼らが砲丸があるうちは遠距離戦に固執する性質で助かったわ。
でなきゃ鬱陶しい魔物だったわね」
オレが囮になって奴らの注意を引っ張っている間に、ネットのポールを固定してくれたのはステファニーちゃんだ。
狩場専用のポールは折れたりしないよう頑丈なものなので、それだけに重量物だ。
パーティに人間重機がいると効率が上がる。おかげでHPが危険域に入るずっと前にネットの陣地に滑り込めた。
鶴ちゃんたちの『ヒール』は初々しい星なしと、ひとつ。
無茶が利かないぶんだけ、余裕をもっての行動を心掛けたい。
「奴ら、フレンドリーファイヤを嫌がるから。
管理ダンジョンはいいんだけどさ。野良ダンジョンだとその慎重な生態からコミュニティが育っちゃって、砲丸ピーナッツの団体は危険性が跳ね上がることもよくあるって聞いたよ。
さっき話してた王が立つような大集団にならなくてもだよ?」
《うへえ》
《野良ダンはレベルがバラけるのがなあ》
「本能が賢い魔物はこれだから嫌なのよねっ!」
思い当たる節があるのか、ステファニーちゃんは吐き捨てる。
「そんなわけでこれも部活の先輩たちに聴いたんだけどさ。奴らは高校生になったら【ダンジョン選択】の必修で千本ノック系のクエストにも載ってくるってよ。
授業によっては後で使うかもしれないから今回の依頼票は失くさないようにね。
でないともう一度最初から全部クエスト受け直しになるよ」
《はーい、鶴ちゃん!》
《千本ノックはまだ優しい。一万ノックはアホじゃないですか。間藤教授!》
《学生は安い労働力としてコキ使われるからナー》
《先輩に泣きついて助けてもらえ》
【ダンジョン選択】は自分のレベルに合わせてダンジョンの依頼を受ける授業だ。
チャレンジしてみたいが無謀かもって依頼なんかを先生と個人相談する機会でもある。
学校の先生は授業以外にも部活の顧問もしていて忙しいから、こういう授業でもないと生徒とじっくり話す時間がなかったりするのだ。
「千本ノックはマッドスライムが終わったばかりですけど、この手の授業は多いのかしら?」
「レベルが上がって体力がつくほど増えるよ!
数をこなさないと覚えないってスポコン信者なセンセは多いから」
あー……?
ああ、うん。
オレも『刺繍』は、スキルの下駄を履くまでは、微妙な上達しかしなかったもんなあ。
スキルの補助輪がついてからはマシになって、数をこなしているうちスムーズになったから凡才を伸ばすならやはり数か。
「どうした、姫さん虚無ってるぞ」
「いえ、苦手なものはスキルを入れてから練習した方が楽だったかしら、と」
「そういう贅沢するにはメモリが足りなーい!」
花ちゃんの心の叫びにハッとさせられる。
これからジョブを重ねる転生マラソンが待っているのに、余分なメモリを使うのはないよな!
たつみお嬢さんは戦士か治癒士が希望です!
「…そうでしたわね!無駄な努力なんてありませんでしたわよね!」
のんびりお喋りしている間にだ。ふと、砲丸の雨が止む。
頃合いだ。
こうして砲丸を全て吐き出させた後は、ピーナッツたちはカモになる。
「それでは花さまはわたくしの後ろに」
これから後衛に武具スキルを練習させる接待に入る。
転生前、そして純日本人ステータスの女子2人はHPが低いので、もっと伸びるまでは念入りな保護対象だ。
「オッケー!鶴ちゃんはステファニーちゃんだね、茉莉花くんは?」
「砲丸なしのピーナッツどもなら、丁度いいんでガチンコバトルの訓練しとく。
欲しい時は声を掛けるんで『ヒール』を頼まあ」
そうして湧きの調整に、フロア出入りを繰り返して三度。
最終ロットでネットが絡まり、盾のオレが集中砲火を浴びる時間が長くなった。
竜族の頑丈さと後衛2人がかりの『ヒール』に助けられたが、アクシデントに場が荒れた。
こんな時は腹いせにもう一周こなすより、記憶が鮮明なうちに反省会だ。
ダンジョンを出て後片付けをした後。缶ジュースをお供にテーブルにつく。
こうしてダンジョンのカウンターの側に休憩所と食べ物を売る店があるのは、事前事後のミーティングをする冒険者需要があるからだ。
《自販機にペットボトル飲料がないんだよね》
《缶入りの茶もないくらいだし》
《えっ、ないんだ?!》
《ないよー》
程よく疲れて腹も減って、不完全燃焼の気持ちを共有する仲間も一緒。
こんな時にお疲れさまとビールを流し込めたら今日みたいな失態も、楽しめそうなものなんだけどな。
残念だ。いつか、やろう。
「『風鎧』と『シールド』が伸びましたわ。実践に勝る練習はありませんのね!」
やあ、ボコられた、ボコられた。
《ポジティブかよ》
《不敵ですわ、お姉さま!》
《あの砲火を浴びて怯まん姫さま、マジ竜族》
《雪だるま戦の薫陶が活きとる》
「ゴメンね、姫ちゃん。補助でミスったー」
しゅんと、花ちゃんが両手を合わせる。
《いやいやナイス『ヒール』よ》
《MPケチらず全力の『ヒール』は安心して見てられた》
《野良ダンジョンならMPの乱用はダメだけど、管理ダンジョンなら最適解》
《こういう後衛はありがたい》
《学校で教わってるんだろうなあ》
「失敗したね。ネットの広げ方もあらかじめ練習してから来るべきだった」
だなあ。失敗しないと問題ってわからんもんだ。冒険者にトライ&エラーはつきものである。
そしてオレらがさっさと撤収を決めたように、管理ダンジョンでのミスなら致命的な失敗になりにくい。
今日の失敗はやってよかった失敗だ。
「トラブルは常にあるものですもの、そのための盾職ですわ!
でも、練習は賛成しますわ。
わたくしもステファニーさまのフォローがなければ、後ろに球を通すところでしたもの。励まなくては」
盾としてお恥ずかしい。『挑発』の練習不足が浮き彫りになった。
これはオレの課題だな。
「スキルを並行して育てるのって大変よね」
「2世組の弱点はそこだな。スキルがとっちらかって、大器晩成になっちまう」
《ガチャなジョブは色物もあるから》
《こいつは役立つけど微妙に要らねえ、ってスキルあるある》
《クリスマスはメモリ消費なしのご祝儀仕様で良かったよな。でなきゃガチャ惨敗アバターだった》
「実行委員会の強制クエスト分の納品は終わったけど、明日またリベンジする?」
依頼がまだ残っているか確かめていた鶴ちゃんは、ステータスのクエスト情報を全員に見えるように開示する。
砲丸ピーナッツは食料品カテゴリなので依頼料も控えめだ。なのでまだまだ委員会が求める必要数に足りていない。
黄泉比良坂が昭和世界にエントリーしていたので、そちら支援物資集めに島の人手も流れているのだ。
これは、たっぷり練習出来てしまうな?
目を合わせて頷き合う。
「明日は10時集合。それでいいかな?」
「異議なし」
よし、明日はひたすらピーナッツ狩りだ。
リアルの朝、起きたら雨が降っていた。
なのでお出かけは中止である。
お天道さまには勝てんよな。
なので【若葉の迷宮 1F】のバージョンアップをしてきた。
『採掘』に前向きな意見が多く寄せられてたので、資源ポイントの増設と、音に反応して寄ってくる魔物の追加をした。
香霊蝶はレベル10程度。魔法職でも杖で殴れば2、3発のか弱さで、『幻惑』のデバフ使いだ。
この蝶々は白玉やレイス、リッチのように霊体系種の魔物である。
採れるのはラベンダーのようにいい香りがする魔石のみだ。
これは魔力由来の香りなので、鼻覚のない相手にも匂いを感じさせる。やや珍しい特性だ。
早いうちに『幻惑』の振り切り方を覚えると応用が利くので、チョイスしてみた。
本当は『毒』とかも、リスクがなかったら味合わせておきたいんだけどダンジョン近くで待機してくれる専門医がいないのに導入するのはオレが怖い。
毒が消えても内臓にダメージが残ったらヤバいしさ。
「リュアルテさまの訓練ダンジョン、白い茸とか大きな蕪とかメルヘン仕様なのに鬼畜ですよね!
そしてローリングストーンとデバフ使いを組み合わせるのは止めましょう!
これで初心者ダンジョンを名乗るのは絶対に可笑しいです」
赤壁の宇宙くんを上手く捕まえられたので、試験してもらったら【いい加減にしろ】と笑顔で叱られた。
2学年年下な七式さんちの宇宙くんは、年上相手にも歯に衣を着せない後輩である。
だからわざわざ捜して、頼んでみたのだが。
「……レベルはそれほど高く取ってないぞ?
余裕をとって対象はレベル20帯だ」
「修羅の国の基準でダンジョンを造らないでください」
えっ。
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砲丸ピーナッツでピーナッツを知った甲殻人たちは、本物を見たら驚くことになりそうです。