240 冬の風物詩ではあるけれど
昭和世界の1月29日は雪だった。しかもドカ雪。
深夜から降り続いたという雪は、昼の11時を過ぎてやっと止んだ。
「びゃー、降られたー!」
「靴下冷たい!」
タワー内はいつも快適だったが、外町暮しの同級生は雪にまみれて登校してきた。
祭り準備に慌ただしいというのにこれだ。
御天道さまは本当に空気を読んでくださらない。
GMー!サイコロの天気表、ここぞとばかりにファンブルを出しやがったなー?!
「身軽なのは屋根に上って雪下ろしするぞー!」
「ええ?天気予報じゃ夜も雪じゃん?それからでもいいだろ」
「馬鹿かお前、雪ナメるな。重みでトタン屋根なんて潰れるぞ!」
島の学校は生徒のボラ活を推奨している。
急遽雪かきクエストが発令され、午後からは大雪にはしゃぐスコッパーたちが島のあちこち三々五々に散っていく。
もちろんオレも参加する。
時事イベントは嗜んでおかねば。
たつみお嬢さんは、運動公園の道路清掃に振り分けられた。
ママさんダンプを駆使した女子たちがたっぷりと集めた雪塊を、更に運び捨てに行く力仕事部隊だ。
我、うら若き乙女ぞ?
なのに斡旋されたのは、甲殻人たちに交ぜられての荷運び部隊とは如何なる配慮か。
「あれ、司城ちゃんじゃん?」
「おはよー。寒いね」
「あんた、今起きたの?もう昼だよ?」
「ご機嫌よう、皆さま。大雪ですわね」
「今年は雪の当たり年みたいだね」
「はー。寒々」
首を傾げていたら、初心者盾授業で一緒になった面々もこちらに合流してくる。
なるほどなー。盾職で纏められたのか。
「よーし!盾使いども、手袋嵌めたか?隊列組むぞ!」
「おう!」
「よしきた!」
仕方ない。任せられれば努めねばならぬ。
重い雪もなんのその。盾を並べ、力を合わせる。
たつみお嬢さんのパワフルなボディに『リフト』は鬼に金棒だ。
今まで知らなかったが『リフト』は持ち上げて運ぶだけではなく、引きずる、押すといった重量物の荷運び全般にアシストが掛かった。
それだけではなく腰周りをしっかり守ってくれている。関節に掛かる荷重の当たりもソフトだ。
仲間たちと隊列を組み、せーので鉄盾を並べて雪塊を押し出して行くと、除雪車の気分を味わえる。
これは楽しい。
《おお、人型ラッセル車。甲殻人部隊は迫力あるなあ》
《なんか地球人類、身体能力の差が激しすぎません?》
《盾使いはスキルを組み合わせて底上げしてるからやぞ。一般人はこうはいかん》
普段は安全のために閉じられている暗渠が開かれて、そこに雪を落としていく。
ぽっかりと口を開いた暗い暗渠は、水がごうごうと流れていた。
どこか異界の扉めいて、早い水の流れが雪塊を飲む。
《暗渠こえー》
《柵を組み上げないと蓋が開かないようになっているのは賢い》
《最初から融雪道路にしとけばいいのに》
《年に数度雪が降るくらいの場所じゃ予算なんてつかんのよ》
ここに落ちたら助からんかもな。
背筋がゾクっとしたのは界流に流されたことを思い出したからだ。
……こう雰囲気がある場所だと、格好の怪談スポットになりえそうだ。
口裂け女や人面魚。トイレの花子さんに、コックリさん。
昭和は多彩な都市伝説に彩られている。
学校に通うとまことしやかに囁かれる噂話を耳にした。
アナザーワールドの昭和だから、そのうち妖怪とか出てきても驚かない。
……いや、驚くか。夜道でバッタリする覚悟だけはしておこう。
って、妖怪って配信カメラに映るんだろーか。
映っても映らなくても面白そうではある。
ううむ、それらは自分のより他の人の動画で見たいぞ。出てこないかなー?
小一時間ほど働いた後は商店街広場に集合だ。
外町の主要道路はすっかり雪が払われて、商店街も人の流れが戻った。
ダンジョンタワーは荒天に強い。内部は通常運行なので午前中の授業は潰れなかった。
節分祭の準備期間中であっても半ドンにならない小学生たちは、積もった雪にきっとソワソワしているに違いない。
寒空の下コキ使われる勤労学生への慰労に、湯気が立つお汁粉が振る舞われる。
婦人会有志の差し入れだ。
「学生さんたち、ありがとうねえ。お陰で足腰弱ったジジババでも滑らずに歩けるよ。少し温まっておいき」
「まあ。ありがとう御座います」
紙コップを渡してくれたおばちゃんの丸眼鏡は湯気で曇っている。
息を吹き掛け、カップを啜った。
あまい、そしてあたたかい。
《雪かき乙》
《お疲れさまです、お姉さま!》
《雪かきイベント、サボったヤツおる?》
《(・ω・)ノ》
《( ´_ゝ`)ゞ》
《だって寒いし》
《我輩風邪引きデバフ中也》
《内申点目当てに参加したよ!カルマシステムがあるくらいだから、なにかイベント来ると信じて!》
《( ゜д゜)ハッ!》
うちの汁粉の餅はかーさんが断然トロリと煮る派なので、豆のスープに浮かぶカリカリの揚げ餅は新鮮だ。
ちょっとしょっぱい揚げ餅に、絡む小豆が冷えた体を温めてくれる。
やはり、力仕事の後は米だな。
「甘い……美味しい」
甲殻人はあれしきの力作業では温まらんので冷えたままらしい。
オレは割りとポカポカしてるが、ステファニーちゃんとその仲間たちは紙コップで暖を取り肩を竦めて震えていた。
彼らは外町ではあまり見掛けない。
そのかわりダンジョンの受け付け周りにいつもいる。
こういうのもインドア派っていうのかな?
冬の彼らは、気温の安定したダンジョンタワーから出ずに、アクティブな引きこもりを決めているようだ。
「そう言えば外町では、あまり甲殻人の姿をお見かけしませんでしたわ。皆さま、寒さが苦手なんですわね」
「そうねえ。寒波には勝てないかも」
用意周到に毛皮や魔石燃料の暖房具を用意しているステファニーちゃんすら震えているのだから、他の連中は尚更だ。
可哀想になるくらいにガチガチである。
自然相手の突発的なクエストなので島の行政も後手に回って手際が悪い。
終了受け付けの処理が間に合わず、オレらは外町商店街の広場で足踏み待機だ。
「こんな時ばかりは、『寒冷耐性』って憧れるわあ。魔力が少ないの嫌になっちゃう!」
ステファニーちゃんがヨヨヨと嘆く。
そのシナに甲殻人たちがゲンナリしているのは、彼女がこの場の誰よりも支持を集める強い男であるからだろう。
集団になると自然、リーダーを支える形で動く甲殻人だ。
立ち位置を見ただけで、格付けチェックの具合がわかる。
【うちのリーダー、これさえなければ完璧なのに】その目は口ほどにモノを言う。
「わたしは甲殻人の腕力が羨ましいなあ。スキルで固めても女は不利だし」
苦笑した盾使いのおねーさんはレスリング選手のようにむっちり鍛えていたが、こう甲殻人の集団に交じると小さく細いお嬢さんだ。
「あら。そうなの?」
水を向けられたので肯定する。
「個人差がありますけど、男より女は力は弱いものですのよ」
「……ええ?」
こちらを疑惑の目で見るのはやめい。
「個人差、がありましてよ?
体力も魔力も、そしてスキルも鍛えてこそですもの。
お姉さまたちもスキルを重ねておいでですわよね?」
「そうだねー。私は魔力の都合で常時展開しているスキルは精々3つか4つってとこかなー。
それでやっと皆と同じ土俵に立てるから厳しいよ」
「スキルを4つも。……お互い、無い物ねだりでままならないわねえ」
寒さ暑さの耐性スキルも常時展開だ。
だから酷所に居ればそれだけ使う魔力も重くなる。
甲殻人にこそ必要そうなのに、運用条件が合わないのは辛いよなー。
こんなに寒がりなのにと、それだけは同情してしまう。
ふと思いついて広場近くの薬局に入り、目当ての物を購入した。
《薬局?》
《……おお、なるほど》
《俺は寒いの平気だから、思い付かんかったな。反省だ》
ひとつ袋を破ってもみもみしてから、ステファニーちゃんに渡す。
「わたくしは育ちが北国で、寒さには強いほうですの。気の回らないことでしたわ。
どうぞお使いになってくださいまし」
おばちゃまの手紙だと、たつみお嬢さんは仙台の育ちだ。だからか寒さはそれほど辛くはない。
《高位冒険者になるほど暑さ寒さが得意になるよな。アレってなんで?》
《本体が暑いの寒いのにダメージ受けると本能が経験値を消費して、平気なカラダになろうとするからだとさ》
《経験値による環境適応やで》
《←すまん、被った》
《ああ、そーいう》
《じゃあ、甲殻人は?》
《彼らはホラ、性別固定になるぐらいに完成度高い種族だからそれだけに変異の幅は少ないんじゃね?》
《人間版シーラカンスかよ》
「なあに?……え、温かい?」
「使い捨てのカイロでしてよ。皆さまもおひとつずつどうぞ」
「え、マジ?」
「俺らもいいの?」
「そのためにお徳用を買いましたのよ。でも、低温火傷にはご注意なさってね」
「やったー!」
「司城さんありがとー!」
「嬉しい、温かい」
「タワーが快適すぎて外の寒さを忘れてた!」
首を傾げる。
「ホープランプでは雪は降りませんの?」
「降るよ!」
「屋根や道路に温源仕込んである」
「夏と冬は地下に引きこもりたい!」
「あんたら、ちょっと近いわよ!お姫ちゃんが困るでしょうが!」
「うふふ、大丈夫ですわ。ステファニーさまのお友だちなのでしょう?
それならわたくしも仲良くしたいですわ」
「はい、ハイハイ!親友その1です!」
「その2です!」
「あら、そうだったかしら。初耳ね」
《ステファニーちゃんww》
「酷い!ステフ!」
「この一匹狼め!」
「レクリエーションサボって日本人の女の子と友だちになってくるとかズルいだろ!」
「アタシだってたまにはキラキラの女子たちとお茶会をして癒されたいのよ。
わかるでしょう、この問題児どもが。
姫ちゃんにアナタたちのはしゃぎ過ぎたアレコレを吹き込まれたくはないでしょう?」
「まあ」
そうか。中学生男子なら黒歴史を量産する年頃だもんな。すごく、わかる。
《中学生の日常茶飯事。楽しそうなので、興味あります》
《彼ら集団でバケツ持って廊下に立たされていたのに関係ある?》
《うーん、腕白!》
雪かき終了後は、仲を深めた盾使い仲間と、ステファニーちゃんと、そのクラスメイトたち全員で樵に行った。
20人を越えたので大部屋を申し込める。
大部屋は団体料金があるのでお得なのだ。
「そっち、行ったぞ!」
「馬鹿、丸太処理中は通すなって言ったじゃん!」
「ごめんって!」
ホープランプ人といえど甲殻の白いひよっこたちだ。
わやわや、きゃーきゃーと姦しく、一糸乱れぬ集団戦とは程遠い。
「ウッドとマイクは前に出てきて!
ピエールはアタシとスイッチよ!」
しかしステファニーちゃんを始め、そのうちの何名かはやけに立ち回りが上手かったりする。十中八九は中の人の薫陶だろう。
それ以外は体がでかくても、大きなワンコ。
走るのが楽しー!と言わんばかり。
そして詰めが甘い。
鼻面をピシャリと枝葉に叩かれて、クゥンとなっているのが微笑ましい。
たつみお嬢さんは癒し系じゃないんで、『ヒール』は使えないんだ。すまんな。
代わりに他の盾使いたちが「元気だなあ」と苦笑しながら、フォローの『ヒール』を飛ばしている。
本末転倒だが盾使いは自助努力で回復手段を覚えるものだから、ヒーラーとして動ける者も多かったりするのだ。
「せいっ!」
コーン!
軽快に音が響く。と、同時にアイアンツリーが揺れて倒れた。
素晴らしい切れ味である。
『伐採』付きの手斧、初お目見えだ。
《たまやー》
《姫さんはアイアンツリーを一撃必殺するのをやめい》
《また姫さまがチートしてる…》
《いや、『伐採』にリアル刀剣スキルを乗せるとやれるもんだぞ。師範がそんな風だった》
《おっと自前のワザマエじゃったか》
《『伐採』自体がHP貫通スキルだもんなあ》
アクセサリの売り買いは税金が掛かるが、パーティで素材を集めて作ったものの融通なら合法だ。
生産者の引率を喜んでやらせるために、その辺はやや弛いのだ。コネ万歳。
ぺぺろん堂は菓子と小物の店だ。武器は販売していないが、自分達で使うノコギリなどの道具類は自作している。
『枝打ち』の鉈や『伐採』の手斧もそのうちのひとつだ。
リュアルテくんだと雷でドカン!と一撃か、細かく剣でHPを刻んでいくかになるが、たつみお嬢さんのパワーだと面白いくらいに斧が走る。
これは痛快。
『風纏い』を適宜使えばHPの減りも、そこまで気を回さなくてもいい。
味方の陣形をちらり、確かめる。
ふむ。
攻撃を避ける練習と思って、トレントの群れに突っ込んだ。
《なんでそこで突撃するの?!》
《思い切りがいいんだよなあ》
《連携しろよー》
《いや、しておるで。ヒッメが前に出て足留めしておるから、飽和してわちゃってたグループが立ち直った》
《こうグダつくとレイドの練習って大事だなって思う》
《でもこーいう乱戦、楽しそう》
《『ジャストガード』上手いな姫さん。盾職の鑑》
《ヘイ、彼女。どこの修羅の国で生まれたんだい?福岡?群馬?
群馬だったら俺と握手な!》
《姫さまなら甲殻人とタメ張れそうだよな。フィジカルでも》
「うわ」
「ひょえー……」
「ちっちゃいのに強い」
しまった。ドン引きさせたか。
ステファニーちゃんのクラスメイトの甲殻人くんたちが、ぽかんと手を止めてこちらを見ている。
え、えーと。
「わたくし、皆さまより少しお姉さんですもの。負けていられませんわよ?」
可愛こぶって小首を傾げてみたが、手遅れのような気がしてならない。
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冒険者学校の良い子たちは、政府ちゃんの方針により、勉強より道徳や協調性を養う教育を優先させられてます。
……という名目で、多種多様なお使いクエストが発布されてます。