24 バーベキューは不穏の香り
七輪で秋刀魚を焼いたことはあるだろうか？
オレはない。
そもそも料理ってあまりしない。
でも前世では、キノコやベーコンを焚き火で炙るのは度々やった。
七輪デビューをして唸らざるをえない。先人の知恵に脱帽だ。
七輪っていいな。火が風で踊って襲われることもないし、煙も少ない。テーブルに嵌め込めるコンパクトさなのに、焼き物が凄く簡単だ。
立ったままバーベキュー台の周りでわちゃわちゃするのも楽しかったが、椅子に座って炭火を眺めるのもいいものだ。
じうじうと水滴を浮かせて焼けるキノコにかぶりつく。
まずは定番の醤油だれ。
うまい。次回は魚も焼こう。
「歩きキノコって、大きいし動くし。
なのに食べると固くないし、すごく不思議。
キノコ狩りって楽しくて美味しくて素敵ね」
「ねー。たのしーね」
アリアン嬢とクロフリャカ嬢の顔がつやつやしている。
位階が上がって体力がついて、少し動けるようになり。
キノコや豆は女子たちがはしゃぐのに丁度いいレベルだったらしい。
大きく裂いたキノコにかぶりついて、ニッコニコだ。
火傷するなよー。
「動くのは『念動』で固くないのはHP全損してるからだろうが。
。
滋味深いのは嬉しいな。油と塩だけっていうのが信じられん！」
エンフィは焼き物の間にキノコのオイル煮をモグモグしている。
この後瓶に詰めて売られる予定の出来立てをオーナー特権で貰ってきたのだ。
油を吸ってくにゅっとなった食感が心地よくて味わい深い。グアニル酸万歳。
「エンフィ、キノコ気に入ったん？鷹の爪と大蒜を入れたのとか、塩漬けレモンで煮たのとか、売店で色々あったよー」
そう言うヨウルは肉食系男子だ。ひたすら肉を焼いている。
出したものは文句を言わず残しもしないので、席につく前の秘書さんに容赦なく野菜を盛られていた。そういうとこだぞヨウル。
大人女子に構って貰うには、適度な隙と愛嬌がなくちゃ駄目なんだなぁ。勉強になる。
その秘書さんはサリーたちと一緒に教員席だ。
なにを話しているかしらないが、時折笑い声が響くので楽しんでくれているようで安心だ。
「あの売店、自分で作りたいって人むけにオイルや香辛料のセットが置いてあるのが卑怯よ。
オイルとか、少し手を伸ばしにくい値段のが置いてあるからぐっと我慢したけど、やっぱり買って帰るわ。
これ、悔しいけど美味しい」
お買い上げありがとう御座います。
「踊り子豆好きだっていってたから、ハマると思った。ここの油、その豆油だそうだ」
踊り子豆、やたらヘビロテしてるのは飲料や菓子に使うだけではなく豆油を絞ったり、豆の茎で炭を焼いたりしているからだとか。
この七輪の炭も踊り子豆だ。
他にも炭焼きの副産物で、木酸液も採れるのだそうで今は品質試験中らしい。
オルレアが推すだけあって踊り子豆は無駄がないな。よいことだ。
「なんでも溶剤を入れないで、低温でじっくり圧力をかけて絞るから、いい油がとれるとかなんとか」
説明して貰ったのに詳しく覚えてなくてすまない。
ひとまず自信を持って勧められる商品なのはわかった。
「贅沢なことしてるのね。やっぱり買うわ3本くらい。オープンしたら売り切れて買えなくなりそう」
「えっ、なんで？」
「豆油って普通は大豆よ。癖がなくて安いから揚げ物しても罪悪感が少ない庶民の味方ね。
踊り子豆の油はコクがあって独特の癖もあるけど、お菓子を焼いたら美味しそう。
少しお高いけど、お菓子はそもそも贅沢なものだし」
アリアンはクラスのなかで一番生きた経済を識っている。
プレイヤーは皆、ある意味浮世離れしているので、一般の進物とかに迷ったらアリアンに聞くが良しと見た。
「クロ、あーちゃんのホットケーキ大好き。ジャムとホイップクリーム沢山のせるのよ」
「…ホイップも売店で売ってたわね」
『体内倉庫』持ちなら既にホイップしてあるクリームとかもありましたぞよ。
無糖と加糖、両方とも。
無糖のホイップって何に使うのか聞いたら、すっごく甘いチョコレートケーキに添えたのをご馳走して貰った。
そのままでも普通に美味しいお菓子が、絶品になったから組み合わせって大事だ。
「あのね。クロがかってあーちゃんにプレゼントしたいの。いつも美味しいご飯ありがとうの気持ち！」
「あら、私だって感謝しているわよ。
クロちゃんのチームが作ってくれた杖のお陰で位階を上げられたもの。
中身の入っている一番大きなサイズのお鍋をよいしょって持ち上げられるようになるなんて少し前までは考えられなかったわ」
へえ、鍋。どんなサイズの鍋なんだ？
昔ばなしに出てくる羽釜を高々と持ち上げてるアリアンを思い浮かべてしまって、なんとなく可笑しい。
「悪いな、投げっぱなしで」
「ヨウちゃんは忙しーから、しかたないのよ。ちゃんとお話してあるから大丈夫なの」
クロフリャカ嬢は職人と密で、便宜をはかったりはかられたりしてるっぽい。
ちゃんとコミュとっていて偉い。オレなんか全部任せっきりだ。
「あ、そうそう。私たちも沢山『エンチャント』してたら、『調律』まで届いたわ。
遅ればせながら、白玉ダンジョン制作班に入らせて貰ってもいい？」
「え、助かる、やったー！」
ヨウルは諸手を挙げて喜ぶ。
「おめでとう。頑張ったな！」
「じゃあ今日はお祝いだな。ケーキでも用意したらよかった」
お祝いのケーキはホールを切りたい。
上にイチゴが乗っているやつ。
「デザートはお土産にクロがもってきたよ！」
それは重畳。
皆からでかしたと褒められてクロフリャカ嬢は自慢気だ。頬を真っ赤に染めている。
席から少し離れたところにある竈ではキノコ汁が煮えるのを待っている。
それに気を取られつつも、今度は雀肉をジュウと置く。
これは前にオルレアに渡してあったやつで、熟成肉を味噌漬けにしてあるそう。絶対旨いやつだ。知ってる。
「あー。リュアルテが、白飯が欲しくなるの育てている」
目の前の壺に入っているから、自由にお焼き。
「そこの自販機にお結びならあるぞ。そろそろ汁物も良さそうだから買ってこようか？」
バーベキュー場にはお結びと、飲み物と、焼き肉のたれシリーズと、アイスの自販機がある。
そのうち、ソーセージやらの自販機も入れるそうでワックワクだ。
ジューシーな粗びき肉に、ピリリと辛いチョリソー。キュウリみたいなサイズのヤツを両手に持って貪りたい。
ホットドッグとか、頼んだら入れてくれるかな？
「あっ選びたいからオレが買うわ。お結び自販機とかお初だし」
「じゃあ汁物は私がよそうわね。クロちゃん配膳お手伝いしてくれる？」
「合点しょーち！」
女子たちは一旦焼いているものを皿に移して席を立つ。
「よく食べるようになったな！」
エンフィはお日さま笑顔だ。
「んん、デバフ消えてから、空腹きつい。しょっちゅう食べないとすぐガス欠になる」
肉の脂と味噌の相性がよくてたまらん。
鳥の肉そのものの味が濃くて、後から七味がピリリとくる。
「『チャクラ』を回すようになって、魔力回復量増えたからというのもあるだろうな。
夜食の買溜めをしたほうがいいかもしれん！」
「そうだな。わたしも帰りにでも買っていこう。
エンフィの製塩所はどうなった？」
「滞りなくといったところか。
小規模ゆえに小回りも効く。販売はまだだが塩の生産までは漕ぎ着けた。
……。
人を入れるダンジョンを造ったことで気づけたが、サリアータは多くの支援を他所から受けているらしいぞ。
ありがたいことだ」
エンフィ、お前、怖いぞ？
こいつ静かに話すと妙な迫力がある。
「なにがあった？」
オレの感が鋭いわけじゃなくて、『探知』さんが働いておられる。
『探知』さんはコミュ押しで、関わりのある人物の困り事を見逃さない方だ。
「なにも？
ただ、主要施設の立ち直りは早い方がいいな」
だからなにがあったんだって。
それともクエスト関係で黙秘を強いられたりしてるのか？
『探知』さんがなにかありますよと、しきりに合図してくるんだが？！
スキルの低さの悲しさで、何に反応してるかわからなくて辛い。
「手伝いが必要ならすぐ声かけろよ、いいな？」
「委細承知。ダンジョンはたくさんあるほどいい。
私は0レベルの雫石で造れるダンジョン案の募集をギルドにかけてきた。
【ノベルの台所】が落ち着いたら、参加してくれ。
それで一先ずスキルを磨くしかない。もどかしいことだ」
「もしかしてメシが不味くなる話をしてるー？」
トレイに山ほどお結びを乗せたヨウルが戻ってくる。
あえて空気を読まないスタイルは嫌いじゃないが間が悪い。
「雫石の『加工』がしんどい話だな！
１日何十個も作れんせいで、スキルが上がらん！」
【やることリスト】
クラスメイトと仲良くしましょう！
気安く遊ぶのもいいことです！
報酬 周りの人の突然のロストが防げるかも…？
このタイミングで発動するのか【やることリスト】！
しばらく【『エンチャント』を百回しよう！】とか、平穏なのしか来なかったから油断してた！
あっあー！
嫌だぞ、エンフィの葬式に出るなんて！
