237 黄泉比良坂
昭和世界の1月28日だ。
午前中は半日授業を受けたので、午後からはフリー。祭りの準備はこれからとなる。
やることが決まっている高校生からは追い込みを掛けて授業をサボったりしているそうだが、お手伝い要員の中学生は流石にそれは許されない。
「ごきげんよう。皆さま、お聞きになりまして?
ランキングの上位者は、御神輿の担い手になれるのですって!
わたくしも本気を出さなくてはいけませんわね!」
《授業おつ》
《今日はテンション高くていらっしゃるのね、お姉さま》
《御神輿かー》
《御輿って、楽しい?》
《重いし痛いし苦行じゃん》
《ヒッメが楽しそうでなによりです》
「冒険者の皆さまなら、星砕きのパレードに参加したことがある方もいるのではないかしら?
街道を埋め尽くす人々に祝福されるなか、意気揚々と御輿を担ぐ先輩冒険者の皆さまの勇姿は、なんとも誇らしげで頼もしいものでしたわね。
オノゴロ島はダンジョンウォーが完了しまして、野良ダンジョンはありません。
ですがいずれはゲートを繋げ、本土の野良ダンジョンに挑む新たな試みもあるそうですの。
いつか島でも出陣したる勇士たちの帰還を祝い、星砕きの山車や御輿の群れが道を練り歩く。
そんな姿が見られるようになるかもしれません。
……楽しみですわね!」
そう、オノゴロ島はダンジョンウォーを既に制している。
おばちゃまがテロ対策の私用ゲートで時折出掛ける出張は、新たな石の仕入れのためだ。
島と本土を繋げる取り組み先は、おそらく今最も過酷なダンジョンウォー最前線である幸のところであるだろう。
あちら側といつ繋がるかは、リアルのオレら。そのゲーム塔構築の進捗に掛かっている。
楽しみだけど不安でもある。
離れていても漂うのは、東京グループのゲームシナリオの鉄と火薬の臭いだ。
あちらさん、山奥にぽっかりと界の亀裂が出来てしまい、日本の平穏を防人する砦ルートをしているらしい。
どうも東京者は血の気が多いとあちらのGMが判断したようだ。
幸曰く【平穏な日常とは愛しいものだな!】と思い知らされる、硝煙臭いシナリオ展開になっているそうである。
開かれた穴の名前は【黄泉比良坂】。
神話の黄泉の国へ下る難所の名前を冠された暗い路だ。
ああ、なにがどうしてそうなった。
GMの魔手によって日本がとうとう修羅の国になってしまった。
敵が人間じゃないのだけは、良かったのか悪かったのか。
自然相手に降伏したら、無慈悲に蹂躙されるだけなんだよなー。人は無力を噛み締めながら抗うしかないわけで。
………竜の血が出たたつみお嬢さんやら、将来有望とされる2世組のプレイヤーたちが纏めて島流しにされた理由ってさ。
【いつか学兵として参加するために、切磋琢磨し、今は力を蓄えよ】
そーいうことでファイナルアンサー?
オレたちのパパンやママンは、お国を守る防衛戦に参加してそう。
《そう言われると、そうかも?》
《うちのクランでも御輿は作ったぞ!どれだけ派手に盛れるかが肝だ!》
《←御輿を持つ冒険者グループって大手じゃん。自慢か》
《昭和はデコトラ全盛期だから山車も派手そう》
《デコトラisナニ?》
《デコレーショントラックやで。トラック野郎の心意気でピカピカのギラギラしてたんよ》
《文句を言うけどせやかておまえら。顔繋ぎは大事だぞ?地元の祭りで御輿を担ぐような冒険者は、土地の人間にしてみればナニやってるかよーわからんポッと出の乱暴者から故郷の星に昇華するんだよ》
《あー》
《確かに祭りの後から、地元民に声を掛けられたりするようになったか?》
《島には野良ダンジョンないのかー》
《タワーが地脈食いだからね》
「なのでランキング期間中は上位者を狙い、わたくしもレベル上げに勤しみますわ!
ということで今日のパーティは引き続き茉莉花さまと、アレグリアさま。
そして島外の縁により新しく、ぺぺろんのお二方と御一緒です!
お姉さまの艶子さまは大学生。
妹さまの月子さまは普通科の同級生ですのよ」
「ヨロシクね?」
「お願いしまーす!」
たゆんたゆんで油断のあるお肉が迫力のお姉さんと、茶髪のショートカット女子がカメラに手を振る。
なお、彩月ちゃんな月子ちゃんは本人の強い希望で動物アバターだ。
タヌキ可愛いよタヌキ。
《おっ。美女と小狸》
《たぬたぬアバターきゃわわ》
《おっま。色っぺー美女アバターとか、ふざけんなよおっさん!》
《クリスマスは浮かれポンチなイベントでしたね!》
《ヘキが歪む》
《幼女アバターだったワイ、人のこと言えんので黙るしかない》
「本職は生産職だけど、冒険者としては攻撃魔法使いの艶子よ。
紹介に与った通りの大学生ね。モラトリアムを満喫しているわ」
檀さんの女言葉は堂に入ってる。ノリノリのロールプレイングだ。
真面目なおじさんでもあるけれど、やはり檀さんもゲーマーだ。
「月子です。治癒士とバフ使いです!
身内の意向で中学校は普通科に通っていますけど、クラブ活動で冒険者活動もしています!
こーいうイベントはいい機会なのでレベリングします!」
彩月ちゃんはリアル中学生なので、ここら辺はな。
《本物の学生さんは勉強なされよ》
「お二人は小物販売のお店、ぺぺろん堂として活動をされているから、ご存知の方もいるのではないかしら?」
《名前は聞いたことあった》
《ぺぺろんのエッグタルト好きだったなー》
《菓子販売再開希望》
《今の店長が好み過ぎて途方にくれるんだが?》
「パーティの内訳は物理攻撃のアレグリアさま、遊撃の茉莉花さま、魔法攻撃の要の艶子さま、バフ使い時々治癒士の月子さま、盾職のわたくしとなりますわ。
パーティリーダーは年長者で後衛の艶子さまにお願いしてあります」
「みんな、頑張ろうね♡」
《ぶりっ子するな!惚れるだろ?!》
《←正気に戻れ》
《いいバランス》
《後衛パーティリーダーは安定》
《ぺぺろんのおっさんなら間違いないだろ》
「なあ、おっ………艶子サン。手ぶらで来てくれって言われたから任せたけどよ、なにを狩るんだ?」
茉莉花くんは艶子さんにやり辛そうだ。気持ちはわかる。
頼りにしていたおっさんが美女になると、どう扱っていいかわからんよな。
「うふん。お姉さんに任せて頂戴。今日はサークルの備品を借りてきたわよ!」
ジャジャン!
と取り出したのはロッドタイプの雷鳴杖と、『拘束』が付与された茨の杖の2本だ。
それと『伐採』付きの斧が大中小で3本である。
「攻撃スキルの発動体を使うのは未成年者は成人の引率がいるけど、私がいるからそこは月子ちゃん以外はクリアね。
月子ちゃんは茨の杖でサポートを任せるわ。
島の発展クエストも大事だけど、本土で黄泉比良坂の岩戸が開いた今、支援資材の納品も急務よ。
レベル20以下の子たちを引率してアイアンツリーを狩りに行くって言ったら、サークル仲間の皆も快く貸し出してもらえたわ。ありがたいわねぇ」
おう。美女にいい顔をしたいのは、時代を越えても一緒だな。
「あの、それだと俺は寄生になってしまいますけど。
魔力は低いのが、俺の種族の宿痾です」
アレグリアくんは雷鳴杖を見て手を上げた。
長仗で魔石マガジンがついてるタイプならともかく、短杖を使うならMPは自前だ。
「魔法使いは前衛に沢山守って貰うんだから、最初のうちは任せて頂戴。
それにね、学生のうちに発動体は遠慮せずに触れておかなくちゃ。どんな才能が眠っているかわからないもの」
「俺も杖を使っていいんですか?」
《いいなー》
《MP的に攻撃魔法は継続能力ないけど、憧れる》
《部活に参加すると秘蔵の発動体を貸して貰えていいよね》
「もちろんよ。それとも種族的に魔法スキルを発現するのになにか問題があるかしら?」
「ないです。でもスキル石で消費のデカい魔法スキルを取ると、趣味に走っているというか、えーと。そう、【うどの大木】でしたっけ、そんな目では見られます。
……でも、興味はとてもあります」
雷鳴杖を見る爛々とした目は、口ほどに物を言う。
《わかる》
《ゲームは簡単に転生神殿の予約を取れるから、気になるスキルを試せていいよな!》
「やっぱロマンだよね、魔法スキル!
私、冒険者クラスじゃないから攻撃魔法スキルはまだ覚えるの禁止なんだよねー!
羨ましー!」
月子ちゃんは愚痴をカラッと笑い飛ばす。
冒険者クラスのオレたちはスキルを覚える許可があるけど、その分、罪を犯してしまったら大人と同じく判決が重くなったりもする。
だからスキル封印は、子を慈しむ親心でもある。
島に入る前のたつみお嬢さんもされていた。
いとけない年の我が子に攻撃スキルが発現したら、適正年齢までは封じておくのが当世風だ。
「月子ちゃんは私といっしょで運動がいまいち苦手なの。
みんな、フォローをお願いね」
「生産者を大事にしねー、冒険者はいねーよ」
《しないとパイセンにマジビンタ食らうんで……》
《←どーせ、世間さまを舐めたロープレしてたんだろ。構ってちゃんか》
《チンピラロールプレイングは貫き通すの難しいよなー!》
《ビンタならいいじゃん。冒険者先輩らの本気の説教とか、タマヒュンよ》
「ありがとっ!
お店で扱っているのはアクセサリの台座や小物全般。概ね机に乗るぐらいの品をメインにしているけど、機会があったらよろしくね。
お礼に勉強しちゃうから!」
《ぺぺろんで剣につける『洗浄』付きの下げ紐を買った。便利に使えてお気に入り》
《発動体を入れる男性向けジュエリーケースは良かったな。使いやすそうなのは女物ばかりだから》
《煙草ケースっぽい魔石ポータブル、テラ格好よ。男心を擽ってくる》
《贔屓の菓子を買いに行くと他のものまで買わされてしまう罠》
《なー。他プレイヤーの作品、代理店してくれてたの、こっちじゃやらんの?》
「艶子さまの作成物は、わたくしの角飾りがそうですわ。
角の系脈に働きかけて『チャクラ』を活性化する効果がありますので、角ありさんは是非どうぞ」
くるりと回って後頭部を示す。
両方の角に引っ掛けて繋ぎ、後頭部の中央から垂れるタッセル飾りは華やかな深紅だ。
《おっ。いいな。和物も似合う》
《金髪に赤は映えるね》
《これで芋ジャーじゃなければなあ…》
《体育系スキルは腐らんし良き良き》
《角、ないです》
「姫さまの角はまだ小さいから、両方から引っ掛けないと落ちるんだよねー。
そんなわけで、ぺぺろん堂はオーダーメイドも承りまーす!」
「額の『チャクラ』が活性すると物覚えがよくなるそうですので、わたくしはお勉強している時にも使いますわ!」
マッサージ屋のヤーマシッダ師がそんなことを言ってた。
《ガタッ!》
《その手があったか!》
「『チャクラ』の発動体は男子用はシンプルなカチューシャ、女子用は房飾りの簪がタワー西中央通り、ギャラリーMAMAで20セット販売してるよー。
オーダーメイドが面倒って人はそちらもどうぞ!
ついているスキルがまだ低い分、お値段も勉強中。興味あったら覗いて見てねー!」
《販促か!》
《悔しい!でも釣られちゃう!』
《←ヒッメの動画にぺぺろん堂のスポンサーついてたぞ?》
《おお、我らのちい姫さまがスポンサーがつく配信者になられ申したか》
《なんとお目覚ましや》
「それでは皆さま、わたくしたちはアイアンツリー相手に樵をして参りますわね。
大学生のお兄さまお姉さまたちは、島暮らしの先輩です。
転校生や留学生の皆さまも機会があったら御一緒するのもいいのではないかしら?
誰に声をかけていいかわからない方にお勧めは、冒険者ギルドのマッチング相談室ですわよ!」
「司城さん、それって俺たちでも平気?」
アレグリアくんが口を挟む。よくぞ聞いてくれた。
「大歓迎だと思いますわよ?
初心者から前衛を張れるタフな人間は現場で引っ張りダコですもの」
三千世界的に地球人種はスタートラインがヨワヨワだもん。
だから武芸という弱者の知恵が昇華して、幸のような規格外を生み出したりするから一長一短なんだけどさ。
たつみお嬢さんのボディだと、真っ直ぐ走ってブン殴るだけで強いもんな。
強い種族ほど大味になる理由が分かるわ。
《ギルドはそこまで面倒見てくれんのか》
《撹拌世界の冒険者よりはナンパ活動控え目だけどなー》
《あっちの先輩たちは親切だった》
《冒険者先輩、めっちゃグイグイ来たもん。最初はビビった》
《いいとこは真似したいけど、ハードル高いお》
トレントは納品の依頼が多岐に渡るので『伐採』は覚えたいもの。
なので左手に盾、右手に斧のスタイルだ。
『エンチャント』されているような武器は生体金属もいいやつを使うので、斧は小さくても頑丈そうで頼もしい。
「いくわよー!『サンダー!』」
艶子さんが杖を高く掲げると、たゆんたゆんがたゆんと揺れる。
《おお》
《絶景かな、絶景かな》
艶子さんの体型は、ボボン!ぷにっ♡ドーン!の、豊穣の女神さまだ。迫力がある。
目出度くもありがたいお姿で、オレも中の人を知らなければきっと手を合わせて拝みたくなっただろう。
三度の『サンダー』斉射でアイアンツリーが動かなくなったので、アレグリアくんと茉莉花くん、それにオレで止めを刺して回る。
一室2ダース、24本のトレント部屋は一度全滅させたら、一回外に出ないとお代わりが湧かない安全設計だ。
「アイアンツリーは丸太の納品だから枝葉と根っこはインゴットにして報酬を山分けしちゃいましょ」
ゼリー状の関節部分は、べりっとひっぺがして生ゴミだ。
たつみお嬢さんのパワーだと簡単に引っこ抜ける。
しかしこのグニグニしたゼリー部分、なにかに使えんものだろうか。
「はーい、艶子さん。あのさ、鉄パイプ納品の依頼が出てたよね」
「2馬力じゃちょっと数が多いのよねアレ。レベリングが終わっても時間があったら皆をさそってみましょ」
ぺぺろんの2人は枝葉や根っこの処理をテキパキ始める。
「なんか、石畳の上のトレントって悲しいな」
ピクつくトレントに止めを刺して、アレグリアくんが嘆息した。
「国のダンジョンは違うのか?」
「ニュースで見た感じ、広い森のフィールドでアイアンツリー探す所から始めていたと思う。行ったことはないけど」
「そちらは産業用ダンジョンじゃなくて、教導用のダンジョンだからじゃねえの」
「そうかもしれない。古いタイプのダンジョンだからかなって思ったけど、森歩きの訓練だっているもんな。
俺が最初に仲間と行ったのは魔雀のダンジョンで、フィールドが竹藪だったんだけど。
清々しい香りがして、まっすぐ延びた竹が幽玄で。
初めて見る景色に俺たち、ガーってテンションが上がってしまってさ。警戒もへったくれもなかったよな。はしゃいじゃってさ。
ダンジョンで舐めた真似をするなって、監督の先生にこっぴどく叱られたよ」
《教導用No.3【雀と竹】ダンジョンか》
《あそこ、意外と竹が邪魔だよね》
《竹取りの翁が住んでそう》
《筍が年中取り放題なのは良き》
《禿同。ラーメン党のワイ、メンマは人生の喜びに寄り添う名脇役だと思うのよ》
「お前さんら、都市暮らしだもんな」
「植物なら畑で見慣れてると思ったけど、森とか自然ってやばいな。頭が馬鹿になって野生にかえる」
「かえるな、かえるな。戻ってこい。……そうなのか?」
「毎年森で行方不明者が出て馬鹿だな、なんで規律を守れないんだろって子ども心に思ってたけどさ、耐性ないのが森に出たら飛ぶんだな。
本能って経験してみないとわかんないよ」
茉莉花くんは気さくだなー。
そして気が利く。丸太を運ぶアレグリアくんのアシストに入っている。
おのれ、ジャスミン。
オレのほうがアレグリアくんと先に知り合ったのに、もう仲良くなっている。
「たつみちゃん、力仕事は男の子たちに任せて一緒に『錬金』しましょ。
こっちで枝を纏めてくれる?」
内心指を咥えて見ているのがバレたのか、艶子さんにお呼ばれする。
「はあい」
この場で一番力持ちなのはオレだったりするんだけど………まあ、いいか!
アレグリアくんは丸太を一本抱えているが、たつみお嬢さんなら実のところ両脇に一本ずつをひょいとイケる。
鬼に金棒、たつみお嬢さんに『リフト』だ。
茉莉花くん?
華奢なバンビちゃんに無茶を言うな。
年下の男の子の面目を保つのに、過度な豪腕無双はよろしくない。たつみお嬢さんにもそれぐらいの良識はある。
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黄泉比良坂クエスト、始めました。
活きのいい東京プレイヤーには、自然の驚異を味わってもらいたいですよね!
ダンマス組が好き勝手やったせいで消失したシナリオ、【いつか滅びを迎えるサリアータ】のような魔境は撹拌世界でも稀でしたので。