236 ブランドイメージ
一瞬自分内精神世界でスタンディングオベーションがおきかけたが、お囃子部隊は島の小学生がみっちり訓練しているそうだ。ポッと出の転校生の出番はなかった。無念なり。着席。
提灯飾りを作っている倉庫に行ってみて実感したが、しかし準備がガチである。
最初に想像したよりもずっと、本格的な祭りとなるのではなかろうか。
素晴らしきかな。恐竜と祭りはスケールが大きいほどいいものだ。
それとこの準備期間中、なんと学業ポイントの優秀者上位の方から希望者は、鬼を上に乗せた御輿を担ぎ、わっしょいわっしょいと島を練り歩く権利をもらえるそうである。
なにそれ超楽しそう…!
人を乗せられる御輿なら、さぞや立派に違いない。ワクワクが止まらん。
オレもそろそろ本気を出さなくてはいかんようだな!
さて。
晴れの日の準備に賑々しい昭和世界を堪能し、気持ち良く就寝したらリアルの朝だ。
「おはよう御座います。良く寝られてましたね。
今朝もいいお天気ですよ」
GMが起き抜けの挨拶をしてくれる。
「おはよう。そっちは朝から忙しそうだな」
はて。人と会話もしていないのに、GMに切り替わっているのは珍しい。
「おかげさまで。でも今はそれほど時間加速をしていませんので、演算だけなら足りてますから。
ゲームの運営もそれなり余裕ありますよ」
トウヒさんはいそいそと、自分の筐体に飾られた花籠に水を注す。
すわ、一瞬なにかの危急ごとが起きたかと緊張したが、ただの私事か。
力が抜ける。
この小振りな花籠は輸入品目にあったので、オレが選んでプレゼントしたものだ。
漂流時の揺れと衝撃で、GM本体に飾っていたクリスマスリースと鏡餅を潰してしまったのでその代わりだ。
無惨な残骸を拾い集め、随分しょんぼりしてたからさ。
人が健やかで楽しそうだと、それだけで嬉しくなるのが彼女たちの心のありようだ。
だとしてもちょっとした日々の潤いくらいあってもいいよな?
GM、金使いは豪快だけどさ自分個人の為の買い物とかはしないんだもんよ。
「そうなんだ。それなら良かった」
現在は演算の問題で、リアルの1日でゲームの6日進むペースの時間加速はしていない。
時間加速をするよりは、ホープランプのプレイヤーを増やす方針だ。
体感時間が減るとしても、寝ている時間で切り替わるカレンダーだと日にちの計算をしなくて済むのが楽だ。
なにより昭和世界の季節が、日本と連動しているのがいい。日常の続きっぽくて慰められる。
「学校があるから、昭和世界の住人と時差が出ない仕組みは助かる。
最初からこのシステムじゃ駄目だったのか?」
撹拌世界では24時間営業してたから、そんなもんかと思ってたけどさ。
地獄や妖精郷みたいな別世界を用意できるなら、プレイヤーが少ない時間帯はそちらに誘導するなりで賄うこともやれたはずだ。
「あの頃はいつダンジョンバレするかわかりませんでしたから、急いでましたねー」
おっと?
「政府さんが仰るには、民間の冒険者免許を発布するのに最低3か月は勉強させたいとのことでした。
でもそれだけの時間じゃ、種族間のアレソレや、野良ダンジョンで最低限よくあることを詰め込むにしても……足りないかなあ………やっぱり足りないよなあって」
GMのつぶらな点目は、遠い目だ。
おお、やるじゃん。
政府ちゃんたち、GMにいつも振り回されてかわいそう…って同情していたけど、案外それだけじゃなかったかもな。
いや、サービス精神旺盛なGMが、自らデスマーチを希望したのかも知れん。
妄想で買いかぶりや、濡れ衣は良くない。
「時間加速やゲームがイベントマシマシ環境だったのは、少しでも情報を撒いておきたい思惑がありましたね」
ほうほう、左様で。
……。転ばぬ先の杖が役にたってしまったな!
【よくあることを詰め込んだ】
って、深読みをしなくても戦慄させられてしまうんだが、どうしてくれよう。
聞き捨てならないことを、朝っぱらから聞いてしまった。頭が痛い。
オレらはもう知っている。
ゲームに出てくるお馴染みの種族は、ロケットを飛ばしたことのある面々たちでもあるということをだ。
そりゃー、リアルのお手本があるならゲームの陳腐化を招きかねないチート種族も出すし、多種族の身体データが細かい割りに破綻してないはずである。
遠いどこかに住んでいる、個性豊かな彼らについて考えてしまう。
「三千世界には色んな種族がいるもんな」
「ですね。日本人と甲殻人は中々に相性良くていい感じですよ」
……うん、そうだなGM。
甲殻人たちが夢魔のように色ボ……灰汁の強い種族じゃなくて幸運だったな。
圧倒的セーフ、これはセーフだ。
漂流先で出会っていたのがそれこそ原生の夢魔族だったりしてみろよ?
オレらは故郷への帰還の術を、泣く泣く諦めなくちゃいけなかったところだった。
占い師でもないオレにだって見えてしまう。
奴らと交流が始まったとたん、最良のケースでも地球が彼らのエロの草刈り場、植民地になってしまう。その事案を。
地球人の目から見て、夢魔が美女揃いってのがまずいけない。
献身的に甘やかしてくれるエッチなお姉さんが嫌いな野郎なんていないだろ?
セイランでドンパチをしてなければ、オレも男だ。
全く警戒も隔意もなくてウェルカムだったに違いない。
そして夢魔は部族ごとに散り、野良ダンジョンに住んでいる。
広大な三千世界において、出会う確率は他に比べてどの種族よりも高い。
VRなのに戦争イベントってないわー。
うちの運営、未来に生きとる。
プレイしている時はそう虚無っていたが、警戒心を育てる教育って今にして思えば重要だった。
郷里には妹たちがいるのに、夢魔への安易な迎合は許されざるよ。
考えるだけで胃の腑が重い。
典型的な夢魔だったミズイロ先生とか、個人としては仲良くなれても種族としてはなー。
彼女らのトップ層は【損して得取れ】的な、覚悟ガン決まり勢だったから、果たしてうちの政府ちゃんが対抗できるかどうか。
ナンパを許してくれるならなんでもする!
そんなカミカゼ捨て身アタックを、されたらアワアワして押しきられそう。
「マスター。今日の朝ごはんはー。焼き立てパンが届いてますー」
GMは花の蕾を嬉しげに眺めていたが、ややあって、ぱちり、とトウヒさんに切り替わる。
「へえ、いいな。どんなの?」
ワックスで軽く髪をセットする。最近のオレは寝癖知らずだ。
「初お目見えはオレンジ色のチョコレートの、あまり甘くないブラウニーです。
そちらはドライフルーツがたっぷりで断面が綺麗でしたよ。
もう一種はフランスパンみたいなむっちりぎゅっとした生地に、アクセントでナッツが入っていましたー。
どちらもオイルをつけながら食べるそーです」
「オレンジ色の。それは旨いやつだ」
「ですです」
頷き合う。
チョコレートは甲殻人にも、取り分け深く愛されているので魔改造により種類も豊富だ。
ここで、ん?
と思われた人は正しい。
異世界でもチョコは熱帯の植物だ。
チョコレートベルト帯という限られた土地だけで育つ植物を、好きすぎて自分のとこでも育てたいという何十世代に渡るその努力。
凄いがとてもバカだと思う。
甲殻人。そんな品種改良における情熱が行きすぎたところは、日本の米造りにかけるパトスに通じるものがある。
寒いところは米所な印象があるけれど米も本来、暖かいところが原産だ。
彼ら、そんなに好きなんだなチョコレートが。
デカイ兄さん姉さんらが、小さなチョコに一喜一憂しているかと思うと微笑ましい。
先人たちの夢の欠片。
チェダーチーズの色合いのそれは、南国の夢の残り香でトロピカルな味わいだ。
「なんかさ、ホープランプのパン用のオイルって、ジャムみたいに種類あるよな」
「そのうち、全種類制覇しましょーねー」
「その野望、付き合おう」
……あー。良くないな。
変に苦手意識があるものだから、【問題ある異界人】の基準が夢魔になっている。
他にも撹拌世界には吸血人種のように突き抜けた種族もチラホラいるし、業の深さ、邪悪さなら地球人も他とそう負けたものでもないのにさ。
棚上げばかりは、良くないよなあ。
今日からヨコハマダンジョンでは『免疫』のスキル石を挿入するキャンペーンを始めた。
政府ちゃんによる審議で【こちらが認めたスキル石の配布だったら、補助金を出してもいいよー】と申し出てくれたのだ。
なので邦人の皆さまには、国保と同じ3割の値段でご案内だ。
ここで災害一時給付金を加えると、対象のスキル石なら2つほど買える。
『免疫』を持ってない人はこのお得な機会に貸与していたアクセサリを返納し、石をインストールして貰いたい。
政府ちゃんの申し出を奇貨としたが、こちらの準備が整い次第に『免疫』のスキル石をインストール出来るよう、掲示板でアンケートを流していたりはした。
だけど昭和世界。
一般島民のなめプからの結核が出た時は、ゆめゆめ油断するなよと世界に囁かれた気になったよな。
「俺。ちょっと無理してさ、アクセを買っちゃったんだよな。先走った」
ギルドカウンターに凭れているのは赤壁の石山くんだ。
彼は受付でキャンペーン内容を聞くなりうちひしがれた。
この石山くん、彼はホープランプ麻疹で最後の最後まで寝込んでいた。
なので貸与していた『免疫』のアクセサリも、元気になったら自らすぐさまに買い求めていたのだ。
しかし判断が早いことは、往々にして巧遅に勝るものでもある。
「大丈夫ですよ!今なら冒険者ギルドで中古品を買ったときより高く買い取るキャンペーンをやってますから!
むしろちょっぴりお得ですっ!」
黒ウサギなギルド受付嬢は、ふあふあな胸を張る。
おっと、いけない受付嬢だ。
さきほどまでガックリしていた石山くんハンドがウゴウゴしている。
手を埋めたら気持ちいいに違いない動くモフは、あまりに魅惑が過ぎるよう。
彼女たちに側に寄られると、思わず撫でくり回したくなってしまうのが困りものだ。
しかしまあ喜ばしいことに、妖精さんは人間ちゃんとは思考ルーティンが異なる知性だ。
お触り厳禁どころか暇な時は、ハグもお膝抱っこも照れて喜んでくれる神対応。
ヨコハマダンジョンのスタッフは、ある意味プロのメルヘンである。
近くに居るとつい、眺めてしまう。
稼働年月が長い妖精さんは情緒がバッチリ育っている。
テキパキ流暢に喋るもんだ。
「え、キャンペーン。なんで?」
「ホープランプでは今この『免疫』のアクセサリって、売り切れ御免の人気商品なんですよ。
お下がり上等、あるだけ買いたいって話です」
「あー。小野寺さんたちが、アクセサリの輸出に動いているって話がコレ?」
「はい、積極的で助かっちゃいますよね!
それで、どうされますか。
石山さんはメモリを使うご予定があったりしました?」
「あー、『免疫』は入れます。
お願いします。寝込むのスゲエ怖かったんで!」
だよなー。
医者が居ない環境で、病気になるとか怖いよな。
看病する側も怖かったけど。
彼らの顔を見るとホッとする。
「はーい。一名さまご案内ー!」
石山くんは新たに赴任してきた白兎のナースに手を引かれて処置室に向かう。
処置室ではバイトに雇った看護士さんたちが面倒を見てくれるはずだ。
神奈川グループにお医者さまはいないから正式なカルテは作れないけれど、参考資料を残しておくのは無駄ではない。
「おひとつもらって行きますね」
白ウサギ嬢がひとつと言いつつ、サイドテーブルの品物をゴッソリ纏めて回収する。
オレがギルドカウンターの片隅にこっそりお邪魔しているワケは、出来立てホヤホヤな品物を提供しているからだ。
こうして作った先から持っていかれる。
「元気か?」
「お陰さまで」
そうしていると近く通りすがった石山くんと目が合ったので、よっと片手を上げると苦笑が返った。
こいつ、いつも忙しくしているなあという顔だ。
しかし石山くんもバトルドレス職人なんで大活躍である。お互いさまだ。
バトルドレスを作れるならそりゃ、普通の洋服だって作れるよな。
「小野寺さんは頑張っているようですね」
ことり。
広崎さんが、茶托を置いた。
飲み物が出されたら【休め】の合図。小休止だ。
「ああ。わたしの他にも『免疫』の『エンチャント』を任せられる人材がいるのは安心する」
ギルドはパブリックな空間だ。
油断せず、猫はしっかり被っておく。
噂の小野寺檀氏は、精力的に動いている生産グループの一角だ。
ゲーム中とはいえ立志して、大都会の一等地で店を営んでいただけある。
人気店のノウハウとネームバリューで、早々、個人商店の開業に漕ぎ着けていた。
颯爽勇敢なファーストペンギンだ。
のほほん呑気でお腹はポヨだけど檀さん、フットワークは軽快だよな。
デキるおじは一味違うぜ。
「うふふー。そのうちネット通販や屋台販売だけじゃなくて、ぺぺろん堂のヨコハマダンジョン支店をオープンするよ!
そしたら、りゅ…マスターさんも真っ先に招待するねー!」
「それは素敵ですね。応援してます。
どうぞ、朝摘みのモリーです」
「あ、ありがとう御座います。ご馳走さまでーす!」
休憩していたら、ギルドから水菓子が届く。
横で箱詰めのバイトしてくれている、彩月ちゃんの笑顔が眩しい。
自慢の叔父さんが噂になって嬉しそうだ。
「いただきます」
茶請けに出された水菓子を、早速摘まむ。
「いただきますっ。こっちのフルーツって、どれ食べても美味しーね!
日本に戻っても忘れられなさそう!」
檀さんのなにが凄いって一番はこれだ。
遭難した環境でも、姪っ子の笑顔を守れている。
男として見習いたい包容力だ。
小箱が積まれたサイドテーブルに視線を移す。
果物の汁が滴っても困るので、そちらに一先ず広げたプラ箱を置き直す。
うん。
こう並べると落差が激しい。
ブランドイメージって包装で保たれているんだなあ。
プラ箱にいる時の石は、根っからの庶民で御座い質実剛健が信条よって面構えなのに、ビロードのドレスを纏ったとたんに深窓のご令嬢に見えてくる。
サイドテーブルを占拠しているジュエリーケースは、ヨコハマダンジョンの細工士や彫金士たちが頑張ってくれた良品だ。
彼らは石を仕舞われ次第、彩月ちゃんにラッピングされるのを待っている。
自分への投資にとわくわくと買い物をしたのに、素っ気ないビニール袋に入っていたら詰まらんもんな。
なにせ現代人。隙間時間の暇潰しなんて、携帯端末に依存している。
私はそうでもないかな、という人も端末がろくに繋がらなければ自ずと、不満、不安を覚えることだ。
通信がいるアプリは殆んど封鎖され、なにかと我慢することも多いんだ。
買い物での喜びくらい、まともにあってもいいと思う。
スキル石は売り手市場とはいえ、手抜きでガッカリはさせたくない。
そう相談したところ彩月ちゃんは手製のドライフラワーを一輪添えて、テキパキと箱にリボンを掛けてくれた。
店舗経営の頼れる従業員は、包装センスが垢抜けている。
ヨコハマダンジョン駅予定地中央広場には、ハリネズミのギルマスのお墨付きでフリマスペースが立ち並ぶ冒険者横丁、楽市楽座が形成されつつある。
その集団でもぺぺろん堂は、一歩リードといったところだ。
そんなこんなでバタバタしているうちに昼過ぎだ。
予定どおりヨコハマダンジョンに西方調査団の一部が帰参した。
出迎えに身なりを整えて、報告を貰う。
「以上、これより詳細はレポートをご覧ください。出来上がり次第お届けにあがります」
「了解した。
今の時間なら大浴場も空いているだろう。レポートはゆっくりで構わないので、鋭気を養って欲しい」
「はっ!」
細部に至るまで緊張し、ビシッとした敬礼は美しい。
質量をともないそうに重い敬意を受ける不相応さは、未だに慣れるものではないが、公式の場なのでため息は禁物だ。
代わりに微笑む。
「故郷では役所の仕事は時間が掛かるものだと相場だが、こちらは早いな」
今もダンジョン関係以外のお役所はおっとり運営だ。部署による温度差が激しい。
外回りをしてきた彼らの報告を、ざっくばらんに纏めると次のゲーム塔候補地である、ダンジョンウォーを仕掛けるポイントの縄張りが終わったらしい。
だから仕事が早いって!
どんなターボがついているんだ甲殻人は!
「壁外での行動は、一時を争うことも多いですから。
それ以外の政治の審議は、長いと有権者はやきもきしていますよ」
「なるほど」
そうか、意味わからん。
いや、ダンジョンの氾濫なぞを察知したらすぐにでも動かにゃならん理屈はわかる。
でもオレらってそれと同じ分類なの?
しょっぱい気分だ。
そんなに急がれても、こちらはまだ次のGM筐体すら仕立て終わってすらいないのにさ。
こちらの、というかオレの作業が間に合わないんだが。
……あ、違う。ゲーム塔より、駅の設置が喫緊か。
新たな陣地を確立するなら、資材の搬出がいる。
オレのスケジュールの調整は、いつもサリーに任せきりだった。
関係者各位への段取りが悪くて、内心うわあぁ、ってなりっぱなしだ。
オレ待ちでストップしている作業のことは考えたくないかな!
「さて。報告は貰ったが、明日もスケジュール通りにスキル石の挿入の件を優先したい」
一緒に報告を受けていた、夏草少佐やギルマスたちに予定を告げる。
こればかりは優先順位を間違えてはいけない。
数が決まっている邦人はいいとしても、ダンジョンに出入りするホプさんたちの人数はこの先増えるばかりだ。
オレの『免疫』の上がり方が穏やかになってきたというのもあるが、この度ヨコハマダンジョンでは民間のホプさんが入植することと相成った。
なので大家としては取り急ぎ、人が増えるその前にヨコハマダンジョンの店子には『免疫』の封入を義務化したい方針だ。
最初が肝心。
「はい、ではそのように。
次の塔の建設と防壁、配置する人員の選出はそれまでに済ませておきます」
夏草少佐。だから、早いと……!
いや、文句なんてあるはずない。急いでくれるのはありがたいんだ。
むしろ彼らはオレの内面の焦りを汲み取って、根回しをしてくれているフシさえある。
……そんなにオレってわかりやすいだろうか。
ポーカーフェイスを身につけるべき?
なにせ幸から送られてくる一言メッセージがここ数日、妙に不穏だ。
【山は怖いな】、【犠牲者が多すぎる】って、なにがあったのお前。
もちろんゲームのことでリアルじゃないよな?
ゼリー山脈は初夏にならないと、登山は危ないって話で、お互いにやめようと合意しただろ?
サリーから来る連絡が平常運転じゃなかったら、もっと強く気を揉んでいたところだ。
そういうところだぞ、潮ノ目幸仁ぉ!
意味深な表現で、こっちを混乱させるな!焦るだろうが!
あっちのゲームが過酷な雪山スタートなのってゼリー山脈攻略の叩き台だと、気付くまでずっとソワソワしてしまったのはオレですよ。
被害もそれは出るだろうさ!
ホントぶつ切りの情報だと、伝言ゲーム。誤解と謎を招きがちだ。
正確な情報を掴む為にも、通信網は編んでおきたい。
そうやって焦る気持ちは常にある。
塔が西に伸びればその分だけ、通信がしやすくなるのは間違いない。
初夏になり、向こうの民間人のレベルが整えば幸も塔をこちら側に伸ばしてくるだろう。
しかし甲殻人のパワーアシストがある神奈川グループよりも、東京グループは不意の事故には弱いはずだ。
だから急ぐとしたらやはりこちらで。……ああ、もう。ダンジョンマスターの数が全然足りない…!
邦人プレイヤーに新たなダンジョンマスターが生えないものか。
管理ダンジョンは売り手市場だ。甲殻人にバラまいて人手を引っ張りたいのに、手が間に合わないのが悔やまれる。
「ヨコハマダンジョンの収益としまして、養鶏場の企画がありますのは先に報告した通りです。
以前に同施設を運営していたご夫妻の移住の件につきましては、恙なく明日の午前に到着の予定です。
ご夫婦2名、従業員6名、妖精1名で養鶏場をスタートしたいと思います。
こちらは計画書です。お納めください」
ちんまりと手を上げて、次にスケジュールを報告したのはギルマスだ。
ギルマスにはダンジョンの管理を委託してある。
新規ダンジョンの企画発案も、彼の業務のうちひとつだ。
ヨコハマダンジョンは発展途上。地脈にはまだまだ余裕がある。
なので安全管理的にも箱はぎゅっぎゅと詰めておきたい。
環境整備で周囲の野良ダンジョンを摘みつつあるので、むしろ地脈に流れ込む水量は増えている。
新たな支流が生まれないうちに消化せねばならんのだ。
「卵、楽しみですねえ」
ハリネズミのギルマスは、くふくふ笑う。
妖精さんが会議に交じるとシリアスな空気が保てないな。強制的に和まされる。
今日のギルマスはチェックの帽子に黄色いスカーフ。愛らしいのに、きちんとお洒落な紳士ぶりだ。
「ゲームの配信は追い風です。卵は美味しいものだったと甲殻人の胃袋はすっかり思い出しました。
自粛ムードで我慢していましたが、元々卵は誰もが好きなものですから。喜ばれる施設になりますよ。
ええ、わかっております。もちろん防疫は大事です。
養鶏場の建造はその後でになりましょうが、こちらもよろしく願い致します」
言われるがままに資料を捲る。
それによると養鶏場は、常にクリーンなダンジョンの中、ケージで魔鶏を飼うタイプだ。
これらはノベルと大雑把には同じものだ。
…ダンジョンタワー内には馬や牛の牧場名がつく駅も、そういやあったか。
きっちり企画を練り込んでくるあたり、昭和世界で養鶏場見学をしたホプさんでもいたんだろうか。
「鶏舎の建造は、引っ越した住人が落ち着いてからでもいいと判断していたが」
あー。今、思い出した。
エサのフスマや米ぬかなんかは余っているだろうから購入するとしても、貝殻くらいはヨコハマダンジョンで賄えるといいかもと、後でメモろうとしたところですっかりそこで忘れていた。
一番ご近所のホプさん家はバリバリの内陸にあるんで海の魚はダンジョン産のものしか流通してないし、その種類も限られている。
だからか彼らが貝を食べている印象は薄い。
淡水の貝ならオレ的にはしじみだけど、そういう貝でも採ったりするんだろうか。
オレは貝ならホタテが好きだ。ソースだったら牡蠣も好き。
貝なら海のものがいいな。
幸い魔石も手持ちにある。
ううん、考えていたら、なんだか貝の口になってきたな。
貝殻ごと浜焼きして、醤油を垂らして汁ごと食いたい。
……シンプルで小さい部屋だったら細々手を入れる養鶏場よりずっと簡単だし。
よし!自分へのご褒美だ。
どの貝を優先させたいか掲示板にアンケートという燃料投下をしておこう。
フハハハハ、者共醜く争うがよい!
一番美味しそうな料理を提案した奴が優勝な!
「稼ぎ時でちよ!
今こそ卵料理の文明復古をするのでち!」
オブザーバーとして混じっていたモグラの商人殿は、机をてちてち叩いている。
この反応。なんか直ぐに鶏舎を建てるべきっぽいかな。
確かに卵は毎日食べたい。
ステータスをぽぽぽと開き、時間を取れるかどうかを確認する。
ノベルで造った時、牛舎や鶏舎は割合細かく設定を弄った。後からも修正を入れたし、それなりに手間が掛かった印象だ。
うーん。迷路ダンジョンを造る時間をこちらに回すか?
ガントチャートを見るに削るとしたらそこだけど、癪だな。むむむ。
今、丁度面白くなってきたところだ。
冒険者に【サイテー!】と叫ばれるような嫌がらせ満載なダンジョンって、考えるほどに楽しいものだ。
ここに来てGMの気持ちがわかってしまった。
安全性は考慮するが、命の危険がなければ勉強だよな?
迷路タイプのダンジョンは、訓練用なわけだしさ。
親愛なる冒険者諸君には、楽に攻略出来る裏技や、スキルの使い方を迷宮ダンジョンで試行錯誤し。
そしてこちらを出し抜いて貰いたいものだ。
ダンジョンマスターとしては、チートの使用を推奨する!
いや、マジで。
根性だけで乗り越えられないことのほうが野良ダンジョンには多いから、チート各種はあるに越したことない。頼むから覚えろ。
反面、我慢して良い子にレベリングしている一般冒険者たちも、そろそろ野良ダンジョンに行きたくて焦れる頃だと分かっている。
近くにご馳走があるのに、お預けされているなんて酷いもんな。
楽しい楽しいお出かけ前には是非、えげつないダンジョンに挑戦して気を引き締めていって欲しいもの。
丁度その時側にいた平賀さんに叩き台にした第一稿の設計図を見せたら【いいね。これを楽にクリアする人員ならスカウト対象だよ】って良い笑顔で太鼓判をくれた。
更にこういう罠があったら鬱陶しいなっていうあれそれを、横から入れ知恵を仕込んでくれたのは忍者たちだ。
流石はファッションニンジャの広崎さんとアサシン系忍者の那須さんだ。
人の邪悪さの勉強になる。
人間の本性なんて所詮は悪しき獣である。
オレらはそうあれかしと生まれた妖精さんたちのように、心清らかには暮らせない生き物だ。
しかしまあ、そう捨てたものでもないのが人間というもの。
厳しく自分を律する教育を受け、悪心を適度に飼い慣らす術を覚える。
そして人として振る舞うことをよく知る、先達とはありがたいものだ。
【厄介だなあ…】と、ドン引きしていたのは防御の要の伊東さんだけで後の面子は女性陣を含め、大いに盛り上がってしまった。
真実、本職とは頼りになる。
悪巧みって童心に帰って楽しいよな!
んー。移住する人が引っ越しに落ち着いてから、ゆっくりでいいと思ってたけど、先に養鶏場を準備しとくのもアリか。
どちらにしても両方造るし、締め切りに焦って造った訓練ダンジョンに重大な欠陥が出たらそちらが困る。
「……そうだな。郷の料理は卵をよく使う。皆の慰めにもなろう。
『免疫』の配布が終わり次第、鶏舎に手をつけよう。
従業員の住居の手配はどうなっているだろうか?」
うっかりしていたが、そっちの申請はどうしたっけ?
覚えていない。ガバですまん。
「大工衆の集合アパートに空きがあるでち!
抜かりはないでち!」
「もう建ったのか?」
土地を用意してから1週間も経ってないじゃん。
「転生神殿のように全て手彫りの彫刻を壁石に刻み奉納する、そんな御殿を建てるわけじゃないですから。
ダンジョン内は地震もないですし、基礎打ちした状態で提供してくださっていますしで、二階建てのプレハブアパートくらいなら直ぐですよ。
つきましてはオーナーの邸宅を、是非ともお贈りしたいと議会からの要望がありまして」
ギルマスが黒い鼻をピスピス鳴らす。
おっとお?
「ありがたい話だが、今は非常時ゆえ。
山向こうの人員にはわたしの主席秘書も在籍している。
そちらと合流してから考えたい」
今、大きいお家とか渡されても困る。
過保護にされているリュアルテくんですらホテル暮らしをしてたんだぞ?
ああいう邸宅って社交のためにあるもんだから、管理する人員をコミコミで渡されるはず。
そうだとしたら嫌な予感しかしない。厄介なことになりそうだ。
なにが、ってサリーの精神面が。
漂流メンバーでは郡を抜いて甲殻人に心を許されていないオレが言うのもナンだけどさー。
甲殻人は親しくなると人懐こいから、無邪気に距離を詰めてくる。
多分サリーは威嚇したくなるタイプじゃなかろうか。
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。
スケジュール管理をしていたサリーさんがいないので、慣れないガンチャートのガバさにひいこらしている語り手です。
集中してなにかをしていると、なんで忘れてたんだ!ってことありますよねー。
扇の要の人物にそれをやられると周りが大変困るので、サリーさん偉大だったな、と会議の様子を見ている護衛グループは感じていそうです。