235 海辺の倉庫
『糸紡ぎ』した銀糸は提灯飾りとして使われた。
今回の場合、糸に必要なのは見栄えになる。
なので提灯飾りに使われる金属糸はスライム皮から作られるポリエステル糸に、シルバーリーフ素材を『蒸着』させることでコストカットを断行していた。
この銀糸を蜘蛛糸に混ぜて撚ることで、照明に瞬く房飾りになるのだ。
そしてイベントで採点される学業ポイントは加算式。
工夫を凝らした工程の追加は、審査アピール材料になる。
「提灯のスイッチいれるよー!」
現場リーダーの宣言に、倉庫の蛍光灯が消されていく。
ぽ、ぽぽ。
組み立てられた提灯に、明かりが点る。
くっきり影が浮かび上がるのは赤や青の提灯表面に『転写』されている、目にも彩な幾何学模様だ。
これらはホープランプ提灯の、古式ゆかしい伝承デザインである。
灯りを点すと歩揺や房飾りが、七色に揺らめき一層に艶やかだ。
提灯は盆の灯籠と近いようで少し違う。しかしどこか懐かしさを感じさせた。
《おお》
《ホプさん家の飾り提灯って楕円形でめんこいな》
《影絵エモい》
《台湾提灯っぽ》
《これは女子ウケする》
《この提灯を作るのに、祭りの前はランタン南瓜をうんざりするほど食べるんですよ》
《そういや学食でも南瓜のパイが山のように置いてあったね》
《カボチャパイ、( ゜Д゜)ウマー!》
「いいね、いいね!金属糸を撚り入れると、やっぱりタッセルは灯り映えするね!」
「これが屋台村に列をなして飾られるのかー。夜になるのが楽しみ」
「うは。前夜祭、盛り上がりそう」
船頭の大学生グループがお互いの健闘を称え肩で肩を小突き、バシバシ背を叩きあっている。
「これで決め打ちしてもいいよな?」
「いいだろ。……ここまで漕ぎ着けるの大変だったなあ」
漏れる言葉は感無量といった体。
「大変もなにも。作業が詰まる敗因は、魔工学部が締め切り破りの常連だからだろ。
他はスムーズだったじゃないか」
チクリと漏れた皮肉の棘に、首を竦めるのが数名ほど。
「ごめんて」
「こっちに振られても、その、困る。一年はなんの権限もないんだよー」
「プログラム組んでるセンパイの代わりに俺らが働きにきたから、許したって」
工場で化学薬品を使うような処理を、ガランとした倉庫でやれてしまうのはスキル群のチートなところだ。
段取りの失敗で機械化の波に乗れなかった先輩たちは、魔力を使い今は工場制手工業の真っ最中だった。
長机ごと島になって作業を分担している。
活きのいいニンゲンに助けを求めるゾンビに捕まったオレはというと、今は提灯を入れる保存用の紙箱を作るように指示されていた。
『糸紡ぎ』で糸を量産するよりこっちの方が急務だってさ。
席の隣に山と積まれた緩衝材のプチプチも、買えば楽なのにコスト度外視で手作りだ。
……こういうところまで拘るから、時間が足りなくなるのでは?
呆れるような、頼もしいような。
このあたりは学生ならではだ。
何事も勉強という金看板がなければ、ここまでダンジョン素材の地産地消に拘泥する必要はなさそうかな?
「司城さん、出来た紙箱はもらってくねー。あ、カウンターはつけとくから!」
10枚で1カウントなので、カウンターが1度押される。
「はい」
ちまちまと作った側から紙箱の元が浚われていく。
「箱に判子ちょうだい」
「はいよー!」
展開図状に成型した厚紙の表上部。そこに第三回節分祭のロゴのついた提灯マークのスタンプをペタンと押して、印泥が乾いたところで箱を立体に組み立てれば完成だ。
今回の作業でオレは新たに糸専用の『蒸着』レシピと、紙箱、そしてプチプチの『錬金』レシピが増えた。
もっとも『蒸着』自体は錬金術士のジョブに含まれている。愉快な小人街道の照明のポールも、これでメッキした。
専用レシピは自由に采配できない代わりに、効率化されているのであると便利だ。
魔力があるところじゃないと生体金属が朽ちて剥げそうだけど……魔道工具に使うんだったらいいのかな?
《判子が芋版ww》
《ローテクが急に混じってくる》
《味わいある》
「総合美術監督さんの指定通り、赤の提灯の差し色は銅色がいいね。でも青の提灯はシルバーリーフで統一していいかも。
ちょっくら走って最終確認の更新してくる」
「律儀だな。パーツの変更は権限範囲だろ?」
「まま、一応はね。
完成品を見せるついで、他のチームの進捗も探ってくるよ」
リーダーさんは提灯を1セットずつ『体内倉庫』に仕舞う。
「オッケー、赤は象亀のままでいいんでしょ、追加依頼出しとくね!」
象亀か。家亀じゃなくて象で亀な方だな。OK。
象亀甲羅のインゴットは熱に強くて調理器具の素材の印象だけど、確かに綺麗な赤銅色だ。
「まてまて、それは俺らで行くわ。依頼をこっちに回してくれ。
いつものパーティメンバー連中と、屋台で亀肉扱う予定だ。ダンジョンに予約も入れているから」
「納品は明日までにしたいけど、間に合いそう?」
「夕方合流だから、夜、帰りにこっちに寄るわ。それでいいよな?」
「オッケー。こっちは魔力回復したらポリ糸紡いでおくから、納品したらホワイトボードのガントチャートにも書き込んでおいてー」
ポンポンと喋りながらも先輩らは、流れ作業で細かい部品を組み立てていく。
……器用だなあ。
じっと手を見る。
滑らかで白い乙女の指だ。
ただし手の内側は硬く、女性としては指もそれほど細くはない。
オレが組み立てに回されなかったのは、一度試して、戦力外通知を受けたからだ。
………うん、『錬金』で役立てばいいよな!
芸は道によって賢しだ。組み立ては器用な人にお任せしよう。
「これは素朴な疑問ですけど、スライムのポリ糸くらいなら機械紡ぎのものを使ってしまってもよろしいのではないかしら?」
簡素な紡績機は個人事業主のミズイロ先生宅にもあったくらいだ。
サークルやクラブで購入したりしないの?
そう思ってしまうのは手抜きだろうか。
楽して行こうぜー。
「それがさあ。魔工学部の連中、『機織り』機の新プログラムの不具合で、進捗遅れて右往左往してるんだよ今」
ニッパーで豆カンを繋げていたお兄さんが処置なしとばかりに頬を歪めた。
物腰は穏やかだが、目の下にべっとりとした隈があり、語気がピリついている。
彼、少し休んだ方がいいのでは?
魔工学部と紡績機の購入の関係が分からなくて首を傾げる。
すると横からフォローが来た。
「プレス機や旋盤は備え付けのものを借りれたけれど、本当は、ポリ蒸着金属糸まで機械化する予定があったんだよね。
だからそれに合わせて予算を出したし、こちらもそれを前提でレシピを組んであったんだよ。
なのに工程が遅れていてさ。未だに納品されていない」
ええー?
このイベント、使い回しとかじゃなくて製造機械も一から作るの?
大学、気合い入ってるな。
それとも魔工学自体がこれから花開く学問なんだろうか。……メーカーが育っていない?
《節分イベントごと紡績機械を1から新規組み立てする魔工学部は頭がおかしい》
《あれって毎年冬季の恒例課題らしいぞ》
《機械が企業に売れると、学業ポイントガッポでぷまいです》
「あいつらのせいでガントチャート通りに行った試しがないんだよなあ!
結局は手作業の力押しで作業を終らせて、本番は半死人の体で御輿を担ぐことになる」
「お祭りに御神輿がありますの?」
それ、聞いてないよ?
「鬼大将を乗せて島を練り歩くよ!御輿は細工士クラブの晴れの舞台だから、司城さんも楽しみにしててね!」
一緒に紙箱を作っている、こちらは元気なお姉さんが教えてくれる。
バン!
そこでノックもなしにずかずかと、侵入者が現れる。
「すまん、みんな傾聴してくれ!
イベント本部から『糸紡ぎ』を借りている全部署に緊急通達だ!衣装班からとうとうヘルプ要請入った!
機織り機はなんとかなりそうだが、紡績機は完全アウトだ!
主要メンバーに蔓延してたの、風邪じゃなくて結核だった!
指定した糸を紡いで融通して欲しいってさ!」
話題としてはタイムリーだ。
……結核?!
「マジか」
「本土の病院に担ぎ込まれた!」
「なんで?!『免疫』は?」
「作業効率上げるのに、あいつらアクセ外してたらしい!」
「うゎあ。……わぁ」
《やっちまったぜ☆》
《パイセン変な咳をしてると思ったら》
《アクセ枠がひとつ潰れるのは痛いけどさあ…!》
《人間ちゃんって本当に愚か》
「なにやってんだ魔工学部。
昨一昨年は爆発騒ぎで、去年は牡蠣にあたってたよな?」
《恒例行事》
《大学は馬鹿をやるのも勉強だから》
「あいつら呪われてるんじゃね?
去年は金属繊維の混合糸を使る紡績機械がテーマだったけど、あれも遅れに遅れてヤキモキした」
「金属を裂いて作るタイプの糸な。
奴らが出来た終わったと万歳三唱している横で、残り2日の徹夜が確定した時の腹立たしさったらなかったわ。
あれから鬼の陣羽織が間に合ったのは奇跡だった」
「もうやだ。魔工学部を計画に組み込むのは、次からやめようぜ。迷惑だ」
病気は免罪符にならんのか。
時代的にまだ多いんだな、結核患者。
オレは割りと吃驚したけど、周りは落ち着いたものだ。うん、病気に対しては。
仏の顔も三度までというが、そこまで悟っていない先輩たちは溜めたヘイトにキレ散らかしておられる。
《男子ぃー?言われてるわよぉー!?》
《すみません!今、生き残りので頑張ってるんで!》
《なんでバグが出ているのかわかんにゃいです。胃が痛い》
《……この動画、ライブ配信じゃないのにまだ終わってへんの?》
《これは( ^ω^ )酷い》
「どうどう、お前ら自重しろ。フレッシュな後輩の目もあるんだぞ。
彼らが完成した紡績機をチャリティーオークションに出したおかげで島の大学にスポンサーがついたし、バトルドレス布業界の裾野が広がったじゃないか」
「塞翁が馬がすぎる。でも今、この場に馬力が欲しいんだよな…!」
へえ、島の大学と島外の企業が連携しているのか。
魔工学部はいい空気吸っている。ただヘイトを買っているだけじゃなさそうだ。
「大学の授業って、テレビ通学だけじゃありませんでしたのね」
「いやいや、教育学部や経済学部なんかは概ねそうだよ。でも魔工学部やスキル学部のような科目だと島に研究室を構えたいような教授は赴任されているから、直接授業を受けられるかな」
なるほど。今は最低限の機能しかない大学は、欲しければ誘致しろという追加コンテンツか。
「こんにちは!クエストで荷運び依頼を受けにきました!」
「「「「「こんにちはー!」」」」っす!」
人の出入りが多い。
今度やって来たのは、元気な6人組。ホープランプの良い子たちだ。
「わ!大勢だね、いらっしゃい!助かる!」
「ギルドの巡回ルート教えるから、誰か2人着いてきてー」
「商店街方面も手数欲しい!」
「ね、君らに手仕事好きな子っていないかなあ?
荷運びが終わって手が空いたら、どう?」
固まってやって来たのに、早速バラバラに引き取られていく。
節分イベントは学年、性別、国その他で固定しがちなグループをかき混ぜる役目がありそうだ。
少なくとも先輩たちはそう振る舞っている。
茉莉花くんは細工士さんたちに引き取られて別倉庫にドナドナされたし、鶴ちゃんは金銀の水引であわじ結びを量産している。ゾーンに入っているのか、その横顔は静謐だ。
「聞いてー!屋台村と交渉してきたわよ!期間中、祭りを盛り上げるのに出来上がった提灯から随時飾って欲しいと注文がありました!
納品が早くなるほどボーナス出ます!」
メイクはバッチリ決めてはいるがジャージ姿の女子大生が、岡持ちを両手にさげて駆け込んでくる。
………何故に岡持ち?
「前払いの手付けに肉まんの差し入れだよ!
出来立ては格別だから、小休止ね!」
「おっ!」
「いいな。冷えてた!」
湯気を伴う差し入れに、倉庫の空気がわっと沸く。
うーん。
うちのお稲荷さんの秋祭りもそこそこ頑張っているけれど、人口が違うと圧倒的に賑やかだ。
さっきも焼き芋の応援が届いたし、地元も祭りを楽しみにしている様子がわかる。
やっぱ、いいよな。祭りに大学生くらいの面子が揃うのって。
うちの近所のヤツらは大学行くと都会に居着いて帰ってこなくなる。
ダンジョンで就職先が増えるから、遠坂のにーちゃんたちも戻ってきてくれんかなあ。
お客さんならいざ知らず、この規模の祭りにスタッフ側で参加するのは初めてだ。
祭りは準備する時が楽しいよな。
「司城さん、魔力の残り大丈夫?
あまり頑張りすぎないで休憩してね」
「はい、ありがとう御座います。区切りの良いところまで終わらせてから、わたくしも頂いてまいりますわ。
…ところで御神輿が出るのならお囃子も出ますの?」
わくわくと問いかける。
神輿の篠笛なら、うちの地元育ちなら小学生でも吹けるんだけど。
自薦って受け付けてるのかなあ?
コメント、いいね、評価、誤字報告等、ありがとう御座います。
オノゴロ島【は】平和です。




