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233 茉莉花八雲



 1月27日だ。

 リアルでやる日課は変わらないので以下省略。

 強いて違うことをあげるなら上下水道の起点と終点になるダンジョンを、ヨコハマダンジョンの二の郭に設えたぐらいだ。


 ブッチー専門の水玉プールは昨日のうちに搬入しやすいよう、三の郭の外側に造ったし水道工事自体は現地スタッフさんにお任せだ。


 本当にそれしかしてない。

 水源用の雫石をコネコネする『加工』で時間は泥棒されるけど、ダンジョンを打ち込むこと自体はあっさりと終わってしまう。いつもと同じだ。

 アンカーを打つ作業は達成感が薄い。

 なので上下水道の工事が終わり、三の郭の畑の縄張りも済んだら土を耕しに行こうと目論んでいる。


 『地面操作』を伸ばすと人力トラクターにもなれて楽しい。

 なんていうか、充実感ある。

 広めにとられた三の郭は開拓の野だ。切り株や石がゴロゴロしている。

 いずれは畑になる場所にしても、肥料を入れる段階の前も前だ。オレがここ掘れワンワンをやらかしても、そう邪魔にはならんはずだ。

 


 うーん。自分のテリトリーから一歩も出ない1日だった。

 折角の良い天気で、異世界なのに勿体ない。つい、そう思ってしまうのは貧乏性だろうか。


 ……ダンジョンに籠って陣地の整備をしてるオレたちって、こーいうのも自宅警備員ってゆーのかな?

 

 まあ、いい。外で遊び倒すのは昭和で済ますぜ、皆の衆!



 昭和世界は本日からの7日間の準備期間にプラス本祭が1日で、節分イベントに突入する。

 準備期間は平日の授業も半ドンだ。

 そしてお忘れかもだが、島では30日と月末最終日31日はお休みになる。


 でも節分って、そんなに盛り上がるような行事だっけ?





「よう、姫さん。待ってたぜ」

 腕を組み、校門に背を凭れていた少年は、じっとりとした藪睨みだ。

 おおう、黒髪巻き毛の美少年に出待ちされてしまいましたよ。


「茉莉花さま、ビフォーアフターですわね?」

 むちむち筋肉の大男がしゅっと縮んで、いたいけなバンビちゃんになってしまった。

 薄い肩に、華奢な首筋。腰なんてたつみお嬢さんより細そうだ。

 1度はサリーに折られた立派な角も、まだ生え揃ってない初々しさ。


《姫さまのリアル知り合い?》

《小麦色の肌に角ありなら2世か》


「おう。ちょっと見ない間に美少年になっただろ?」

 悪戯気に歪む口元は自信満々。

 ジャスミン本当にナルだな、お前。


「ふふ、そうですわね」

 わかるぞ。アバターを贔屓したくなるその気持ち。

 オレもたつみお嬢さんは天下御免の美少女だと思っている。

 後5年もしたら、輝くばかりの美女になるのは間違いない。


「姫ちゃん、だぁれ?」

 鶴ちゃんが脇腹をつついてくる。

 この場にニコイチだった花ちゃんはいない。花ちゃんは深層冒険者なママさんが3カ月ぶりに家に戻ったので昼も食べないで即行帰った。


 年末年始も返上なのは、深層冒険者ってブラックだ。

 というか昭和は、ブラック環境が当たり前で、モー烈に働くことが美徳な空気感ある。


「島の外の親しいお友だちが縁で知り合って、それから仲良くしていただいている茉莉花八雲さまですわ。

 今はお幾つでしたっけ?」


「教えてなかったか?

 学齢としては中2だな。……姫さん、ちょっと頭かせ」

 ジャスミン…じゃなくて茉莉花くんは年下じゃったか。

 胸ポケットから取り出した櫛で、手早く髪をお直しされてしまう。

 授業でヘルメットを被るから、『変化』で角は仕舞ってある。だから頭を弄られるくらいはいいけどさ。


「あら、みっともなく乱れていまして?」

 そうだったら恥ずかしい。


「いいや。でもなあ、飾り甲斐のある女はもっと身なりに気を使え。

 なんでそんな垢抜けないお下げなんて垂らしてるんだ。

 後で教えてやるからテクを覚えろ。

 これだから、身なりを過保護なばあや任せのお嬢さんは。

 離れた途端困ってるじゃねーかよ」

 サリーを過保護なばあや扱いするのはやめい。

 口を尖らす。


《姫さま本物のお嬢なんかい》


「わたくし茉莉花さまみたいに器用じゃありませんもの」


《お、いいな。覿面お洒落》

《同じ三つ編みでも違うもんだ》

《なんでっ!投げ銭は上限決まってるんですか?!》

《その方のような強化ソルジャーがいるからであろうて。自重めされよ》

《その前にホプさんらはサイレント投げ銭してくるのを自重しよ?》

《姫さんとこは違うけど、生配信してるのにお礼言えないのとか( •᷄ʚ •᷅ )》

《自分が配信のテンポを切るのは嫌ですので!》


「そういう台詞は努力してから言え」

 サーセン。


「あ!ひょっとして噂の婚約者さん?!」


「いいえ、違いますわ」

「違う!そんな恐ろしいこと言うんじゃねえよ!殺されるだろ俺が!」


《秒で激しく拒否って草》

《茉莉花くん必死だな》

《姫さまは保護者が強そう疑惑》

《茉莉花くんだって2世じゃん》

《いや権力者っていう意味合いでだな》


「違うのかー。仲良しさんだったからてっきり」


「気のおけない仲ではありますわよ?」


「その割に同じ島にいるのに探しにこないのはなんでだよ。

 エ…サユリといい、お前らは本当によ。

 俺をハブるな、寂しいだろうが!」


《寂しんぼか》

《だってアドレスリセットされておるし》

《校舎が空間継ぎ接ぎされているから偶然ばったりは難しいかな》

《強いて言うなら学食なら?》

《カフェや弁当売りやパンの購買もあるからどうだろう》

《学食だけじゃ腹ペコの群れを満たせないよなあ》


「合流したいなとは思いましたのよ?

 でも、狭い島ならそのうち会えるだろうと」


「呑気か!…………まあ、友だちも出来て良かったな」

 アドレスを要求されたので交換する。


「…はい」


《あら、かわいい》

《姫さまが照れておられる。珍しや》


「茉莉花くんは姫ちゃんを節分イベントのお誘いに来たの?」


「おうよ、先輩。

 物品納品、魔石納品、レベルアップ強化の総合トライアスロンコースも姫さんと組めば良いところまで行くんじゃないかと思ってな。

 飛び込みの野良パーティで行動できるかも、加点のひとつになるんだろ?」


「素直だね、君。姫ちゃんを利用する気満々じゃん」


「ああ、一端の冒険者らしいだろ?

 それに俺も巧く利用されるつもりはあるぜ」


「くっ、出来すぎて可愛くないぞ後輩くん!…………気に入った!

 姫ちゃんに依頼の受け方を1通り伝授しているけど、後輩くんも来るかな?」


「あざーっす」

 こうして並ぶと茉莉花くんは鶴ちゃんより背が低いんだな。

 化粧もしてないのに睫毛バチバチで蜂蜜色の肌がエキゾチックだ。

 これがあのマッチョになるのか。


《島暮らしの先輩ありがてえ》

《昨日の配信も直ぐに使えるテクばかりだった》

《申請書ってなんであんなに面倒なんだろう?》

《見やすくて管理しやすい書類ファイル術を公開してくれるの神》

《リアルはペーパレスだもんな。助かる》

《使わん技術はあっという間に廃れるもんだ》

《VRのアーカイブで細かいノウハウを残しておけるのはいい》



「メタ読みするとね、こういったイベントは学生がいかに能動的に動けるかを学校に見られるの。

 冒険者見習いの私たちは学生なのに、扱う金銭が大きかったり、武力を保持しているでしょ?

 卒業までに自制、自律の精神を養うのは絶対条件。

 私たちは能たりずの足切りで学校を卒業できないと、誓約書を出したとおりにスキル封印を掛けられるからね。

 フリじゃないから。

 冒険者のアウトロー化は許されざるよ」

 冒険者ギルドにはパーティが作戦会議をするための食堂が併設されている。

 無料の麦茶を貰ってきて、在校生の話を聞く態勢だ。


《誓約書あったっけ?》

《書いてあったぞ。ゲーム前の利用規約に》

《いつも絶対読まないところじゃん…!》


「暴力はより大きな暴力に潰される、ってことかな。

 少し前だけど、ヤクザと結託した冒険者グループが組ごと警察に一網打尽にされた事件があったよね。

 私たちがそんな風に騙されてうっかりをやらないためにも学生のうちから、社会性を養うことを求められているわけさ。

 賢いようでポカをやるのが人間だから。

 これをやったらヤバいって情報を回してくれる知己を得とくのは大事だよー。

 もし茉莉花くんが女子のコミュニティに話しかけたい場合だと、知らない異性にグイグイ来られると引いちゃう子もいるから、今回みたく知り合いを辿るといいよ。

 部活や同好会に体験入部してみるのもいいかもね。

 島の催しに参加している部活も多いから、こういうイベント中に目星をつけとくといいんじゃないかな」


《異性の知り合いなんておりませんが?!》

《←だから部活をしやれと勧められていよう》

《より大きな暴力=国家権力》

《ここの政府ちゃんも悪徳冒険者は許さんのな》

《空飛ぶクスリと冒険者の組み合わせはアカン》

《あっ》

《ヤクザよりよほど、冒険者が暴れたらヤバいんだよなあー!》

《それは政府ちゃんに潰される》

 

「まずは資材集めのクエストね。

 島の中も外も日本中が建設ラッシュだし、通常依頼も多いしで、食料品と違って腐らないから鉄板だね。

 イベント期間中はご祝儀で獲得学業ポイントが加算されるからお得感もあるよ。

 島に着きたてで、自由参加っていってもなにをしたらいいか分からない、イベントの様子見をしたい人にはここがお勧め。

 稼げる依頼をこなしやすいから、頑張れば最終日に鬼いさんに選出されるかも」

 冒険者ギルドで依頼表のファイルを借りてきた鶴ちゃんは、それを広げて講釈を垂れる。


《ほー》

《荷運び依頼いいな。『体内倉庫』持ちは優遇されてる》


「生産グループ。ここのクエストはね、お祭りに使う備品を作るよ!

 商店街に下げる提灯とか飾りとか衣裳とか細々したものね。ここがショボいと残念なことになるんで、技能があればラストスパートに参加して欲しいかな。

 毎年余裕をもって計画を立てているのに、なんでかトラブルでいつもギリギリ進行になるんだよ先輩たち。

 高校生からは個人や部活で出店をやれるんで、中学生はその下請けをやるよー!

 上級生のテクを盗みたいなら絶対ここ。

 ただし後輩に無茶振りをする威張りんぼな先輩も居るから依頼はギルドを通すこと!

 裁縫部の私は明日から、ここをメインで参加するよ!」


《節分って外町の商店街を巻き込んだ地元の祭なんだな》

《祭飾り作るの楽しそう》


「ボランティア部。

 タワー内はお掃除白玉が巡回しているけど、外町にはいないよね?

 スポンサーの商店街や公園でのごみ拾いや、御用聞き、校内の整備をいつもやっている部活だね。

 ここは毎回イベント毎に連動した活動をしてるよ。

 ボラ部に入ってない子でもここの依頼は受けられるんで、出来そうなものがあったら受けとくといいよ。

 依頼は悲しくなるくらいやっすいし無料だったりするけれど、その分内申点がつくよ!………そういう噂だね!」


「噂かよ」


「うん。でも私らはどうしたって暴力がつきまとうから、社会貢献しとく癖をつけとけっていう学校の親心でもあるのかも。

 見ている人は見ているし、普段の評判って大事だよ?

 いざと言うときの行動が付け焼き刃にならないよう、徳を積むのに慣れておかないと。

 冒険者たるもの、子どもの夢に出てくるような勇者を目指すくらいの気概があってもいいものだよね?」

 鶴ちゃんはウィンクを飛ばす。

 下手くそなところが、チャーミングだ。


《眩しい。これが若さか》

《心が浄化されてしまう》


「わたくし、そういうの好きですわ」

 人生綺麗事を通すのは巧くいかないことばかりだ。

 オレなんてちょっとのことで挫折をするし、痛い目に遭えばすぐ腐る。

 だから叩きのめされ挫けても、立ち上がる物語のヒーローはいつだって目映い。


「えへへっ。だよねっ!」

 強く清廉な勇者さまは王道である。それに食傷して、やさぐれヒーローものに手を付けても、原点はやはり素晴らしい。

 キラキラ輝く一等星だ。


《警察官に、お医者さま。幼稚園の先生と、パブリックイメージはどの職業も大事だもんな》


「イベント管理委員会。

 ここから発布されるクエストは漏れなく強制参加だよ。学生は億劫なクエストもやらなくちゃいけない時があるのさ。

 生徒の自主性に任せていると、イベントが穴あきになったりするからね。

 諦めて粛々とこなすのがコツ」


《ここだけ大雑把》

《時間を取られて面倒臭いクエストは残る》


「高校になったらやれることも広がるけど、中学生ならこんなものかな。

 拝聴ありがとうございましたっ!」

 鶴ちゃんオンステージに拍手を送ると、茉莉花くんもパチパチ続く。


「なあ。島の学生の冒険者って、イメージは勇者なのか?

 堅苦しくねえの?」


「んー。第一世代はそんな感じだったでしょ?

 豪快で気っ風が良くて、災害があれば真っ先に駆けつけてくれて。

 お堅い印象はあまりないかな?

 取る行動は品行方正なヒーローで、でもド派手で歌舞いた姿が格好良くてさ。

 俺も私も冒険者になるんだっ!って幼心に憧れさせてくれたもん。

 どうせ目指すなら底辺じゃなくてトップだよねっ。

 ……まあ、最近は裁縫士もいいかなって浮気しているし、覚えなくちゃいけないあれこれで足踏みしちゃっているけどさ」


「ああ。昇殿試験がありますものね」

 昇殿試験って冒険者ギルドに一定以上評価されないと受けられないからなあ。

 たつみお嬢さんたち2世は資格を持っていたりするけど、それこそギルドのボランティア活動でもしてたんだろうか。

 ゴミ拾いとか。


「そう!お上品な冒険者じゃないと上に行けない仕組みなんだよね!

 社交ダンスってなんなのよもー!ホント無理!恥ずかしすぎる!」

 鶴ちゃんは机に突っ伏す。


《あー》


「パーティ組むのに、男慣れ女慣れしとけってことだろ」


「うう、茉莉花くん正論が痛いよ。苦手分野ぁ」


「茉莉花さまはダンスはお得意かしら?」


「女の足を踏まない程度は」

 ふふんと笑う。

 これは自信があると見た。


「……そのうちコーチをお願いしてもいい?

 茉莉花くんぐらい可愛かったら男の人に緊張して、恥ずか死ぬことはないかも」


「いいぜ。安心しろ、俺は十代女子には安全な男だ」

 茉莉花くんが見る目あるなこいつって顔をしている。


「えっ。男の子が好きなタイプ?」


《笑》

《www》


「違う!しっとりした大人のオンナに魅力を感じるタチなだけだ!

 お前らだってストライクゾーンがあるだろ!」


「わたくしは好きになった人が好みのタイプですわ」

 オレに惚気させたら長いぞ?

 夜毎一言入る連絡に、毎回キュン死にしそうになるんだが!


「よく分からないんだよね。でも喋って緊張するのは年上かなあ。だからそっちが好みなのかも。

 って、今は依頼を取ろう!

 恋バナは後!」


「はい」

「おう」


 たつみお嬢さんのボディだと、誰かに止められるまで途切れることなくお喋りをしちゃうんだよな。ふわふわと楽しくて、歯止めが利かない。

 これが女か。

 




 コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。


 夏の太陽の眩しさと、お盆に敗北しました。

 次回更新は夏休みして、書き留めしてきます。



 ちなみに『異界撹拌』での投げ銭での奉納は、一回につき一番大きなコインの値段まで。他の動画サービスより渋めです。



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 茉莉花ちゃん合流かぁ ジャックのときの様子を見るに頼りになりそうわよねえ
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