232 悪巧みはいつも楽しい
1月26日だ。
東京グループは遭難者の捜索を打ち切った。
薄情なようだが仕方ない。
むしろ生死不明の状態でよく粘った。
オレらがホープランプに漂着したのは、界境と野良ダンジョンの亀裂が剣山のように突き出ている、トンガリに引っ掛かった衝撃で界流から打ち上げられたためだった。
潜水艦のように頑丈な塔の外壁がメメタァ!になるのもある意味当然。
だからサリーたちが排出された漂流地点も野良ダンジョンが多い難所で、魔物の氾濫が起きている土地柄だった。
漏れ聞く話を纏めると、魔物の小型は多く、中型はそこそこ。大型も【落とし物】の確認があったのでおそらくはいるはず、とのこと。
ヨコハマダンジョンよりハードな環境だ。アイアンツリーが跋扈していた時代のナノハナくらいには覚悟がいる。
幸がいなかったらキツかったな。
どこにでも陣地を築けるダンジョンマスターがいなければ、あちらは悲惨なことになっていた。
生死を掛けたサバイバルなんて、やらずにすむならそのほうがいい。
しかしだ。
迷子こそ出したが、意外と暴動は起きないものだな。
日本人の治安の良さをオレは、随分と低く見積もってたようだ。
映画だとそろそろ過剰なストレスを溜めた漂流者同士が、疑心暗鬼を重ねて殺し合いに発展するところなのに、その気配はチラともない。
どころか掲示板会議は常にユルユルだ。
戦争になっているのは一番美味しい異世界料理のお題でぐらいで。
それでいいのかお前らよ。
想像よりもずっと冒険者の民度が高くて困惑している。
千人もいれば最高に自分至上主義で、アグレッシブ困ったちゃんが居ても良さそうなものじゃん?
「はあ?そりゃー、おんしゃも悪い意味で歴史の教科書に載りたくはなかろ?
わがいるのはしょうまっこと人類間のファーストコンタクトの最前線よ。
GMがバッチリ記録を取っているってわかっちゅうのに、やらかすヤツは余程のアホウにゃ」
首を捻ってたら、小松さんにアンサーをもらった。
なるほどにゃー。
昼酒中の小松さんは良い感じにほろ酔いで、いつもより土佐弁丸出しだ。
酒飲みをしているが、これもお仕事。
小松さんは好きなことこそ上手なれで、『酒類鑑定』に『毒鑑定』持ちである。
テーブルに並ぶ瓶は、シンプルからデコラティブまで様々だ。
地球と同じくホープランプ産の酒瓶も、形なりラベルなりで趣向を凝らしたものが多かった。
切手やワインのラベルをコレクションにしている人たちの気持ちが分かる。
小松さんはズラリと並んだ品々の味や香りを念入りに確かめては、頼まれたレビューをこと細やかに書いていた。その表現の詩的なことよ。
……まあ、仕事ではあるけど楽しそうではある。
「しっかし、向こうは人の数がこじゃんとおるぶんめったねえ」
小松さんは標準語をお喋りください。
「オレはサリーや幸のおじさんたちが巧いこと支えてやってくれたのかと」
幸の伯父さんやお弟子さんら、あいつの身内は現役消防士や警察関係者がゴロゴロしている。
「……佐里江さんは牧羊犬の才能があるよな。
羊には親切で甘いくらいだが、羊を襲う狼は迷わず噛み殺すタイプ」
そこで一気に酔いが覚めたように畏まらないでくれます?
さっきまでご機嫌に、にゃあにゃあ言ってた癖に。
小松さんってば、サリーにきつく絞められたことでもあるんだろうか。
「ええ、頼もしいですよね」
あちら側では複数種の魔物の氾濫が確認されている。
人に武術を教えるプロや、地域を守るお巡りさんの数が纏まっていたのはグループとしても優れている。
なのに人探しが進まないのは、魔物の影が濃すぎるからだ。
周辺環境の敵数を減らさないことにはどうしようもない。
名前を呼びながら人を探せば、魔物の方が気づいて襲ってくる。
広域の捜索はとても無理だと人道派も諦めたのだ。
なのでこれからはより積極的に、庭先の掃除から始めるとのこと。
往生際が悪かったのは、命を惜しんだ情からだ。
パニックやヒステリーが起きやすそうなこんな環境で、人に沿おうとしたのは悪い選択ではなかったと思いたい。
人間効率だけじゃ動けんよな。
と、言うことで!
オレは迷路タイプのダンジョンを造る。それを自分に許すことにした。
……メリハリって大事だよな!
オレはアドベンチャータイプのダンジョンを手掛けるのは初めてだ。
なので『CAD』を開き、フロアの構想をネリネリ練っている下準備だ。
民間プレイヤーもいずれ野良ダンジョンへ潜るだろう。
その前にしっかり訓練はするべきなので、小松さんと同じくオレもサボりではない。許されよ。
しかし、なんていうか…こうしていけない計画を立てるのってさ、すっっっごい楽しい。
あー。脳汁がドバドバ出る。
悪いが産業用ダンジョンじゃこうはならない。
効率や使いやすさ、安全性。それらを真面目に守ろうとすると、どうしたってダンジョンは似たパターンの造りにしかならない。単調で、ぶっちゃけ飽きた。
レゴの大作でも同じ建物を幾つも作るとか、普通はやらないものだろう?
バリエーションが恋しくなる。
やらなきゃいけない仕事を抱えたまま、だらだらと惰性に落ちるのは本能が【このままだとマズいぞ】と危機感を覚えたので、自分へのご褒美にカンフルを投入だ。
最低限必要なダンジョンは急ぎ建て終え、一息ついたこともある。
お疲れさまでした。オレよ。
この先も長いぞ、っと。
つつつ、テシテシと『CAD』に描き込んでいく迷宮ダンジョンの鳥瞰図は、5階建て広めのデパート。駐車場つき。まずはそのくらいの敷地面積で予定している。
これで敷地が足りなければ増やせばいい。
スペースの融通が簡単なのが、オレらダンジョンマスターの強味である。
コンセプトが野良ダン初心者への教導迷宮なので、1フロアの攻略に何時間も使う造りはなしだ。
エレベーターを敷いてあるダンジョンのように、中間地点とラスボス手前で離脱できる休憩スペースも盛り込みたい。
一度潜ったらゲートに戻るまで出られない宿泊必須タイプの迷宮は、いずれ造る中級者コースにしたいから今は選択から排除しておく。
うんうん、親切。
『マップ』能力を試される、煩雑な階段の上り下り。
今までは素材の搬出に便利にしか使ってなかったが、本来は悪辣なワープ穴。
ボルダリング技能を覚えて欲しいそそり立つ崖に、時間によって移動するダンジョンの壁。
そんな頭と心に負荷をかけるギミック満載で、迷宮はお届けしたいもの。
そうそう、迷路にはギブアップ専門の脱出路も重要だよな!
リタイヤしたらギリッと悔しくなる仕掛けくらいはあってもいい。
残念ながら毒矢や釣り天井などの危ない罠はまた今度だ。
そちらは一般冒険者の斥候スキル持ちが練度を上げてから考えたい。
冒険の最中に体が痺れる厄介さは、1度は体験するべき苦いこと。しかし順序というものがある。
だが泥沼は造ろう。
足場の悪い環境での戦闘訓練は、最初にやらせておくべきだ。
野良ダンジョンで避けては通れぬ沼地があると、調査効率がガタ落ちする。
『空歩』や『念動』その他色々。便利な対応スキルを使いながら戦闘でも動く訓練を積ませることで、本番では困らないよう使い込ませたい。
うん。やはりセカンドフロアは沼地で決まりだ。
沼の魔物はレベルが低くても厄介な傾向にある。
ふふふ、冒険者の恨めしい顔が浮かぶようだ。
よし、泥の中はこっそり段差もつけとこう。
罠とはいえない罠だけど、うっかり者にはかなり効く。
あにはからん。身体能力が向上して沸き上がるのは万能感だ。
浮かれて伸びた鼻っ柱を叩き折り、慎重さを取り戻させるには、苦い経験も必要だ。
この手の泥沼で身体能力任せに行動すると、ビターンでドボンだ。
いつかのオレがやったよう、転んで泥まみれになるといい。
よし、どうせならついでだ。
底無し沼の怖さとその対応も知ってもらおう。女性なら胸まで埋まる深さの沼トラップもサービスだ。
ああ、楽しい。
鞭だけではなく、飴ももちろん用意する。
副GMの権限により、ダンジョンの知識が一部解禁された。それを早速使いたい。
ダンジョンドロップ。
あれって野良ダンジョンでしか生じないものだと思っていたが、管理ダンジョンでもドロップを誘発させる技があるんですってよ?
なんでもこの種のドロップ招来技術は、殺すために人を招く悪魔系ダンジョンマスター由来の御業なので、まともな撹拌世界のマスターさんは邪悪な印象すぎて使わんそうだ。
なるほどなー。
リュアルテくんには使わせんでおこう。
つまり。
印象悪いってだけならば、ゲームで愉しく宝箱に親しみ、ガチャ慣れした日本人には関係ないってことなんだぜ!ひゃっほう!
やっぱりダンジョンと言えば宝箱だよな!
君も好きだろ?オレも好き!
こうやってGMにもらったダンジョンドロップを誘発させる技術の概要を読み込んでいくと、面白いことがある。
数多のゲームでのお約束。ダンジョンによくある隠し部屋のことだ。
あれってダンジョンマスターの視線で見たら、まったく納得の配慮だった。
異界の漂流物を招く地引き網ポイントを造るのに、隔壁を下ろしておかないのは怖すぎる。安全管理、重要だ。
だってさ。ピンポイントで魔物を招くアンカーですら逆流防止の弁があるくらいなのに、ダンジョンドロップを界の狭間から招くにはダンジョンの壁に大穴を開けとく必要があるんだぞ?
隠し扉が開けられたら自動でその穴が閉じるような仕組みにしとかないと、界流によって冒険者が吸い出されてしまう。とても危険だ。
宇宙船に穴が空いたら事故も大事故。洒落にならんと相場は決まっている。
外界と繋がっても平気なそれ以外はなにもない部屋と、隔壁にもなる丈夫な隠し扉を造らないとだ。
危急の際には潰れることで衝撃を吸収するクッション材になることを求められる、泡沫のような白玉ダンションとは違い、まともな管理ダンジョンは造りからして確りとしている。
神奈川Bグループの実体験によれば漂流時でも、ダンジョン内部に軋む感じはなかったそうだ。
色々空間に【亀裂】がある、大変ガバな野良ダンジョンとは違い、意図せずダンジョンドロップを生むような管理ダンジョンは欠陥品ってことだな。
【これって初心者のうちはちょっと教えられない技術なんですよねー。
変な癖がつかないように、まずは安全なダンジョンを造る基準を頭と体に叩き込んでからじゃないと。
だからダンジョンドロップ招来技術は、ダンジョンマスターが中堅になるまで秘密なのです】
GMの判断では、オレらはとっくに中堅だそうだ。
いつの間に。
まだぺーぺーだと思ってた。
【なってからの時間は確かに短いですけれどねー。
流士さんたち、幾つダンジョンを造ったと数えてます?
白玉ダンジョンを合わせれば、1人当たり軽く100を越えますよ。
ロケット到着ホヤホヤに擁立されたダンジョンマスターは、確かに死ぬほど忙しいものですけどね。
それにしたって働き者です】
そう教えられたけど、リュアルテくんと同じくらいか下回る程度しか働いてない。
そのことを聞いたら。
【サリアータは魔境です。かの地で働くダンジョンマスターたちは世間のデフォルトじゃありません】
ってさ。
リュアルテくんの故郷が、主産業・米造りな顔をして魔境なのは知っている。
だから薄々は気づいていたがオレらはダンジョンマスター界のスーパーハードブーキャンコースを、自然と受講していたらしい。なんてことだ。
やること多くてリュアルテくんは大変だなとは心配していたが、なんか常に非常時だったし。皆がこうならそんなもんだと思うよな?
他の地方のダンジョンマスターはおっとりお上品に余裕を持って、ダンジョンを育てるとは聞いてはいたけど実感なんてなかったし。
……おかげで漂流生活に余裕があるから、苦労はしておくものだな。
とでも思わなきゃやってらんない。オレのバーカ!
常に全力疾走で磨耗してたなら、飽きたり疲れたりなりで、モチベ低くなって当然じゃん!
コツコツ仕事が楽しい要と、泳ぐのを止めたら死ぬ魚な幸と混ぜられてたから気づけなかった!
サリーもワーカホリックな気があるし!影響されてたよな!
好きな子にいいところは見せたいものと、無闇に張り切っていたのはオレですよ。畜生!
だって頑張るとサリーが困って、心配してくれたから。
………うん。気づいていてもきっと行動は変わらなかったから、オレは鈍くて良かったかもしれない。
気を取り直して、ダンジョンドロップだ。
天然物のダンジョンドロップは玉石混淆。それらは知られていることだ。
下限と上限のフリ幅は広い。
一攫千金も狙えるが、災厄を伴う厄介品も排出される。それがダンジョンドロップというものだ。
冒険者諸君にはその印象が強いのではなかろうか。
あらかじめ【呪われているもの】や【力がありすぎるもの】を弾くように設定にしとかないと、小さな管理ダンジョンなんて軽くボカンと吹き飛びかねない。
なので欲は掻かず安全第一だ。ドロップを回収する仕掛けは絞ろう。
【魔力が重い】ものは自然と網から外れるような設定にする。
……そうだな。呪われたブツをこちらで排除してあるのは伝えないで、ドロップは毎回きちんと『鑑定』に掛けるように癖をつける方向に誘導をしようか。
安全を配慮したぶんドロップの排出が渋くなるかもしれないが、ただのお楽しみ要素でダンジョンをパァンとさせるわけにはいかないもんな。
なんだか凄いな、地球のゲームクリエイター。
初心者ダンジョンがコモンの宝箱しか出てこないのって、こんな理由があったとは。
いや、たまさかの偶然だろうがこうも合致すると妙に可笑しい。
「やりづらそうなダンジョンを造るなあ。流士くん、楽しそうだね?」
パーティの守護神。こちらは素面で警備中。
意見を求めるのに手招きして図面を見せた、伊東さんは物言いたげだ。
小松さん?
ご機嫌なほろ酔い野郎に尋ねるのは、ちょっと。
「めちゃ楽しいです。ダンジョンマスター冥利につきますね」
迷宮ダンジョンの顔になるフロアボスは、レベル20の冒険者が4人揃えば倒せるくらいが好ましい。
さあ、どいつにしようかな。魔物図鑑をわくわくとスワイプする指が止まらない。
皆で力を合わせボスを倒す達成感は特別だ。
でもしかし、ギミックのある敵も勉強になっていいよなあ。
おっと、忘れちゃいけない。
ラスボス復活はダンジョンドロップが招来されたタイミングに紐付けておかなくては。
特別な試練を乗り越えた暁には、現世利益の祝福がなくてはいかん。
倒したら開くボスフロアの奥に正式な出口と、次に進むゲートを造るとなるとボス湧き待ちの冒険者が出るだろうからして。2回目はスキップ出来るエレベーターも合わせて忘れずに造らねば。
エレベーターの管理は冒険者カードに連動させればいいから問題はなし、と。
「ああ、うん。
そういや流士くんは副GMになったんだっけか。
プレイヤーに試練を与えたがるのは、GMの性なのかな?」
嫌だな伊東さん。オレはGMほど悪辣じゃないぞ。
……ないよな?
ホープランプと暦を合わせている、昭和世界も1月26日だ。
タワー内にある学校は快適だったが、外町は寒い。北風もぴゅーぴゅーだ。
しかしこの寒さが作るご馳走もあるわけで、放課後は熱々のラーメンだ。
こってり濃厚な豚骨スープに、味をさっぱり引き締めてくれる高菜と紅しょうが。
中細ちぢれ麺はやや固め。チャーシューはトロトロ。黄身が赤い半熟煮卵追加トッピングは大正義に決まっている。
「うっま!卵旨っ!」
「このスープ、鍋で飲みたいわ。骨髄ってなんでこんなに美味しいのかしらね?」
「フフフ、ステファニーちゃんお目が高い。ここの店長さん、本場博多の暖簾分けだって」
「餃子に白菜が入っていると冬を感じますわね」
「春はキャベツで夏は紫蘇になるよね。おうちの餃子」
今日の授業も無事に終えた放課後だ。
日本人3名とホープランプ留学生2名、誘い合わせてラーメンである。
この後5人でダンジョンに向かう。その前の腹養いというわけだ。
だってアレグリアくんがラーメン知らないって言うからさー。
悪いことは早めに教えてやらないと。
《飯テロ定期》
《初対面の女の子がいるのにラーメン屋に誘って許されるものなの?》
《見ろよ姫さんの美味しい顔を!》
《今夜は俺も袋ラーメンをする》
「麺も美味しいけど、このチャーシュー。とても好きな味よ。
白いご飯にたっぷりのせて食べたいわあ」
「うっわ、お前なんでそんなことを言うんだよ!
すいません、ステファニーさま!『体内倉庫』に俺の持ち帰り用のチャーシューを入れさせて下さい!」
うっとりとチャーシューを味わうステファニーちゃんにアレグリアくんが突っ込みをいれる。そしてすかさず頼み込む。
「んふふ。いいわよ、刻みネギも載せてお夜食にしましょ」
「助かる!なんかもう夜に腹減って眠れなくてさ!」
「わかるわあ。甲殻がミシミシ生えてくる、そんな夜は食べないと死ぬ!ってなるわよねえ」
アレグリアくんにステファニーちゃんを紹介したら最初完全ビビってたのに、もうすっかり仲良くなったな。
やはり豚骨ラーメンは宇宙だ。全てを解決に導いてくれる。
《アレ、マジで命の危険を覚える飢餓感な》
《携帯食を枕元に置いて寝る遠き日々の思い出に、再会するとは思わなかった》
《どんなにスキル石を入れるのが苦しくても『体内倉庫』は欲しい…!ってなる》
《サプリじゃ飢えは凌げんもんな》
「白玉ポイントの景品にお米と炊飯器が置いてあったのって、商店街の皆さまは策士ですわね。
外町商店街まで出れば、ご飯のお供には困りませんもの」
ステファニーちゃんに聞いたオイルうどんレシピが美味しそうだったので、茹でたうどんをお勧めオイルと共に『体内倉庫』に入れてある。
だけどオレもチャーシューは買って帰ろう。
「おばちゃん、俺、今日はチャーハン、餃子にとんこつ醤油ラーメンね!
それと持ち帰りでチャーシュー麺も2セットよろしく!えーと、メンマ増量、味玉つきで!」
たった今ガラガラと戸をあけて、暖簾を潜ってきた冒険者は自前のラーメン丼をカウンターに置いた。
そして元気いっぱいに注文する。
「はいはい、いつもの大盛ね!」
……なるほど。
オレも今度来るときまでにラーメン丼を用意しておくしかないな。
夜食を選べる自由はとても素晴らしい。
「そうねえ炊飯器は、空いている時に寮の備品を使わせてもらうけど自分用に一台あったら便利よね」
《白地に花模様がついた炊飯器可愛いよな》
《ガワだけレトロで魔道具なやつか》
《昭和準拠で保温も炊飯器タイマーの機能もないけれど、『体内倉庫』と合わせればいつでも炊きたてを食べれるぞ!》
「でも良かった。ホプさんとこの子って皆すごく大人びたヒトばっかりと思っていたから安心しちゃった。失礼かな?」
「いや、俺も場違いだなってしょっちゅう戦慄しているからよくわかる。
最初が肝心だからって、うちの政府は見栄を張りすぎだろ。
俺らも普通なのは普通だから」
《アレくんは普通なのかー》
《いいや、ブレーキが壊れがちなこの歳で、文字が綺麗だから相当器用で努力家よアレ氏》
《それは重要だな》
《留学生に選ばれている理由はある》
「学生なら多少のいざこざは大目に見てもらえるでしょうけど、国の威信が懸かっているものね。
猫被りはするものよ」
「なんで猫?」
「こっちの慣用句にあるんだよー。本性を隠して大人しくしてたりする時に使うかな?」
「へー」
《猫はかわいい》
「ステファニーちゃんは勉強家だね!」
「まあ、ねえ。
お前は【猫を被れ】と引率のセンセにありがたくも忠告されましたからー?
そんなの知ったこっちゃねーですわよ。
お仕事している最中ならモチロン別よ?
でもプライベートで取り繕って出来た仲間なんて、騙しているようなものじゃない?」
「おま、強すぎねえ?」
「強くあろうとしなければ、それこそ猫を被って潜伏してたわよ。
……まあ、日本がオカマは銃で撃ってもいいって国だったら隠していたわね。
国際問題は困るもの。
それくらいのTPOはあるわよ一応」
「お、おう」
《銃社会はあかん》
《でも猟友会の締め付けはオレらの首を締めたよな》
《住宅地に跋扈するキョンの群れなー》
《冒険者になると猟友会のモラルの高さに尊敬を覚える》
《罪を犯さないタイプの変態には寛容だよな日本って》
《そうかな?》
《そうだよ。権利がー!って常に騒いでないと殺されるってことがなくて穏やか》
《だって魔女狩りとかやって祟られたら困るし》
「……外国は過激なとこもあるもんねえ」
鶴ちゃんは難しい顔だ。
一神教界隈で保守的なところだと、リアルの現在よりずっと人種差別は激しいし、性への締め付けも厳しい昭和だ。
だからその抑圧と解放への反骨からロックが産声を上げたわけで、なにかと面白い時代でもあるわけだけどさ。
「日本は外の文化が流入するまでは、性におおらかだった土壌がありましたから」
男装して踊る出雲の阿国が人気過ぎて、時の政府ちゃんが取り締まらなくちゃいけなくなったとか、どんだけフィーバーすればそんなになるのかわけわからん。
それに続く歌舞伎の美女は中の人は男だし、倒錯しているの大好きだよな。日本人のDNAって。
仏教で女犯が禁忌だからって、お偉いさんがオープンに美少年に走るのはどう考えてもクレイジー。
日本人は昔から未来に生きている。
水と土が違えば育つものも違う。
現代日本に限っては気に食わん奴は皆殺しだー!って主張する人、実行する人はあまりいないんじゃないのかな。
ただし昭和は万が一があるかもしれない。
同じ金髪でもステファニーちゃんは甲殻人だから大丈夫だけど、たつみお嬢さんは角がなければ日本人には見えない。
だから年配の人たちには、一瞬驚き、嫌な目で見られることもしばしばだ。
我、美少女ぞ?
そんな視線を向けられるなんておかしくなあい?
……まあ、しゃーないか。
オレだって善良で頑張り屋なミズイロ先生にすら、最初は隔意があったしさ。
若者が髪を染めるのが不良だとこの時代の大人が嫌がるのって、戦争で旦那や息子を奪われたせいなのかもだ。
金髪少女がのこのこそこらを歩いていたら、それだけで思い出し、傷つく人もいるだろう。
たつみお嬢さんが本土から島送りにされたのって、そういうことから逃げさせる配慮かなと思わなければ嘘になる。
自分と違うもの、見たくないもの、苦しいものを、気持ち悪いと思うのも人間だ。
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。
天然ド金髪を染めようともせず、堂々と晒したままのたつみさん。
ご時世的に悪口のひとつやふたつ叩かれているでしょう。
鶴ちゃんと花ちゃんはそれでも朗らかなたつみさんを見て、この子強いな、と友だちになりたがってくれました。