231 新時代のスポーツは
ゲートを潜り一路ダンジョンタワーへ。
案内標示に従って辿り着いた先は、目当ての白玉ダンジョンだ。
しかし、なんだ。
所変われば品変わる。
他のダンジョンだとゲート周辺にはピリッと勇ましい気配が漂っているが、ここのフロアだけは趣が違う。
柱や看板がド派手にライトアップされているばかりか、高揚を煽るマーチがジャカジャカ流れている。
パチ屋というか、ゲームセンター?
もしくは野球の打ちっぱなしか、潮干狩り。
そこら辺の施設をミキサーしたら、こんな感じになるかもしれない。
出入りする人の表情も、いい汗掻いたと明るいものだ。
リアルや撹拌世界の白玉ダンジョンはそこそこ優等生な訓練施設の顔だったが、昭和世界は娯楽性を全面に打ち出した舵取りだ。
こう来たか運営。
前提として。リアルでダンジョンに入るには冒険者資格が必須で、昭和世界も同様だ。これは皆さまも承知だろう。
しかしこのダンジョンに限っては、お上も【まあ、ええやろ白玉やし】と、地元の小学生にも試験的な解放を許している。
ユルユルだな、昭和政府ちゃん。
そのせいで大盛況だ。
確かに白玉は物理耐性こそあるものの攻撃力は皆無といった、ピンでは無害な魔物である。
魔物のように丸ごとバリムシャすれば栄養になるのだろうけど、人間ちゃんは石人族のような例外を除き魔石をそのまま食べられる体ではない。
だから白玉から落ちる経験値ときたらそりゃあお粗末で、どれだけ倒しても雀の涙。こいつでレベル上げするのは労ばかり多くて虚しいものだ。
この遊興施設は、それら如何ともし難い欠点を利点として運用していた。
仕事帰りのストレス発散や、買い物ついでの隙間時間に。
軽い運動するついでに小金を稼げる白玉ダンジョンは手ぶらでOK。
今日のたつみお嬢さんのようにスポーツシューズを履いてなくても、靴の貸し出しもやっている。
ガッチリ装備をするのは億劫だ。
まして血や泥で汚れたらイヤだわっていうライト層を取り込んで、待機フロアも大入御礼だ。
姿が一番目立つのは日課で通う小学生で、その次が誘い合わせた学生たち。家族連れの客も多い。
上手くやったなと思ったのは、レギュレーションを作って周知したことだ。
タイムやルール、道具やコートを用意して、スコアボードを張り出せばあとは勝手に競争が始まる。
努力してスコアが伸びたら嬉しくなるのは人間の心理だ。
……もちろん、オレが乗せられやすいってこともあるんだろうけど。
棒きれを持てば振り回したくなる小学生の魂、三つ子百まで。
ムキになってしまった30分の運動で、体は指の先までポカポカだ。
「なんでよ!毎日素振りサボってないのに100までスコア伸ばせないー!」
「ちーは走り込みが足りてない。タイム後半バテているじゃん」
「あー!楽して上達したいな!今日から走る!」
「両手にビリビリ棒で2刀流はダメだったー」
「バっカじゃないの。だから言ったじゃない。なんでイケると思ったの?」
大人たちはレジャーの呑気顔だが、子どもたちは真剣だ。
喧々囂々、熱心に戦略を練っている。
このままいけば白玉狩りは、新時代のスポーツとして定着するかもな。
景品交換所手前で立ち止まっているオレらは、ステファニーちゃんがテレビモニターで流している上位者の模範演技をじっくり視たいとのことでお付き合い中だ。
幸のところの門下生のチビッ子たちは実戦流で一撃離脱が基本だが、こちらは手数で攻めるのが主流のようだ。
軽やかなステップを観てるとつい、ぼーっとしてしまう。
『免疫』のアクセサリがきちんと働くように、島の住人たちの殆んどはレベル2にはなっている。
【冒険者ではない】という意味でまかり通る【レベルなし】という慣用句表現は、島者に限っては当てはまらない。
現代日本では民間人を巻き込んだ大規模な実証実験は認可されていないから、これだけは昭和が進んでいる……というよりはやはり奔馬のような時代だからか、現代よりもずっと規制の手綱が弛い印象だ。
それにオレら冒険者2世の台頭もある。
たつみお嬢さんのように、生まれつき『免疫』などのスキルをもつ例もあるのだ。
杓子定規にかっちりタガを嵌めようとしても嵌めきれないところが出てきてしまうのは、仕方のないことなのかもしれない。
オノゴロ島は異界の住人である甲殻人と、それに対応するオレらを観察するためのモルモットの檻だ。
翻訳機の携帯が義務付けられたり、煙草を禁止されていたりといった、細やかな住人へのオーダーがあれば、それは違うとは言わせない。
戦後を乗り切り、これから新時代が来るという明るい機運があるご時世じゃなかったら、違うシナリオになっていただろう。
例えば軍が力を持っていた昭和初期なら、陸軍と実験島なんて、火薬庫から邪悪な細菌研究、愛憎渦巻く因習ホラーまで幅広く伝記物によくある不穏な組み合わせだった。危ない、危ない。
休憩スペースに流れる、賑やかなマーチ。それからこの島にないものを連想する。
オノゴロ島はボートレース会場の建設予定があるのに、パチ屋はない。
そして昭和の街角によくあるような煙草屋もない。
戦争には兵士を慰撫する嗜好品、特に煙草はつきものだ。
1本目は歩哨での眠気覚まし。
2本目は恐怖を飲み込む気付け薬。
3本目は死んだ友への弔いに、と。
本土に帰れたものは幸いだ。戦地で煙草を覚えた者は多い。
だから昭和は軍人あがりの煙草のみが多かった時代だ。
オレは会ったことのないひい祖父さまも愛煙家でライターの形見が残っている。
それを考えると禁煙がこれだけ広まったのも、当時を経験した人が泉下の住人になってからだ。
昔はどこの街角にもあったという【おばあちゃんがやっている煙草屋】は、戦争未亡人の暮らしを支えるために政府が配慮したことでもあるんだよと授業の雑談で耳にした。
煙草屋のおばあちゃんも終戦当時はまだ若くて、寡婦が小さな子どもの面倒見ながら働くには、安定した商売はありがたかったことだろうねとも。
そうして時代の流れで姿を消した煙草屋とは違い、往時の勢いは衰えたとはいえパチンコ屋は今でもあるので言わずもがな。
つまり昭和世界なら現役のそれらが問題が起きる前から姿もないのは、時代にそぐわず不自然である。
確かに海外カジノのルーレットといい、パチンコといい、賭け事と『念動』の組み合わせはイカサマの温床だ。
まして煙草は甲殻人には毒性が強い。
ただこうして昭和の街並みに馴染む施設が最初からナーフされていると、未知のクエストの起点になってそうでソワソワする。
……絶っ対ホープランプ人を狙った犯罪で煙草を密輸するイベントや、違法賭博のイベント来るだろ。とかさ?
疑ってしまうよなあ。
悪名高い禁酒法の時代。違法酒造販売でマフィアが力をつけたのは歴史の事実だ。
日常に根付いている楽しみを強権で全面禁止にすると、人は違法に走るもの。
昭和は不良だけではなくヤクザも元気だ。キナ臭いったらありゃしない。
ここで思いだすのは、漂流する前。
動画の取れ高のためにパチンコ店の台に『念動』を仕掛けてしまい盛大にファイヤー!して社会問題になった冒険者のことだ。
それでなくても法ギリギリなアンタッチャブルなところを、鋭角に攻めるとは命知らず。
彼はある意味勇者だった。
なのでその勇者さまは実は政府ちゃんがプロデュースした工作員による炎上配信だったんじゃないかとオレは密かに疑っている。
だってその事例を切っ掛けに『体内倉庫』や『念動』等で不当に利益を享受してしまった冒険者へ対する免許の停止、スキル封印に罰金などを組み込まれた法案が、妙にテキパキ手際よく可決されていったんだぞ?
特に悪質と判断された場合にはレイスダンジョンに浸かって、レベルドレインをして頂きますねの宣言には、ヒョエってなった。
政府ちゃんマジかよ。レベルドレインとか拷問じゃん。
【レベルダウンは苦しいので、執行時には麻酔を掛けます】
【痛くはないので人道的な配慮です】
ドヤ顔で宣言するが、無理があるだろ。
魔物の前で気を失うのなんて恐ろしすぎる。
あれで完全に冒険者はビビり散らかしたね!
政府ちゃんの本気はヤベー。やはり国家は一番ヤクザだ。
疑惑の種にもなろうというもの。
暴投された球を鋭くいなして塁に出る体さばきは、前もってその腹積もりがあったとしか思えない。
全くうちの政府ちゃんらしからぬエレガントさだ。
あれは根回ししていたな。そうだろう?
これからが楽しくなりそうだ!
そんな前のめりな冒険者ほど、免許を失うことを恐れるものだ。
一般人用に前々から規制は入れていたらしいけど、今回は結果的に冒険者っていう金のなる木を、某業界の資金源から引き剥がし、距離を取らせることに成功させたのは果たして誰の糸引きか。
一時、民間冒険者に世間の不審が集まったが、結局は巧いところに落ち着いた。
パタパタとドミノ式に折り畳まれる一連の動きは素早すぎて、要のとこの三宅さんが時系列順に解説してくれなきゃ理解できずに流していたわ。
そーいう時事ネタも参考にしてキャンペーンやりそう。うちのGM。
【ネット文化は面白いですねー!
人の新たな可能性を感じます。
フフフ、私たちのストレージをこれ程圧迫するなんて地球さんたら大したものです…!】
そんな風。塔が落ちる前のGMはそれはワクワクが止まらない感じだったから、地球の配信者さんらは人に興味津々なAIに巡回されていることを覚悟しといてもらいたい。
一度でもネットに上げた情報は、くまなく収集されてしまうからな?
直接たれ流すことはしなくても、参考文献にはされていると思う。
しかしなー。
詐欺や博打や反社ものは趣味範囲外で萎えるんだが。
いや、映画や漫画だったら素直に楽しめる。VRでやりたくないだけだ。
ガラの悪いのに囲まれ脅されてしまったら、オレみたいな小心者はスライムみたいに震えてしまう。
……人間相手に過剰防衛はよろしくないよなあ。
これから来るだろうイベントが、そっちのニュアンスに寄らないことを祈る。
あー。でも食わず嫌いしないで、やってみたら面白いのかな。
リュアルテくんでの介護プレイもなんだかんだで新鮮だった。
オレはおばちゃまに報告すべく、島の違和感を拾うようにしている。
それで思ったのだが、ホープランプの人と交流するのに島を用意する社会実験は、GMの采配でも白眉だったのではなかろうか。
なにが混ぜたら危険なのかを炙り出し試行錯誤するのには、クローズワールドならうってつけ。
殺人鬼が人に混じるホラーものや推理小説の舞台が閉じられた島になるわけだ。
ゲーム中に起きたいざこざはイベントとして消化できるが、実際に起こってしまったら傷になる。
差別に利権。悪徳の火薬壺を腹に抱えているのが人間で、それが大暴発したのが戦争だ。
戦後の人間はあまりの被害の大きさに懲りて、少し慎重にはなっているものの。なあ?
宗教はファジーで概ねゆるゆる。
ニチアサ育ちでサブカルにミーム汚染された現代日本ならばともかく、まだまだお堅い昭和日本やこの時代の外国勢と異世界人類がどういう関係を築くか、予想のつかないところがある。
昭和世界は超大国に肌の黒い大統領がこの先出てくるなんて、きっと信じられなかったような、そんな時代だ。
ほんわか世界観をキープするには、オレらを纏めて島に隔離はやむなしだろう。
……でも実際にオレらが日本に帰って、交流が始まったらどうなるんだろ。
昔は悲しい時代もありました。今となっては考えられないことですが的に、穏やかに手を結べたらいいんだが。
……どうかなあ?
異文化とのファーストコンタクトは、歴史を紐解くと混乱と略奪が常にセットだ。人類史の闇である。
口出ししてくると厄介そうな外国は、広大で新しいフロンティアに夢中で日本のことなんか眼中にないといいな。
どうかそうだといってくれ。
繰り返すがホープランプの愉快な有志プラス、神奈川グループが挑む舞台は、島で海のど真ん中だ。
反対に幸のところの東京グループで開催される『昭和異変』は、本土の深い山奥で、陸の孤島スタートだと聞く。
あちらもクローズワールドだ。
プレイヤーは金の卵として装甲車に詰め込まれ、山道をゴトゴト集団ドナドナされたところから始まり、危険な雪山の超巨大野良ダンジョンに立ち向かうダンションウォーイベントをやっているそうだ。
妖精騎士たちが自慢のバイクで野良ダンジョンを駆け抜け、魔法スキルを盛大にブッ放つとかロマンがある。
それはさておき、村おこしでもするの?
仮想日本に、トンデモ秘境が爆誕してしまった。
もっともGMがオレに漏らしたのは概要だけだ。だから詳しくはわからないが、お互いの通信状況がもっと改善したら雪山とオノゴロ島をゲートで繋げてくれるらしい。気になる。
【……いいですよね、閉じられた因習村って。なにやら妖しい香りがします】
と、GMがそりゃーもうあちらの自分の采配にウッキウキなのがテラ不安だ。
文系のうちのGM、妖怪語りさせたら蘊蓄が長いオタクでもある。
趣味が多いのはいいことだけどさ。
幸。あいつ大丈夫だろうか?
ホラー映画観賞だけは、真ん中の席に座りたがるタイプなのに。
「おめでとう御座います!只今、リングネーム【暁に勝つ】さまにより、今週のトップスコアが更新されましたー!」
カランカラン!
突如沸いた歓声とハンドベルに、取り留めない思考が途切れる。
模範演技を流すビデオを眺めていたら、どうもボンヤリしていたようだ。
「ああ…5分のタイムアタックコースは激戦区ですわね」
氷が溶けかけたリンゴジュースのカップを手に、リングネームが書かれた名札とその点数が貼り直されていくスコアボードを確認する。
なんか300秒で100体の白玉を狩るようなチビッ子軍団がモリモリおるぞ?
ショートコースは特にスコア争いが激しい。
110を越えないと、トップ100のスコアに載れないデッドヒートぶりだ。
「そうだね、ショートコースだと慣れている小学生がやっぱり強いよ。
30分のロングコースでもそうだけど、長丁場はこちらに体力があるぶん張り合えるかな」
息は整っているが、花ちゃんの頬はまだ赤い。
無料チケットを使い、白玉狩りの30分ロングコースを試してきたばかりだ。汗ばみもする。
白玉狩りには慣れているオレのスコアは30分で598。ギリ600には届かなかった。
コートを脱いだステファニーちゃんが504。
鶴ちゃんが421。
花ちゃんが401だ。
鶴花コンビはマジックユーザーだが、それでも冒険者学校生。シャキシャキ動いてこの数字だ。
ゲームを終えて、景品交換所を覗く前の水分補給。
オレたちはドリンクコーナー近くで流されていた、モニターの模範演技に引っ掛かってしまったわけだ。
無料券についていたワンドリンクサービスの林檎ジュースが、運動して乾いた喉にありがたい。
昭和世界の白玉魔石は1つあたり税引きされて30円の下取りだ。
戦果としては悪くはないが、欲を言うならもう少し頑張りたかったなというところ。
他人のスコアが見れると、自分の立ち位置が気になってしまう。
おばちゃまイチ推し、チェックのフレアワンピースではなく、やはりパンツコーデにするべきだったか。
ロングスカートじゃなかったら、スコアをもっと伸ばせていた。無念なり。
……うん。すまない。いくら動きやすくてもミニスカートを履く勇気はないんだ。
無料チケットの罠にまんまと嵌まったな、これは。
これから贔屓に通ってしまいそうだ。
白玉ポイントはお金としても使えても、白玉ポイントはお金では買えないのでこれは大事にキープしておこう。
ともあれ交換所のディスプレイにずらりと並んだ景品を見れば、意欲を誘う装備品も置かれていた。
リュアルテくんは自動で良い装備が配布されたが、高嶺の花の装備品のためせっせと金策に励むのもゲームの楽しみだ。
ああー。このケチケチする感じ、久しぶり。心がぴょんぴょんするわー。
「くっ。姫ちゃんはまだしも小学生に余裕で負けてる…!」
そしてビデオを視ているステファニーちゃんは、本気で悔しがっている。負けず嫌いか。
《ドンマイ》
《初めてなら上等だって》
ロングコース上位者100名を貼り出された名札は、たった今、係の人が入れ替えをしてくれた。
ステファニーちゃんは95位。初めて挑んだとしては大健闘だ。
これで来週まで100位以内をキープ出来れば、来店時にささやかな景品を貰えるらしい。
ファンシーショップの協賛はこれだ。
《白玉叩きに力はいらんからな》
《石を拾わなくていい施設は便利》
《姫さまでも23位かー》
《えっ。小学生お強くね?》
「そんなこと言ってもステファニーちゃんだって去年まで小学生の年齢でしょ?」
《そういう設定でしたね》
《突っ込まれとるぞ、ステファニーちゃん》
「白玉タイムアタック、凄い子は凄いもん」
「私らと掛けている情熱が違うよ情熱がー」
中学からの転入組な2人は、こんなもんだと手を伸ばしステファニーちゃんの肩をポンポンしている。
「ええ、よく訓練されていますわね。脱帽ですわ」
所詮は白玉。たつみお嬢さんでも『風刃』を使えば一掃だ。
しかし白玉タイムアタックのレギュレーションは、スキル全面禁止。ビリビリ棒を使えとある。
狩りでなくてスポーツならルールは守るべきで、その成績だ。
「アタシたちは力任せなのね……よくわかったわ」
テレビで流されるのは先月上位者5名の模範演技のビデオだ。
それを食い入るように見つめていたステファニーちゃんはややあって、長いため息をつく。
彼女の気が済んだところで、ぞろぞろと景品交換所に入った。
目玉商品は外のディスプレイにも飾られていたけど、折角なのでじっくり見たい。
なにか掘り出し物があるといい。
《力任せ同意》
《我輩は剣術授業をとりましたぞ》
《ホプさんは武術なくても強いから、弱者の技術には疎くてしゃーなし》
《道具がないと素の日本人は、野良犬にも勝てんからな》
《えっ》
たまの休みに遊びに来る冒険者よりも白玉叩きに熱中している小学生に軍配が上がるのは、なんとなく面白い。
そりゃ本当の上位者は遠慮しているってこともあるんだろうけどさ。
「でもさ、意外。姫ちゃんは盾より剣のが得意だったんだねえ」
そういう花ちゃんが選んだビリビリ棒は薙刀型だった。鶴ちゃんもだ。
蛇の狩りは刺股にブッチャーナイフを使っていたが、専門で習っている武具はこちららしい。構え方がさまになっていた。
《それは思った》
《動きが滑らか》
《翻るスカートが華麗でしてよ!お姉さま!》
《ヒラヒラは回転すると映えるよな》
「先に習ったのは剣道ですけど、ジョブが出たのは盾でしたの」
そう、ガチャでな!
「2世はなにかとお得だけど、そういうところは不便なのかあ」
「カタいのはいいことよお。どんな時でも腐らないわ。
……あら、景品は絵本もあるのね」
交換所に置かれている品物のラインナップは幅広い。今でも読まれているようなロングセラーの書籍たちも置かれている。
ただし島外と違うのは、日本語とホープランプ語とロケット文字を併記して印刷されていることだ。
《ごん狐は、あかんから読んで》
《銀河鉄道の夜、鬱くしいのでお勧め》
《ホプさんとこの翻訳小説もおいてあるんか》
《はらぺこあおむし読みました》
《強欲な猫の君は名作です》
《←うっかり者なにゃんこはいいよね》
《ホプさん家の家猫って、でっかいにゃんな猫又がデフォなのマ?》
《なにそれ天国かよ》
「本は図書館で読んでみて、気に入ったら引き換えたら?」
「絵本は高いもんね。贈り物?」
「いいえ、勉強用よ。
アタシたち言語は自国語とロケット文字しか付き合ってこなかったから、新しく言葉を覚えるのが難しくてねえ。
繰り返し読める簡単な文章から始めたいわ、ってね」
「わかるー!英語もロケット文字も覚えられなーい!」
握りこぶしが力強いな花ちゃん。
「ロケ語はねー。丸暗記の単語はともかく、文法で迷子になるんだよ。私。
そしてホープランプ語は絵面のニュアンスで読めるけど、文字が書けない。画才がなくて。
長く変わってない文字だって聞くけど、簡略化しようって動きはなかったの?」
「ええ、わたくしも絵心がとんと乏しくて。
ホープランプの文字のお付き合いは、最初で転んだまま立てませんの…!」
《ホプさんはよくあの文字を書けるよな》
《もはや絵画》
《千年以上も書き文字のアプデないのは、わりと不思議》
《←オレらが聞き取れない、話し言葉は変わってるんだろ?》
《←そうですね。当たり前すぎて、考えたことなかったです》
《私たちの文字を書く練習は、繊細な作業の訓練も兼ねてますから。薄紙に文字が綺麗に書けるようになるまで学年を通してじっくりやります》
《成長期に入ると、いきなり文字が書けなくなって焦りますよね》
《あー。その時期の家に下の子がいると、問答無用で寄宿舎に叩き込まれるよな》
《ドアクラッシャーは通る道よ》
《ひらがなのコロンとした簡易さは、可愛くてすきです》
《ひらがなは漢字覚えなくても良くて便利!→あれ、ひらがなだけだと目が滑る?ってなる》
《ステータスからポチポチ打ち込むのに頼りすぎていると、文字が下手になるよなー。焦る》
《なんかさ、他の文明と比べると俺らの文字って果てしなく面倒だったのでは?》
《いや、文字は大事なホープランプの文化だから。面倒って言われると他人事ながら悲しくなる》
「…………翻訳機ってありがたいわねぇ」
「だね!」
「感謝しかない」
「ええ、本当に!」
地球人の耳にはホプさんの声話は聞き取れない。それが言語の習得を困難にしている。
翻訳機さまさまだ。
今朝もアレグリアくんにロケット文字で【おはようございます】と書いた画像を送ったが、返ってきたホプ語、ロケ語の字体の美しさに打ちのめされたところだ。
筆記体って読みづらいけど、綺麗だよな!上手な文字は、門外漢でもわかる!
わかるが、文章になるとお手上げになりそうだ。絶望しかない。
日本語でも少し昔の続け字の、手蹟はさっぱりポンと読めんというのに。うごご…!
……風流人な婆さまはまだわかるが、とーさんがミミズがのたくったような続け字を読めるのはなんでだろ?
あのヒト、大学は経済学部だった癖にふざけている。
本当、頭の出来はとーさんに似たかったなあ!
嘆いていても始まらないので、一先ず【はい】と【いいえ】、【困り事でしょうか?】と【解決に役立ちそうな場所に案内します】だけはスラスラ書けるように練習した。
第二のアレグリアくんと遭遇しないとも限らんもんな。
アレグリアくんに翻訳をお直してもらったので【困るありました】と【決まった実用ロケーションを告知します】のやっちまった訳文は闇に葬られた。
言葉って難しいな!
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。
夏疲れの栄養補給にしています。
人工島住まいの子どもたちは、昭和だというのに蝉取りもザリガニ釣りもやれないので白玉を狩ります。
いやね、大きな亀やカブトムシやホタルなんかはいるんですヨ。
例によって魔物ですケド。