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230 島散歩



「オノゴロ島臨海公園は、小学生向けのスポットですのね」


 臨海公園は陸上トラックや野球のダイヤが描かれた運動場、アスレチック広場等々ある運動公園型の複合施設だ。そしてその施設のどこも5レベル以上の冒険者はNGである。

 大人は一般人でもなんだかんだで冒険者登録だけはしている特異な島なので、必然子ども向けになる。


「どいてー!」

「通るよ!」

「まってー!」

 休日の今日ともなるとローラースケートを履いたチビッ子たちが、歩道をバビュンと追い越して行く。

 ……タイムアタックでもしてるの君ら?


 賑やかに通りすぎた風の子たちの向こうでは、少年野球の紅白戦が盛り上がりを見せている。


 カッ、キーン!

 お、今のはいい当たり。

 球児たちは白球を追いかけ一喜一憂だ。


 テレビゲームはまだテトリスのこの時代。暇と体力を持て余した子どもたちは外で遊ぶのが当世風だ。

 ちょっと散歩をするだけで縄潜り、けんけんぱをしている低学年少女グループに、囮や駆け引きを駆使した缶蹴りをしている男女混成グループなど、寒さに負けない元気な子どもたちの喧騒に事欠かない。


《なんかいいな。楽しそう》

《子どもがハンテン着ているの、可愛いな!》

《←おうち着に良さげ》

《山の家のお泊まり学習で、フルーツバスケットはしたことある》

《小学生ん頃なんて、家でゲームばっかりやってたわ》


「うんうん。うちら冒険者は外周コースの散歩以外はお断りなのさ」

 それはまあ。メットもしてない腕白小学生のローラースケートより、冒険者の本気のランの方がよっぽど危険だ。


 冬枯れの遊歩道をてくてく歩く。木の葉が落ちた公園は寒々しい。

 桜並木も今は静かに眠っている。

 しかし楽しげな子どもたちの歓声と、寄せ植えの黄色い水仙は日だまりのようだ。

 

 うーん。ローラースケートをするならメットを被せてやりたいな。

 おばちゃまへの見聞ノートに書き込んでおくか。


「やー。少し残念だけど仕方ないよね。冒険者がスポーツでムキになっちゃったら、思わぬ事故が怖いもん」


《プロの世界は冒険者禁止になりそうだもんな》

《いや、レベル10まではオーケーにしようって話があったよ》

《怪我にヒヤヒヤするんで、すべてのスポーツ選手はHPの鎧を着て欲しい》

《モトクロスは冒険者許可おりるといいと祈ってる》


「それでいいよ。私、運動は体育と戦技訓練とダンジョンだけで充分だと思ってる!」

 それら全部合わせると1日4時間は運動してるコースだからなー。ハードな部活くらいの運動量はある。

 鶴ちゃんは一見繊細な文学少女めいているのに筋肉質だ。


「……島に転入したては毎日筋肉痛だったよねえ」

 花ちゃんは遠い目だ。


《島の学校、運動させるカリキュラムがやたらと多いから》

《ジャージでいる時間長いよな?》

《ゲームなのに地獄の筋肉痛を実装する運営はドS》


「でも夏になったらプールでは遊べますわよね?

 長い滑り台が見えましてよ」

 園内マップ横の掲示板には寄付を呼び掛ける広報が掛かっている。

 塩素の代わりに『浄化』付きの貝の魔石を使い、プールの水を綺麗にする試験プロジェクトをやるとあった。

 ……エンフィが真珠鮑の魔石を集めて、そんな浄化施設も造っていたっけ。


《姫さま、水着は着られますか?!》

《やめい》

《命知らずな発言はよせ》


「流れるプールとか楽しみだよね!」


「え。アレって滑り台なの。プールで?……なんなの、こっちの人たち、娯楽に命を懸けてなぁい?」


《完全同意。パラグライダーは死を覚悟しました》

《←いや、パラグライダーはこっちでもやる人は珍しいから》


「んん。お婆ちゃんとかは最近の若いのは贅沢が過ぎるって嫌な顔をするね。

 反対にお爺ちゃんは、いつか人は死ぬものだから後悔しない程度に生きろって達観気味かなー」


「なーんか極端だよね、戦争に苦労した世代って。

 島に来る前の仲良くしてくれたお隣さんもね。お地蔵さまみたいに穏やかな人だったけど、片腕がなかったんだ」


「……今のご時世、欠損は治せますわよね?

 ましてお国のために戦った兵士の皆さまなら、保険の適用内でしょう?」

 婆さまの父さん。俺からしたらひい祖父さんも傷病軍人で、終戦後は足を引きずりながらも生涯を農業に捧げていたと聞く。

 昔の男は寡黙で我慢強いよな。

 でも足の不具が治るなら、医療の手を拒むほどひねくれ者じゃなかった筈だ。


《そういやドキュメンタリーで足を生やす治験をやってたね》

《リハビリの姿、苦しそうだった》

《車椅子卒業の瞬間は全俺が泣いた》

《あんなんもらい泣きするに決まってる》


「あー……うん。大事な友だちを殺して生き延びてしまった罰だから、腕は治さなくていいんだってさ。

 私、なにも言えなくって。

 悪気なくなんで?って聞いたの恥ずかしかった。

 戦争って怖いね」


「そう、ですわね」

 見るからに若い愛先生はないだろうけど、年配の護法先生とかは戦争を経験している年代だ。

 オレらの感覚だと第二次世界大戦は歴史だけど、ここではまだ軍靴の足跡が生々しく残っている。


 口先だけでオレもぺろりと紹介したが、身近なところから聞く災いの痕は紙で切った指先のように思わずハッとさせられた。


《おうわ》

《昭和の闇よ》

《隣人の心が癒えて治療を望むようになるのを祈ります》


「ゴメン。辛気臭かったね!

 ステファニーちゃんとこは数百年と太平の世が続いているんでしょ?

 なんか維持のコツとかあるの?」


「それはご先祖さまが頑張ったからとしか言いようはないわねえ。

 ロケット文明に馴染んで衣食住や、インフラを動かすエネルギーに困らなくなったからっていうのが一番大きいんでしょうケド。

 でもアタシたちにも社会全体に漠然とね、追い立てられる焦慮はあったかしら。

 ダンジョンは過去の品を使うばかりで、壊れたら取り返しがつかない。

 都市に人が増えて入植を試みれば、小型魔物の食害で作物が全滅させられて失敗する。

 閉塞感があった………と、聞くわ。

 ロケットが繋いでくれた新しい友人は、アナタたちが思うよりずっと歓迎されたわよ?」


《そうだったら嬉しい》

《あ、やべ、間違えたって顔》

《俺らが漂流したのは、ステファニーちゃんは生まれてない頃の設定だもんな》


「それはこっちも同じと思うよ?

 世界を相手にボコボコにされて、立ち直りかけた時にやっと出来た、しがらみのない遠い隣人だもん。

 メッチャ仲良くなりたいって!」

 昭和の政府ちゃん、逃がさんぞー!って思惑が十代少女にも見透かされておりますがな。


《だってホプさん、出会い頭で不利な条約をいきなりおしつけてこなかったし》

《戦乱の世を一抜けして、のんびり昼寝していた幕府涙目だったんじゃ》

《ハルノートはあかん》

《ズル賢くて力のあるやつが、偉ぶるのは世の常よ》

《あの頃はなにかと過激な時代だったから》

《良いとこも悪いとこにも、吃驚させられるのが外国ってもんよ》


「ダンジョンの発生以降、世界情勢は落ち着きましたからやはりダンジョンの功徳は大きいですわよね。

 不安は野良ダンジョンの発生指数が右肩上がりなことかしら?」


《実際に不意打ちで崩落したからな》

《GMが予測できんなら、政府ちゃんも無理か》

《ぽんぽんペイン》

《巨大演算装置として人工的な月を創れれば、出来たかもしれないってきいたぞ?》

《ファンタジーにスペースオペラ混入やめいや》

《キタコレ宇宙ビジネス》


「やっぱ、そうだよね!

 この先が不安だから、私もレベル上げと冒険者活動頑張るよ!

 将来は結婚して子どもを産むでしょ。

 姫ちゃんみたいなパワフルな2世が産まれるなら、野良ダンジョンが溢れちゃっても生き残れそうな気がするし!」


「この時代、体力こそがモノをいいそうだもんね!」


《ハハハ》

《いや、笑い事じゃないけどさ》

《逞しい》

《おらも気張んべ》

《こりゃあ負けてらんね》

《んだんだ》


「あ。クレープ屋台」

「どうする?」

「ううん………保留で!

 甘いものの後はしょっぱいものの気分よ!」

「では商店街ですわね。屋台の焼き鳥屋さんや、お肉屋さん、喫茶店もあったかしら?」

「乾物屋さんは軒先で干物焼いてるけど、そこの一夜干し絶品だってー」

「いやいや、諸君。まずは学生らしく文具屋さんから攻めないかね?

 お隣はファンシーショップだしさ。意味なくうろつきたいのだよ」

「いいわねっ。賛成!」

「2票」

「3票ですわ」

「全員の賛成を得られました!ありがとう!ありがとう!」


《しんみりした語りからすぐのワチャワチャ》

《情緒ジェットコースター》

《女子会で干物を食うんか》

《見栄を張り合うママ会ならなし。地元の友人とならアリアリ》

《ダンマス合流で海の魚が食えるようになったの嬉しかったなあ》

《俺らのダンマス、食い気が強くて安心感ある》

《ワシの『解体』が火を吹くんじゃけんの!》

《サラダクレープの台頭はまだなのか》



 公園を通り抜ければ、外町はすぐそこだ。

 休日の商店街は前にも増して賑わっている。

 車の往来は禁止された歩行者天国で、祭りでもないのに屋台が多くてしかも安い。


「公園側にハミ出ているこの外町の屋台村広場は休日限定に出現するよ。

 お休みの冒険者がここぞとばかりに買いだめするから、お店が多いの。

 姫ちゃんやステファニーちゃんは『体内倉庫』あるんだし、お小遣いが許せば買うといいよ」


「お勧めはこちら、キャンディの量り売り!

 貧乏な学生の味方だよー。

 特に姫ちゃんは要注意!島の外の感覚だと、直ぐに低血糖でふらふらになるからねっ」


「はあい。気をつけますわ」


「そんなわけでおじさん、小袋ください」


「あいよー」

 鶴ちゃんは透明なキャンディボックスの蓋をあける。

 夜店の金魚を連れて帰るようなビニール袋に、トングでざかざかと大きな飴を入れていく。

 レモン、コーラ、オレンジ、パイン。ソーダ飴はやや多め。

 見ていると結局欲しくなって、全員が1袋ずつお買い上げだ。


《なんかこの飴、でかくね?》

《自分で詰める菓子って買いたくなる》

《ドングリ飴を知らん子おるん?》


「懐かしいわね。スキルを覚えたての頃はMP管理が下手っぴだったわ。

 茹でてオイルまぶしただけのおうどんとか、夜中によく食べたわあ」


《いつもたかってすまんかった》

《今度、差し入れします》


「おっ。ステファニーちゃんは麺食いかな?」


「アタシ、麦と米の国の人よ?

 パンとおうどんは家で手ごねするものなんだからねっ。

 ああでもパスタとラーメンは新機軸だったわ。

 あれって小麦粉が違うのかしら?

 故郷の家族にも食べさせてあげたいわあ」


《ホプさん家、油の種類多いよな》

《オイルうどん、どれもが旨すぎ》

《ラーメンもパスタも卵が入っているから黄色いんやん?》


「ステファニーさまは、こちらでの暮らしには慣れまして?

 そろそろ困ることがあるのではないかしら?」


「そうねえ……これは個人的な意見よ?

 安く借りられるキッチンスペースがあるといいわね。

 料理をストックしておけば、おやつ代が浮くでしょう?」

 おおう。男の体力と女のマメさを兼ね備えたステファニーちゃんは人間力がお強い。


「偉いなあ。ステファニーちゃん、お料理出来るんだねえ」


「姫ちゃんはー?

 なんか困ったことあったりする?」

 おっと。たつみお嬢さんも転校生か。


「……わたくしは、皆さまに良くしていただいてますもの。これ以上はバチが当たりますわ」

 強いていうなら広崎さんやジャスミンたちと顔通ししておきたいかな?

 島は狭いがタワーは広い。意外とカチ合わないものだ。


「2人ともホームシックは平気?」


「転校って寂しいよねえ」


「そうね。そのうち無性に故郷の味が恋しくなったりするかもね。

 チェーン店のジャンクなものって、心の健康にはとてもいいもの」


《遠征が長くなるとどうしてもな》

《スパイスマシマシの揚げ芋食いたい》


「……寂しくないと言ったら嘘になってしまいますわ。

 でも鶴さまや花さま、ステファニーさまとお友だちになれて、嬉しく思うのも本当ですのよ?」

「やだ!私も嬉しいよ!」

「これからたくさん仲良くしようね!」

 両方から肩で肩を押されてぎゅうぎゅうになる。


 近い、近い!

 冬のコートを着ているからセーフだけどさ!


「んもう!アナタたち可愛いわね、好きっ!」


《禿同》

《ここで女子団子に混ざりに行かないステファニーちゃんはまことの紳士》

《だって俺ら力強いし ( ´・ω・)》

《機嫌アゲアゲの時にちみっ子に抱きつくのは許されざるよ》

《子育て教習で人形を壊したことのないやつおるん?》

《「はい、今の衝撃で骨が折れました」》

《「首の骨なので死亡です」》

《みんなのトラウマ》



「ところで皆はもう朝ダンしちゃったかしら?」

 屋台から文具屋を経て、ファンシーショップを梯子した。


 ステファニーちゃんが店先のポスターを見て質問する。


【目指せ明日の勇者さま!

 今月も元気に白玉タイムアタックを支援中!

 日頃のご愛顧を込めまして、上位20位から50位までの勇者さまには当店オリジナルタオルを提供中!

 詳しくはこちら】


 その逞しい腕にはファンシーなものを抱えている。

 赤いおリボンの白いお猫さまは異世界人も魅了したらしい。

 ぬいぐるみひとつをお持ち帰りだ。


 オレは髪ゴムと一筆せん、鶴ちゃんは布ブラシ付きの手鏡と消しゴム、花ちゃんは付箋とシールをそれぞれ買い求めている。

 おやつに小遣いを掛けすぎて、洋品店はまた今度だ。


 装備品を取り扱うタワー内より外町の方が私服の類いは安くつくが、エンゲル係数の高さに圧迫されている。

 真面目に金策しないとこれは困るな。

 男なら制服とジャージがあれば事足りるが、たつみお嬢さんは女の子だ。ある程度着飾ることもせねばなるまい。


 かといって、収入の3割を回している盾の購入貯金は崩したくないんだよなあ。悩ましい。

 女神の盾を知ってしまえば、良い盾を優先させたくなってしまう。


 冷やかしてきた屋台群の一角では学生有志がハンドメイド品を売っていた。

 オレも自分用だけではなく、彼らを見習って発動体じゃないアクセサリでも作って売るかな。

 ヨウルの手帳を読ませてもらってあるから、アクセサリのレシピは相当数揃えてある。


 ここで発動体にしないのは付与具の売買をすると産業保護の税金がべらぼうに掛かってくるからだ。

 そうして流通するご正規品が目を疑う値段なので、探せば闇市クエストもありそうだ。

 しかしオレが悪いことに手を染めるとおばちゃまが悲しみそうだから、近寄らないと決めている。女を泣かせる悪さはいかん。

 

「朝ダンはしましたけど、1アップというところですわ」

「してない!寝てたー!」

「朝取れセクシー大根の出荷をしたよ!でもレベルが上がるほどには働けなかったかな」


《花ちゃんは朝起きられない子か》


「調子に乗って予算オーバーしたから、軽くお小遣い稼ぎしたいの。

 タイムアタックに挑戦しない?」

 ステファニーちゃんはチケットをふりふりさせる。

 ファンシーショップのくじ引きで、白玉ダンジョンの無料入場券を当てたのだ。

 6人まで30分のロングコースだ。

 

「いいねー!姫ちゃんは白玉ポイントカード作った?」


「いいえ、まだ」


「得物を振り回す訓練に、白玉ダンジョンは鉄板だから作っとくといいよ。

 武器を自由に振り回せる場所って限られてくるから」


「浜や公園でお痛すると、お巡りさんに叱られちゃう!

 校庭や体育館は部活やクラブ活動が優先だしねー」

 白玉ポイントカードはいたる所で移植されているな。


 しかし白玉ダンジョンって、こっちじゃボーリングやカラオケとかのノリなんかね?

 






 コメント、いいね、評価、誤字報告等、ありがとう御座います。


 彼女たちが島を散歩していると、ステファニーちゃんだけがニュッと背が高くて毛皮のロングコートなのでとても目立ちそうです。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 姫さまとステファニーちゃんの馴染み具合。 女子に交ざって違和感ないのが凄いし面白いです。 [一言] ホプさんの子育て教習がとっても心臓に悪そうで、これは迂闊に子どもに近づけないと納得しまし…
[良い点] 危険すぎない程度にほんのりスリリングでエキサイティングで実益もあってゲームみたいに確実に自分も育てられて 通わない選択肢がない…
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