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23 八十八夜はまだ遠く



 7日目は雨が降っていた。

 【睡蓮荘】はダンジョンなので夜の決められた周期にしか雨は降らないから、外に出ないとその日の天気は知らないままだったりする。


 【ノベルの台所】はプレオープン中。

 ご近所さんや知り合いを招いての練習期間で、グランドオープンは明日からだとか。

 本稼働前に是非一度お越しくださいと連絡がきたので、教官経由でクラスメイトに声をかける。揃って参加してくれるそうなので、夕方から夜にかけて貸し切りでキノコ狩りとバーベキューだ。

 外郭部で開催した突発バーベキューは、採れたてのキノコや貝を焼いて楽しかった。

 しかし具材はもっと色々あっていいと思う。特に肉。

 そんなわけで【雀の水浴び】再来だ。

 HPが心許ないから、他の美味しい肉系ダンジョンはまだ早いんだそうだ。残念だが妥当。


 学生でもあるということで、これから基本的には午前中は別行動になるサリーだったが、雀狩りに誘ったらついてきてくれる。

 なのでアスターク教官とサリーとメイド軍団の皆で雀狩りだ。


「オルレアに采配を任せてはありますが、ずいぶんスタッフが多いのですね?」

 教官に問う。

 【雀の水浴び】が広くてよかった。

 ズラリと並んだメイドさんの数は100人以上。ベストにタイの男性陣もちらちらいるが、その誰もがピシッとした歩調で列を組むさまは訓練が行き届いていて、軍隊チックだ。


「グッドマンの家は有事の際に動けるように、群れの成人は殆んどが軍か警備隊か消防か、それらの予備役で編成されているからな。

 護衛に少し多めに寄越すと聞いたが。

 …まあ、それにしても少し多いな」

 教官の言葉に女性が1人前に出る。


「【ノベルの台所】で働くことになりましたバイトリーダーのジュリアンです!

 仕事始めの前にオーナーの顔を拝見する機会ですので、アルバイトメンバーを集めさせて頂きました!

 次回からは適正な人数を用意しますので、狩りの際はお気軽にお声がけ下さいませ。

 何しろ私共は走ることが大好きなので、いつでもお待ちしています」


「スタッフは後日にでも揃いの腕章と、名札を用意して貰えるか?

 そうオルレアに伝えて欲しい」

 これだけの数だと名前と顔を覚えるのに時間がかかりそうだ。


「畏まりました!」

 ジュリアンはジャーマンシェパードのようなピンとした耳と茶、黒、白のまだらな髪をしたうら若い女性だ。

 俊敏そうな体つきで、確かに走るのが得意そうだ。


 凛々しいが愛らしい、獣性の薄いその顔立ちに安堵する。

 獣度の高い犬の人は男女問わず、撫でたくなって困る。

 女の子に耳や尻尾がついているのは可愛いね、眼福だね、それで済むんだけど人懐こい獣のビジュアルにはどうも弱い。

 セクハラ禁止!


「リュアルテさま、どうぞ」

 サリーが【星の杖】を渡してくれる。

 試作を経ての製品版だ。グリップの部分が握りやすくなった他は、外見はあまり変わりがない。


「こちらは『パチンコ』機能のみを搭載してある【星の杖】です。

 『ターゲット』+『パチンコ』の杖は【猟犬の杖】。

 『ターゲット』のみは【導きの杖】としてギルドでの販売が決まったそうです」


「…サリーは【猟犬の杖】か」

 そっちは男の子用じゃん。シンプルな作りだけど胴体部分に走る犬の姿が刻印されていてスタイリッシュだ。いいなー。


「ええ、自動で狙ってくれるそうで助かります。遠距離はノーコンでしたので」


「残念。交換して貰おうかと思ったのに、それなら我が儘言えないな」

 クロフリャカ嬢に『パチンコ』の【星の杖】を持たせたいならそうなるか。

 杖の『ターゲット』の出どころはクロフリャカ嬢だし。優先は当然、致し方なし。


 まずは試運転。

 なるべく遠くを狙って、杖に魔力を通す。

 雀が落ちると、列の一番前のメイドさんがゴーグルをかけるや否や、弾かれたように走りだした。

 おお、早い。


「健脚だな」

 この間の犬の人たちは高レベルだったが、それ以外の人も充分早い。しかもこの人数だ。雀の沸きも、いいことだし。

 『パチンコ』+『ターゲット』の消費MPはおよそ1。

 よし!

 1人5周は軽いな。


「どんどん撃つぞ?」

 犬の人の目がきらきらしたので、『念動』でキャラメルを口に放り込む。

 それとついでに『チャクラ』を回し、魔力回復率も上げておこう。


 タ、タ、タ、タ。

 順番を回すために早打ちをかけると、歓声が上がる。

 よーし。頑張ろー!

 今日中にレベル10目指す勢いで!

 …まあ、無理だろうけど、その心意気で!




 本日2時から【ノベルの台所】は貸し切りだ。

 主催として一番乗りはオレだけど、その次に来たのはアリアンだった。

 女子はセット行動をしているところしか見てなかったけど、バラで動くこともあるんだな。当たり前か。


「ダンジョン開きおめでとう!」

 開店祝いに立派な花籠を渡される。

 これはロビーに飾らせて貰おう。

 気がつかなかった。オーナーとして花輪のひとつでも用意しなきゃいけなかったかもしれん。

 ……施設が全部揃ったら、なにかしよう。うん。


「ありがとうアリアン嬢。女の子はやはり違うな。わたしは肉を狩ってくるぐらいしか思い付かなかった」

 頑張ったので1人につき6羽の雀が渡ったから、1人3羽ずつ回収して、護衛以外は現地解散してきた。

 その内半分はそのまま店に渡して、残りは『解体』スキル上げのため『体内倉庫』に仕舞ってある。


 そんなジビエがお手軽な『異界撹拌』、肉が安い分、牧畜文化が発展してない。

 卵をとる専門のダンジョンはあるけど、なにげに乳製品類は高級品だったりする。

 大豆はいっぱい育ててるんで、ミルクといえば豆乳だ。


「いいなあ、雀狩りに行ってきたのね」

 無双決めて楽しそうだったもんなアリアン嬢。


「マスターのご学友が雀狩りをするのなら、いつでも人員を用意いたしますよ。

 勿論、解体や買い取りもお含めして」

 アリアンの残念そうな姿に、一緒にお出迎えをしていたオルレアが気を回す。


「いいの?!本気にしちゃうわよ?

 教官に聞いて予定を立てたら、リュアルテ、お願いしてもいいかしら」

 無邪気に喜んでくれて、嬉しい。

 個人的に特別な子じゃなくたって、女性にいい顔したいのは男の性だ。


「オルレアから申し出てくれたんだ、いいだろうさ。

 ああ、でも高魔力保持者が狩りをすると、獲物が多くなりそうだが」

 雀撃ち、リアルでやったら怒られそうな乱獲になる。

 だって、わんわんが喜んでくれるから、頑張っちゃうよね?


「大歓迎です。店で使う以外でも口はいくらでもありますから。

 むしろキノコや豆も出荷用にフルに収穫している状態で」

 あー、野菜が足りてないよ問題か。


「設計図通りにまずダンジョンを完成させる。1通りのノウハウを得てから、増設は考慮しよう。それでいいかオルレア」

 畑部屋を増やすなら面積が欲しいけど、レベル1ダンジョンの雫石を『調律』までもっていくにはまだ技量不足なんだよな。悔しい。


「御意」


「…わたしは見習いダンジョンマスターだから、不慣れな自覚はある。意見を出してもいいんだぞ?」


「ふふ、はい。お心遣いありがたく。

 アリアンさまも、キノコ狩りや豆の収穫をしてみませんか?」


 アリアンは棒術習い始めたそうだから、刺股形のビリビリ棒+がよさげ。

 ノーマルのビリビリ棒は取り回しがいいように短めサイズだけど【ノベルの台所】では、刺股形とノーマルよりやや長めの棒形で用意してある。

 ビリビリ棒+の威力は現実のスタンガンよりは低いんじゃないかな。少なくとも触って七転八倒する程は痛くはない。


「ええ、楽しみにしてたの。私、踊り子豆のお菓子大好きなのよね」

 踊り子豆は魔物だからか、動物性油脂みたいなこってりとしたクリームがとれる。

 たんと食べて魔力を生成するといい。


「そうだ、アリアン嬢。調理道具用の『エンチャント』その内、発注してもいいか?」

 頼もうとしてたのに忘れてた。


「いいわよ。なんなら寮に置いてある試作品を譲るわ。業務用にしてはパワーがないけど、スキル修得には役に立つんじゃないかしら、っと。

 トト教官。使用済みの中古品でも、人に譲ったりはいけませんか?」

 いつの間に作ったのか。アリアン嬢も手広いな。


「試供品ですものね。うーん、使い勝手をレポートしてくれるならお譲りしてもいいんじゃないかしら」


「ええと、そうらしいけど、いる?

 かえって手間のようで申し訳ないけど」


「レポートは」そうオルレアに視線で問うと、腕で大きく丸が作られたので「構わないらしいな。製品版は正価で購うが、今は好意に甘えさせて貰いたい」

 そう頼んでみる。


「ええ、喜んで!

 ダンジョンマスターにお料理スキル、不要じゃないってクサったけど、役に立てると本当に嬉しい!

 なんか最近、相応しくないような贅沢してるみたいで何かしないと落ち着かないのよ」


「同感だ。アリアン嬢、覚悟しておくといい。従者や秘書がつくと、強制的に良いところのお嬢さま扱いされてしまうぞ」


「ああ…。リュアルテ、なんかキラキラしてるなって思ったのよ。

 どうせ今までマトモにお手入れとかしてなかったんでしょ。

 んー。髪とか弄って貰えるなら、私、優しい女の人がいいかなあ。ダンジョン経営の相談するなら気丈な人じゃないといけないんだろうけど」


「その、アリアン嬢。大変言いにくいが、両方用意されてしまうぞ。

 わたしたち、家臣団を作ることを想像を遥かに越えて求められている気がする」

 人前で要望を口に出した時点でアウトだ。


「ええー…。私、食堂の娘なんだけどな。リーダーさんの自信ない」


「わたしだって村の子だったぞ。スキル的にも。

 多少、野生児だった疑惑はあるが」


「エンフィとリュアルテは、庶民詐欺よ。

 どこの宮廷に上がっても逞しく生きて行けるわ」

 いやいや、エンフィはともかくオレは『礼法』が働いているだけだから。


「そんな苦行、受けたくはないかな。

 わたしは皆が来るのを出迎えるが、折角早く来てくれたんだし、扉奥の2階を覗いて見るか?」


「そうね、お邪魔しちゃおうかしら」


「では係のものがご案内します。まずはフロントで狩猟道具を受け取って下さいませ」


 するりと寄ってきたメイドさんに先導されてアリアン嬢とトト教官は受付に向かう。

 さて。ひとつ聞きたい。


「…オルレア。エントランスは、床材を敷くのではなかったか?」


 オープンに合わせてエントランスの工事は既に終わっているように見える。


 ダンジョンの境界3メートル手前、ダンジョンモニュメント側半分は、生け垣を造れるように下は土のままだ。

 これはちょっと腰かけてベンチ代わりになりそうなサイズ感の縁石で、土止めをしてある。


 モニュメントを囲むようにまずは広場を造り、そこから伸ばしたシマシマ模様の道でロビーに客を誘導するデザインだ。

 右側通行で動線が流れるように、行き帰りで別れるカウンターは半円形で、扉は真ん中に設置してある。

 1階はトイレや売店らの施設が。

 そして1階施設の屋上に登れるように、左右対称の階段が2基設けられている。

 屋上では売店で買ったものが食べられるようにとテーブルと椅子が置いてあった。

 モニュメント上部は採光を兼ねてキラキラしたものを取り付けてある。光ファイバー的なそれだ。

 お陰で影になる1階部分もすっきり明るい。

 観葉植物の搬入やら、細々はあとから足されるだろうが仕事が早い。

 スキルありきの世界とて、よく丁度いい資材とか足りたものだ。

 いや、そーゆーのを選んで造ってくれたのかも?


 うん、どう見ても大きな工事は終わっているよな?


 だけど床はダンジョン制作時そのままだった。

 なんで?


「床を敷く予定だから練習をしたのに」

 これは口を尖らせても許される。


「隠すのは勿体ないとこちらで判断しました。なのでデザイナーと相談して、建物の意匠を変えさせて頂きました」

 建物に関心がないのバレてんなこれ。

 こだわれる程、知識がないだけだけど。リュアルテくんの年齢ならまるっとお任せでいいよな?

 そういえば最初のデザインは優雅な山荘風だったが、現物は現代美術館にありそうなモダンさだ。

 建物がお洒落さんだからラインががたがたな床も元々そーゆーデザインだよねって顔をしている。


 キノコをバーベキューしたかっただけなのに、なんでこうなったんだろ?


「それとご相談が。ダンジョンでは虫がつかないので、生け垣には茶の木を植える予定ですが宜しかったでしょうか」

 オルレアは縁石の外側を指し示す。


「茶の木か」

 確か山茶花の仲間だから綺麗な花が咲くのかな?


「もしくは常緑樹や薔薇やハーブ類を育てたいのですが」

 なるほど、お茶の木は観賞用じゃなくて食用か。

 どうせ他のも食べるやつだろ。

 農地それだけ足りてないの?

 水田潰して畑にするのがイヤって気持ちは分かる。

 それとも単にオルレアの趣味とかだったり。

 ハーブや茶の木は縁がなくてよくわからん。


「楽しみだな。任せる」

 そうお願いすることにした。いつか茶摘みに参加したい。


 


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