228 オノゴロ島ホテル
「ご機嫌よう、素晴らしい朝ですわね。
本日1月25日は、休日ですのよ。
皆さまもご存知でしょうけど、この島のカレンダーとホープランプでは5と0の付く日と31日はお休みですの。
一週間が金曜日までしかなくても、絶望しなくてもよろしいのですのよ。
どうかご安心をなさってね」
今朝はピーカンの良い天気だ。ただし海を渡る風は痛いほど冷たい。
きっとたつみお嬢さんの鼻の頭も赤くなっていることだろう。
海辺の暮らしは憧れるけど、この潮風だけは厄介だ。
《おは!》
《おはよう御座います、お姉さま!》
《安寧の金曜日になるんやね》
《おう姫さん、今日は凝った髪型してるな?》
《ポンパドール新鮮》
《襟の大きなコート、かわゆす》
《昭和ファッション似合うね》
「今日は島のお散歩をしますのよ。
そう伝えたら妙子さんが、髪を可愛くしてくれましたの。どうかしら?
ちなみに剣盾のお稽古は、早朝マッドスライム千本ノック90分コースを済ませていますわ。
あまり早くに外に出ても、お店は開いていませんものね?」
《なんでそれを流してくれんの?》
《どうかしらもナニも、可愛いにきまってんだよなあ…》
《朝っぱらからマッドどもをパァン!させてきたんかい》
《健やか姫さま》
《本日のレベリング終了》
《妙子さん誰?》
《若いお女中さんだね。前髪短くしたヘプバーンカットの子》
「お散歩コースを説明するのに、地図を出しますわね。
はい、どどん!
現在のオノゴロ島の陸上部分は、ダンジョンタワーを要にやや閉じた扇の形をしていますわ」
ステータスを共有化して『マップ』を呼び出す。
「地図の扇型の左の先端が港、北西の方角。
右の先端がオーシャンフロントのオノゴロ島ホテルが北東、いえ……東北東ですわね。……の方角になりますわ」
《4割も造れてないじゃん。改めて地図で見ると進捗酷いなww》
《島のガワすら中途半端かよ》
「完成したオノゴロ島はサラダボウルを串刺しにしたような、楕円半球形になるそうですの。
市役所やギルドといった重要施設はほぼタワーに内包するので困りませんけど、どこもかしこも造りかけですわね。
水中の地下施設等は絶賛工事中で関係者以外立入禁止。
ですので本日のお散歩コースはオノゴロ島ホテルを出発点に海浜公園を通り、外街商店街が終点になりますわ。
地図によれば工事関係者の皆さまがお住まいの独身寮エリアも陸上にありますけど、こちらは撮影禁止だそうですの。
家中の薫子さんや妙子さんにもそちらには行くなと注意されてしまいましたわ。
なので今回はパスさせて頂きたく存じます」
《はい》
《言い付けを守れていい子》
《野郎どもが暮らしている企業向け独身寮近くは、夜の店がちらほらあるらしいから》
《ストリップ劇場とか、ポルノ映画館とかにゃあ》
《なあポ…映画館ってか、公共の場でエロを視るって正気かよ?》
《気まずそう》
《昭和ってクレイジーだな!》
《カラオケはスナックで歌う時代》
《正直とっても興味あります》
《しかし学生アバターはお預けなのじゃ、残念っ!》
《誰か潜入捜査した奴おる?》
《停学喰うからやめとけ》
《中の人はいい歳こいた、おっさんなんだが!》
《飲兵衛どもは大学生スタートだろ。そっち組は情報よろ》
「ということで、カメラさん。お願いしますわ」
立ち位置を移動して背後の景色を撮って貰う。
オノゴロホテルは鉄筋コンクリートの外壁に、日本風の屋根瓦を載せた帝冠様式だ。
道なりに植えられたヤシの木に、装飾されたカマボコ窓が、如何にもリゾートホテルで御座いといったところ。
「このホテルの正面入り口は南向きにありますけど、真骨頂は海側から見たホテルの景観ですわ」
空飛ぶカメラさんのひとつには、海からホテルを撮るようお願いしてある。
いってらっしゃいと手を振ると、素直にそのまま飛んでいく。
《フアッ?!》
《海からだとまんま竜宮城じゃん》
《さては運営、クリスマスイベントの施設を使い回したな?!》
《日本は発見できなかった海の下の小宮殿かー!》
「皆さま、10時といえばお茶の時間ですわよね?
オノゴロホテルでは地下1階のレストランで、お茶が出来るそうですのよ。
とはいえ、女子中学生がひとりでホテルのレストランに突撃するのは敷居が高いというものですわよね。
と、いうことで女子会ですわよ!
頼もしいお友だちの鶴さま、花さま、ステファニーさまもご一緒ですの!」
「「「こんにちはー!」」」
《女…子会?》
《なんかひとりデカイのがおるで》
《ゆるふわ三つ編みヘアアレンジで女子力は高い》
《貫禄の毛皮》
《お鶴と猫にゃんがマフラーをリボン結びにしておる。可愛いいぃ!》
「お姫ちゃんの配信、視てきたわ。
カメラはほぼ無視するスタンスでいいのよね?」
《うん》
《姫さんがリスナーを置き去りにするのは、最初からよ》
《そのうち慣れたらライブもしよーぜ!》
「配信は島の案内をメインに、楽しく元気にやってます。そのことだけ伝わればいいかしら、と。
そうそう、大事な通達がありましたわ。
先に相談して、花さま、鶴さまは動物アバターを継続ですのよ!
ステファニーさまは、そのまま映していいとのことなのでアバター処理はナシですの。
ご協力、ありがとう御座います」
小さくペコリと頭を下げる。
「いいのよう。アタシたち留学生はプライベートな空間以外は全員撮影OKよ。
オノゴロ島は将来、ホープランプ人は旅券なしで行き来できるようになるらしいケド、それもいずれの未来の話よね。
日本じゃ他山の石、っていうんでしょ。真っ先にお招きされたアタシたちは、失態を人に笑われるのもお役目ってことよ。
世間さまも未成年は大目に見てもらえてありがたいわね?」
華麗にウィンクを飛ばされる。
《βテストだからやれることだな》
《偉いなー。漂流組は断固撮影NGもおるのに》
《だって恥ずかしいし》
《ゲームは誰にも察されず潜伏したい》
「うふふ。わたくし、留学生さまたちの動画を幾つか拝見しましたわ。
生まれた場所が違う皆さまも、普通の男の子でしたわよね」
《えっ》
《ヤバい。どれを視たんだ?》
《完全に身内向けの動画もありましたよね?!》
《急募・配信者の品位》
「私もー!」
「仲間うちだと、はっちゃけてたね!親近感アップしたよー!」
《あああああ》
《違うんです。違わないけど、違うんです…!》
「いやーね。男って幾つになってもアホなのよ」
《こ い つ》
《完全に他人事ww》
「そういやホプさん女子って、留学生さん見掛けないね?なんで?」
《ソレ、気になってた!》
《ホプさんのおなごなら、ホープランプ語のメリー先生がおるで》
《メリー先生綺麗だよな》
《朗らかで優しい女教師っていいよね》
《ただし2メートル級である》
《女性甲殻って、繊細で優雅だよなー。ほあぁってなる》
《銃弾を弾く甲殻を繊細っていうのは、ちょっとわからん感覚ですね》
「あー……女子寮と女医の手配が遅れているそうよ。
アタシは体は男の子だから男子寮だし。まさか、女子寮に入るわけにもいかないしね」
《なんでホープランプ女は男アバターになりたがるのか》
《妹君も困惑してたでしょ、いい加減にしろ女ども。気まずいだろうが》
《寮は別にしてもらったんだからいいじゃない》
《うっせーですわよ。ホープランプ的にTSは古の文豪も嗜んでいた伝統芸ですわよ?!》
「…………そうね。配信しているなら、注意しておくわ。
うちの種族は子どもを産む女が家長になるの。
だから恋愛に関しては女の方が肉食系よ。島の男の子は警戒してね。
最低、子種だけ貰って男はイラネってポイされる野郎どもって多いのよ。
一族の子どもは一族で育てる風潮なのよね。
自分の子どもの父親になりたかったら、結婚するまで清い関係でいるのをお勧めするわ。
結婚はオトコの権利を守る重要なファクターなんだからね?」
《風評被害だよ、ステファニーちゃん!》
《まあ、そーゆこともあるけどねー。惚れた男なら添い遂げたいよ?》
《はい》
《だって優しくされたら好きになっちゃう》
《誘惑とかされたことないわー。そんな都市伝説語られても困るし? 。・゜・(ノ∀`)・゜・。》
「いいなあ。シングルマザーでも困らないのかあ」
花ちゃんは父親を亡くしている。
オレが未熟だなって思うのはこんな時だ。咄嗟に言葉に迷ってしまう。その点鶴ちゃんはムードメイカーだ。
「まって、花ちゃん。それって女の子に大家族を采配する技量が求められるやつだよ!親戚付き合い、濃厚じゃん!」
《鶴ちゃんは目端が利くなあ》
《困った親戚ってどこにもいますよね》
《そう言うときこそ【絶縁状】》
《ヒッ!》
《やめろ!コメント欄にホラーを召喚するな!》
《最終兵器は気軽に使うものじゃない…!》
「そうね。こちらは嫁入り文化みたいだけど、アタシたちは婿入り文化が主流だと思ってくれていいわ。
ある程度上等なオトコじゃないと、身内に阻まれて婿入りさせてもらないのよね。
でも親戚に反対されても結婚したい場合なんかは、分家して嫁入りがあったりするからケースバイケースでもあるかしらね」
奥さんの家族と同居するイソノさん家のマスオさんがスタンダードなわけだ。
一族で集合住宅を建てて、そこで一緒に暮らすってゆーのは聞いている。
《上等な男=爵位持ち》
《貴族になると責任が重すぎて家に帰れなくなるのはクソ》
《若い女子とオカマの会話だと、俺らの事情が赤裸々になるな?》
《オレの彼女の親戚衆の婿入り条件。ハードルが高過ぎな件について》
《でも姉や妹には幸せになって貰いたいですよね?》
《ダメ男を弾ける壁はいるだろ》
《伯母さんの彼氏、性格以外はパーフェクトだった。種だけ貰う契約なんで、子どもが産まれるのが楽しみ(o^-^o)》
《こういう男がいるからっ!俺らが結婚できないんだよ!》
《その前に彼女いません》
お喋りしている間にお使いしてきたカメラが戻ってきたのでホテルに入る。
今日は気持ちよく晴れているから、いい絵が撮れていそうだ。
《ホテルの内装、悪くなさげ?》
《これは島の顔ですわ》
《手摺のデザイン、竜ですね!》
《お…っと。吹き抜けの天井画凄い》
《北斎の鯨絵だな》
《あの鯨、目が妖怪っぽくね?》
《神威を感じます》
《じっくり寄って撮してくれるカメラ有能》
「あら、地下階って聞いたけど明るいのね」
蛍光灯の明かりと太陽の光は彩度からして違う。
地階に下りる大階段は、燦々と窓から光が降り注いで眩しいほどだ。
周囲が明るいだけに天井はやや暗くて、天井に描かれた鯨の目に静かに見下ろされていたのに気付くと一瞬固まる。
あの絵、ホテルの七不思議とかになりそう。
そそくさと場を離れる。
《気付かれましたか》
《ヘイヘイ、姫さまビビってる!》
《無理ない。リアルで見ると迫力あったよ》
「広報によると地下2階までは島の崖面を利用して、天然光が入るつくりだそうですのよ。
このホテルの東側は直接海に繋がるプールになっているのですって」
階段を下りると、窓に広がるのは一面の海だ。
冬の海は室内から見るに限る。
「プール。……夏はよさそうね」
ちょっと嫌そうなのは、冬のダイビングが堪えたらしい。
ステファニーちゃんは余程の寒がりだ。ホテルに入ってもまだゴージャスな毛皮のコートで膨らんだままである。
狩猟が盛んなオノゴロ島では、リアルの昭和より毛皮はずっと身近に使われている。とはいえ背の高いステファニーちゃんが毛皮を着込むと迫力だ。
「ステファニーちゃん、ここのプールは人間向けじゃないのだよ!
そのうちイルカが入るんだって!」
「オノゴロ島ホテルの地下2階からは、水族館予定地だよー。オープンしたらまた来ようねえ」
「あら、水族館!いいわね!魚は見るのも食べるのも好きよ!」
《海が近いと水族館の運営楽そう》
《謎の集団死……水族館ガラガラ……魚を捕獲に旅に出た研究者の故意の遭難……うっ、頭が!》
《お前ら!イルカ!調べてみろ!!》
《おおお、これは可愛い》
《水族館、にわかに楽しみになってきた!》
「イルカさんのプールと付属の観客席は、島からせり出した形ですのよ。
これは島を守る消波ブロックも兼ねているのですって。
地震の余波で高波が来たら観客席から屋上に逃げられるようになっているのですけれど、そこから直接レストランにも入れるそうですの。
あちらのテラス席がそうですわ」
及ばずながら配信するので調べてきた。
夏はオープンテラスになる映えスポットだ。
ホテルの客は食事をしながらイルカたちの泳ぐ姿を楽しむことが出来る。
「それは素敵ね」
ステファニーちゃんは廊下をすすすと移動して、プールの全景を見ようとしている。
「1階は満潮だと水族館から橋を渡ってプールに出るけど、干潮だと橋の下にも行けるんだよ。人工砂浜が露出するの。
ここで稚貝の養殖の研究をしていて、成功したって島内ニュースでやってた」
流石に入島の先輩は詳しい。花ちゃんが補足をしてくれた。
あっちだよと、人差し指を向ける。
その短く切り揃えた爪には、透明のマニキュアが光っている。
色つきのマニキュアは校則で禁止だが、爪の保護として透明のものは許されている。
女の子だなあ。
オレもたつみお嬢さんのメンテには気をつかわんとな。
島の周りは消波を兼ねたフロートがあちこちに浮かんでいる。
フロートではボートレースを始めとしたマリンスポーツの会場を建築予定だったり、牡蠣の養殖やらをしているらしい。
島の下は光ファイバーやなんやらで海底にも明かりが差し込む造りだ。
それらは魚の棲み家の海藻を養うためのものらしいが、島の外壁が手入れされてない古い船のようにフジツボだらけになって、折角の光が遮られやしないだろうか?
謎だ。
島を散歩していると、ブロックを積み上げて箱庭を造るゲームで、鹿山くんがこーいう【僕が考えた最強の秘密基地】を造ってたことを思い出す。
懐かしい。彼の水中基地は宇宙船のドックにもなっていた。ロマンをこれでもかと詰め込んだ造りで。
………あー。
なんか予定にありそうだよな、島の発展クエストからグランドクエストで。
潜界艦の造船工場とかってさ。
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。
オノゴロ島はプレイヤー全員でやる箱庭ゲーム環境です。【開発】の具合によっては島の外観すら変わってきますよー。