226 冒険者博物館
さあ、日暮れまで散策だ。
放課後っていいよな。家に帰るまでは天下御免の自由時間だ。
授業は受けて学生の責務は果たし。なにに憚ることがない解放感がある。
リアル中高学生の時分は部活動に明け暮れたから、放課後は尚更に貴重だ。
思い出す。
日が落ちてからの帰り道。
山をひとつ越えた途端に車の走行音が周囲から消え、虫の鳴く声に支配される家路だ。
頭を空っぽにして自転車をこぐ、あの時間が好きだった。
家から街までは長距離走行だ。
一度ハンガーノックで救急車を呼ばれてしまってから、帰り道の買い食いも一品許された。それも毎日の楽しみで。
いい印象ばかり残っているせいで、自然と心が浮き立ってくる。
島の学校があるのはダンジョンタワー中央通り、西口のどん詰まりだ。
そしてダンジョンタワーへ伸びる道は両脇に小さな店舗が軒を連ねるが、一本奥にそれると島立図書館などを集められた文化通りになっている。
どうやら学校も文化施設ということで、周辺に纏められているようだ。
この通りには植物園予定地、映画館予定地なんかも並んでる。
予定は未定とはいえ、徒歩圏内に文化施設が立ち並ぶなんて島も案外おハイソだ。
留学生が来るからと昭和世界の政府ちゃんが見栄から、テコ入れを頑張ったっぽい。
ここで注意をひとつ。外街とタワーは建物の有り様が違ってくる。
大きな施設になるとタワーの道なりに見えるのは、門と近くの看板だけだ。
本体はダンジョンに封じられているので、近くにあっても姿は見えず。景観で施設を探すと困ったことになってしまう。
そんな訳で『マップ』を広げる。
「ダンジョンタワー内は碁盤の目ですし、背が高い建物がありませんわよね。
迷子になってしまいそうですわ。
皆さまは平気でいらして?」
《『マップ』機能の『方位』を活用してる》
《慣れないうちはどうしてもな》
《GPSに甘やかされてたから、それなり困ったー》
冒険者博物館へは『マップ』のお陰で迷わず着いた。
ゲートを潜ると、白亜の建物がお出迎えしてくれる。
《スライムコンクリートは、打ちっぱなしでもいい白だよなー》
《建物映えする》
《博物館、でかくね?》
入館は学生証の掲示を求められた。
中学生は200円、小学生は無料だ。現金で払ってチケットを受けとる。
《料金安っ!》
《昭和かよ………昭和だったわ》
冒険者博物館のメインテーマは魔物系統種の収集にある。
植物、動物、その魔石の標本及び写真の展示。それらに混じりダンジョン特有の鉱石や、ダンジョンドロップなども取り扱われていた。
圧巻なのは吹き抜けになった巨大生物のコーナーだ。
ここはまだガランとしていたが、柱のない巨大建設物はダンジョンならでは。
エレベーターに使われているワープ罠と、巨大魔物を脇から楽しめる大階段は特に見物だ。
吹き抜けの天井部分は硝子張りで展示物を見下ろせるようにもなっている。
チケットと一緒に貰ったチラシを見れば、建築家の名前の場所にこの施設は知的財産権がありますよのマークがある。
どうやら、芸術の秋コンペで募集していた建物のひとつらしい。
ヤル気あっても機会のない若手建築家は、自分の作品がこうして形になるの嬉しいだろーな。
ダンジョンマスターなら、この建物だけでも拝観料の価値はある。
随所に施されるワープ罠の使い方が、動線の邪魔にならず巧みだ。
《大階段は自分の足で上ったのに、ワープ罠も全部試すんかい!》
《姫さま。ワープ罠が気になるお年頃?》
《わかるよ。ワープ罠は安全なら楽しい》
動きだしそうな剥製や骨格標本はいささか気色悪い代物だが、これも勉強だ。解説と合わせてしっかり見ておく。
《魔物の弱点を解説してあるのは、冒険者博物館ならではだなー》
《戦う前に実物を見れるのはいい》
《巨大魔物エリア、がらがらで草》
《俺らの寄付が足りてねーんだろ》
《βテストが終わるまでには、このカラ箱を埋めたいな》
《姫さん、植物魔物に興味津々な》
《足を止めがち》
《金策の周回相手探しかな》
《植物魔物はグロくなくていいよね》
魔物のコーナーごとに、どのような製品に用いられるのか利用例も置かれている。
ホープランプ製の毛織物や、弦楽器は目に楽しい。
布製品の織が意外なほどシックなのは、小物が華やかな反動だろうか。
彼らの作る細やかな品々は、冒険者の蛮用にも耐えうる丈夫さなので、これから人気が出そうだ。
日本産の魔道具はシンプルで小型化されたものが目立つ。
《ホプさん家の品はもっと見たいな》
《わかる》
《怒れる山岳山羊の毛織物は、暖かいのでお勧めです》
《鞄欲しいお》
《博物館に収納されるような品は、まだまだ手が出せんなー。かっちょいいけどお高そう》
《直売店のオープンはよ! (੭ ᐕ)੭*⁾⁾ カモーン!》
《比べて日本製品の素っ気なさよ》
《機能美なー》
《場所を選ばず使いやすそうではある》
人気の少ない博物館は、来場者の足音だけが響く。
鉱石の置かれたコーナーは実用一点張りのシンプルさだったが、魔石のコーナーは綺羅びやかだ。
こちらは若手のジュエリー作家とコラボしていて、発動体の展示販売もしている。
それを横目に石の科学的な成分表や、ロケット世界の伝承を解説してあるボードを読む。
三千世界の姫君たちに愛されて、その胸元を飾った真珠な魔石とかロマンだ。
ううむ。物欲が刺激される。
ノベルの私設博物館もこういう取り組みをするべきだな。
《一点ものはやっぱりいいなあ!実際に買えるものなら、臨時給付金を注ぎ込みたい!》
《日本作家の発動体は、どれも小さく愛らしい。好ましいです》
ん?
おや?
「いつの間にか、わたくし『植物鑑定』が生えてますわね?
『鑑定』は『鉱物鑑定』か『魔石鑑定』が最初に取れるものだとてっきり」
視界の端にテキストデータがポップしておる。
視聴者にも鑑定結果が見えるように、ステータスの設定を弄る。
名前をタップすると拡張されて、詳細データが出てきた。
それらは自力で構築した図鑑のデータと連動している。これナニに使うっけ?って時に便利そうだ。
《新スキルおめ!》
《だって植物はとりわけじっくり見てたじゃん?》
《無意識なのか》
《花愛でる姫君》
《花は花でも野菜の花やん。しかも魔物》
《カボチャ系の魔物の花って、ケシャアっ!てカンジで生命力強そうだな!》
《虫とか取って食ってそう》
《儚い1日花なんだよなあ……》
『鑑定』が生えたことに気分も上々。まだスペースが埋まっていない博物館を存分にウロついた。
今日はこの辺にしておいてやろう、そう満足してから気づく。
たった今すれ違った、ホープランプの学生さん。
彼は落とし物を探しているような彷徨う目線だ。
うーん。どうしよう?
よし、お節介を発動だ。
「ご機嫌よう。なにか困りごとですの?」
「………え。あ。その、翻訳機が」
まだ甲殻の白い少年は、困り顔で耳元を示す。
ああ、なるほど。
《よりによって翻訳機を落とすのはついてない》
《金具が壊れたんかな?》
《魔石交換の時、壊しそうでドキドキします》
《翻訳機はいい生体金属使っているから、そう簡単に駄目になるもんじゃないけど……ホプさん力強いからなあ》
「落とし物なら、受付に届いているかもしれませんわ。御一緒しましょう」
こちら側は聞き取れるが、翻訳機がない彼には言葉が通じていない。
仕草で示しても戸惑っているので、手を握って引っ張った。
すると素直についてくる。
体は山のようにでかいが、彼は恐らく12かそこらだ。アバターだったらまだいいけれど、現地の人なら年下の子ども。
お姉さんとして優しくせねば。
《おお少年。なんと羨ましい》
「お仕事中に失礼しますわ」
カウンターの中、集中して紙仕事をしている背中に声を掛ける。
「はい。どうされましたか?」
「この方、翻訳機を落としてしまったようですの。届けものはありますかしら?」
「あら、まあ。それはお困りだったでしょう。少々お待ちくださいね」
胸にバッジをつけた学芸員さんはカウンターの下を覗き込んだ。落とし物の箱を確認してから、封の切っていない翻訳機を取り出す。
「どうぞ」
差し出されたそれを耳につけると彼は安堵の溜め息をついた。
「ありがとう御座います。
耳を育てるために必要のない時は翻訳機の機能を切っていたので、どこに落としたかわからなくて」
「心細かったでしょう。そういう時は遠慮せず近くのお店に頼るといいですよ。
落とし物が見つからなくても、島の主要設備やお店には翻訳機の在庫を置いてありますからね」
学芸員さんは親身になって教えてくれる。
《ほうほう》
《そのうち役立ちそうな豆知識》
「ただ、その翻訳機は当館の備品なので大使館で再発行してもらったら返却をお願いします。
もちろんこちらで見つかったらご連絡を差し上げますよ。
ご住所とお名前、連絡先を教えてくださいね」
ついと台紙が差し出された。
「はい。東林寮のアレグリアです。お手数をおかけします」
落とし物カードにさらさらと書き込まれていくロケット文字に目を見張る。
彼、文字が上手いなあ。
カードを返された学芸員さんは、裏面に日本語で同じ内容を書き入れている。
《喜びか。いい名前だな》
《ホプさん、昭和世界だとカタカナ名表記なんだな?リアルは和風翻訳なのに》
《どちらも響きが美しくて好きです》
「良かった。では、わたくしはこれで」
今日は門限があるわけじゃないが、年頃の娘が遅く帰ると女中さんが心配する。
「あ、あの。ありがとう。助かった。
名前聞いても、こういう時、平気だろうか?」
「相手が嫌がらなければ大丈夫ですわよ。
わたくしは司城たつみ、ですわ。どうぞよしなに」
「そうか!俺はアレグリアだ。ええと、友だちになって欲しい!」
おっと。リアルじゃホプさんたちには逃げられがちだから、オレも及び腰になっていたようだ。
やあ、嬉しいな。ニコニコしてしまう。
「まあ。喜んで!
ふふ、ホープランプのお友だちは2人目ですわ。嬉しい。
アドレスを交換しても?」
ステータスを呼び出して連絡先を貰う。
たつみお嬢さんのなにがいいって、人からアドレスを貰えることだな!
「ああ。俺は11なんだけど、司城さんは幾つなんだ?」
うん?レベルかな?歳かな?
「15歳ですわ。アレグリアさまより少しお姉さんになりますわね。
レベルでしたら9ですの」
「あ、そうか。俺の歳は13だ…です。今度、狩りに誘ってもいいですか」
おや。敬語に戻ってしまったか、残念だ。
水臭いが、お家じゃ年功序列がハッキリしてるのかもしれん。強引な誘導は止めておこう。
《彼、早熟だね。13でほぼ背が伸びきってる》
《大人でも白い装甲の人いるよな?あれは?》
《←白っぽい装甲の大人だと、色のラインが入っていますよ》
《姫さまって160センチはあるよな。なのにとっても小さく見える》
「もちろん。楽しみにしてますわね。
ただ、低レベルのうちは授業でレベルが上がってしまいますので、レベル酔い調整でお断りしなくてはいけないかもしれませんけど」
「位階上がると嬉しいよな!……んん、その時はまたでいいので」
「敬語は使い辛いかしら?」
無理しないでいいんやで。
「すみません。俺からすると司城さんは小さな女の子に見えてしまって」
目が泳ぐ。
正直だな。少年よ。
「そちらの皆さんは、背が高くておいでですものね。
甲殻がそこまで真っ白じゃなければ、わたくしもアレグリアさまを大人の殿方と勘違いしていたところですわ。
お互いさまですわね?」
ホプさんはお堅く生真面目な軍人さんしか知らんかったから、ステファニーちゃんやアレグリア少年の砕けたとこには安心してしまうな。
「そう言ってくれると助かります。親父…っと、父から国の威信を背負って留学するのだから外交官になったつもりで堂々と品良く振る舞いなさい。って言われてますけど、付け焼き刃は上手くいくもんじゃないですね」
アレグリアくん、プレイヤーじゃなくて地元の子かあ。それっぽいよな?
割りと普通な男の子のような気がする。
学生や先生合わせれば現在1500人近くの甲殻人が島にいるってことだから、まあそうか。
ステファニーちゃんは年齢にしてはしっかり者すぎて、プレイヤーだってすぐわかったけどさ。
あれで地元民だったら吃驚だ。
「まあ。ご家族は外交のお仕事を?」
「いや、粉物屋の親父だ。…です。
庶民も庶民で」
親父さん、立派だな。
「アレグリアさまは、お父さまに信頼されておいでですのね」
漂流してるのと留学は違うけど、遠く離れているのは一緒だ。親も送り出す心配はあるだろうに胆力がある。
この辺りはうちのとーさんにも見習わせたい。きっと今頃は荒ぶっている。
とーさんは子どもが独りで海外留学したいと言おうものなら心配しすぎるタイプの親だ。
オレら兄妹にそんな話が出たら【それは今どうしても必要なことか?】と、ガチ反対されてしまうところだ。
オレら兄妹が才気煥発だったら、危うく鬱陶しい親になってたな。とーさん。
兄妹全員フツーで良かった。
「その信頼に応えられたら良かったんですけどね。
2年スキップしていて、留学の話も出て。
努力が認められた!と浮かれてたけど、周りがやたら凄くて俺って凡人だったんだなと。
日本に来たら同じ年齢なのにもう最高学府出ている奴らとか、大勢いまして吃驚しました。
学業では勝てそうにないから、せめてあちこち出掛けて見聞きして、それと友だちをいっぱい作りたいなって」
アレグリア少年がはにかむ。
タダでは故郷に帰らない、か。その心意気やよし。
「上と下を見たらキリがないですものね。腐らずお互い頑張りましょう。
選りすぐりの留学生さんたちにはがっかりされるかもしれませんけど、学業より運動が得意な子が多いのですわよ、冒険者クラスのわたくしたち」
《ですよねー》
《社会人になったら勉強と縁が切れるからって嬉しかったんだよなあ。……そんなことはなかったけど》
《ワイ、運動も苦手なんじゃ》
「がっかりとかは絶対ないです。毎日朝が来るたびに今日はなにをしようと、ワクワクして起きますよ。
翻訳機に頼らず生きた日本語を覚えたいので、挨拶のメッセージを飛ばしてもいいですか?」
「もちろん。
わたくしたちの声帯と可聴領域が違うのが言語習得のネックですわよね。
声話が困難なのは残念ですが、文字は頑張れるだけの余地がありますもの。
アレグリアさまが良かったら、わたくしはロケット文字でお返事してもよろしくて?
少しずつ手習いを始めましたの」
通称ロケット文字は、撹拌世界では古語扱いされているアレだ。
《ホープランプの第二国語だもんな、ロケ語》
《お互いの国語でっていうのは無理難題》
《ホラ、姫さま画伯だから》
「はい、それなら得意です」
「短かったり、文脈が怪しかったりしても許してくださる?」
「それはこちらのお願いです。漢字の読みが本当にわからなくて……!
お互いに添削しあいませんか?」
《第一国語はお互いに難しい文字だもんな》
《親近感ある》
《ロケット文字は簡易なぶん、目が滑るんですよね》
《英語が読めない日本人みたいなことを言うやん》
「ええ、もちろん!
手習いに辞書を引きながらロケット語で絵本の翻訳を始めたんですけども、識者の知人にはとてもウケられてしまって。
相当に愉快な訳になってしまったようですの」
ちなみにその知人とはGMのことだ。遠慮なくボールのようにコロコロと笑いおってからに。
「それは、ちょっと読んでみたいですね」
「よろしくてよ。存分にお笑いになって」
アドレスにデータを送る。
しかしホープランプ人は大抵はカタコト以上にロケット文字を読み書きできるって本当なんだな。
ちなみにホープランプ文字は、ヒエログリフをより装飾したような象形文字だ。必然的に筆記に絵の素養がいることとなる。
読むのはともかく書くのは……オレにとってはどころか、大半の人には無理だと思う。知能指数とは関係ないところで書くのが困難な文字だ。
これで識字率は日本とどっこいなのだから、異界文明は奇怪なことなり。
甲殻人が美術的素養に富んでいるのって、文字を書けるようになるまでがやたら大変だからな気がしてならない。
ちなみにロケット文字はというと、ひらがなにも通じる表音文字なので、まだしも楽だ。
数字も簡素な表意文字である。
ここで際立つのは、アラビア数字の優秀さだろう。
三千世界で通用するロケット規格のバックボーンと真っ向からタメを張れて勝ててしまう使いやすさだ。どんだけなのか。
ちなみにだがロケット来訪時には既に巨大な都市国家を築いていた甲殻世界でも、文明流入以前は0の概念はなかったそうだ。
0はどこの文明においても偉大な発見になるんだな。
さて。
「………文章がエキサイトしてますでしょう?」
昔のAIによる翻訳文章作成は、カオスだったと聞いたことがある。
多分その程度には荒ぶっているに違いない。
「と、ても。ユニークです……ね!」
文章を読んでいた肩が震えている。
ここで馬鹿にせず笑うのを我慢してくれるアレグリア少年は思いやりあるとてもいい子だ。
好きになれそう。
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。
姫さまの中の人は自分やまわりが囲炉裏の火から弾けて飛び出る焼き栗ボーイだったんで、優等生タイプには評価が甘くなりがちです。ルートくんとか。