225 教導用No.2【コンクリート】ダンジョン
午後は2時間続けての戦技訓練だ。
準備運動と盾の基本のおさらいで体を温めた後、担当の先生にダンジョンに放り込まれた。
昨日は中央通りを歩いて正面からお邪魔したが、授業枠で確保している教導ダンジョンには、その時間だけ学校から直接飛べる裏口ゲートが開いて時短になる。
今日のお相手はマッドスライム。
数多いるスライム亜種でもマッドスライムと言えば、やはりこいつが代表格だ。
初心者プレイヤー御用達、スライムコンクリート素材提供の君である。
オノゴロ島の教導用No.2【コンクリート】ダンジョンは、校庭ほどのワンフロアになっていた。
とれる素材が重量物なため、随所に資材搬出用の転送装置が散見する。
重い、きつい、でも安全と、マッドスライムは教導ダンジョンとして確固たる地位にある。
が。
悲しいかな。素材をただ集めるんだったらショベルカーでガーッとやるのが、最適解だったりするんだよなー。
要がそんな機械化オートメーションな産業用ダンジョンを、茨城の端っこ辺りに仕立てていた。コンクリ素材が安くなるはずだ。ニュービーは重機に勝てぬ。
まあ、スライムコンクリートはダンジョン内大規模建造物でしこたま使うから工業化しないと追いつかない。仕方ないよな。
そんなわけでこの授業は胸に沸き上がる虚無とも戦う時間なわけだ。
ひとつあたり120円の魔石以外で稼ごうとは思わない方がいい。
ぽこり、ぽこり。
生徒たちがヒイコラと駆けずり回り、倒した分だけ泡のようにスライムが湧く。
ダンジョンタワーは太い地脈を枯らす勢いで魔力を吸い上げている。
その膨大なエネルギーを使うことで、宇宙のように広大な外界にその先端を繋げている、その危険を打ち消しているのだ。
だから島の海の上。地上に魔物の湧くダンジョンは置かれていない。
あるのは全てタワーの海の底より地下深く。
外界と繋がる先端のそのまた奥にある。
界峡門から広がるダンジョンタワーの根が、界流の荒波に直接揉まれるのはよろしくない。
酷い時化でも来ようものなら、折角の伸ばしつつある根の部分が傷んでしまう。
根の接触部には管理ダンジョンというテトラポットをみっしり敷き詰め、保護対策をしている寸法で、そのダンジョンが今いるここだ。
……ダンジョンを乱造しているはずなのに佳代子おばちゃま、細やかだなあ。
コンクリートダンジョンはおばちゃまのお手製だ。空間に知った魔力の名残がある。
ほう、とため息。
感心をせざるを得ない。
入り口の安全地帯に近いほど魔物の湧きが遅く調節されているのは、真似をしたい小技だった。
井戸の資材搬入スペースもユーザーフレンドリーだ。猫車が動かしやすいように溝堀が施されている。
男社会で働いている女性のダンジョンマスターは一味違う。
一見シンプルに造られているようで、細かい配慮が行き届いている。真似をせねば。
新たに組み込むシステムを考えていると目の前にスライムが湧く。3歩の距離だ。
にょろり。
クレイアニメを見ているようだ。
蠢くマッドスライムがこちらを認め、襲い掛かろうと背をもたげる。
「『風纏い』」
んでもってっ。
「『シールド』、『バースト』!」
盾の『バースト』で殴り飛ばしたスライムが、べしゃりと潰れて弾け飛ぶ。
ものの見事に爆破四散だ。
《キャー!姫さま格好いい!》
《うへえ。『剛力』も使わんでコレかよ》
《ご覧ください。これがレベル1桁の女子力で御座います》
うお、しまった。やりすぎた!
まだレベルが低いからと、たつみお嬢さんのパワーを見誤った。
いや、だって全力とかじゃなかったし!
「ヒュー!ナイス打撃!」
「転校生、ズルい!」
「お前も泥で汚れろよー!」
やんややんや。
拍手混じりの野次が飛ぶ。やあ、どうもどうも。
盾の初歩講座の受講生は男女取り合わせて、12歳から22歳までと幅広く35名。
新入りがやりすぎな暴力を振るっても、怯まない精神は盾職向けだ。
この教室の皆とは、仲良くやれそうな予感がある。
つい、笑顔になってしまうな。
「『風鎧』は練習したいので、皆さまにも掛けたいのですけど?」
「へっ、そんなのいらねーし!」
「はい!私はお願いします!」
「あたしもー!」
《男子、早速裏切られとる》
《女子は手のひらクルックルやで》
「よし、司城くんは奥で好きに暴れてこい。
きみ、初心者じゃないだろう」
しっしと、手を振ってあっち行けとされる。
そんな、先生酷い。
示されたのは湧きのいい【奥地】で、居るのはひたすらマッドスライム狩りを勤しんでいる白泥ゾンビたちだ。
オレだってジョブがあるだけで盾は実質素人だから、こっちのピヨピヨのヒヨコグループだろう?
「ヤットウは3年ほど嗜みましたけど、盾はジョブが生えてから触った程度ですのよ?」
「体幹、腕力、身のこなし、きみのすべてが及第点だ。
あのなあ、初心者講座は体力錬成がメインなんだぞ?
ジョブ持ちの時点で、ここに来ること自体がまずおかしい。
まあ、このまま単位をやるのも手抜きだから、初心者講座名物マッドスライム千本ノックは済ませていけ。
もちろんあれば他のスキルも使っていいぞ。
必要なときに必要なスキルを使えるようにするのも訓練だ」
なるほど?
『風鎧』を解いて、なまくら剣を抜く。
貸し与えられたそれは切れ味は最悪だが身が厚く頑丈で、突く、殴るぶんには良い剣だ。
「おっ、いいのか。汚れるぞ?」
「あら、先生。いけずですわよ。
持久戦なら、魔力消費は抑えますわよね?」
《これは歴戦》
《姫さんどこの戦地育ちよ》
「察しのいい生徒は好きだぞ。根性あるヤツはもっと好きだ。
なに、倒れて泥にまみれても連れて帰ってやるから安心しろ」
にーっと笑う女教師は美人だが、分かりやすくモテないタイプだ。
SMのSはサービスのS。
多分いい先生なんだろうけど、ちょっとサービスが過ぎるかなー?
《スポコン漫画なノリ》
《泥んこ期待》
《……マッドスライムは、倒すのだけはいいんだけどさ………》
《うん。井戸に泥を運ぶの、辛いよな》
マッドスライムは楽な相手だ。
体当たりをしてくるが、のたのたトロくて脅威にならん。
適宜HPを削った後は魔力で探って核を抉るか、スコップで泥を削りそげばいい。
そしてさっきやってみせたように強い力で殴るのもアリで、『サンダー』があれば瞬殺だ。
面倒なのは、倒した後に床に散るコンクリ素材の運搬になる。
つまり。
「『体内倉庫』」
このスキルの出番となる。
『体内倉庫』は常時展開の『風纏い』よりも格段にローコストだ。
《うっわ。そうだよ!スキルって便利だよなあ!》
《マッドスライムでシャベルの使い方を覚えたぞ、俺は》
《姫さまズルいなー!》
「あっ。どエス先生の策が破れた…!」
「いいぞ新人!」
「きみ、潰しがきくなあ」
ヒュウ。
先生は感心したように口笛を吹く。
フルフェイスのヘルメット集団にあって先生だけは無防備に頭部を晒している。
泥はねひとつない鉄壁のガードだ。
「シャベルで砂を運ばせて、体力付けさせるのが目的ですの?」
だったら従うことも吝かではない。
「いいや?それだったら、畑で鍬仕事でもさせるさ。
農家の支援にもなって一石二鳥だ。
わざわざ教室費を払ってまで、ダンジョンでやることじゃないだろう?
この教室で単位を与える条件は、私が認めた後に鉄盾を装備した状態でマッドスライム千体を倒して納品すること。それだけだ」
クエスト!
初級盾術講座の単位を手にいれろ!
マッドスライム千体を納品しましょう。
雨垂れは石を穿ちます。
愚直な鍛練こそが、真実苦しい時にあなたの支えとなるでしょう。
※資材の納品クエストは発展クエストと連動します!
さあ、周りの仲間と力を合わせ、建材を納品しましょう!
報酬 初級盾術講座の【優】の単位。
《一時間100体倒しても10コマか》
《やってもやっても終わらなくて虚無るやつ》
《毎日コツコツやれってことでは?》
「分かりましたわ。では、行って参ります!」
いざや、突貫。
作業ゲーでも体を動かすのは、楽しいよな!
ピューッ!
ホイッスルの叫びに集中が途切れる。
途中、何度か呼び出しが掛かり、盾のフォームを直された。
今度はなにかと、視線を向ける。
「撤収するぞ!
帰る時間だ、野郎共!」
たつみお嬢さんは女郎だけどなー。
もうそんな時間なのか。
マッドスライムの付き合いにも慣れて、効率が良くなってきたから残念だ。
「納品した魔石の数で、マッドスライムはカウントするから私の教室名でギルドに提出するように!」
ほうほう。
魔石をひとつ取り分けておく。
種類別に石をキープしておくのは、リュアルテくんでついた癖だ。
「そして、不破!二階堂!
お前らは邪魔だから、初心者クラスの授業にもう混じるな!」
たつみお嬢さんと横に並び、どっぱん、どっぱん派手に盾を振り回していた生徒2名が、名指しで出禁を食らう。
「だって今のクラスは自分でクエスト受けなくちゃいけなくて計画書出すの面倒なんっすよー!
俺だって未成年なのに!」
「定員に空きがあったら、授業に混じっていいって事務員さんがー!」
「お前らも知っているだろう。
校舎が新設されたのは、これから2世組の転入や、留学生が増えるからだ。
上が低位の狩場を占有する、悪しき前例になりたいのか、うん?」
「あー…。そういう」
「ンなら仕方ないか。はーい」
《素直ないい子》
《なんかビックリするぐらい巧いと思えば、見学組じゃったか》
「ああ、そんなっ」
「魔物の圧が増えてしまう……!」
「愛ちゃん先生の鬼!」
彼らが文字通りに泥を被り無双していたお陰で、余裕をもって授業を受けていられた他の面々は悲しげだ。
《愛ちゃん?》
《S先生、名前可愛いのな》
「ハハっ!若いうちから楽を覚えるのはよくないからな!
弱い相手に数によって押しきられ、泥にまみれてこその初心者授業だ」
……まーね。
数で押しきられてもパニクらないためには経験が欲しいよな。
蝗とか蝗とか。
あのただ中に独り取り残されたら、命は無事でも泣くしかない。
先生が腰に下げた雷鳴杖があれば、グラウンドも一掃だろう。
安全を確保した状態で、飽和状態を味わわせるにはマッドスライムは適任だ。
命の危険がないわりに、泥まみれになって不快だから頭を使って動くようになる。
「『洗浄』」
うへえ。2度スキルを使っても、まだザラザラしている。
フルフェイスのヘルメット被ってなければ、大惨事だった。
角は『変化』でどうにでもなるが、メットを被ると髪が邪魔だ。
「よし、スキルのないヤツはそこの二階堂や、司城に『洗浄』を掛けてもらえ」
「はい」
「うーっす」
ケチケチ魔力を使ったので、まだ余裕があるのを見抜かれてしまった。
丁度よく負荷になるようスキルを使わせるのが巧いな。愛ちゃん先生。
「『洗浄』」
「やー、あんがと。『洗浄』いいね」
「次のご褒美は、今年解禁の攻撃スキルを差し置いて生活スキルにしたくなっちゃう」
「花の乙女が泥まみれだもんねえ、泣ける」
「ご褒美ですの?」
数少ない女子たちが寄ってきたので、満遍なく『洗浄』だ。
「転校生だもんね、知らないか。単位を【優】で幾つか取ると、ご褒美に発動体を貰えるの」
「学生には買い辛いもんね。正規品のアクセサリって!」
「2つ星保証なだけにねー。フリマのアクセは、ピンキリだもん」
《フリマあるのか。気になる》
「学業に励めていいだろう?勉強しろ、若人よ」
鍵をちゃらつかせた先生が、牧羊犬よろしく生徒たちをゲートの外に追いたてる。
「やってまーすー!でも、つらーい!」
「あのなあ。経験値を吸っている分、きみらは本土の学生より恵まれているんだぞ。
物覚えにプラスの効果があるんだからな?」
声を後ろに聞きながら、ゲートからぬろりと出る。
装備倉庫に貸し出しの盾やヘルメットらを返却して解散だ。
さて、どうしよう。
本日の授業は終わったが、もう一つクエストを受けると、レベルアップ酔いが出てしまいそうだ。
島巡りするには時間がない。
図書館か、美術課題の素材を探しに博物館にでも行くか。
「そうだ、司城。千本ノック期間中は、クエストから私の教室名から依頼を受ければ、道具の貸し出しやダンジョンの入場料が無料になるからな」
声を掛けられ振り向く。
「あら、わたくしも教室から追放ですの?」
「ああ、そうだ。
一時間丸々鉄の剣盾を振り回して息切れもしない、きみならマッドスライムに遅れを取ることはないだろう。
大部屋より小部屋の方が、湧きが早くて勉強になる。励めよ」
ええー。良さそうな教室だったのに。
《これは【もう遅い】のない追放》
《ヒッメ、スタミナあるもんな》
「フォームを見てもらいたい時はどうしたらいいでしょう?
クエストが終わらない限り、上の教室には進めないのですわよね?」
「放課後は体育館で体操クラブの顧問をしているから、いつでも来い。
あー。正直、司城には上級クラスを勧めたいくらいなんだがな。
きみたちサラブレッドは素晴らしく良く走るが、硝子の足だ。
まずは焦らず、じっくりレベルを上げるんだ。いいな?」
おっと。2世組は先生方を戸迷わせているっぽいな。
低レベル盾士や剣士なんて、ヘンテコな存在だもんなあ。
「世間知らずなわたくしですが、下積みの大事さは承知しているつもりですのよ。
異論はありません」
「んん、そうか。不思議だな、それだけの才能がある十代ならばもっと鼻にかけてもいいものだが。
なんか最近の若い子は出来がいいな………」
《そりゃ俺ら中の人はいい大人なんで》
《全能感たっぷりな十代ロープレはおっさんにはきついんじゃ》
《姫さまは、まともに授業出ていて偉い》
《今更数学を勉強するのは嫌でござる》
《試験受かれば授業免除されるってあるけどさ、そんなんもう忘れたわー!》
《『計測』や『書庫』を覚える目当てに、頑張るかなあ》
「いやね、先生。わたくしなんてヒヨコさんもいいところでしてよ!」
《ピヨっ?!》
《ヒヨコ詐欺はよろしくなくてよ、お姉さま!》
《ハハ、あれだけ暴れておいてどの口が言うのか》
特殊な公務員さんの訓練に混じるとさ、うん。天狗になるなんてとてもとてもだ。
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編集Pな【いっぱんじん】AIくんも、リスナーさんが仲良くしている間はニコニコで見守っています。