224 知ってるようで知らない学校カリキュラム
「ご機嫌よう、皆さま。
島に到着して2日目の朝ですわよ。
佳代子おばさまは、本土に【出張】だそうですの。
働く女性は凛々しいものですわね。わたくしも見習いたく思います。
午前中は勉学に励むべく、授業を受けて参りますわ。
授業風景も映すよう某所から要望がありましたから流しますけど、退屈でしたらどうぞ飛ばしてくださいましね?」
《おは!》
《待ってました!》
《今朝も麗しいですわ、お姉さま!》
《りょ!》
宣言通りに授業を受ける。
1、2、3時間目は専用テキストとビデオによる教育で、4時間目は美術室で実技だ。
通学も久しぶりだといいものだ。
……皆、元気にしてるかな。
あんまり心配してないといいけれど、全くされないのも淋しいかなあ。複雑だ。
「こちらは授業のテープになります、どうぞ」
「ありがとう御座います」
受付で袋を受けとる。
テレビ授業を受ける部屋は図書館にあるような小さな半個室になっていて、個人配布された持ち込みのヘッドホンでテレビ視聴のスタイルだ。
ノートを取れる机と椅子もある。
そしてなんとこのテレビには、チャンネルがない。
いや、あるがリモコンでも音声入力でもなく、本体に内蔵されていてダイヤルがガチャガチャ回る骨董品だ。
昔のテレビはこうだったって話には聞いたことがある。しかし触るのは初めてだ。
昨日はスルーしてしまったおばちゃま家のテレビもこうだったかもしれない。帰ったら確認してみよう。
ふうむ、画質は荒いがちゃんとつくぞ。感動だ。
好奇心から無意味にチャンネルをガチャってしまう。
と、チャンネルを切り替えれば料理番組が映る。
……手抜きせず裏番組も流しているのか。芸が細かい。
《テレビ、ブラウン管やん。懐かしい》
《筐体ゴツいな。まんま箱だ》
《ドラマで見たことあるやつだ》
《この時代のテレビは高級品じゃねえの?贅沢な授業だ》
《そういやテレビ、寮の休憩室に1台しかないね》
《まあ、元庄屋の家に何十人も集まってテレビを見に来るような年代よりは後だろうし》
そしてテレビの下にはビデオデッキがあり、録画してある授業を流す仕組みだ。
備え付けの説明ファイルを読みながら、おっかなびっくり挿入口にテープを差し込む。
《姫さまがビデオデッキにまごついておる》
《あれ?あのタイプのテレビとビデオって互換性あるの?製造の年代離れているよな?》
《ガバ昭和www》
クエスト!
学びの道は果てしなく
卒業単位は満たしている?
まあまあ、そんなことをおっしゃらず。
少年老い易く学成り難し。
称号 実質高校生 が送られます!
※必須単位の受講を終えたら、大学の授業を受けられるようになりますよ!
サンキュー、GM。
そして政府ちゃん。果たしてVR学校を資格として認めてくれるんだろうか。……くれるといいな。
看護仲間の彩月ちゃんはリアル中学生だ。
本人は【日本に戻って高校に入れなかったら、流士くん家のダンジョンに就職させてね!フフフ、持つべきものは友人のコネ!】と明るく笑い飛ばしていたけど、檀さんが悲しい顔をするから学校には行って欲しい。
卒業したら大歓迎だから。
テレビの中、黒縁眼鏡の男性教師は情感たっぷりに朗々と、山月記を読み上げている。
……李徴、プライドくそ高いな。
やー、でもいるわ。己の才気に驕っているから人に頼れず狷介で、若い自尊心に尖った奴。
懐かしくなる。前世のあいつも元はこーいうタイプだった。
ただあいつ、怠惰にモラトリアムを決め込む前に乱世に殴りつけられたからなー。
李徴よりもずっと運がない。
おかげで悔恨の虎にはならなかったが、他のバケモノにはなってしまった。
故郷を棄てようとしていたくせに理不尽に奪われてからやっと初めて、それが大事なものだったと気がつくのは物語にはよくあることだ。復讐は人を狂わせることも。
ううむ、やはり育てるべきは基礎となる人間力よな。
同じクラスの我らがいいんちょさんなんて、コミュ強な上に全方位に優しいギャルだった。
いつも可愛くしていて親切で、尖った困ったちゃんをも丸め込む手腕を持っていたんだぜ?
思い返すほど素晴らしい。
クラスカーストのトップが人の美点を見つけるのが大の得意の気配り上手とか、恵まれていたな。おかげでうちのクラスは居心地良かった。
彼女には到底敵わないにしても、たつみお嬢さんも斯くありたい。
折角の美少女アバターだ。
花のように心優しくもたおやかなお嬢さんなロープレをしたいものである。
……怪力無双な時点で躓いているような気もするけど。
それにしてもテレビの画質、荒いなあ。音質もガタガタで味がある。
技術ってたかが半世紀でこれだけの進化するのか。
洗濯機は二層式だし、電話も黒電話だもんなー。
エアコンが普及してないのは住宅地がダンジョン内にあるからいいとしても、携帯端末がないのが困る。
連絡はステータスがあるがらまだいいものの。
……。
そうか、昭和にロケットが到着してたら、当時の電話よりも利便性はステータスの方が上だよな?
すると今の携帯端末の発展は、なかったかもしれない。
今、ちょっとゾっとした。
歴史のIFってそういうことか。
《…なんかさ。ン十年ぶりに授業受けたら新鮮だ》
《どうしようスキップしようとしていたテレビ教育が、なかなかどうして楽しいぞ?》
《学科の授業ごとツリーしてくれる編集助かる》
《ビデオ教師はどこもいい先生を揃えてるね。声が聞き取りやすくて話が面白い》
《特に金城センセ超美声》
《朗読されると李徴の追い詰められ方が胸に迫って切ないわー》
《丸くてハゲなおっさんのくせテライケメンな声してやがる》
《小学校の国語の先生も、美しい声をしていましたよ?》
《世界史の小林先生も授業お勧め。人生損した。歴史が好きになる。こういう先生に習いたかった……》
《なんか画面が静かだと思ったら、この時代はテレビに字幕がでてこんのな?》
《?》
《ああ、俺らの打ち込む文字じゃないガヤなテロップとかのそこら辺》
《教育番組なら、こんなもんじゃね?》
3教科の授業が終わったところで荷物を纏める。
久し振りに長い時間、集中してノートをとった。やあ、疲れた疲れた。充実感ある。
「悪い、お先な!」
子どもは風の子。
他の半個室から飛び出してくる生徒に廊下を譲り、カウンターに向かう。
「ビデオの返却を、お願いいたします」
使ったビデオは貸し出し袋ごとカウンターに渡し、チェックを受ける。
「はい、確かに。…あら、司城さん。ビデオテープは次から巻き戻してから返してね。
見終わったら巻き戻しのボタンを押すだけだから」
《テープは返却する前に巻き戻すんやで。エチケットな》
《今時の子はわかんないよなあ》
《昭和は遠くなったもんよ》
「はい、わかりましたわ。これからは気を付けます」
巻き戻し?
そうだったんだ、失敗したな。
ノートを見せて出席をチェックしてもらい、次のビデオを貸して貰う。
「返却期間は2週間よ。忘れずにおねがいね」
「はい」
《なんか校内、休み時間に早弁している子が多いな。流石は冒険者学校。腹ペコかよ》
《でっかい握り飯旨そう》
《でも休み時間は、ほぼカットされるのなんでじゃほい?》
《いつトイレに行ったかなんて、そりゃ知られたくないだろうさ》
《あっ》
《セクハラ案件?》
《サーセンっしたあ!》
次の授業は美術室なので移動だ。
校内地図は『マップ』に落としてあるので、それを見ながらてくてく歩く。
《おっ。美術は中学生クラスに混じるのね》
《モフモフ天国》
《そういやギルドの人たちもだけど、先生たちは姫さんの配信でも動物シリーズになってないな。……公務員だから?》
《商店街の人もそのままだったぞ》
《自動フィルター処理は未成年だけ?》
「今週までは針金と色セロファンでランプシェードを作っているけど、早く作り終わった子と、新しく入った転校生くんたちは時間調整でデッサンをやろうか。
特別に僕の春子さんを連れてきたから、遠慮なくモデルにしてくれたまえ」
ロン毛の美術教師は準備室から鉄の鳥かごを持ち出してきた。
春子さんは頬紅を赤く染めた、オカメインコだ。
えっ。動物とか、どうやって描けばいいんだろ?
「ゴキゲンヨウ!」
人見知りしない春子さんは、ご機嫌に挨拶してくれる。
頭のチョビ毛に黄色い羽がプリティだ。
《うわ………姫さま画伯》
《美少女にも苦手があったか》
《デッサンが狂気の産物》
《5倍速で描き出されるクリーチャー。じわる》
《文字はお優雅なんだけどなあ》
《こりゃ駄目だわって顔、かわゆい》
《自覚のある下手っぴか》
「うん。司城くんは……頑張って描いてくれたねえ」
授業終わりにしおしおと作品を提出したら、にこやかだった先生に真顔になられてしまう。
お恥ずかしや。
分厚いファイルをパラパラ捲って確かめてから、先生はうんと頷く。
「君は『倫理』持ちだね、それではこうしよう。
テーマを決めて、写真集を一冊作っておいで。その頑張りによっては成績を考慮しよう」
《成績に下駄を履かせるミッションが出たぞ?》
《デッサンだけがアートじゃないさ》
《ヒッメ、ドンマイ!》
クエスト!
あなただけの宝物
美しいものをカメラに写し、あなただけの写真集を作りましょう。
絵画だけが美術ってわけでもありません。
表現することを嫌いにならないでくださいね。
報酬 美術の成績UP 功績ポイント +20
配布教材 スクショが『転写』できるノート一冊
スクショでいいのか。
これならなんとかなりそうだ。
んー、綺麗なものって……魔石とか?
ノートだから文字も書けるし、魔物の姿も合わせて撮って、図鑑風に仕上げてみるかな。
まあ、色々撮ってみてから考えよう。
「姫ちゃーん。お昼食べよー?」
「やっほー、昨日ぶり!」
《おっ。鶴ちゃんと花ちゃん》
《別カリキュラムなのに、お昼誘いに来てくれるの、なんか嬉しい》
《配信OKなプレイヤー以外は動物さんの学校状態だから、野郎ばっかりでも和むけど女の子はやはり良い》
「はあい。今日はヘビさんの唐揚げなんですわよね」
「A定食はね。B定食はタマゴパンセットだった!」
「うちのタマゴパンは唐揚げと同じく、絶対食べなきゃ後悔なヤツなのさ」
「学食の依頼を受けると好きなおかずが一品3回まで貰えるから、私たちはB定食に唐揚げもつけちゃう目論見!
姫ちゃんもそうする?」
「是非そうさせてくださいまし」
ナイス提案。受けて立とう。
案内された食堂は、デザインは古めかしくても施設自体は新しかった。
学生証で一食無料。自販機で食券が買えた。
もう少し食べたい時の追加用に、小鉢で蕨のお浸しや温泉卵といった副食も用意されている。ここら辺は仕入れによっての日替わりみたいだ。
「「「いだだきます!」」」
B定食のタマゴパンは大きなコッペパンが2つだった。
卵フィリングが切り込みから溢れそうに詰められていて、刻んだパセリの緑が覗く。
それにグリーンピースが上に載ったシュウマイと大根の味噌汁、柚白菜の漬け物がついてくる。
これで毎日1食目は無料、2食目からは200円なのはリーズナブルだ。
国から補助が出ているのだろうが、食堂依頼がお安いはずだ。むしろこの値段ならギリギリまで、依頼請負人に利益を回してくれている。
あ。パンにピクルスが挟まれている。卵マヨがタルタルっぽくなって旨いなコレ。
「ねー、姫ちゃん。武具取扱いの選択授業、どのコース選んだ?」
「盾と片手剣ですわ」
「ありゃ、残念。違うコースかあ、熱っ!」
「揚げたて注意だ。蛇肉、うまあ」
「勝利の味ですわね」
「分かち合うのにステファニーちゃんも、お昼に誘えたらよかったのにね」
「今日はスキューバダイビング学習だって、校外だから仕方ないよう」
「うんうん、留学生してるよね。
でも甲殻人ってみんなステファニーちゃんみたく貫禄あるのかなあ?
年下なのに彼女、お姉さん味がある」
《お姉さん…味?》
《オネエさんではあるけど、お姉さんではないかなー》
「うん、去年まで小学生の年齢だったなんて思えない」
「ご苦労なさっているのでしょうね。自分を貫くことは大変ですもの」
「どんな時でも冒険者たるものは胸を張って歌舞くもの。
ステファニーちゃんは立派だよ、私なんてすぐ人目を気にしちゃうもん」
「うそうそ」
「ホントだってー」
《女子3人集まると賑やかだな (●´∀`●)》
《毒蛇出すの?そして食うの?!》
《熱を通せば平気やから》
《紫毒蛇は旨いぞ。変な臭みもないし鶏肉が好きなら、まず美味しく食べられる》
《あいつが毒持ちなのは、武装しないと野生の魔物に美味しく食べられちゃうんで生存戦略なんだよなあ》
《そしてせっせと生成した生物毒だというのに火というチートで無毒化しやがる人間どもの悪辣さよ》
《かなしいなあ》
《せやかて毒はあっても、蒟蒻は食うやろ?》
《それはそう》
「ところで姫ちゃん、2月のイベントどうする?」
「バレンタインですの?」
《ヒエッ》
《キャイン!》
《女子は楽しいイベントでいいなあ…!》
「一緒にカカオを『採取』に行っちゃう?
でも豆まきの方が先かなー」
「うちの学校特殊でしょ?
だから1月27日から2月2日までの7日間、節分に託つけてクエストの報奨金ランキングがあるの。
成績上位者は2月3日の節分当日に鬼の仮装をして、他の在校者から豆を投げられるイベントなのさ」
「一番豆を集めた鬼こそが、今年の鬼大将ね。
鬼大将はスキル石や学食のプリンチケットが貰えたり、商店街のサービスが受けられてウハウハなんだよ」
「大将は無理でも四天王か十二将はなってみたいなー。12歳、16歳、20歳ごとハンデが加算されるから今年は狙い目」
「はっ、お前みたいのがとれるもんかよ!」
「景品は島の商工会や企業さんがお相撲の褒賞品みたいに協賛してくれるの」
「ね。嬉しいよね。丁寧なクエストをすると別の賞を貰えたりさ」
「入島したての姫ちゃんだったら、新人賞を狙えるかも?」
《ちょっかいかけてきた男子、完璧に無視されとる》
《自業自得だけど、かわいそお》
《そこで諦めるな!もう一度声を掛けるんだ!》
《反応してあげてよお》
「……アレ、いいんですの?」
少し戸惑う。示し合わせたようなスルーっぷりだ。
「女子に優しくされたかったら、それなりの態度ってあるでしょ?」
「喧嘩腰の時点で喋りたくないよねー」
《あっ、はい》
《そうですね》
「冒険者の卵になってなにがいいって、暴力でマウントを取られない安心感があることよね。
冒険者なら因縁づけや暴力沙汰はご法度だし、それ以外の男は私より弱いもの」
《ヤンキーの全盛時代だもんな》
《そういや、この島。煙草吸ってる大人がいないな?》
《この頃の大人の男はみんな煙草を嗜んでいるカンジ?》
《ホプさんの体質と、煙草は相性悪いって聞いた》
《なる。島は全面禁煙か》
《世知辛い……!》
「うーん。慢心!
鶴ちゃんそれ、後から逆恨みされそうな意見」
「えっ。そうかな?
普通に話し掛けてくれれば喋るのに?
そりゃ、いつもからかってくるような嫌な子なら別だけど。
女の子でもそーいう子は避けるよね?
向こうは好き勝手して楽しいかもだけど、こっちは全然楽しくないもん」
「まあ、社会人になったら嫌な相手でも仕事しなくちゃいけないだろうから、今くらいは素直に生きるかー」
《おうふ。女子中学生って意外と大人》
「鶴さまと花さまは、仲良しさんですのね。長いお付き合いなんですの?」
「うんにゃ、私たちも途中編入組。
仲良しなのは、女子寮暮しで同室だからね!」
「うちの父さんの社員寮って、狭い1ルームなんだよね。
お金が貯まったら家建てるって宣言してるけど、その前に卒業しちゃいそう。
そして花ちゃんは親が再婚ホヤホヤなのさ」
「やー。まいっちゃうよね!
新しいおとうさん、お母さんのこと好きって分かりやすくて。
本当のお父さんも大事だったけど、お見合いじゃない恋愛結婚は憧れるなあ」
《GM、女子中学生には優しくしてあげてよお》
「まあ」
「あ。大丈夫、誤解しないで。追い出されたわけじゃないから!
お母さん、お父さんが死んでから私を育てる為に一念発起して冒険者になったんだけど、今は深層冒険者なの。
新しいお家は成人済みの息子たちだけならまだしも、入ったばかりの弟子やらで男だらけだからって、入寮はおとうさんが気を利かせてくれてね。
寮にいるのは実質、半分くらいかなあ。
お母さんが帰っている時はおとうさん家で一緒に住んでるよ」
《母は強し…?》
《お弟子さんがいる家ってなにさ》
《職人か、はたまた芸能か》
「良かった。立派なお母さまですのね」
「や、照れるね。ありがと。
姫ちゃんは、お家の事情話しても平気だったりするー?」
《おっ?》
《姫さまのご家庭の事情、気になります》
「口止めはされていませ」
「あっ、いい。ストップ」
「名字がソレならアレだよねー。うん、さっきの質問はやっぱりナシで!」
んけどもと語尾を濁す前に遮られる。
……司城さん家。
おばちゃまがダンジョンマスター以外になにかあるん?
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。
中学生女子にナチュラルに混じっている語り手は、こっそりアバターに影響されてます。
それらに気づいた時、なにやってんだと頭を抱えてもらいたいですね!