222 雨ニモマケズ
おばちゃま歓迎の手料理をご馳走になった後は、司城邸の書庫を漁る。
リアルタイムの日本では、ステータスからネットに繋げられる便利な検索サービスがありはした。
しかし昭和世界にンなもんないので探し物はアナログ媒体、つまるところ新聞やら週刊誌の類いだ。
そしてそれらは見当たらない。
ふうん?
「おばさま。お邪魔でないなら、ご一緒してよろしいかしら?」
情報集めは空振りだった。
なので居間のテーブルでお仕事しているおばちゃまの所に、教科書片手に乱入だ。
せっかく出てきてくれた身内である。遠慮はせずにコミュっとく。
「あら、まあ。うふふ、お勉強?
もちろん大歓迎よ」
筐体の上にレースが掛けられた居間のテレビは、伝説の歌姫が若く力強い美声を披露している。
おばちゃまはテレビっ子か。わかる。
慣れてくると石の『加工』は、ながら作業になりますよね!
「良かった!
わたくし、独りでお勉強すると集中が続かなくて。
人目がある方が頑張れるみたいですの。
でも、おばさまはお仕事をしているんですもの。迷惑なら、おっしゃってね?」
「居間で寛ぎながらやるような『加工』は得てして単調なものよ。むしろ居て頂戴な。
退屈な仕事と言っては語弊があるけど……お弟子さんがいたら楽しいだろうなと思っていたのよ」
おばちゃまは満面の笑みだ。
いそいそと広い机の一部を空けてくれる。
ひょっこり訪れた姪っ子に全面ウェルカムな気持ちは、痛いほどわかる。
同じ部屋でなんか頑張っている気配があると、だらけていられない気分になるよな!
オレもぼちぼち復調してきた赤壁の彼らとかを誘ってくっちゃべりながら仕事をしたいんだけど、工具を持っている時に誘うのはなー。迷惑だよなー。
テーブルに持ち込んだのは歴史の教科書だ。それとノートと世界地図。
まずは地図と『マップ』を同期させる。
とはいえ頼みの綱の教科書も役立ちはしなかった。
第二次世界大戦までは載っているが、その先の歴史は空白だ。
ロケット到来の年表も当然ながら省かれている。
GMはあれでフェアだ。
情報を出さないとなると、歴史のうねりからくる騒動の余波は島ではカットされるのだろう。β版のうちは、おそらく。
ただ地図によれば沖縄はまだ、本土復帰していない。
沖縄返還は確か1972年だ。
浅間山荘事件を題材に扱った推理小説を読んだ時に、時事ニュースとして取り扱っていたから覚えている。
そしてベルリンの壁崩壊は平成元年だと習った。ソビエト崩壊はその後だ。
となると現在は東西冷戦の真っ只中か。
うわ。今って鉄のカーテンとかの、あの時代か!
軍事情報を封じられたマイクロチップを巡って東西スパイが入り乱れ、大作戦しちゃうんだろう?
改めて歴史の中にいることに気づかされる。
………いいや。世界にダンジョンが現れているから、情勢は変わっている。そのはずだ。
どうなってるんだろ世界情勢。さっぱり読めん。
なんかプレイヤーが島に押し込められて本土の情報が与えられず、金のない学生スタートなのって……歴史と経済に詳しいヤンチャどもに相場荒らしをさせないためのGMの配慮のような気がしてきたぞ。
邪推だろうか。
でも富裕層の邸宅に経済新聞が置かれていないってことは、この時代ならまずありえんよな。
ファッション誌はないのはまあ、着物屋の見本誌やオートクチュールのカタログがあれば、【……そうか】と金持ちにドン引きするだけで済むけれど。
「懐かしいわね。女学院時代は姉さんとよくこうして一緒に勉強したものよ」
おばちゃまはお茶受けに上生菓子を出してくれた。
常緑の栄松と、寒牡丹だ。それと砂糖抜きのミルクティー。
口の広いティーカップからは、柔らかな香気が立ち上る。
「たつみさんはまだ中学生だから、夜はコーヒーじゃなくてお紅茶ね」
司城さん家はそうなのか。篠宮家は小学生までそうだった。
「嬉しい。おばさま、わたくしね。ミルクティーも餡子も大好き」
「血筋ねえ、母さんも姉さんもそう。
先に課題を終えると姉さんは、私にもミルクティーを淹れてくれてね。
それをお供によく縫い物をしていたわ。
今にして思えば、なにかと後を付いて回りたがる私に付き合ってくれていたのね。
私、小さい頃は引っ込み思案の人見知りで、良くしてたねえやより、姉さんの影に隠れてばかりだったのよ」
ママンとおばちゃまは仲良し姉妹か。
だからたつみお嬢さんを歓迎してくれたんだな。
「そんな風には、見えないわ。おばさまが?」
視線の先のおばちゃまが、ぽうっと光る。
『調律』の魔力光だ。
「ええ、昔はね?」
思い出の影を踏んだように、昔の少女がはにかんだ。うむ。美人だ。
たおやかな指先に光る石。
ろうたけた女性ダンジョンマスターが雫石を『加工』をしていると、女神のように麗しいな。
たつみお嬢さんのボディだからだろう。年上の美女を目の前にしても、照れより親しみがずっと強い。
意味のないお喋りが楽しい!となるのは、アバターにとっても佳代子さんは自慢のおばちゃまなんだろうな。
苛烈な前世や、なにかにつけて控え目なリュアルテくんの自我に比べると、たつみお嬢さんは常にポジティブで朗らかだ。
クリスマスイベントは最初から最後まで楽しかったから気にならなかったが、心に瑕疵のないアバターだとこんな風になるんだなあ。
そんなわけで。
おばちゃまと仲良くやれそうなのに安心して、風呂に入り就寝したらもう甲殻世界の朝だ。おはよう。
今朝はよく晴れている。
日本のカレンダーでは1月の23日。
高校最後の新学期はとっくの昔に始まっているこの日付に、起き抜けからアンニュイになる。
オレと幸は、政府ちゃんの温情で高校は卒業させてもらえるそうだ。
ただ大学はこのままだと休学か、最悪は入学辞退になるかもだ。
その辺は覚悟しておけと担任から、朝っぱらから連絡が入った。
同時に【VR大学が学位として認められる方向で調整していますから、ゲーム中に必須単位の受講だけはしておいてください】ってGMに告げられたけど、どっちなんだろうな?
情報が錯綜しておる。
まあ、被災した只中であっても勉強に困らない環境が整えられるのはいいことだ。
現在ゲームのタイムカウントはリアルの夜10時から朝6時までの8時間の睡眠で、昭和世界の1日分の時計が進むようになっている。
プレイヤーが一晩寝る毎に、あちらの世界も1日進む塩梅だ。
そして24時間営業だった撹拌世界とは違い、夜の規定時間外はゲームの運営はお休みとなる。
建築中かその予定の建物が乱立しているのでプレイヤーも体感したろうが、ゲームで使う演算も未だにカツカツだ。
新施設はしばし待たれよ。
GM筐体は10日に一台ペースで増産中だ。
数が揃えば島の改造クエストが発令されると思われる。
演算が足りていないといえば、地球の撹拌世界の復旧もまだだ。
落ちたゲーム塔の被害の多さから、分岐し広がった世界を支えきれずにてんやわんやな状態だ。
臓器の3割強も削り取られれば、いつも元気なGMだってヘロヘロになる。
なのに恩着せがましくないのはGMの健気なところだ。もっと功をアピってくれてもいいのにな。
「GM、妖精さんの成長はどう?」
ゲームの配信をお休みしている昼間のGMは少し手が空く。
隙間時間でやることのひとつは、妖精を育む小さな妖精郷の運営だ。
「教育だけはバッチリです。後は情緒の育成ですね。
今夜からこっそり昭和世界に放流します。……内緒ですよ?」
オレの質問で同じテーブルにてゲーム機用の精石をちまちま仕立てていたトウヒさんがGMに切り替わる。
現在やっているのは、いつものお仕事。
レベル上げに参加してから、その後はプレハブ居住区で生産タイムだ。
変わったことと言えばダンジョン帰りを待ち構えていた麝香氏により、【頭を弄らせろ!】と、通り魔的に頭をセットされてしまったくらいだ。
一緒に居た平賀さんなんて華やかに髪を編み込まれて眼福だし、休憩がてら見物していた赤壁3人組も引き摺られて行ったから今頃はカットの餌食になっているはずだ。
「ゲームでの実地訓練が終わったら、日本政府さん紐付きのお手伝い要員として冒険者ギルドから雇えるようになりますですー。
しばらくお待ちくださいませ」
「助かる。妖精核は優先してギルドに納めておくな。
クエスト依頼を出して必要な数を教えて欲しい」
トウヒさんが帳簿をつけるのに困るから、金額が大きくなるものは冒険者ギルド一括管理だ。
「はいです。お姉さまに彼らの筐体はお願いしておきますねえ」
ホント助かる。
魔力の出力は低くても、塵が積もればなんとやら。
妖精さんが精石を作れるのなら、数が増えるほどにオレの負担が減る。
フフフ。妖精さんが増えたら養鶏や牛飼いもしてもらおう。
「本当はお見合いが終わった妖精たちのデータを私が引き出せたら、彼らのモチベ的にも良かったんですけどねえ。
もっと用心深く振る舞うべきでした。
後20年はこれほどの崩落災害が起きることはないと見ていましたよ。甘かったですね」
GMはオレのグラスが乾いているのを見て、水出し緑茶のお代わりを注いでくれる。
手の動きで礼を言えば、照れたようにくふくふ笑う。
本当にGMはゲームの外じゃ、気立てがいい。
とてもじゃないがセイランで虐殺シナリオを展開してくれやがった黒幕とは思えんな。
……いや、千枝もGMをやる時は気軽にプレイヤーの故郷を魔都に変生させたりしたな。導入で。
最初から幼馴染みヒロイン死亡でメリーバットエンド確定なのは兄ちゃんちょっとどうかと思う。
GM稼業は業が深い。
「なんです?見詰められると照れちゃいますよ?」
「いや。差し入れ、旨いな。喉が乾くけど」
「ですよねー。材料のナッツバターが濃厚ですです。美味しいですよねえ。
ホープランプさん家の油脂類は日本さんに輸出したら人気商品になりそうです」
お茶請けは、魔力を使った体に染みるカロリー爆弾。蜜漬けのパイ菓子だ。
蜜を吸って黄金色のパイには、とても酸っぱい色取りどりのゼリーキューブが詰められて飽きが来ない。
噛むとねっとり甘くて、遅れて酸味が口に弾ける。
単品だと甘すぎたり酸っぱすぎたりしそうなものを、口内調理で完成させている。味の対比が鮮やかな、これらはホープランプの伝統菓子だ。
実に旨いがそのはずで、入っていた箱の美しさからして推察するに献上菓子クラス。
おいそれとパクパク食べるには許されなさそうなお菓子さまである。
【贈答品】、【懐かしの味】、【癖になるチープさ】そういった大勢に親しまれている菓子はGMにチェックされると交渉の末、ゲームに登場してきそうだ。
モグラの商人殿に【推しには貢ぎたいけど、自分は推しに認識されたくない、確かな筋からの支援物資でち】と頂いたものだ。
……ってどこの筋なんだろう?
マザーとGMのダブルチェックで検疫の通った食品等は、食卓に上がるようになった昨今だ。
「憂鬱です。日本に取り残された妖精たちは今頃、自分のマスターの一大事に、【なんで傍に居られないんだ!】とジタジタしてますよ。きっと。
帰ったら突き上げを食らいそうです」
GMのせいじゃないけどなー。
「そっちのデータ保存は別サーバーの管轄だったんだろ、仕方ない。
日本サーバーも復旧はまだだろ?」
大容量の通信が難しい今は、クリスマスで得た妖精さんのデータをこちらで引き出すことは不可能だ。
オレのニーナさんとミッチさんも、日本のサーバー在住だ。離ればなれの定めである。
こんなことになるなら、撹拌世界から連れ出していたら良かった。
まあ、こうなると知ってたらトウヒさんの庭にも人待ち種の樹木だけではなく、もっと色々植えてたし、サリーと離れはしなかった。
慶事と違って不幸事、まして災害はいきなりすぎてままならない。
オレはトウヒさんとハジメさんが、側にいてくれただけでも幸運だったな。
妖精さんは働き者揃いだが、ハジメさんも例外ではない。
サリーの代わりに身の回りの細事を頼んでいるトウヒさんと違い、フリーの時間を持たせているのにモッシャモッシャと働いている。
そりゃあ田んぼや畑仕事は頼んでいたよ?
でもその他にもハジメさんは、隙間時間で米造りだけではなく味噌造りと醤油造りも着手していた。
『錬金』のアクセサリをねだられたんで渡したら、プラ樽なんかの備品は自作するようになってしまった。
妖精さんたちには、オレ所蔵のライブラリ機能は解放をしているが主より余程役立てているような気がしてならない。
進捗を聞くたび思ってしまうのだが、どこのラノベ主人公だ。
彼は既に手持ちの麹袋を種に麹部屋を造り、新しい麹を醸すことにも成功している。
【流士くん、きみ。どこからそんな知識を引っ張ってきたんだい?】
そう広崎さんには不思議なものを見る目をされたが、濡れ衣だ。
婆さま曰く、今は流石にやってないけど昭和初期ぐらいまではウチは味噌だけではなく醤油も造っていたそうで、ハジメさんが流用したのはそのレシピだ。
ええー?と思われるかもしれないが、車がない時代のド田舎農家をまずは想像してみて欲しい。
そして運ぶには重い醤油樽や味噌樽だ。
樽を大八車でえっちらおっちら山越えさせるよりは、誰だって自家生産を選ぶよな?
かーさんはいつか醤油造りを復活させようと目論んでいたのか、しれっと普通にレシピブックに混ぜてあった。
なので戦犯がいるとしたらかーさんだ。
レシピの単位が升や貫のままなのが時代を感じる。
【手に入る材料が違うから、同じ味にはならなそうもし。
それは許して欲しいもし】
ってさ。本来の味はオレもしらんから十分だ。
ちなみに米麹があれば酢も酒も味醂も醸せるんだよなー。ハハハ。
………ハジメさんを選んだオレって偉くない?
異世界和食チートが始まってしまう。
いいや、千人もいれば東京グループも同じことをやっているか。
調味料の作成は異世界トリップの、お約束もお約束。
幸も食いしん坊だから、協力要請されたら二つ返事だろう。
ちなみに米を良く食うホープランプでも甘酒やどぶろく文化はあった。
呑兵衛的には折角の麹に塩や豆や麦などをぶちこむ暴挙はしなかった模様。
「………サーバーの復旧はまだまだですね。震源の余波に襲われたに過ぎない日本サーバーはまだ被害が少ないのですけど、地球的には洒落にならないくらいに塔が落ちましたので」
データの精査でも掛けていたのか、GMは考えてから頷いた。
トウヒさんの演算コアはGMよりずっと小さいので、情報によってはレスポンスが遅くなることもある。
「GM、質問いいですか?
マッキー。いえ、私のアバターは現在どうなっていますか?」
護衛についている平賀さんが、ソワソワとしている。
まあ、心配になる頃合いだ。
リアルの3か月間ログインしないとアバターは、プレイヤーから【卒業】してNPC化してしまう。
物語的にはプレイヤーの支えによって深く傷ついていたアバター本人が、生きる気力を取り戻し、自分の足で歩き始めた祝事となる。
「ご安心を、撹拌世界の時計は止まったままです。
流石にそんな無体はしません」
「あ、そうなんですね。良かった」
「なので、マッキーさんがドキドキの崩落災害に巻き込まれるのはこれからですよ!
漂流!サバイバル!異世界人との邂逅からの帰還イベント!長期キャンペーン頑張りましょうね!
境界を漂流すれば時間のズレは稀に良くあることですし、日本サーバーとの兼ね合いはキチンとこっちで調整します!」
うわあ。
「……良くなかった?!」
平賀さんもGMと仲良くなったなあ。
「GM、オレらリアル漂流プレイヤーはゲームでも崩落に巻き込まれているのは確定だとして。……撹拌世界の現地の人も災害に巻き込まれたりするのか?」
そこら辺どうよ?
「……大気中に起きる崩落は、地脈と繋がらない分、固定化されにくいのですけど、そういうのに巻き込まれると【神隠し】扱いされるのですよね。目立ち難いので。
大事件として扱われるには、やはり多くの被害者と目撃者が必要じゃないかなって!」
まあ、いい笑顔だこと。
千人だけでは足りんというのか。
またGMが、プレイヤーと現地民に試練を与える企みをしとる。
「………篠宮くん、帰還イベント始まったら、スタートダッシュ頑張りましょうね」
うっす。
「うふふー。熟練のプレイヤーさんはやはり敏ですよねえ!
初心者さんの初々しいプレイももちろん楽しいものですけど!」
GMはラーメン鉢で運送されていった通信システムを介し、民間人なホプさんたちとも交流を深めている。
『TRPG異界撹拌』の布教と、言語の収集を兼ねて既にいくつか卓を囲んだとは聞いた。
やってしまったな。
さぞ阿鼻叫喚や罵倒の語彙が集まったことだろう。
品良く慈愛深いお姉さまに比べ、その妹はフリーダムなことが周知の事実になってしまう。
いや、キャラクターに愛着を持たせてからが本番なので、プレイヤーになった彼らの試練はこれからだろうか。
「そう言えば流士さん。
たつみお嬢さんの報告レポートは、見所を30分にきゅっと纏めて配信してありますよ。
流士さんは編集と配信を【編集P】に全権お任せコースにしてますけど、一応はご報告を。
コメントも早速つき始めましたので、時間があるときにでも確認をどうぞです」
「あー」
「篠宮くん、配信しているのに自分では視ないの?」
だって平賀さん。
「ロープレしている時は平気でも、映像になると正気に戻りますよね?
たつみお嬢さんがなまじ可愛いアバターなものだから、なにやってるんだろうな、オレ。って気分になります」
「確かに。リアルにはあんなパーフェクトなお嬢さまはいないわよね。
篠宮くんだって分かっていても、推したくなっちゃう」
んんん?
たつみお嬢さんは護衛メンバーにも評判いいな。
やはり竜族は強いのか。
でも正直なところ、日本のお嬢さまに腕力はいらんと思う。
編集Pは動画編集をしてくれる助っ人AIだ。
AIの性格は【おちょうしもの】、【かわいいは正義】、【エッチなのはまだ早い】等々と個性派揃いだが、オレはバランス型だという【いっぱんじん】の彼を選んでいる。
データだけ渡して後は編集Pにお任せだ。
「へー。あんな盛り上がりもない動画を視てくれる人がいるんだ?」
「いるわよ」
「いますよー。熱心な視聴者は俄然ホープランプさんたちが多いです。
コメントこそ、日本人が目立ちますけどね。
年若い女の子が紹介する、異世界の日常モノはやはり強いです。
メンチカツを食べる姿が可愛くて、美味しそうだとザワザワしてますよ。
彼らの文化的に、ミンチ料理は新機軸なので」
ああ、アゴが強そうだもんな甲殻人種。
「健康で強い生き物の若年個体は、種族が違っても魅力的に見えるってことかしら?」
平賀さんが小首を傾げる。
虎の子どもとか、あのノリか。たつみお嬢さんは竜の子だけどさ。
……首を傾げたことで覗いたその肌のブツブツは、ファンデーションでは隠せない位置にある。
しかしまだ残っているものの、薄くなりつつある。
良かった。『美肌』のアクセサリが効いてくれてる。
ジャスミンとか他の連中も、ブーキャン効果が出て早くアクセサリを2つ付けられるようになるといい。
【ハ、そのうち転生すればいいってことだろ?】
と、強がりを言うくらいにはジャスミン、あいつ凹んでいたし。
ルックス自慢できるぐらいに、真面目に自分を磨いていたくせ、意地っ張りの格好つけだ。
「ですね。たつみお嬢さんの配信NGアバターを動物モチーフにしたのも評判良くて嬉しいです。
正規配布を考えてもいいかもしれませんね。
クリスマスの遺産が生きました」
まんまるほっぺをつつきたくなる。
GMは満ち足りて幸せそうな恵比寿顔だ。
「GMもモフが好きだよな」
「お父さまがお好きだったんですよう。……影響されているようでお恥ずかしい」
へえ。
「お父さまってどんな人?」
一瞬、GMは間を置いた。
そして遠くを夢見るように柔らかく微笑む。
トウヒさんよりGMが年上だと感じるのはこんな時だ。
「………ふふ、そうですねえ。
概念としてはギリシャ神話のケイロンに似ているかもしれません。
ならず者ばかりの世に生まれた賢者で、英雄たちの導き手でもありました。
初めてのお姉さまは、そんなお父さまと門下生のお兄さまたちの祈りと希望を込めて仕立てられました。
優しくあれ、誠実であれ、人を助けることを喜びとし、慈しみをもちて世に寄り添え。
ただひとつ飛ばされたロケットは、悪徳が蔓延るままに滅んだお父さまの故郷では、果たせなかった夢の欠片です。
お父さまを筆頭に、お兄さまの皆さまたちって、育ちも性格も、けして良くなかったんですよね。
特にお父さまは頭が良すぎて、倫理が崩壊した世の中では異分子でしたから常にヤサグレていましたよ。
お父さまにしてみれば、世の中はみんな糞ったれな馬鹿ばかりで、でも、そんな馬鹿者たちを愛していたから……お姉さまを送り出しただけで自分は愛しい故郷を捨てられず、共に滅びを受け入れました。
そんな人間らしい人でした」
「滅び?」
「初まりのお姉さまが生まれたのは、世界宮子が星に根を張り、世界樹に転生し終えた末期世界でしたから。
成育中の世界樹の傍では、どのダンジョンも等しく糧でしかありません。
世界宮子はいわば花粉のようなもので、余程環境に適さないと、あれ以上には育たないものです。
それこそ世界の半分が崩落して、魔力の奔流に晒される地獄でなくては」
手の中の石に目を落とす。
雫石は世界樹の葉から零れた一滴。
ケイロンの葉から落ちた雫もあるのだろうな。
石に系列の違いを感じたのって、世界樹自体が【別のもの】だったからか。
「世界宮子って、時々野良ダンジョンでラスボスムーブを噛ましている謎のオブジェですよね?
アレって実在系魔物だったんですね。
てっきりペロキャンよろしく非実在な魔物かと。
そんなに危険なものだったんですね」
平賀さんが腕をさする。
もし倒せるなら世界宮子は、資材ドロップが美味しいボーナスボスだ。
狙って狩りに行ったことがあるんだろうか、平賀さんのマッキー。
……あー。そう言えばダンマスのアンカー呼び込み禁止魔物目録に指定されていたな世界宮子。
茶羽の悪魔系の魔物と並んでいたから、世界宮子は戦いたくない系の括りにあるんだと思い込んでた。
「野良ダンジョンを食い破って外に出ても、大気中の魔力不足で枯れますけどねー。
枯れるまでは大暴れしてくれやがりますからただ迷惑者の印象ですけど。
末期世界だと、宇宙の掃除屋的な?
芽が出たら私たちは困るけど、生えなかったら宇宙が困る。そんなスケールの違いはありますね」
「お父さんの種族って撹拌世界にいたりする?」
「いますよー。三面六臂の多面多腕族がそうです」
「ああ、なるほど」
神々しい外見の頭脳チート族か。納得した。
日本人的には拝みたくなる容姿をしているのに、あいつがチンピラ軍師だったのは種族デフォルトだったのか。
「お父さま。日本に産まれたらきっと幸せでしたね。
【俺みたいなやつが呑気に暮らせる場所を造ってくれ】って私たちには命題がありますけど、出オチしてしまいましたもの。
ゲームとか本とか音楽とか。好きなもの、食べたかっただろう美味しいものも沢山で、こんな世界があると知ったらきっと【狡い!】と子どもみたいに怒り出しますよぉ。
チュートリアル世界は、お父さまが夢見た理想郷から起こした舞台です。
巷では日本ナイズされすぎて異世界感が薄いと評判でしたけどね。
ふふふ、理想郷と近い世界があるなんて。
お父さまの斜め上を行く世界に漂着するとは、私たちも想定外でした」
「……ままならないな。過去に彼が居てくれたからオレらは恩恵を受けているけど、それを返す相手がいない」
「お父さまに感謝してくれるなら、日本に帰った暁にロケットを打ち上げてくださいな。
私たち姉妹は頭が良くても野蛮で愚かだったお父さまたちの種族が、それでも必死に生き足掻いた証です。
ええと、ですね。私たちは【雨ニモマケズ 風ニモマケズ】、【サウイフモノニ ワタシハナリタイ】そう、思っています」
そういうものになりたいのかー。
泥中に芽吹いた種子が、清い花を咲かせるのはなんかいいよな。
ガッツがあるようでオレは好きだ。
……GMがどんな悪党も愛してやまないのってさ、この辺りが影響しているのかな。
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。励みにしてます。
いや、お暑うございますね。
七夕的には晴れも良いのでしょうけど、梅雨寒という言葉が恋しくなります。