221 No.5【アダムとイブ】ダンジョン
「はい、舞鶴パーティ。総員4名の受付を完了しました。ご安全に!」
初心者教導ダンジョン受付のおじさんは、申請した通りにテキパキと備品を用意してくれた。
「ありがとう御座います!」
「いってきまーす!」
貸し出された刺股は3本。ブッチャーナイフは1本だ。
準備万端。改札を通り、ぬろりと【アダムとイブ】ダンジョンに突入する。
林檎と毒蛇の組み合わせで、この名前だと失楽園だな。
このダンジョンを名付けた人は皮肉を面白がるタイプのようだ。おばちゃまならもっと呑気な名前をつけるんで、恐らくは違う人だ。
ただ箱庭自体は良くできていた。
砂糖林檎が植えられたダンジョンは、春のあけぼの。
木漏れ日は明るく地面に萌ゆる若草を光らせ、森は花咲く伊吹に包まれている。
肺に満たす空気は一等甘く爽やかで、踏む土は柔らかい。
正に楽園、光の地。美しい果樹園だ。
《ダンジョン改札のゲートキーは、冒険者カードで一括管理か》
《きっと将来、こうやって使われるんだな》
《林檎の花と実が同時に付いているの、相変わらず不思議》
《いいなあ。綺麗なダンジョンだ》
《一見そう思うやろ?》
「このダンジョン、斥候スキルないと厄介なんだよね。
私、『ハンターの嗅覚』あるけど、他に斥候スキルある人いるかな?」
花ちゃんが質問する。
『ハンターの嗅覚』は、獣人アバター御用達のスキルだ。
『ハンターの嗅覚』のなにが優れているかと言えば、匂いを察知して獲物をマークするスキルにも関わらず、プレイヤーの害になる酷い臭いは抑えてくれる。そんなガード機能があることだ。
臭気で死にそうになる、鼻のいい獣人冒険者は真っ先に入れたいスキルだろう。
尚且つ元からある嗅覚を利用した感覚拡張系のスキルなので、維持コストが低いのも素敵だ。
「『探索』がありましてよ。ツリースキルの『魔力探知』も出ていますわ」
はいと、手を小さくあげた。それに続いたのはステファニーちゃんだ。
「種族特徴で『ピット』があるわ。
えっと、そうね。サーモグラフィみたいなものね。
それと『エコー』も。こちらは音の反射でモノを捉えるスキルよ」
甲殻人、頭部装甲にも色々仕込んであるからなあ。
この天然スーパーヒーローめ。
副GMとしてある程度の説明を受けたが、彼らはランダムアバターだと他種族にはならないらしい。
理由を聞いてしまえば納得だ。
他種族のボディに違和感を覚えるのは、遺伝子的には大変ガバな地球人でもよくあることだ。
まして他の種族になると生来の感覚機能が失われるのはデメリット。
オレだって五感のうち、ひとつでも欠けたら日常生活に苦労する。
黒鍵族よろしく性別固定が入っている彼ら甲殻人種は、遺伝子的にはとても【完成度が高い】種族だ。
環境によって生態を変えるのが生き物だが、彼らは不自然なほどに固定化されている。
経験値の加圧によるアバター同化も、他種族アバターでは起きにくいのだから相当だ。
そんなある意味頑固なホープランプ人の遺伝子の謎を紐解く、ひとつの伝説がある。
彼らは撹拌世界のロケットとまた別に。【空飛ぶ船】の子孫である神話体系を保持している。
もしも神話が史実ならば、天人の従者だったという彼らの先祖は宇宙を旅するのに相応しい処置を受けたのだろう。
そんな説があるらしいとは聴く。
それだったらどんな環境にあってもすぐ地上に適応出来るように、遺伝子が劣化しないようプロテクトが掛かっていても不自然ではない。
まあ、いずれにせよホープランプの書物として編纂されたのは千年も昔の話で、おとぎ話だ。
「ステファニーちゃんも姫ちゃんも、斥候スキルあるんだね。優秀!
だったら細かい注意はいいかな。
でも一応、これだけ。草むらだけじゃなく蛇は木の上からも落ちてくるから、気をつけて。
ヘルメットは邪魔くさくても脱いじゃダメだよ」
鶴ちゃんは誉めて伸ばすタイプのリーダーのようだ。
オレらの格好はヘルメットにジャージ、運動靴と皮手袋だ。
そのうちヘルメットと頑丈な皮手袋も貸し出し品だ。
見た目綺麗だったけど、花ちゃんが纏めて『洗浄』してから配ってくれた。
「万が一毒が付着しているかもだから、共有品を使う前、使った後は『洗浄』だよー」
《OK、花ちゃん先輩!》
《ためになる》
「うーん。ステファニーちゃん、なんかジャージ、パツパツだね。
ボディラインが見えちゃう。次に買い換える時は、もっとゆったりしたサイズを申請した方がいいよ?」
甲殻が生じた胸周りはきつきつで、腰周りはダボっとしている。
……ジャージ似合わんな、ステファニーちゃん。学生服はイケメンすぎて眩しかったが。
「そうなの?よく伸びるからこんなものかと思ったわ」
「果てしなくイモいけど性能はいいんだよ。ウチの学校のジャージ」
「バトルドレスなんて高級品、大量生産でコスト下げてくれる学校ジャージくらいしか手が届かないよねー」
「ニャンポットの新作とか超カワだけど、お値段は可愛くないもん。買えないよー!」
「あ、蛇発見、落とすよ!」
「わたくしが」
花ちゃんが刺股で引っ掻けて落とした所を、ひょいと押さえつける。
「『裁断』」
一息。蛇の首を舞鶴さんが落とす。
《お手前、鮮やか!》
《女子中学生なめてたわ》
「それって、布や紙を切るスキルではありませんこと?」
トロ箱を取り出して、蛇をIN。そして仕舞う。『解体』は後回しだ。
売り物にする食品は食品加工室での『解体』が推奨されている。
「皮もスパッと切れるよ!
紫毒蛇くらいのHPなら一発だね。非力は非力なりに工夫するのさー。『洗浄』っと」
ハハハ、冒険者が非力とかナイスジョーク。
毒血のついたナイフは危険物だ。得物を使うごとに『洗浄』するのは基本中の基本。
紫毒蛇の血毒は火を通すと無毒化するトキシンなので、唐揚げをするには問題なしだ。
「鶴ちゃんは、バトルドレス職人志望だから、なるべく使ってスキルを伸ばそうとしているだけ。
気にしなくていいよ。
戦闘スキル使った方がやり易いから」
《裏技発見かと思いきや、速攻否定されて草》
《いや、バトルドレス職人はやってるだろ。高練度の『裁断』ないと布が切れない》
《どの職も練度上げに苦労するんだな》
《そこが楽しい》
「日本産ハイクラスバトルドレスの『レース』や『刺繍』って素敵よね。憧れるわあ」
お喋りしながらもステファニーちゃんが草むらに手を突っ込む。
捕まえたものをきゅっと絞めてから渡された。刺股を使え。
「『洗浄』」
「あら、アリガト」
照れてはにかまれると、こちらも照れる。
「いえ、わたくしも鶴さまを見習い、マメにスキルを練習しようかと」
『体内倉庫』に仕舞ってから、自分の手袋とステファニーちゃんの手袋を『洗浄』する。
《姐さん、手掴みっすか》
《男らしい》
《姫さんも蛇に動じんのな》
《蛇嫌い》
《←なんでここにいるんだよ?》
《少しでも慣れようと》
《偉いぞ、頑張れ!》
「オートクチュールのバトルドレスは女の子の夢だよね」
《男の子の夢でもあるで》
《ヒーロースーツは履修してある》
《そういやテレビで初代ライダーが放映してたな》
《マジで?!》
「ヤバいよ!ドレスを買ったらスタイル崩せないやつだ!」
「いいわねえ。『刺繍』がなければリーズナブルに済むかしら。
アタシMPが少ないから、余剰魔力を吸って発動する『陣形』とは相性悪そうなのよォ」
《短い期間でよく勉強してる》
《『陣形』、『刺繍』のスキル群って、ホプさんとこはなかったんだっけ?》
《寡聞にして知りませんでした》
オレと花ちゃんが2人掛かりで一匹見つけて鶴ちゃんが仕留めている間に、ステファニーちゃんは同じペースでひょいひょいと見つけては絞めていく。早い。
「あら。実利がなくてよろしいのなら、むしろ表地に好きなデザインの『刺繍』を入れて楽しめますわよ?」
「あら?」
「スキルの効果が発動するには決まった『陣形』が必須ですもの」
「…なるほど……!」
「だから裏地にされちゃうんだよねー!」
《だって男物で表に刺されるとさ、金糸銀糸でお殿さまの服みたいになるじゃん》
《派手なの(*/□\*)》
《中二回路に火を灯して回して着こなすんだ!》
「ねえねえ、ステファニーちゃんトコはいつもどんなお洋服着ているの?」
「残念だけど、頑丈なの一択ね。でないと直ぐに破くから、故郷では生体金属の糸と混合なのがデフォよ。
例外は子ども向けのものだけ。
学生服は柔らかくて心浮き立つ素敵さだけど、破いてしまいそうで怖いわ」
彼女的には、学ランが柔い生地になるのか。
「アタシたち甲殻がバラバラでしょ?
既製品が限られてくるから、お針子さんは日本よりも多いかも。
夏は男だと最低限腰巻きスカートがあれば許されるくらいよ。
特に成長期はすぐサイズが変わるから。甲殻が生えて」
今はジャージだけど、制服に引っ掛けていたのは毛皮のコートだったもんな。ステファニーちゃん。
制服に毛皮を合わせるのは、日本人の感性にはないゴージャスさだ。
《なんで女子ってくっちゃべりながら戦闘するんだ?真面目にやれよ》
《紫毒蛇くらいならレジャーだろ》
《斥候の目が増えると、アンブッシュ型は弱いな》
《あいつら、あっという間に見つけとるけど、スキルないと襲われてから相手するから、このダンジョン心臓に悪い》
「そーいう意見は、あらかじめ先生に話しておくといいよ。学生服、買うと高いもん」
「ジャージはバトルドレスだけど、学生服はポリエステルとウールだもんねえ」
「ということはバトルドレス生地で制服を仕立てたら、改造制服になりますかしら?」
「短ランにボンタンな本土の不良さんたちみたく?」
「島の外の不良って、冒険者を目の敵にしてるってホントなのかなあ。
因縁つけられないよう外出する時は姫ちゃんみたいに『録画』しとけって、先輩に忠告されたけど」
「冒険者と一般人で喧嘩をしたら、こちらが悪者になりますものね」
《あっ》
《前科者は冒険者になれんから》
「だよねー。素人さんな小学生のころは握力15キロしかなかったのに、今は50キロ越えたもん。レベルアップ凄いよ。カンストしたらどうなるんだろ」
「先ず嫁の貰い手はなくなるかな」
「鶴ちゃんのいけず!」
「こっちじゃ手弱女が好まれるのね。
アタシたちの種族の男は強いオンナも好きよ。
オカマは範疇外だけど」
《それはそう》
《あいつ、いいやつなんだけどな》
《でも地球の女にゃモテそうだぞ彼氏》
《何故でしょうか?!》
《いや、フツーに女心も男心も分かるイケメンって強くね?》
「やはり、この時代の女子は待つのではなく狩りに行く姿勢が求められますわね」
「わ!姫ちゃん、好きな男の子いるの?!」
「許嫁がいましてよ」
リンタロウさんはどんな漢字で来るんだろうなー?
「この昭和の時代に?!」
「イケメン?!ねえ、イケメン?!」
おっと食い付きいいな女子中学生。
「わたくしにとっては可愛い人ですわね」
……あー。そろそろ声を聞きたいなあ。
《あー。ルルブの設定の》
《フレンドリーでパーティ誘ってたら2つ返事でOKしてくれるけど、口説かれてはくれない鉄壁の姫さま》
「はー。姫ちゃんみたいな第二世代は、そーゆーこともあるんだね」
「第二世代?」
「ステファニーちゃんとこは昔からロケット文明と親しんでいたからアレだけど、私たちはファーストコンタクトが親世代だから。
姫ちゃんみたく黒髪ばっかりの日本人なのに天然の金髪で、レベル若いのに多種のスキル持ちなのは、ご両親がガチ冒険者な第二世代だよステファニーちゃん」
おお、なるほど。
《あ。俺たち、そういうことだったのか》
《ブラボー!鬱な過去などなかった…!》
《そうか。レベル1島民は第二世代なんだな》
《なんで?》
《『免疫』の発動体使うにゃ魔力いるじゃん?》
《流石はふんわか昭和時空。ありがてえ》
《尚、本来の昭和は地獄の蓋が開いていた模様》
《昭和はホラ、長かったから(;´д`)》
「姫さま、婚約者さんも竜族の気が出てたりするの?」
「ええ。幸運なことに」
「……えっと。ねえ姫ちゃん、許嫁って誰が言い出したの……?」
「うふふ」
ここはにっこり笑って誤魔化しておく。
後から新しい設定出てきて矛盾したら困る。
やっちまったぜ。
この後合流するだろうサリーがリンタロウさんで来るかどうかも不明だった。危ない、危ない。
「わあ、姫ちゃん、やるう」
「アナタ、末恐ろしいわねぇ」
《流石です、お姉さま》
《その手腕見習いたく存じますわ》
結果発表。
狩りのリザルトは、紫毒蛇が依頼の2セットプラスアルファな62匹でフィニッシュだ。
狩りと索敵はステファニーちゃんが優秀すぎる。スコアの半分は彼女の手柄だ。
反対に砂糖林檎の収穫は、魔力の余裕ある中3女子組で『採取』を使い頑張った。
『採取』にはサーチ機能が付いているから、熟した果実を見分けてくれる。とても便利だ。それを10箱。
この後『解体』作業もある。欲張りはしない。
借りた備品を返し、意気揚々と獲物を持ち込んだのは設備の整った給食センターだ。
職員さんに『解体』手順を教えて貰って蛇を捌く。
それらを砂糖林檎と合わせて提出し、クエストクリアだ。
「さあ、お待ちかね、分配するよ、魔石はひとり15個ね!
残りの2つは慣例通り転校生なステファニーちゃんと姫ちゃんにご祝儀だよ!
いいよね、花ちゃん?」
「もち」
「いいの?ありがと」
「ありがとう御座います」
《初心者に強引で親切な先輩冒険者路線は継続なのか》
《ほのぼのする。俺も猫さん鶴さんに優しくされたい》
いつものように回収した魔石はひとつを記念に取り分けておく。
でもたつみお嬢さんはダンジョンマスターではないから素の魔石は換金物だ。
そのうち纏めて精算しよう。
満足だ。後片付けを含めて、充実した狩りだった。
なんか一般冒険者、凄く楽しい。
ちなみに砂糖林檎は一旦干し林檎にして渋抜きをしてから、ドライアップルのマフィンになる。数日後には学食の売店で再会出来そうだ。
「それじゃお疲れさまでした。また頼むよ」
ボーナスとして渡されたのは、売店の残りの梅干しのお握りや、ランタンカボチャパイだ。
学食のおばちゃんたちは、いっぱい食べる学生に甘い。
「まあ、素敵!」
「嬉しいわ。美味しそうね」
「ありがとう御座います!」
「ご馳走さまでーす!」
ニコニコの笑顔で礼を言って解散だ。
「じゃあね!」
「バイバーイ!」
「また誘ってねえ」
「ご機嫌よう」
時刻は夕方6時を過ぎた。
時を知らせる【七つの子】が流れても、不夜城であるダンジョンタワーの空は明るいままだ。
「カラスが鳴いたら帰れと、用務員の治郎吉おじさまに忠告されました。
なのでわたくしも帰りますわね。
配信もここで一旦終了です」
《いたね、治郎吉。草むしりクエストで俺も会ったわ》
《姫さま、おつ!》
《結局最後まで見てしまった》
《今度は一緒にクエストしようぜ!》
《初心者プレイが一番楽しいけど2周目チートプレイもいいよなあ》
「そういうわけで【皆さま】。わたくしはこちらでも元気ですわ。
新しいお友だちも出来そうです。
どうか安心なさいましてね?
それではまた、詳しい連絡に代えて配信いたしますわ。ご機嫌よう」
《ご機嫌よう、お姉さま!》
《生存報告設定の配信スタイル嫌いじゃなかった》
《またなー!》
《次回を楽しみにしています》
帰途に付く足取りは軽い。
今夜は配布のロッカーの備品を確認ついでに、教科書をパラ見しよう。
今日一日で大分ストレスを解消した。
どうにも作業が単調なんだよなー。ダンジョンマスターの下準備って。飽きる。
思い通りにダンジョンを建てるカタルシスは一瞬だけだ。その他の長い下地造りは同じことの繰り返しになる。
それを苦心しなかったのは、行動を伴にする幸と要がカンフルになっていたからで。
あー。
……そうだな。あいつらがいない時もサリーはいてくれたんだ。
【お疲れさまです】そうお茶を入れてもらうまでは頑張れた。我ながら現金だ。
コツコツ仕事が好きな要はさておき、幸も今頃は音をあげているはず。
あいつも人の中に居ることが好きで、負けん気も強いぶん、独り仕事が苦手なタイプだ。
始まったゲームで上手くガス抜き出来ているといいのだけど。
………。
あっ。
そういや佳代子おばさまも、独りで仕事してるんだよな?
大丈夫だろうか、虚無ってない?
よし。おばさまがOKなら、同じ部屋で勉強させてもらおうっと。
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作中は冬だったり春だったりしますが、現世は暑くなるところ。
水分補給はお互いに気を付けましょうね。