220 また髪の話をしてる
授業が終わったら即放課後だ。
冒険者学校はクラス単位で動かないので、HRはないらしい。
その代わりにお知らせなんかはステータスに通知された。
一斉配信された保健室便りによると、本土ではおたふく風邪が流行っているそうだ。手洗いうがいはキチンとしようとある。
さて。
「………今更ですけど、わたくしったらレベル1だったんですのね。
自分から言い出したメタ禁止の約束を破りますけど、突っ込まずにはいられませんわ。
わたくしは過去のイベントで、レベル96まで上げたアバターだったんですのよ?
仕様なら仕方ありませんけど、少し残念ですわね。
持ち物も全て没収されて、心機一転ということかしら。
スキルとその熟練度、ジョブが残っているのが温情でしたわ」
授業中、魔力の減りがいやに早いような気がしてステータスを確かめたらレベル1だった。
油断してたから、きな粉パンを吹きそうになったわ。げふんげふん。
微妙な強くてニューゲームだ。
《姫さんよ。最初からそこは確認しようぜ》
《96?!イベント頑張ったんだな!》
《クリスマスの経験値テーブル、お祭り仕様だったなあ》
《←レベルアップ酔いもなかったし》
レベルは兎も角、持ち歩き住居が没収されたのが痛い。
まあ、アレは撹拌世界ならまだしも昭和女子なたつみお嬢さんが持っていたら可笑しな代物だ。
だから女神の盾や、カワセミの髪飾りといったつよつよな思い出のアイテムたちも消えている。そこら辺は容赦ない。
「アドレスが消えているのが、なんとも口惜しいですわね。
でも。レベル1でこんなにスキルを持っているとか……わたくしたち、どんな人生を歩いてきたのかしら?
なにかのフラグじゃないことをお祈りしておきますわね」
《それなー》
《レベルなしでスキルありとか。俺たち、どんな理由づけされてんだろうなア》
《撹拌世界だと、大雑把に大怪我からの復帰だけど》
《ヤメロー!俺のアバターに気軽に業を負わせるな!》
「気を取り直しまして。放課後はレベル上げのためのクエストを見繕いますわね。
学校掲示板で野良パーティが掛かっていないか確認してみますわ」
下駄箱前のボートには、学生が自由に使ってもいい掲示板が設けられている。
画ビョウでメモを張り付けるタイプのもので、キャラクターのメモから素っ気ないものまで、色取り取りの賑やかさだ。
初心者は左側からメモが貼られているようなのでそちら側に寄る。
『野良パ募集!
顧問に未曾有下先生をお迎えしました!
レベル20を目指します!
条件 レベル10から』
『『解体』まできっちりと。
お教えします。食肉加工センター。
明日の学食は蛇肉の唐揚げです』
『明日の勇士を目指します!
当方、剣士希望1名、盾職希望1名。
魔法使いと回復職希望者は一狩りいこうぜ!』
『『採集』貸与。ワイルドベリー収穫実習。時給600円プラス出来高制』
初心者クエストはいつも楽しい。
どれにしようかなと迷うワクワク感に口許が綻ぶ。
隣のクラブ勧誘掲示板も冒険者ならではで気を引かれるが、ゲートスタート直後は金欠だ。
ふむ。
「思いましたが、学生って恵まれていますわよね。住居に三食つきで、学業に勤しめるのですもの」
家族や行政のバックアップは、離れてみるほどありがたかったな。
インフラ屋の活動は規模が大きくなるほど、根回しが必要になってくる。
政府ちゃんはなんだかんだでオレが困らず噛み砕けるように適宜仕事を千切って渡してくれていたから、自分で狩りに行くことから始めなくちゃいけないとなると途方に暮れることも多い。
トウヒさんがスケジュール管理をしてくれてなかったら、力不足で破綻していたな。
ゲームで気楽な時間が増えるのは、ふっと気持ちが楽になる。
《でもカロリー源が意外と重い》
《ゲーム序盤、金欠でピーピーなのは学生っぽ》
《それな。ダンジョン毎に貸し武器の貸与がなかったら詰んでいた》
《魔石がお金になって嬉しいです》
「ね。きみ、転校生さんだよね?」
「クエストもう決めちゃった?」
掲示板を前に思索していると、中華風お団子ヘアと低めポニテの女子2人組に話しかけられる。
彼女たちは小豆色の学校ジャージ姿だ。
「あら、ごきげんよう。
今わたくし、配信サービスを使って画面の向こうのお友だちに島の紹介をしていましたのよ。
『録画』に映ってしまってもいいかしら?
駄目ならフィルター処理をいたしますわ」
《俺らは姫さまのお友だちだった……?》
《そうだったみたいですわね?》
《ま、まあ、どうしてもというなら友だちになって差し上げても宜しくてよ!》
「えっ。今はダメ!戦技授業の後で髪の毛ボサボサだから!」
「気合い入れている時以外は撮らないでー!」
《これは可愛い》
《猫と、お鶴がジャージで慌てとる》
《動物アバター、GM好きすぎるだろ。動きがめんこい》
「ふふ、はあい。ではふんわかフィルター処理をしますわね。
画面では可愛いウサギさんや犬さんとかになっているはずですわ」
《動物キャラは、そーいうフィルター機能だったんか》
《安心安全》
《教室モブは顔が映ってなかったもんなー》
「あ、知ってる!アバターってやつだよねっ!」
「それならいいよ!あー、焦ったー!」
「ねえねえ転校生さん。
私たちこれから給食センターの依頼を受けるの。
『解体』にチャレンジする気があったら、一緒にクエスト受けない?」
迷わず頷く。
「ええ、喜んで」
「やった!ナンパ成功!」
「給食センターの依頼を受けると、オマケが美味しいんだよ!
残りのプリンとか貰えるのっ」
「その分、お賃金は低いんだけどねー」
きゃらきゃら笑う女子に和む。
リアルクラスメイトは鉄人ダイエッターが多かったので、食べ物の話ばかりすると嫌がられてしまう。
その理不尽さがない世界観は大変よろしい。
「わたくし、剣と盾は少々嗜んでいますけど……レベルは低くて。大丈夫かしら?」
「初心者掲示板見ているんだもん、わかるよ!」
「わーい、転校生さん盾職女子なんだ!大歓迎!」
リアルでホプさんには敬して遠ざけられているっぽいんで、遠慮なくわちゃわちゃ来られると染みるわあ。
パーティINしてすぐさま『早着替え』だ。学校指定のジャージになり、校門ゲートを出る。
芋ジャーは大変ダサいが、腐ってもバトルドレス。学生たちの強い味方だ。
「教師が予約を取っている授業中は教導ダンジョンと学校は裏口で直通しているけど、放課後はこうして正面から行くんだよ」
「裏口ゲートに鍵が掛かっているからわかるだろうけど、一応注意ね」
「先輩曰く簡単な依頼なら1人でも受けられるけど、パーティメンバーを集めて行動できる、参加しているっていうことも依頼表の履歴から見られてるんだってさ。
先生の目が光っている学生のうち、野良パ経験を積めってことかな」
《ぼっちには厳しい》
《でも社会人よりはパーティ組みやすいよ》
《学生だもんな》
教導ダンジョンゲートまでの路を歩きながら、クエストのローカルルールを教えて貰う。
生活感あった外町の商店街とは違い、ダンジョンタワー内部の中通りに並ぶ店は高級志向だ。
武具やアクセサリも売られている。
資本が増えたら掘り出し物を探しに行くのも楽しそうだ。
《おっ、ギャラリーに、博物館もあるぞ!》
《ここの通りに店を出すのが、生産者の目標になりそう》
《オノゴロ銀座の地価はおいくら万円なのかにゃー》
「今回行く教導用ダンジョンNo.5【アダムとイブ】は、砂糖林檎と紫毒蛇のダンジョンだよ。
資材用のダンジョンと違って教導用のダンジョン群は野良ダンジョンによくある環境に寄せているし、複数種類の魔物が一緒に出るんだけどさ。
No.5までの初心者ゾーンは魔物が一種類しか出ないから安心してね」
「お2人とも、こちらの依頼はよく受けられますの?」
「うん。給食センターからの依頼は国からの補助が入って、ダンジョンの入場料が無料になるんだ。
今回の場合だと先に調べて申請すれば武器と『洗浄』、『解毒』、『解体』、『採集』の発動体の貸し出しもあるよ。
学校周りの依頼はサポートが充実してるんで残ってたら受けるかなあ」
《アクセ、いっぱい貸してくれるんだな?》
《これは便利》
《悪いけど使い回しの品は苦手。潔癖症にはちとキツイ。゜(゜´Д`゜)゜。》
《よし、頑張って稼ごうぜ!》
「次は依頼票の見かたね。
目標数は紫毒蛇30匹で5千円が1セット。
魔石はこちらの引き取りで別会計。現在の紫毒蛇魔石レートは250円くらいだね。これは依頼には含まれていないよ。
魔石の奉納による精算は、学業ポイントに加算されるから頭割りで配分ね。
魔物を余分に倒した場合、端数を引き取ってくれる場合は、備考欄に明記されてる」
「【一匹100円で引き取ります】?」
書いてあるコレだな。
「そう、それ。
あとここには書かれていないけど、通常依頼で砂糖林檎の収穫も1ダース400円で引き取って貰えるよ。
そっちは時間が余ったらやろう。
終わった依頼票の保存と管理もチリツモで学業ポイントに加算されるから、コピーしてファイルしとくべし!だよ」
クエストを受注したポニテ女子の舞鶴さんが、依頼の説明をしてくれる。
《ヤバい。もういらんと思って捨てちまったわ》
《寄り道クエスト教えてくれる鶴さん有能》
《舞鶴さんだから、映像フィルター鶴さんなんか》
《分かりやすい》
「学生向けのクエストは値段が安いけど、ダンジョンのカウンターで発動体や武器を貸してくれたりするんでお勧めだよ。保険もつくし。
大人用の通常クエストだったらそこら辺の準備は自分でしなくちゃいけないんで、まだ荷が重いよね。
専門の納品ケースは依頼の紐付けで貸してもらえるし返却は依頼主側がしてくれるけど、個人的な狩猟の場合だと有料だから注意ね」
こちらは花屋敷さん。
オレと彼女は刺股要員で、舞鶴さんが仕留めていく算段だ。
《覚えた。ジャージ猫なのが花ちゃんの方な》
「司城さんが『体内倉庫』持ちなの助かっちゃう!
学業ポイントたまったら、私も絶対にスキル石貰うんだ!」
「猫車押してる時上から落ちてくると、フアァッ、てなるもんね」
「ところで司城さん、蛇は平気ー?」
「田舎では、マムシを少々」
「これは即戦力だ!」
「期待の新人…!どうしよう、鶴ちゃん。転校生に頼もしいとこを見せる作戦が!」
「それはそれで。遠慮なく狩りに誘える同学年女子はいくら増えても構わないよね?」
「うん」
女の子はポンポン喋るなあ。野郎で集まるとこうはいかん。
……良かった島暮らしはボッチにならずに済みそうだ。
舞鶴さんのレベルは29。
花屋敷さんのレベルは26。
転校生のオレが島に馴染めるように、チューターを学校が手回しをしてくれたんかな?
「姫ちゃん、どしたのニコニコして?」
「やだ。わたくしったら。
転校初日で不安でしたの。誘って貰えて嬉しくて」
《姫さまダウトー!》
《嘘つけ》
「ああー……戸惑っちゃうよね。冒険者クラス、一般クラスと違ってHRもないもんねえ」
「姫ちゃんも、転校生を見つけたら積極的に声を掛けに行くといいよ!」
「モチロン私たち在校生も大歓迎!」
「冒険者クラス、女子生徒は男子に比べて少ないもんねー」
違った。頼まれたんじゃなくて、コミュ力高い良い子たちなだけだ。
「男子とは狩りに行きませんの?」
「えー」
「だって同年齢、同レベル帯の男子ってアホばっかだし」
そうっすね。
心当たりがありすぎて心が痛いな!
《グフっ》
《男子中学生は仕方ない》
《そういう生き物で年頃なんや》
「変に偉ぶったり、意地悪だったりするしねえ。
そのくせプライド高くて厄介だしさ」
「注意するとふて腐れるし」
「冒険者志望男の子は本土の子より鍛えているぶん暴力的じゃないけれど、女は引っ込んでろっていうのが見え見えだもん」
《※これは昭和モチーフのお話です》
《この手のパワハラは永遠に絶滅しないんよ》
《でも女の子は守りたいやん》
「かといって高校生や大学生に、声を掛けるのは恥ずかしいよね」
「寄生は嫌」
《あらやだ可愛い》
「レベルが合いそうなのは、留学生なホープランプの子もいるけどさー。
あの子たち、年下でも皆キチンとしているよね。エリートさんなのかな、気後れしちゃう」
「うん、普通女子的には話しかけるの勇気いるよね。興味あるし、話してみたくないわけじゃないけど」
「自由時間は集団で固まって、母国語で真剣に討論なんかしているから尚更ね。
邪魔しちゃ悪い気になっちゃう」
「そりゃ、あからさまに暇してるなら別だけどさ」
《!!?》
《よし、明日から全員バラけて行動するぞ!》
「あら。都合よく独りで行動されている方がいますけど、誘ってみます?」
アクセサリショップのウィンドウを真顔で見詰めるホープランプ男子がひとり。
《姫さまったら、本っ当にグイグイいきますわね?!》
《流石ルルブでNPC化してるだけあるわあ》
「えっ。うーん、どうしよう鶴ちゃん?」
「よし、女は度胸!迷ったら行動!
すみませーん!これから狩り行きませんかー?
初心者クエストなんですけど!」
「えっ、ええ。ワタシでよければ?!」
おっと、少年よ。
オネエサンなんかい……翻訳ミス?
《すーちゃん少尉、分かりやす!》
《やや、貴殿。なりませぬぞ、アバターバレはご法度ゆえに》
《名前を出してないからセーフ!》
《誰よ、すーちゃん》
「えっと、ご免なさい。女の子だったりした?」
いや、学ラン着ているじゃん。
舞鶴さん、さては天然だな?
「体はオトコだけどね。心は女よ」
勝ち気に輝く水色の瞳。豊かな髪をかきあげるシナの妙。
オウフ。ホプさんにもオカマさんはいるんだな。
彼らの種族は黒鍵族と同じく性別固定だから、現代日本と同じ程度の困難はありそうなものなのに【彼女】は実に堂々としている。
「そうなの、女の子ね!ラッキー、女子が増えた!」
「あのね、私たち蛇狩りに行くの!
紫毒蛇っていうんだけど、ニョロは平気かなあ?」
「ワタシが女子グループでいいの……?!」
女子中学生パワーに押された彼女はたじろぐ。
わかるわー。
女の子って集団になるとイキイキしてくるよな。不思議だ。
「心が女子なら、女子ではありませんこと?」
オレは男の子だから違うけど。
「だよね!ホプさんの初めての友だち候補が、女の子で嬉しい!」
「冒険者クラス女の子少ないもん。逃がさないぞー!」
「……こっちでも女の子ってタフなのねえ」
小さなため息。
彼女のアバター年齢は、12か13歳ほど。背丈は190センチぐらいだ。
生えかけ甲殻がまだ色付かない未成年なのに、背が見上げるほど高い。
波打つ髪を背に流した姿は、そのまま少女漫画のクールな二枚目をやれそうなスペックだ。……でも知ってしまえば偏見か、立ち姿がしゃなりとしている。
そうかー……。あちらにも色んな人がいるんだな。
土木工事を専門にしている人たちとは、物理の距離を取っているんで、お互い手を振り合うくらいしか挨拶も出来ていなかった。
これは楽しみになってきたぞ。
ホープランプ人、お堅く真面目なのが身上なのかと思いきや、想像以上に色々愉快なお人も混じってそうだ。
「えっと。嫌かな?」
「まさか!ふふ、嬉しいわ!
ワタシはステファン。だけどステファニーかステフって呼んでね♡
任せて、ワタシは役に立つわよ!」
《秒で女子中学生に混じったな》
《オカマ強い》
《うらやま》
《ステファン=冠。彼氏、豪奢な巻き毛の金髪だもんな》
《尚、この後数年でヘルメットになってしまう確率が高いと思われ》
《悲しいなあ》
《ホプさんのヘルメット超格好いいけど駄目なん?》
《ダメじゃないです》
《でも髪はあるだけ嬉しい》
《どこの種族も髪問題はついてまわるのか》
《……また髪の話をしている(´ω`)》
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ステファニーちゃん参戦です。