217 『異界撹拌・昭和異変』 1月23日
【前略
水盆が厚く凍る日が続いています。
こちらでそうなのだから仙台のお屋敷は、さぞ雪が積もっているのでしょうね。
今の季節、そちらのお庭で見た椿が赤く雪に落ちて鮮やかだったことを思い出します。
たつみさんのお父さまから連絡を受けて驚きましたが、晴れの日ばかり続かないのも人生です。時には厄介ごとに巻き込まれることもありますわよね。
私の住むオノゴロ島は、遠き友との交流の場。
この日本にあっても、治安の良さは折り紙付きです。
どうぞ心安らかにいらっしゃってね。
これでも貴女のおばちゃまは、島ではちょっとだけ偉い人なのですよ?
思い出よりも成長した貴女に会える日を、首を長くして待ってます。
かしこ】
柔らかな女文字は、肉筆では今時新鮮な縦文字の手紙だ。
いや、昭和ならこれが当たり前なのか。
薔薇の薫りが封じられた手紙を読み終えると、船員に声を掛けられる。
「お嬢さん、そろそろ降りる人混みもはけてきましたよ」
「まあ、ご親切にありがとう御座います。
海を眺めていたら、船の揺れが心地よくて。
わたくし、少しぼおっとしていたみたい」
《お、姫さまじゃん》
《配信デビュー、おめ!》
《姫さまも漂流してたの?!》
《あー。なるほど?》
《道理でゴリゴリ》
《わかっていても、中の人については言及なしな》
「ああ、わかります。海には夏には夏の、冬には冬の良さがあるっていうもンです。
ですがデッキは、お寒うございましたでしょう」
親切な船員に促され、船から降りたところで物語は始まる。
《投げ銭機能確認 ¥100》
《船員お爺ちゃん渋いなー。良き》
《個別オープニング違うんだべな。おらは授業スタートだったべ》
《ワシちゃん、寮到着スタートだったー!》
流れた個別オープニングで判断すると、なにかのトラブルか、家の都合か。遠くの親戚の元に、うら若い少女が預けられたようなニュアンスだ。
このムービーは動画にも使ってもらうつもりなので、初めの挨拶はバッサリ行く。
「皆さま、ご機嫌よう。
司城たつみ、と申します。
これから発展著しいオノゴロ島の今を伝えるべく、水先案内人として本土の皆さまに配信を届けていきたいと思いますわ。
どうぞ、よしなに」
浮遊するのは、多面体サイコロみたいな配信カメラだ。
それに向けて日本式に立礼をする。
《ごきげんよう、お姉さま!》
《姫さま、ヤッホー!》
《……可憐だ》
白く波打つ冬の海。古風な形の連絡船。それらを背景にして、改めて撮影だ。
よしよし、設定どおりだな。浮遊カメラに青いランプが灯っているのは『録画』中の証拠である。
「ちなみに、わたくし配信者としては完全に初心者ですの。
覚束ないことをしていても、皆さま、お許しになられてね?
この実況は遥か遠きホープランプの皆さまにも配信されると聴きました。
……緊張してしまいますわね?」
《ハハッ、どの口で言いよる》
《遥か遠き?》
《ほーん。ロープレ重視の配信か》
《そういう設定ですのね、お姉さま!承りましてよ!》
「この動画を通してホープランプの皆さまに日本の日々の暮しや、文化のよしなしごとへの理解を深める一助になれたら、わたくしも嬉しゅうございます」
つまりお散歩動画である。
《なあ、動画ってホプさんにも配信されるん?》
《『倫理』ないから、そこらへんは知らん》
《配信されています》
《ヤバ、変なコメントできないじゃん》
《それはやめろ》
《変なコメっていうか、身内むけっていうか…あるじゃん?》
《あー》
動画適正のありそうなジャスミンや、経験者である赤壁の七式くんがまだ本調子じゃないので、オレにも初見ゲームレポートのお鉢が回ってきた。
ド素人の下手っぴが混じっていれば、配信任務を受けた軍人さんも気が楽だろう。
そう。夏草少佐の部下の皆さんの一部は、任務での配信を無茶振りされている。
申し訳ないが楽しみだ。
きっと愉快な外国人ムーブで、珍道中ってくれるはず。
初見新人プレイヤーからしか、摂取出来ない配信がある。
うむ。GM節の洗礼を浴びるといい。我らは新たな仲間を歓迎しよう。
お互い逞しく生きようぜ!
でも。出来ればオレはコンテンツを貪るリスナーでいたかったかなー。
そんな気持ちも隠せないが、枯れ木も山の賑わいだろう。
人が増えるまでの辛抱だ。
通信システムの拡充により、配信した『録画』はステータスから視られるようになった。
もちろんモニターを用意すれば、大勢でも視れる。
山脈向こうの東京グループは技術的な問題で無理だが、ホープランプの都市には中継機器を渡してあるし、ネモフィラダンジョンにはGM2号基が設置してある。おかげさまで配信も届く。
オレたち悪い日本人じゃないよー。ぷるぷる。その主張に配信は持って来いだ。
ちなみにライブは自信ないので、やるつもりはない。今のところは。
さて、なにから話すか。
オレは特別、面白いことを喋れんから困る。
タツミ姫のアバターが可愛いこと以外の撮れ高ってなにさ。
「わたくし、今一、なんでこの島にいるのかよくわかっておりませんの。
もう少し説明があってもいいと思いませんこと?
多分、学生兼、冒険者になれということですわよね?」
《せやね》
《βテストの扱いは雑》
《俺らろくな説明もなく、島に放り出されたもんなあ》
「でも、わたくし。
健康で力持ちなので、体力勝負の冒険者には向いている気がしますわ!」
《 '`,、('∀`) '`,、 》
《姫さまだからナー》
プレイヤーと相性のいいようにカスタムするランダムアバターは、実のところ創る時の演算コストは、お高くつくのだそうだ。
演算を抑えるのに、日本組は新規アバターの生成はなしだ。
ぶっちゃけ手抜きだが、なんでもGMは地球に時差があるのをいいことに、世界各国のピーク時の演算をお互いに融通し合っていたそうな。
応援の手のないGMは、地球在住時より低コストで動かざるをえない。
構築したいフィールドの演算が足りなくて、きっと今頃ぐぬぬとしている。
4号基は制作中なのでしばし待たれよ。
ちなみにオレ謹製初号機であるGMは、教導用として詰め込み教育を施されている特殊ナンバーだ。
オレの元に居残り申請したので、そうなった。
そのボディに蓄えている情報は幅広くも膨大である。
なにせ日本人プレイヤーのデータベースもしれっと網羅しているぐらいだ。
ちょっとわけわからんくらいに物知り博士だったりする。
だからその分演算処理などは、幸のとこのGMたちより遥かに不得意な機体でもある。
情報でパンパンで、演算リソースがかなり少ないそうだ。
島の構築やらイベント生成やらは、同型機の手厚いフォローが必要なんだと。
同型機体が増えるまでは力不足でピーピーだ。
ゲームが初っぱな孤島スタートなのは、ひとえに広い世界を構築するには演算が足りてないからである。
それで良かった。
下手に演算に余裕があったら、IFを存分に楽しむためにロケット到着は足利末期スタートで、舞台は魑魅魍魎跋扈する京の街にしましょー!
なんて、ほざきかねなかったぞ、このGM。
武将たちがスキルを使ってドンパチする、とんだ火葬戦記に巻き込まれてしまう。
そんなこんなで事前準備で浮かれているっぽいGMと相談し、オレはタツミ姫を召喚した。
腕っぷしは立つが愛想のない前世と、愛想はいいがダンマスだから甲殻人に距離をあけられそうなリュアルテくんはステイだ。
配信するなら可愛い女の子の方がいいですよねって。そりゃそうだ。
副GMって便利になんでもやらされるもんだな。
政府ちゃんにいるだろうご同輩たちも、苦労しているに違いない。
っと、いけない録画していた。
考え込んで無言になる時は、カットしてもらおう。
「このような素人動画まで、興味を持って見てくださる方たちですもの。
島のパンフレットは、読まれましたわよね?」
《見たよー》
《バッチリ!》
「……ううん。詳しく説明すると、冗長になりますかしら。
ですが一応は触りだけ」
このゲームの舞台になった昭和は、IFの世界軸だ。
さて、どのように語ろうか。
「ロケットの漂着があったのは、わたくしたちの親の世代。
戦後の日本はとみに貧しく。欧米に追いつけと、復興をがむしゃらに突き進んでいた時代でありました。
そんな中、新しいエネルギー源である魔石と、それを得るためのスキルを得たことは、資源の少ない日本にありて、まことの福音だったことでしょう」
《ステータスとかあるもんなあ……》
《オイルショックは起きなそう》
「当然いいことばかりではありません。
今に続くホープランプの皆さまとの交流も、初めは日本人が界の崩落に巻き込まれた災厄からはじまりました。
しかしこの災いを禍福とし、遠き友と知り合い、そして手を取り合えた、日本とホープランプ両国の行き来が可能となったこと。
それは素晴らしいことですわよね?」
《はい》
《うん》
《なったらいいなの、やさしい世界》
「とはいえ生まれた世界も、常識も、種族も違う人間同士。
特に日本は戦争の痛みを知ったばかりのことです。
無理せずお互いに少しずつ仲を深めていこうと、日本政府が用意したのが海に浮かぶメガフロート【オノゴロ島】。
水深浅い海中の、巨大地脈の噴出を抑えるべく造られた人工島です」
《メガフロートは夢があるよな!》
《オノゴロ島?》
《日本神話だな》
「撹拌された世の矛の一雫から創られた島なら、そのような名前も相応しいかもしれませんわね。
折角の機会ですもの。
わたくしも沢山冒険をして、島でお友だちが出来たらいいなと思いますわ」
《はーい》
《楽しみ!》
昭和史は長い。GMがどの年代を選んだかで明暗は別れそうだと思うじゃろ?
そしてアンサー。
どうも40年から60年あたりまでをミックスこねこね時空ぽい。
ステータスのカレンダーが昭和XX年1月16日だ。しかもホープランプの暦と連動している。
日本なのにここの昭和は、一年が372日あった。
島の一週間は5日間で、5と0のつく日と31がお休みだ。
そんなとこでも『異界撹拌』をやっている。
ゲームタイトルどおりまぜこぜだな。
………。
地震や台風イベントを年表に頼らせず、ランダムでやるつもりだな。このGM。
今の天気予報は頼りになると、爺さまがしきりに誉めているから昔は違ったんだろうナー。ハハハ、……ハァ。覚悟しとこ。
たった今、道を通りすぎていった巡回バスはレトロな形だけど、普通にバスだ。
いい加減、海っぺりに突っ立ってるのは潮風が寒い。
「……さて、撹拌世界を嗜んできた先達として、今ばかりはメタな発言をお許しくださいまし。
皆さまに注意喚起がありましてよ。
開いたステータスに見つけてしまいましたの」
《なに、シリアスな話?》
「知らない皆さまは、どうぞ、ご注意なさってね。
過去に悪名高かった【やることリスト】が、復活してましてよ?」
《ああ》
《GM、やりやがったよなー》
《戸惑うホープランプさんたちの姿が目に浮かぶ》
「もうっ!撹拌世界でこのリストはチュートリアル終了と同時に消えたので、油断していましたわ!」
ステータス見て吹くかと思った。
《でも便利だよ、やることリストも。なにやろうか迷う時は》
《罠が仕込んでなかったら良かったのになー》
ゲーム初見さんにはなんのこっちゃなんだろうな。ということで情報の開示だ。
1 下宿先のおばちゃまに挨拶をしよう!
※ 報酬 住居 おばちゃま付き。
うら若き乙女の独り暮らしは許されません。
《乙女?…いや、そうだろうけど……》
《おおん?!なんか文句あんのか》
《姫さま、とっても愛らしかろうが!》
2 オノゴロ島をくまなく探索しよう!
※ 報酬 称号 お散歩名人
たくさん歩くといいことあるかも?
《あ、これは同じクエストあった》
《タワーの外スタートだとあるっぽい?》
《島、ちっちゃいよな。拡張工事もしてるけどさ》
3 盗んだバイクで走りだそう!
※ 報酬 称号 ヤンキー入門 バイク1台
汚れつちまつた悲しみに 今日も小雪の降りかかる。
《中原中也は中二バイブル》
《また、こういうものを用意してくるー!》
《昭和の漫画ってヤンキー多いよなあ》
「……2番と3番がシナジーありますわね。
でもこの場合、3番を選ぶと色々アウトですのよ。皆さまもご注意あそばせ。
犯罪を犯すと日本では、冒険者免許は剥奪されますのよ」
《そうね》
「昭和世界でも……そうみたいですわね。
『倫理』で今調べましたけどそうでしたわ。
なにかとおおらかだった時代と聞いていましたから、1チャンスあるかと思いましたが別にそんなことはありませんでしたわね」
《ちゃんと調べて偉い!》
《昭和はおおらかすぎて街が汚かったってじっちゃが言ってた》
《放課後とか休みの日でも、自由に小学校の校庭で遊べたりなー》
「このようにやることリストは常識的に考えて、やってはいけないことも載っていますの。
実生活と同じく、良すぎる報酬や、甘い言葉に騙されてはいけませんわよ?
こちらの選択に迷ったら、友人や家族に相談するのもいいかもしれませんわね。
お得なこともありますけれど、このやることリストを完全無視しても構いません。
それも貴方さまの選択ですわ。
………それだけではフェアじゃありませんわね。ここだけの話。
あくまでゲームと割り切って悪の道に突き進んでも面白いかもしれませんわよ?」
《えっ。悪の道を勧めちゃうんだ》
「お巡りさんに捕まって監獄に収容されてからのルートも、撹拌世界ではありましたわ。
世界の一端を解剖する手段として、興味ある方もいらっしゃるのではないかしら」
ここで、ちょっと考えて付け加えた。
《まあ、ゲーマーとしては気になるけどさ》
《ノーマル世界も楽しいんで》
「…でも、なるべくそちらはご遠慮していただけたのなら、嬉しゅうございます。
皆さんと遊べることをわたくし、楽しみにしていましたの」
《ぎゃっ!》
《姫さま、ホントそういうとこ…!》
悪の道に走るのは後続に任せて、しばらくはスタンダードな楽しみかたをして欲しいかな。
「まずは、おばさまのところに挨拶にいきませんとね。
わたくしのアバターは15歳。故郷では成人前で、学生さんな年齢です。
保護者と離れて独り暮らしするには、まだ少し早いのではないかしら?
恐らくなにかの事情があるのでしょうが、プレイヤー的には知らないのでそんなものかとここは流しておきますわね。
では、ここからまたメタ封印でゲームを進めてまいります」
『体内倉庫』から封筒を取り出して、50円切手の貼られた表をひっくり返す。
リターンアドレスを読み込むと、『マップ』にアイコンがつく。
《この小鳥の切手見たことある》
《封書が50円の時代かあ》
「このような駅前や船着き場には、大抵、街角案内がありますのよ。
もちろん世間知らずなわたくしでも知っていますわ!
もちろん現在地は港ですわね」
すると近くの案内板に寄って『録画』したことで『マップ』が刷新される。
《GPSがないと『マップ』も便利だね》
《あ、そうか。この時代携帯端末ないんだ!》
《どころか黒電話の時代じゃないか?》
「あら。佳代子おばさまはダンジョン暮しのようですわ」
手紙の住所は島の中央を示している。
『マップ』によるとダンジョンタワーのモニュメントと重なった。
《ダンジョンタワー、行けるところがまだ少ないよね》
《ほにゃらら予定地ばっかり》
《島も色々工事中だし、しゃあなし》
「お嬢ちゃん、新しい島の住人かい?」
プワン。
クラクションが鳴らされる。
三輪自動車の窓に腕を乗せた、ごま塩頭の中年男性に話しかけられた。
《誰や、おっさん》
「はい、そうですわ。ええと?」
「あっしは島唯一の学校の何でも屋よ。お嬢ちゃんは、見ない顔だね。
ジロジロ見るの、校務の治郎吉よ。
出迎えはいないようだけど、こんな海っぺりでどうしたんだい?」
つまり心配して声を掛けてくれたのだと。
現代だと善良なおっさんは知らないの女の子に気安く話し掛けられない風潮だが、治郎吉さんはてらいもなく自然体だ。
なるほど、時代が違う。
《用務員さんだったか》
《車、三輪だ。こんなの見たことない》
《時代設定、いつの昭和よ?》
「わたくし、これでも冒険者の卵ですの。島のお散歩をこれからするつもりですのよ。
……流石に野良ダンジョンで、独りで初見の行動は問題ですものね?」
《そういや、大人の付き添いいないね》
《これからおばさん家に行くなら、いいんじゃない?》
「かーっ、若いっていいねえ。ちいせえ島の散策だけでも楽しい冒険になるたあなあ。
しかしよ、船から降りたばかりなんだ。
カラスが鳴いたら帰んなさいよ!」
《おっさん、後ろ後ろ》
《車が来てるぞ》
「ふふ、はあい」
可愛らしい三輪自動車が、後続の車にクラクションで叱られてガタピシと走り出す。
「地図を見る限り、こちらの学校は小中学校ですのね。
となるとわたくしは通信教育になるのかしら?
教育制度がいまいち謎ですわね」
たった半世紀前の、自分の国のことなのにな。
まあ、学校が管理ダンジョンの中に造られているくらいだからアレンジはされているだろう。
給食にクジラ肉の代わりに猪鹿肉とか出てきそうだ。
《10年一昔っていうけど、わからんよな》
《ましてファンタジー到来な昭和だしな?》
「島中央までの通り道は、商店街になっていますわ!
港に駅もありますけど、どうせですもの。こちらを通っていきますわね」
元気な昭和風の商店街とか、そりゃーもうワクワクだ。
最寄り駅の商店街は、シャッター通りになってるんで尚更に。
《おっ、商店街か!》
《これは買い食いタイムの予感》
コメント、いいね、評価、誤字報告等ありがとう御座います。
ようやくゲームに戻ってきました。
たつみお嬢さんをエントリーして配信デビューです。
おわかりでしょうが《 》は視聴者コメント。
ライブ配信ではないので、語り手によるコメ返しは現状ないです。