216 神奈川グループ合流
お久しぶりだ。
あれから更に1週間ほど経過した。
寝てる時間にゲームをしないと、1日が短い。
これはリアルが忙しなかったこともある。
良いことは特に2つ。
日ホプ協定云々が締結されて、オレら漂流者には特別旅券が正式に配布されたこと。
床について唸っていた、ジャスミンたちがボチボチと回復し始めたこと。
そして悪いことは、行方不明者の足取りが未だに掴めないことだ。
本当にどこに雲隠れしたんだ奴らは。
なまじ生き物を観察するのにレンジャー技能が豊富な筋金入りばかりだから、彼らが生きているのか死んでいるのかさえわからない状態だ。
そうした時間でオレがやるべきネモフィラダンジョンの整備は一通り終わらせた。
なので管理運営もホープランプさんに引き渡す。
押し付けたとも言う。
ハズレダンジョンが物資を産み出す箱に化けたのだから、いいだろう。……いいよな?
マザーと相談して、足りていない、あるいはあると嬉しい物資補充系のダンジョンで埋めていったら、ネモフィラダンジョンはスライム系統種がやたら幅をきかせているようになってしまった。
というか食肉、野菜、穀物が採れる混合エリアを除いたらほぼ全部だ。
本当に便利だなスライム。
代々コットンとレイスは撤去したんで、次のダンジョンで再利用だ。
これらのうち砂糖が絞れるスライム魔石は、ホープランプさんから提供された。
GMがここであちゃーって顔をしていたのは、リアルの砂糖農家への配慮で、もうしばらく隠しておきたかった代物らしい。
砂糖林檎くらいの栽培なら、とれる量もたかが知れている。風味豊かな新甘味料の範囲として収まるだろう。
だけど味見したところ砂糖スライムの上白糖は甘くてこくのある、つまりは普通の砂糖だった。
そう。無限湧きするダンジョンで砂糖がとれてしまうことになる。
この調子だと農家が淘汰されると、熟慮したGMが背中に隠していた劇物は多そうだ。
……そういう細やかな配慮をしているとなると、GMの手持ちには今より格段に効率のいいエネルギー交換システムとかあったりしそうだ。
そう邪推してしま…………。よし!怖いから突っ込まんぞ、オレは!
エネルギー産業は巨大すぎて闇が深そうだ。しらんけど。
そんなこんなでネモフィラダンジョンの使用料は日ホプ両政府ちゃんの手によってコネコネお金の錬金術をされた結果、日本の仮想通貨とホープランプ通貨に化けた。
お賃金が無事に払われて、広崎さんたちもニコニコだ。
民間人の盾にならなきゃいけない公務員は特殊手当てや保険やら、手厚いサポートがつくらしい。
買い物に困らなくなるのはいいことだ。
いつまで支援や備蓄に頼れるかという、ストレスがなくなるのは素晴らしい。
拠点も早速、ネモフィラダンジョンから神奈川Bグループ漂流地点近くの野良ダンジョンに移している。
元気になった神奈川Aグループは土地勘を養うためにも歩いて引っ越しだけど、まだ大丈夫じゃない面々と看護人の小野寺ファミリーは広崎さんの太郎丸によるワンワン小異界運送だ。
「マーカー完了です!」
「よぉし、伐採だ!」
際立ったのは、道の途中で見学することになった甲殻人種のパワーだ。
鱗族も有名な割には、少数民族。
だから彼らほどのフィジカルの持ち主が粒選り揃う、ホープランプさんの統制の取れた人間重機ぶりには、ぽかーんとしてしまう。
開いた口が塞がらないとは、このことか。
あっという間に藪が払われ、木が倒され、切り株が抜かれ、地面にローラーが牽かれていく。
多少の道具は使うとはいえ、重機やスキルを使わずに人力でここまでやるか。とんでもない。
そして小隊付に派遣された妖精さんが、ちょこちょこと走り回り、倒した木々らを収納していくから更に早い。
撹拌世界の工事現場は、オレも通い慣れていた。
しかし、あちらの工事はスキルありきだ。
具体的に言うと『地面操作』も『牽引』も使わずに人力だけで太い木の根っこを引っこ抜かれてしまう。世界は広い。
小回りが利くだけ、地球の重機より早いのではなかろうか。
路面を固める作業になると、話はまた変わるんだろうがそれにしてもだ。
ジャスミンたちのグループは、預けたプライベートダンジョン頼りの移送で、この森を突っ切って来た。
あいつらにも後で、撮った『録画』を見せてやろう。この驚愕を分かち合いたい。
お前らがアドレスを貰いに気安く絡みに行ってたお兄さんら、とんでもなかったぞ?
なにせ崩れた丸太の下敷きになっても、【汚れるだろ、気を付けろ】でお仕舞いだ。
怪我の心配すらもありはしない。
ヒヤリハットの概念がなくても、許される装甲性能だ。
種族として、モノが違う。
ううん、これは。
彼らにとって日本人は、ネコちゃんどころか、ハムちゃんに見えているかもしれない疑惑が浮上してしまうな。
普段ケージ飼いされてるハムが自信満々にチョロチョロしてたら、保護しなくてはっ!ってなるよな、そうか。
か弱き生き物扱いされてしまうのは、諦めた方がいいかもどころか、むしろ気遣われないとマズそうだ。
タツミ姫の要素が入ってHPがぐんと伸びたオレとか、素でタフネスな伊東さんなら彼らに混じれそうだけど、それもいけない。
熊族のアスターク教官の赤ちゃんは、ハイハイをしている幼さでも立派な爪と牙を持っていた。
幼心に人族がじゃれついても大丈夫な相手だと認識されるといけないから、リュアルテくんは会うのを禁止されていたぐらいだ。
ファースト日本人が下手につよつよだと、全員がそうだと誤解されかねない。
ここは大人しくしとこう。
広崎さんたちとアイコンタクトで、頷き合う。
だからノコノコと拓かれた道を歩かせてもらうお客さん扱いのオレらがやったことなんて、道ができたことで走りやすくなったブッチーたちのお散歩バックアタックを度々張り倒したことぐらいだ。
野良時代のネモフィラダンジョンにはいなかったけどさ。
ブッチー、君らどこから溢れて野生化したん?
民族大移動してきたの?
「この後、この道はどうするのですか?」
狭間さんが物腰穏やかな涼風少尉に尋ねる。
声が不安を帯びたのは、オレらが通るそのためだけに、森の中に道を造りましたと言い出されたら困るなあと悩んだからだろう。
「はい。交易路を敷く予定です。
私たち森に慣れたレンジャーなら別ですが、商売をするなら道がないと迷子が出てしまいますので」
「楽しみですよね少尉。森を走るのも面白いですが、真っ直ぐな高速道路でのランは爽快ですから」
涼風少尉に補足を入れたのは、クリムゾン・レッドのボディが主人公っぽい若手さんだ。
彼らは何度も行き来して、道を通すポイントを探していたらしい。
後から活動する人が楽になるように資材運搬用の試道を造るついで、どうせだから通って行ってくださいということだ。
うん。工事をしている彼らを見ていると気づくことがある。
ネモフィラダンジョンを囲う二の郭もあっという間に建てられていったが、ホープランプ人の『体内倉庫』容量は最大MP量からして少ないはずだ。
壁の石材の移送はどうやったんだろ…?
そう、後で聞こうと思って忘れていた、謎の解答に触れてしまったかもしれない。
有り余るパワーは、大概の問題を解決出来るもんなんだな。
今朝がたの妖精さんの着任に、彼らも驚き沸いていたからして、あの時は参加してなかっただろうし。
外骨格を持つ昆虫は、魔力がなかった地球でも自分の何倍もの荷物を運べたりする。
レベルアップしているのなら言わずもがな。
内骨格もあるのに、外骨格もあるとか、チートなのでは?
ああー。………人心が荒み、修羅ってる戦国時代なホープランプに、漂着しないでガチ助かった……!
脆弱な日本人なんて歯牙にもかけられないか、丸めてぺぺぺだ。
ネモフィラダンジョンと、一定の距離をとった場所に、神奈川チームの本拠地を築く。
それは現地日本人掲示板会議で決めたことだ。
ネモフィラダンジョンは、ホープランプ都市部と日本人居留地との間の関とする。なので駅を繋げない方針だ。
これには利便性より安全を取った。
やはり病気の潜伏問題は厄介でしたね。お互いに気を付けましょう。そういうことだ。
都市に戻る作業員さんたちは、ここでしばらく過ごしてから帰途について貰うことになる。
神奈川Bグループの漂流地点近くの野良ダンジョン。
この場に領地戦を仕掛け、地脈を略奪したのち、本拠地にする。
そこから東京グループ拠点まで、地道なスイッチバックで駅を通していく計画だ。
なにせ東京グループに合流するまでの道中は、河や、大森林、霊峰が聳えていることの確認がとれてしまったのだ。
【おあー……なるほど】
GMはそこでなにやら、訳知り顔で納得していた。
どうも神奈川グループと東京グループ間通信に思わぬコストが掛かっていたのは、この天険がガンだそう。
夏でも冠雪している霊峰から魔力がゆんゆん霧のように下りてくる。
遥かな高みから降りてくる魔力が、天然のジャマーになっているらしい。
そこで調査団も山越えのポイントを探して行き詰まっている。
………うん、レベル100からの神殿世界よりも甲殻世界はマイルドだよ?
まあ、一応。…自然ってどこも理不尽に厳しいよな。気温とか気圧とか、その他もろもろ。
山はいつも強敵だ。
西に向かうのは、言葉通り山越え谷ありの大冒険になるだろう。
ゆっくり鋭気を養える拠点がないと、踏破するのは難しそうだと分かっただけでも覚悟の度合いが違ってくる。
ここは腰を据えてホープランプ横浜ダンジョンを建造することになった。
横浜ダンジョンは、ホープランプとの交易の場にもなる予定だ。
概念的な出島だな。
ちなみに神奈川Bグループ、その他メンバーとは、麻疹のアレコレ対策で未だ合流出来てない。
ただこちらが手を振ると、距離を取り、それでも出迎えに出てきた人たちが、わっと華やぎ、歓声が上がる。
このグループには高レベル帯の工学系錬金術士たちが混じっている。
ゲーム塔の補修も朝飯前で、サクサクと終わらせていた。頼もしい。
新しく作ったGM筐体3号をトウヒさんに持たせて、お届けすれば彼らはもう、大喜びだ。
わっしょい、わっしょいとお神輿のようにGMを担ぎ、ゲーム塔に筐体を納める姿を遠目に見送る。
彼らが元気そうで安心した。
GMが物理的に増えて回線が太くなると、どうなるかというとだな。
ワールドウォークが正式に解放されてしまうのだ。
ホワイトボードの依頼掲示板よ、さらばだ。
「さー、稼ぐでちよー!」
「おー!」
「ハハハ、ぼったくったらついほーしますぞ」
そして冒険者ギルドライトスタッフも可愛らしいのがやって来た。
流浪の商人と受付嬢とギルマスな妖精さんは、マザーの応援により派遣された。
流浪の商人は大もぐらだが、受付嬢は黒兎で、ギルドマスターは針ネズミだ。
彼らの背丈は全員120センチそこそこで統一している。
戦乱の世の中、ロボ型の妖精さんは破壊され尽くしたそうだ。しかし流浪の商人よろしく動物タイプの妖精さんは、その愛らしさから女、子どもに隠し守られた。
それにあやかり新しい妖精核で再生された黒兎嬢と針ネズミ氏は、超絶あざとい動物筐体を選んできた。
もう、プリティでふわふわだ。針ネズミのギルマスなんて、触らせてもらった棘はプニっとして、腹はふんわりフカっとしている。
そして受付嬢のラビットファーの心地よさよ。ちまちました動きがまた愛くるしい。
可愛いは生存戦略。妖精さんが本気を出してきた。
そんな妖精さんは菌の温床な人間と違い『洗浄』、『殺菌』でまるっと清潔だ。
何日も荷止めする必要なく、商品を無菌室に通す手間だけで、検問をすんなり通過できる。
その荷物の運搬はというと、遅れて到着するというミニポニーの妖精さんがたったか走ってくれる布陣だった。抜かりはない。
社会としての成熟を示すように、ホープランプでは被災支援として、こちらの生産物を買い取りたいという機運がある。
おかげで横浜ダンジョンは、にわかに納品クエストが舞い込んだ。
ステイ期間が続いて、しょんぼりだった残りの神奈川メンバーも【交易するぞー!】と盛り上がっている。
GMの着任で同拠点のグループ間は通信制限が全面解除されたこともあり、連絡掲示板にはコメントが次々と流れていく。
0531 もー!赤壁3人組、なにしにいったの!
意気揚々と出掛けたのに、病気になって帰ってくるとか!
0532 心配したからって怒るなよー。
流行りものばかりは仕方ねえべさ。
0533 Aグループ合流おつ!
無事で良かったー!
お互い悪運強いな!
0534 ぺぺろんの2人、なんだ無事じゃん。焦って損した。
2人が強いの?後のが雑魚なの?
0535 なあ、Aグループにダンマスちゃんが混じってるってマ?
空想上のナマモノでなくて?
ゲームで『体内倉庫』に雫石入れたら、死にそうになったぞ俺。
アレってまともに弄くりまわせるもんじゃなくね?
0536 おかえり、そしていらっしゃい!
合流目出度い。待ってた!
0537 雫石って魔石と違うよな。
映像で見るとろくに区別つかんかった俺でも、直接手に持つと鳥肌がぶあっとなる。
0538 あー。竜や世界宮子の魔石は少し似ているかな。
0539 その辺は生き物の格が違うし?
0540 魔石は鑑るとうっとりするけと、雫石は神威に打たれる。
ホープランプの装飾文化、かなり好き。
華やかすぎて自分で纏う勇気はないけど。
0541 ……なんか俺らの中に、ヤバいプレイヤーさん混じってね?
竜とかレベ100冒険者に絶望をプレゼントしてくる鏖殺装置じゃん。
しかも世界宮子の魔石を触ったことがあるってナニさ?
どんな野良ダンジョンに潜ってきたの?
0542 ( ゜д゜)ハッ!
0543 Σ(´□`;)
0544 それよか、商品どないしよ?
0545 彼ら暑がりの寒がりだって聴いた。
今からの季節、涼感枕なんてどうだ?
お国元じゃ魔石は安いらしいし、動力源をそっちにしても負担にはならないんでない?
0546 >魔石安い。それな、震える。
日本の価格は撹拌世界に準拠してたけど、こっちは100分の1以下じゃん。
魔石が全然足りてない日本と交易できるようになったらボロ儲けでは?!
今のうち魔石買い漁っちゃう?
0547 それには帰れるようにならんとな。
0548 にゃーん! ※ それをいったらおしめえよ! と、言っています。
0549 フシャア! ※ 夢を壊すな! と怒っています。
オレらが麻疹ったせいで皆すまん。心配かけた。…っていうにはなんか楽しそうだなお前らよ。
そしてダンマスは実在系青少年ですぞ?
しかもクエスト消化用のダンジョンは既に幾つか、夜なべで内職してきた。
通信システムに使う蒼天宝貝のダンジョンとか、ストレス発散用に白玉ダンジョンとかもある。
オレも頑張って偉かったから、誉めろください。
「これから野良ダンジョンの掃除任務に同行します。よろしくお願いします」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
冒険者が活気付いたそんな中、神奈川Bグループ、レベルカンスト公務員の1班が、こちらに合流してきた。
彼らは野良ダンジョンで脇芽摘みをする要員でもあり、麻疹対応済みになっているはずの発動体、その実験台でもある。
志願者たちの心情としては良かれと思って送り出した民間人が、ホープランプ麻疹に集団罹患したとあって、禊としての参加になる。
や、でも、あるかすらわからなかった病原体問題と、ダンジョンマスターの管理する場所での安全な位階積みと天秤をかけたら、どちらに比重が傾いたかって話だ。
平和な日本ならいざ知らず、野良ダンジョンが氾濫している異世界生活だ。
生産が得意な民間人冒険者とか、オレだってキャリーしたいもん。
誰が責任を取るんだって、そんなナンセンス。冒険者なら言いっこなしだ。
責任なんて、決めた自分が持つべき荷物だろう?
でも誰にも責められなくたって、真面目な人は悩んじゃうよな。ってことでの、召集だ。
自分の心に棚を作るための代価を、きちんと払いたい損なタイプの人間もいる。
そーゆー堅苦しい人って嫌いじゃない。
……『免疫』に星がたくさん付いたのと、『診察』のシナジーのお陰でなんとなーくだが、この新しい発動体ならホープランプ麻疹を封殺できるという感覚がある。それは内緒だ。
確実じゃないから、黙っていただけだよ。ホントダヨー?
と、言うわけでやや距離を空けてとはいえ、110人の神奈川グループが一ヶ所に纏まった。
プラス24名の現地スタッフさん、200人を越えてきた土木に勤しむ作業員さんもいる。
そして通信環境にある人が集まれば、GMがなにをするか。
『異界撹拌・昭和異変』の開幕である。
コメント、いいね、評価、誤字報告等、いつも感謝です。
そんなわけで次回からやっとゲームに戻ります。