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215 流浪の商人




「己に自信のある若者なら、そうなりますよね。

 異世界トリップをしてしまったら、浮かれる気持ちは分かります………」

 ホープランプにも異世界トリップって単語があるんだ。

 ちょっと面白いが、真面目な話だ。


 ほぼ日刊、ブッチー襲撃の時報が済んだ後は、夜の定時報告である。


 茶席に招き、こちらの不手際を告げたところ夏草少佐は頭を抱えた。

 それでも穏やかに理解を示してくれる、夏草少佐はいい人だ。

 うちの者が考えなし共が、ヤンチャをして申し訳ない。


 出奔したのは、20歳前後の5人グループだ。

 彼らが知り合ったのは撹拌世界。趣味の集まりだったそうだ。

 日本で居るなら楽しい仲良しパーティでいられたのだろうが、異世界に漂着したことが彼らの理性を弾けさせた。


 オレも同年代だからよくわかる。

 どんなに言い訳をしたって、所詮は守るものなんて自らの身一つ。

 一生この時一度のチャンスと思い込めば、無鉄砲の大怪我覚悟で崖から飛び降りることもあるだろう。


 うあああぁ。にわかに沸き上がる共感性羞恥心!

 つら。


 ちなみに出奔者たちの共通の趣味とは、よりにもよって生物学である。

 それぞれ専門分野は違うようだが、ガチな部類だとはご家族の弁。

 捜索のために緊急に情報を提供をしていただいたが、出るわ出るわエピソードの数々。


 夢追い人の胸に渦巻くのは、名誉か好奇心かそれとも愛か。

 直ぐ傍にある手付かずのブルーオーシャンに目が眩んだな。


 末は偉大な博士かもしれない彼らが、阿呆な真似をしたと羞恥にのたうちまわれるよう無事に帰って来て欲しいものだ。

 スキルの恩恵で生き延びているかもだからと、捜索を頑張っている東京グループのためにも、彼らの無事を祈る親御さんたちのためにも。

 

 まあ、幸が【彼らは大丈夫だろうか…】といつになくしょんぼりしていたんで、無軌道なのは良くないと見本になったことだけは良かったかもだ。

 他山の石にして欲しい。


「連絡を受けて取り急ぎ、『免疫』のアクセサリを増産した。

 距離が離れているとはいえ、万が一がある。

 地図の制作に赴いている作業者の安全確保に役立てて欲しい。

 ……そちらに病気の兆しはあるだろうか?」


「はい、いいえ。現在のところ、そちら由来の流行りものの兆候はありません。

 しかし『免疫』のアクセサリはこちらでも調査をしましたが、病の諸症状の寛解に効果ありと報告が上がっています。

 お心遣いに感謝します。

 調査団のものに、至急届けるように致しましょう」

 調べたのか。まあ、そうだろうな。

 スキルの研究は、日本だってしているぐらいだ。スキルが基幹技術として根付いているこちらがしてないわけなんてなかった。


「ありがたい。データの追試は大事だな」


「はい。皆さまの麻疹が落ち着かれましたら、混合ワクチンの摂取を受けられますか?」


「ああ、ワクチン。……今まで話題に出なかったのは、なにか問題があるのだろうか?」

 あるんだ、ワクチン。こっちにも。


「薬害が起きたらどう責任が取るんだと騒ぐ者と、打つより打たない方が被害は大きい。取り返しがつかなくなる前に提案しろと捲し立てる両者の対立が、いかんせん激しく。

 一先ず皆さまの意見を聞いてこいと、使いに出されました」

 あー。論争が起こることはどこも一緒なんだな。


「わかった。まず、わたしが打って経過を見よう」


「おやめください、先陣を切るのは?!」

 広崎さんの声がひっくり返る。


 くわん!となるから、耳元で叫ぶのはよそう?


「だからだろう。

 一番『免疫』の星がついているのはわたし。

 スキルを石に落とし込むのもわたしだ。

 人にスキルを分配するのは、ダンジョンマスターの仕事だろう」

 漢解除するなら、竜の要素入ってるオレが適役だってー。


 今回のことで思い知らされた。オレだけ元気なのってつまらない。

 普段はあるあるな他人の不幸はメシウマな概念って、荒い呼吸で熱に浮かされている奴が傍にいる時ばかりは【んなわけあるか!】ってなったもん。

 あの手の悪徳が許されるのは、人の生死が関わらないことだけだ。


 小野寺ファミリー残して、全員倒れた時は本当にもうどうしようかと。

 苦しそうだし、顔とか手とかブツブツでさ。まあ、ぶっちゃけ怖かったよな。

 助からなかったらどうしようって。

 あんなのはもう懲り懲りだ。


「それにホープランプでは一般的な注射なんだろう?」


「はい。3歳児検診で打つものです。

 しかし異種族の方に打つのは、初めてですので………」


「なに、鳥や四つ足ほどに、体の作りが違うこともなかろうよ」

 サリーが合流するまでに、なんとかして感染対策には目処をつけたい。

 体力お化けな広崎さんや伊藤さんですら、ゼイゼイとしんどそうにしてたソレらの被害に遭わせるとか、冗談じゃないんだわ。


 撹拌世界のお偉いさんが民衆に忖度されるのは、任される責務が重いからだ。

 こちらでそんな風に扱われるなら、それに相応しい仕事をしないとあかん。

 ロケット文化圏の異界人になんだアイツと思われたくない。


「……せめて、レベルを再びカンストしてからでお願いします」

 広崎さんが低く呻く。

 まあそれなら万が一、オレが泡を吹いて倒れても転生神殿にぶちこめるか。

 転生機器を医療ポッドとして扱うのは、正しくはある。


 ……ということはやっぱり転生神殿を近いうちに造るのか。

 建物は外注でいいのかにゃー?



「大切なお話はお済みでちか?

 それなら、こちらともお話させて欲しいでち」

 今まで大人しく椅子に座っていた120センチ級の大モグラが、ハイ、と元気に手を上げた。


 茶色い毛並みに小さな丸サングラス。

 どこからどう見てもただのモグラではないモグラである。


「そうですね。お待たせしました。

 ご紹介させてください、彼はマザー付きの妖精で、【流浪の】の、2つ名称号を持つ、商人殿です」

 驚くことなかれ。

 ゲームより先にリアルで、実装された流浪の某に会ってしまった。


「いつもニコニコ旅空に流離う商人でち!

 今回はマザーの個人的な買い物のお使いを頼まれたでちよ。

 ダンジョンマスターさんにお願いでち。

 壊れてしまった妖精たちの修復をしたいので、妖精核を売ってくださいでち」

 よっしゃ、任せろ。


「わかった。用意しよう。

 ただし、数によっては納期に時間を貰いたい」


「ヒュー!2つ返事!ありがたいでち!」


「妖精も時間経過で劣化するものなのですね」

 広崎さんが病状回復してからは隙あらばピタリと寄り添っている、太郎丸の頭をぐしぐしと撫でる。

 そりゃあなあ。

 妖精さんは頑丈で、自動修復があるっていっても500年もの月日を経てば、なにかしらあるだろう。


「お恥ずかしい話ですが、ロケットが来訪する前の我らは終わらぬ戦乱に明け暮れており、その争いの最中にロケットに積まれていた物資を破壊し合いました。

 数あるマザーたちや転生機構、便利なダンジョン。

 それらを敵に渡してはなるものか、と。

 必然、妖精たちにも多くの被害をもたらしました」

 おおっと、バイオレンス。妖精さんたちったら、歴史の生き証人じゃん?!

 500年前なら、日本だったら室町幕府のあたりだ。

 乱世の気運が高まる頃の室町武士がロケットの技術を手に入れたら、そりゃー血生臭いことになってただろう。


「平和は時間とコストが掛かるものでち。

 200年時間を掛けて、その後300年の平穏を得たならトントンでちね。

 それに我ら妖精は、マザーのバックアップがある限りは死なないでち。

 気にすることはないでちよ!」

 妖精さんは、幼女アニメに出てくるような心の優しいお化けちゃんだ。

 時々、健気すぎて動揺してしまう。


「商人殿、後悔を知る人間は賢いぞ。

 失くしたものを惜しむのは、貴方たちが今の世の人に広く愛されているからこそだ。気にするなとは無理があるだろう。

 ところで、妖精核のレシピはプロトタイプのものでいいか?」


「ぴゃー、照れちゃうでち!

 はいでち!

 取り急ぎ3セット、折を見て合計2056セット、修復には必要になるでち。

 その後月産1体ずつ、妖精を増やしたい目論見があるでち。

 そしてこちら報酬のカタログでち」

 名刺交換のように両手を揃えて差しだされたのは、上質な2つ開きの台紙だった。

 開いた中に記されているのは日本語で、その配慮にほっとする。


「目録の詳細はステータスに送ってもいいでち?」


「ああ」

 頷くと、資料が送られてくる。


 テイムして街を清掃させる水玉に付ける身分証明の一銭紀章といった小物の類いから、あると便利な大型魔道具、マザーがダウンロード可能なスキル石のリストやらがつらつらと並ぶ。

 目玉はやはりステータスだろうか。

 それと『体内倉庫』や『倫理』もある。


「ホープランプでは常に精石が不足しているでち。

 なのでスキルの封入をお買い求めのさいは、専用の精石を用意してくださいでち。

 もちろんその分お安くしているでちよ!」


「了解した」

 GMや代の近い姉妹機たちが失った、スキル石への封入技術をマザーはお持ちだ。


 マザーが封入出来るものも特定のスキルのみという制約があるようだとはいえ、これは大きい。

 ジョブも基本3職の治癒士、戦士、魔法使いの他に数種が、即時封入可能とある。


 機種の新しいGMのものよりこちらのジョブコストが軽いのは、スキル内訳が違うからだな。

 なるほど。機種が新しくなるほど使うデータが重くなるのはさもありなん。

 

 GMがマザーと【同化】しないと明言している理由はここだ。


 もう一度言う。

 機能限定とはいえ、マザーはスキル石封入機能がある。


【500年ものの人工知能とか、フツーにその国の国宝です!

 敬い尊重されるべきですよ!

 私で上書きするとか、とんでもない!】

 と、GMが姉を立てる姿勢を崩さないのは言わずもがなだ。


 ただマザーは可愛い最新機種な妹と同化するのも、吝かではない意欲を見せているあたりに温度差がある。


 GMはこれでガチガチに機能をロックされているから、ホープランプの人たちのためにもそれは遠慮させていただきたい。

 ……そろそろ楽隠居して、気軽に人間ちゃんと遊びたいって気持ちはわかるけど、オレらが恨まれるから勘弁して。



 リスト詳細をと読み込んでいると、出会ってしまった。


 妖精さん専門のスキル石。

 その封入スキルに、『魔石精製』や『生体金属精製』がある。


 ガタッと立ち上がりたくなるのを、気合いで耐える。

 マジか。

 え、本当に?


 3度読んでも書かれていた。

 これは妖精さんをこちらも増やせということだよな?!


 仕様を読み込むと案の定、『加工』のデチューンスキルだ。

 妖精核にも使われる高度な『融合』や『圧縮』、『調律』なんかの機能は潔くオミットされている。

 当然雫石には、全く対応していない。

 やれるのはそれぞれ名前の指定があるものだけに限られている。

 つまりローコストで簡易な『精製』だけなら出来る仕様ということだ。


 『魔石精製』、買えるの?!





 今夜は久々、保健室での夜番から解放されたのでトウヒさんの個室で2人きりだ。

 いや、GM本体もいるから違うのか。


 青い光を放つ箱が2つ。

 働き者のGMは、自分の分身を作るべくデータのダウンロードに余念がない。

 ここにいるのは初号機と三号機だ。

 二号機は既にネモフィラダンジョンに設置してある。


 GMの筐体が3基揃ったら新作ゲームのβテストを始めると公言しているので、あとちょっとだ。


「スキルのデチューンですか?

 ゲームを進めれば、流士さんもスキルを弄れるようになりますよー」

 昼間の驚きをネタに振ると、トウヒさんがGMに切り替わる。


「リアルで出てきてしまったのでネタバレしますけど、禁書閲覧許可証とスキル学の修士資格、倫理誓詞の奏上による呪縛を受ければ、妖精用『魔石精製』スキル石をダンジョンマスターは作れるようになりました。

 いいなー。流石はお姉さま。

 便利な機能をお持ちです。

 新規の妖精が生まれない環境だと、少しだけ勿体なかったですね。


 でも、ホープランプさんは凄いです。

 地球さんともまた違い、こちらも三千世界でオンリーワンです。

 『魔石精製』をする縁の下の妖精が揃って居なくて、尚且つダンジョンマスターも居ないと、ロケット到達文明はこんな風に花開くんですね」

 トウヒさんがしていた仕事をそのまま引き継ぎ、GMは楽しそうに代々コットンの『種抜き』をしている。


 この発動体は千枝が『エンチャント』した品だ。

 コーヒー豆をモチーフにしたペンダントは、小さな精石がついたシンプルなもの。


 これと似た機能を魔道具にもたせるなら、ホープランプでは魔石をズッシリ嵌めた代物が出てくるだろう。

 ある意味魔石の性質を知り抜いてなければ作れない組み合わせの妙だ。


 【えっ。なんか難しいパズルをしていますよ。……なんでそれでまともに動くんですか。

 天才の所業でなくて、これが標準とかおかしくないです?】

 と、カルチャーショックに打ちのめされたGMがガクブルしていたぐらいだ。

 ホープランプさんも、エッジの効いた変態技術進化を遂げている民族っぽい。


 魔石を『精製』しないで、そのまま魔道具に落とし込む技術は、撹拌世界でもあったにはあった。

 しかし盾に仕込んだりで、単純な強化などの限られた運用のみだった。


 ワンアクションのみ、AIのないシンプルな家電なら作れますね、といった程度だ。

 複雑な機械類は精石が必要になってくる。


 日本的に例えるなら歯車でスパコン組んで、なのに半導体で作ったものと遜色ないよう動かせたら驚くだろう?

 そんな感じだ。割とあり得ないような面白いことをしているっぽい。

 

 そのままの魔石が豪華に使われるランプや、武器防具。

 これらの備品がやたら華やかなのは趣味ではなく、基幹技術からくる仕様だった。

 家に備え付けてくれたオーブンコンロや冷蔵庫とか、これは宝箱ですね?って見掛けである。キッチンスペースに置いてあるのが違和感しかない。


 『魔石精製』、『生体金属精製』を出来る妖精さんが大勢居たら、他のロケット到達文明と同じく道具類の軽量化、簡略化が起きた世界観を共有できていただろう。

 だから未『精製』魔石を組み合わせて使う工学技術は、ホープランプ独自のものだ。

 魔力が低いのに普通の『加工』などを覚えようものなら、スキルの行使ごとに命を削る。


 素晴らしいのは似合わぬ服を着るような真似をせず、技術ツリーを自分たちに合うように伸ばした知恵の柔らかさだ。



 ロケット到来の黎明時にはスキル石での『加工』を入れた、ホープランプのダンジョンマスター。オレたちの先達は、確実にいた。


 地脈にダンジョンを固定するアンカー。

 あれを打ち込むのには、ダンジョンマスターの手が要る。だから過去にはいたはずだ。

 今はいないホープランプ人のダンジョンマスターも。


 その理由もわかる。

 スキルを挿入してすぐに儚くなられたのならスキルは育ってないだろうし、そうしたら子どもが居ても遺伝し辛い。


 ………ダンジョンマスターが、ヒヤヒヤされているのはそのあたりがあるのかもしれないな。


 『加工』スキル石を挿入した途端、元気な若者が、窶れてバタバタと倒れていったとしたら民族的トラウマになっていそうだ。


 ん?

 オレの一挙手一投足に彼らが一瞬身じろぐのって………もし倒れたとき受け止めるための予備反応だったりするんだろうか。

 いや、まさかね。


 魔力お化けなのは見せているし、病禍にあってもオレはピンシャンしている。

 病弱詐欺は働いてないだろう。

 だよな?





 コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。



 日本じゃダンジョンマスターは一般庶民。

 プレイヤーたちのマッマでもないから、別に言うこと聞かなくてもいいわけです。

 ただ、彼らがプレイヤーを保護するのは善意であって義務ではないのも確かなこと。

 公務員関係者な道場の仲間と一緒だった幸くんはまだしも、流士くんがたくさん見栄を張りたい佐里江さんが漂流組なのは、他の人からしたら幸運でしたねー。


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― 新着の感想 ―
[一言] そろそろ昭和観光できそうかな? ホープランプさん、自然に飢えてるみたいだし、万年水不足なら満足な水源もないだろうし、安全な渓流釣りとか、田舎の小川で水遊びとかやらせてあげたい 夏休みの海水浴…
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