214 ホープランプ麻疹
「それでは神奈川Aグループの前に、神奈川B先行グループは自己紹介をお願いします」
ここをキャンプ地にする!
ということで日本人居留地とは名ばかりの、まだなにもない平らなダンジョン広場に新人さんをご招待だ。
この後、建てられたプレハブを持ち込む作業があるので床はバミ張りだけはしてある。
建物の移築はまるっと妖精さんの小異界頼りだ。
上下水道等インフラを繋いで、完成となる。
短時間で組み立てられるプレハブ工法とはいえ、用意された家屋は木材をふんだんに使ったコテージ風。
仮住まいには充分である。
オレたちが野良ダンジョンを平らげている間にせっせと拠点を整え、モニュメント、ゲートフレームを製造し、輸送、建築をしてくれた現地政府、及び作業員の皆さまには深く感謝を捧げたい。
「んじゃ、トップバッター紹介行きます!
浅沼旭、29歳!
リアル職業は工務店勤務。
いわゆる町の大工さん。
撹拌世界じゃ【赤壁の誓い】で、武器職人をしてました!」
浅沼さんは外仕事が多いのか、こんがり日焼けしていた。
安全靴に収納が多いパンツは、ファッションではなく実用品だ。ポケットの草臥れ跡が物語る。
赤壁さんは聞いた名だ。
レイドをやりたいお一人さま勢の、ぼっち救済大規模クラン。だったっけか?
群れを率いた狼王との激闘は詩歌になって、サリアータまで届いている。
でも彼らの活動の本流は西大陸だから、実を言うとそれだけしか知らない。
別の言い方だと他の大陸勢力なのに、中央大陸でも名が囁かれる程の大手ってことだ。
「石山澄彦、大学生です。
現パーティリーダーの浅沼と同じく赤壁所属です。
そっちじゃバトルドレス職人でした。
趣味はチェーンソーアートです。
見ての通りド近眼。乱視も入っているので転生目指して頑張りたいです」
眼鏡をくいっと押し上げた石山くんは、ライダースーツを弄った格好だ。
よっしゃ、彼のために絹蜘蛛のダンジョン造ったろ。
妖精繭茸は時期尚早かな?
「七式宇宙、高1です!
部活は山岳部とDIY同好会を掛け持ちでした!
赤壁ではなんでも屋な錬金術士部隊で、アピールポイントは『倫理』持ち!
モノづくり系動画配信もしてました!」
へー。動画配信!
赤壁さんの3人衆、なんでそれでお一人さまなん?
割りと人好きしそうな趣味技能なのに不思議だ。
赤壁さんは、仲間が出来ると卒業だって聞きかじったような気がするんだけど、オレの勘違いだったのだろうか。
「小野寺檀と申します。
家電販売店に勤めております。
ゲームでは菓子と小物の店、ぺぺろん堂のおやじをしていました。
製菓と経理の担当です」
こちらは冒険者としては珍しく、油断のあるぽっちゃり体型が包容力のおじさんだ。
「小野寺彩月です!
中学3年生、アコギ部でギターを弾いてました。
えっと、まゆ叔父さんとは叔父姪というより、実質的に親子の仲です。
ぺぺろん堂では小物製造、包装、ホールスタッフ担当でした。よろしくお願いします!」
そしてこちらも、ややポチャだ。
色白で人当たりがいい。
尖った所がなくて、男子的には隣の席になれたら嬉しいタイプの女の子だ。
狭間さんと平賀さんが小さく手を振ってアピールすると、大人の女性が居るのにほっとしたのか表情が緩む。
「麝香景久だ。
脱サラしたんで美容師歴は2年目。
クリスマスじゃ樵なアヒルをやってた。
生産は本職って訳じゃないが、ガードを固めるバフが出ているんで戦闘では頼ってくれ」
そしてジャスミン、こいつだけリア充の気配がプンプンする。
垢抜けたハマ育ちの5人に混じって尚、しゃらくさい。
ジャスミンはある意味持っている。浄罪イベント終了して、さっそくコレなのは運が悪い。
「はい、ありがとう御座います。
こちらから付け加えさせていただくなら、皆さまはレベル100に到達したアバターをお持ちです。
このレベルのプレイヤーの皆さんならば、おいそれと油断が出来るような経験は積んできていないでしょうが、ものは撹拌世界とも違う異世界です。
なにか不審なことに気づいたら、忘れず報連相をお願いします。
続きまして神奈川Aグループの紹介に入ります。
私は那須孝輔。
皆さまのキャリー役として、第1班の相談窓口をメインで承っておりますのでお気軽に相談をどうぞ。
他のAグループの面々は黙って突っ立っているように見えて、仕事をしている時もありますので、配慮をお願いします」
那須さんは護衛メンバーを一時離れて、Bチームのフォローに就くことになった。
なので声と顔を覚えて貰うのに司会をしている。
その那須さんの視線に促され、前に出たのは広崎さんだ。
「広崎重悟です。
護衛班の班長をしています。
Aグループはダンジョンマスターが在席していますので、基本は纏まって動きます。
ホープランプ的にダンジョンマスターは取り分け重要人物ですので、このチームは外では常にロープレしてます。
なんかあいつらスカしてるな、と思ってもお口にチャックで見守ってください。
日本の威信がかかっている、というよりも種族摩擦を少なくするための配慮ですのでよろしくどうぞ」
「OK!回覧板回ってる!」
ムードメイカーの浅沼さんが頭の上で丸を作ると、Bチームがそれぞれ頷いている。
ジャスミンがはみ出していないか心配したけど、中々居心地の良さそうなグループだ。
「次は俺な、小松法勝だ。
この中に呑兵衛がいたら仲良くしようぜ!
酒飲みどもには朗報だ。ホープランプは個人での酒造は、売り物にしない限り合法だとよ。
それと斥候に興味あるのは、オレのとこに来るように!
レベル50まで上がったら、一緒に森歩きをしようぜ。
ここら辺、魔物タイプの寄生虫が居るから、独り歩きはやめとけよ。
こいつは『貫通』持ちだからな。
機械技師としちゃあ駆け出しなんで教えてくれるノウハウもちはよろしく頼む」
はい。ここにもいやがりましたよ、悪の触手。
魔物だから人間に寄生するには難しいサイズだけど、大型魔物を倒すと時折こんにちはしてくる悲鳴メイカーだ。
ちなみに人造生物ではなく天然ものなので、キモいし素材としてもガッカリな存在でもある。
「伊東保です。ガタイからお察しの通り盾職です。
ゲームでは最近焼き物をはじめました。
魔道工学も噛っています。メインで働くのは無理ですが、空き時間なら『錬金』のお手伝いは出来ると思います」
「平賀真紀です。
この山姥ギャルカラーは、アバター同化ですので怖がらないでくださいね。
うちの班長、広崎の派手な紫髪もそうです。
皆さんもアバター同化はレベル上げをすると起こりうる事象ですので、なりたい自分を思い描いておくのが成功のコツですよ。
ジョブは魔法使いで、『大砲』使いです。
伊東と同じく『錬金』持ちです」
「狭間リカです!
『糸紡ぎ』、『機織り』があります。
私は只今絶賛、お布団を作るクエストをしてますので、マットレスのコイル、ベッドフレームを作ってくれる相方を募集中です!
…ホープランプの人たち、寝床は畳のような厚手の草編みのカーペットに打ち掛けを被るのが基本みたいなんです。
体が頑丈なんですよね。
だからベッドがないのは物資配達のうっかりじゃなくて仕様です。生活クオリティ上げていきましょー!」
「ああ、あったな畳」
「普通に嬉しかったよな」
「寝具だとは思ってなかったけど、ゴロゴロはしてたわ」
赤壁3人衆から呟きが漏れる。
畳はいいよな。オレも昨日は畳の上に新品の布団を敷いて寝た。
ベッドより硬いが、これはこれでアリだ。
「最後に篠宮流士です。駆け出しダンジョンマスターなので箱入りプレイをしています。
外では偉そうにしてますので、適当に相手をしてください。
今は位階上げ用のダンジョンを造ってます」
「俺らはなんて呼べばいいんだ?
リュアルテ殿のままでいいのか?」
友人バレしているジャスミンが、代表として質問する。
「発動体はリュアルテの名前で出しているから、雅号呼びってことでアリだと思う。
あちらの名前なら、敬称で呼ばれるのは慣れたしさ」
本名に仰々しく敬称を付けられるのは、勘弁して。
「…………お前さん、フツーの学生ぽい喋り方も出来たんだなあ」
気になるの、そこ?
「ジャスミンだって、上司と後輩、お客さん相手なら喋り方を変えるだろ」
サラリーマンやってたんだろ?
「いや、そうだけどよ。リュアルテ殿には夢とロマンが詰まってたから。
えっ、サリー、大丈夫か?
いるんだろ、あいつも。
素を出したら泣かれなかったか?」
「泣かれなかった、よ?」
広崎さんを振り返り、つい確認してしまう。
ないよな?
「佐里江さん、最初から流士くんには一貫としてデレ甘でしたよ。
多分リュアルテさまの対応と、あまり変わらないんじゃないですかね?」
「なるほど。サリーのヤツ、リアルでもアバターの影響強いんだな。
これだからご主人さま大事の犬族のアルファは」
ジャスミンがやれやれと肩を竦める。
呑気でいられたのは、この昼までだ。
恐れていたことが起きてしまった。
夕方遅くになって、広崎さんが呻いて倒れた。
和気藹々とした懇親会は、一瞬にして凍りつく。
そこからドミノ倒しに狭間さん、伊東さんが体調を崩し、一週間後にはオレとぺぺろん堂の2人を除いて全員がホープランプ麻疹に罹患した。
症状は高熱、喉の腫れ、関節の痛み、吐き気、食欲不振、鼻詰まり、発疹のかゆみと痛み。
レベル100オーバー組や、転生している広崎さんと那須さんは、発病から半日から2日を目処に熱は下がった。しかしあとの神奈川Bグループは体力がありそうなジャスミンでさえボロボロだ。
災害備品庫の熱冷ましが効いてくれて、本当に良かった。
脳炎にならないように注意しろとか、ヒェってなります『診断』先生。
オレが一番、この場じゃ医療スキル高いのが荷が重くて辛い。
骨折とか裂傷とか打撲とかだったら、それなり経験はあるけどさ!
ゲームで脳挫傷を処置した時とおなじくらい怖いんだけど!
本当にホープランプ麻疹の罹患者は全員、ぺぺろんの叔父姪に感謝するがいいよ。
妖精さんの助けがあってもオレ独りだったら、手が回らんところだった。
そう、病原菌の変異を恐れてホープランプさんの直接の手伝いは断った。
点滴が必要になる段階ならば、形振り構ってられなかったが体力のあるものばかりなので耐えれた形だ。
リネンやパジャマなんかはホープランプさんの差し入れが届いたから使わせて貰ったけど、布団類はオレが『ミシン』で縫った。
寝具作成の音頭をとってくれていた狭間さんが倒れてしまったから仕方ない。
ホープランプの人たちの支援で作られたプレハブは、15畳ほどの1LDK。バストイレ付き。それが24棟だ。
その部屋のふたつを男女別の病室として使っている。
上下水道を引いたのはオレだけども、キチンとしたシンクがあるというのは格段に有難い。
あと、ベッド。
介護用品で一番重要なんじゃなかろうか?
レシピは送ったとはいえ概念外のものを発注したのに、1日待たずに届けて貰えて助かった。
患者たちは夜は熱が上がって魘されていたが、昼のこの時間はやや症状が落ち着いている。
なので栄養をつけさせようと昼の支度だ。
胃腸が弱まっているので粥なわけだが、食べられる人には檀さん手製の豆乳プリンもある。
美味しいものを食べて早く元気になってくれるといい。
「そういや。オレら3人、『診断』で調べたら抗体が出来ていたから、麻疹に罹らなかったわけじゃないみたいだ」
忘れないうち、さっき調べた報告をしておく。
ここんとこよくよく診ようと気合い入れて『診断』を使ってるせいか、星が増えている。
オレが伸びるに足りないのは、追い詰められる焦燥感なのかもだ。
「えー。私、元気だったよ。いつの間に罹ったんだろう?」
彩月ちゃんが、ぽややんと首を傾げる。
「流士くんを含む、私たちのスキルで共通するのは、『免疫』、『美肌』、『内臓強化』。
ありえそうなのは、この三者のシナジーの強さかな。
私も彩月も出足は見事に戦闘スキルはでなかったな、と思っていたけど、役に立ってしまったね」
苦笑している檀さんが炊いたお粥を、彩月ちゃんが器につぐ。
手伝いに出遅れたオレはというと、その上に塩昆布と梅干しを乗せていく。
これはジャスミンと赤壁さんたちのだ。
Aチームはぼちぼち回復して、無理しない程度に魔石の回収に赴いていた。
帰ってきたら昼食と昼寝をとらせたい。
床払いこそ済んでいるが、彼らも全快とは言い難かった。
野郎なんかはまだいいけど、狭間さんは滑らかだった腕や首筋に湿疹の痕が残ってしまった。
ホープランプ麻疹は、疱瘡みたいに発疹の痕の残る疾病だった。
平賀さんなんてモロ顔で、痛々しい。
色黒だから目立たないよ、そのうち転生して治せばいいしと言ってはいたが『美肌』のアクセを私物貸し出しの体で押し付けたところ、2人ともすごく喜んだ。
やはり強がりだったか、そうだよなあ。
効果が早く出てくれることを祈る。
『美肌』は『免疫』とシナジーがあるので、いっそスキル石にしてしまった方がいいかもだ。
………政府ちゃん。特例認めて、贈与税を無効にしてくれないかなあ?
法律を弄るのが無理なら、オレから買い上げる形で、スキル石やアクセサリを給付してくれるとか。
ここら辺の調整はサリーがしていてくれたんでわけわからん。
【帰った時に困らないよう、記録は取っておきますねー】
そうトウヒさんが請け負ってくれなければ、投げていたところだ。
「ねえ、流士さん。ホープランプの人たちは、元気のままでいいんだよね?」
彩月ちゃんは自信がない小声で尋ねる。
「多分」
オレらに隠されていなかったら、そうだな。
毎日見る顔ぶれは変わっていないから、そんなことはないと思いたいけど。
「日本でウヨついているようなウイルスは、流士くん由来の『免疫』のアクセサリで封殺出来ているのかもね」
地球の『免疫』はアクセサリに紐付いているから封じていられるけど、こちら地物のウイルスは未知で、オレが付与した段階ではスキルに退治のプロセスが載っていなかったから効きが悪かった説?
『免疫』がないより楽なんだろうけど……その説が正しかったら新しくアクセサリを作り直す必要があるよな?
アクセはまだしも『免疫』のスキル石を作るのは、オレの【学習】がある程度進むまで待った方がいいかもだ。
こっちの人でも麻疹の完全回復には半月以上掛かるらしいから、今の『免疫』に全く効果がないわけではなさそうだけど。
「麝香さんとかイケメンだから話すの変に緊張しちゃったけど、お顔がブツブツのうちに慣れられて良かったかも」
粗野な男がぐったりしていると色っぽいとはいうけれど、痘痕顔では台無しだ。
「おや、彩月。流士くんのことも王子さまだ!って随分はしゃいでいたじゃないか?」
「まゆ叔父さんもでしょ。ミーハーなのは血筋!
それと流士さんは、もう鑑賞対象じゃなくて戦友だから!」
だよなあ。
『洗浄』のアクセサリを貸与したからとはいえ、中学生女子が野郎の寝ゲロを片付けるのなんて嫌だろう。
オレだって嫌だ。
でも病人を放置とかはありえんので、2人して気立てのいい看護士さんの仮面を被ってた。
ここ1週間で彼女とは目と目で通じ合いシーツ掛けする、そんな関係になってしまった。
トウヒさん?
オレらがシーツ交換している間に患者の汗で濡れた寝巻きをはいで、洗い立てのものの着せつけをしてくれてましたが?
彩月ちゃんは年齢差はあるけど、妹分というより確かに戦友だ。
そうした仮面ナースなオレらと違い、年長者な檀さんは人格者でもあった。
病人が少しでも快適に過ごせるようにと心を尽くし、細々と動き回るふくよかな体には、見えない後光が差してた。
これは彩月ちゃんも自慢の叔父だろ。
看病は体力勝負だ。なにをするにもレベルがあった方がいい。時間を見つけては、位階上げのキャリーをしつつ、檀さんに指示を貰って病人の世話をした1週間だった。
叔父と姪。聞けば2人ぼっちだというこの家族には、健やかな絆と愛情がある。
心優しい小野寺一家と仲良くなれた。その事だけが、ここしばらくの慰めだ。
うん。
オレらが炭鉱のカナリアになったので、警戒を促す速報が随所に飛んでいる。
な の に 好奇心が止められなかったプレイヤーが数名、幸に喧嘩を売って行方不明になったそうだ。
阿呆なの、死ぬの?
野遊びに出るならカンストしてからってお約束でしょ?!
その捜索隊に怪我人が出たとか、出奔した奴にはステータスがないから連絡とれないとか、あかん連絡ばかり飛んでくる。
勘弁して。
もう、やな予想しかしない。
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。
ええ、やはりジャスミンは間の悪い男です。