208 ブッチー
「流士さん、流士さん。副GMとしての相談とご報告がありますけど、今いいです?」
腐っていても仕方がない。
引き続き精石を作っていたら、トウヒさんボディのGMがトトトと寄ってくる。
長い話になるだろうか?
トウヒさん専用の椅子を取り出して、ひょいと抱えて座らせた。レストランで置かれているような座高の高いあの椅子だ。
「ふふ、ありがとう御座います。
日本さんは、子供向けグッズが充実していますよねえ」
ファンシーな椅子に座ったGMは、ご機嫌に天板をてちてちしている。
「副、GMですか?」
いつも木に実を付けている代々コットンの処理がてら、オレのガードに当たっていた狭間さんが警戒して目を細めた。
そんなに気を尖らせなくても、リアルのGMはオレらの味方だぞ?
確かにゲーム中は、邪智おぞましきラスボスだけど。
うん、イベントによってはマジでトラウマ植え付けてくるもんな……。
GMにきゅっと身構えるのは致し方なし。
「はい。緊急時の特例により、私は皆さまの支援活動を許されておりますが現地の政府の保護交渉が成立した場合、一連の活動を休止しなければなりません。
私がこの先アクティブに活動を続けるためには、協力者である副GMとそのスタッフの、ゲーム環境を調える【努力】が必要になります」
え。…あっ。
「GMは、リアルの干渉は禁則事項なんだっけ…?」
やばい。そんな話は前に聞いてた。
なのに極当たり前に手助けしてくれてたから、すっぽ抜けてた。これは迂闊。
「はいです。現在ゲーム環境が用意できませんので、特例の危機が去ったら私はほぼ活動の封印をよぎなくされます」
「えええ、困ります!」
狭間さんがびゃっとなった。
通信関係はGMに依存している。うん、困る。
「ですよねえ。私もいくら規則でもそんな無責任なことやってられるかー!ってなったので、足掻いてみました。
日本政府さんと、お姉さまに仲介して頂いたホープランプ政府さんに、新作ゲームのβテストに参加してもらえるよう交渉をしてみましたよー。
ええ、いつもの撹拌世界を展開するには、演算が足りなさすぎて無謀過ぎるゆえに新作です。
こちらのホープランプさんちの皆さまと、親善を図れちゃうような舞台を創りますよ。
だから、1つ目。こちらは軽いスナック感覚でいきます。
舞台は異世界昭和、日本の孤島。
地球さんにロケットの到来が半世紀ほど早かったら…?
そんなIFを前提としてです。
ホープランプに漂着されたプレイヤーの皆さまが故郷に無事帰参されて、2国間交流が始まった、異空軸におきまして。
過ぎ去りし佳き日の、ノスタルジック&ふんわかマシマシな世界をご用意しちゃいます。
昭和な日本さんの島に、希望を胸に留学してきたホープランプの学生さん。
新しき時代を担う彼らと交流する、冒険者学校生活をやります。
今はまだいいですけど皆さんも、そのうち元の生活が恋しくなると思うんですよねー。
地球さんの娯楽レベルの高さって、三千世界を均してもちょっと類を見ませんし。
ホープランプさんを現代にぶちこむと、ワケわかんなくて困惑させるでしょうから、昭和で一度クッションおきます。
それにダンジョンの氾濫が起きていない世界というのは、かけがえもなく眩しいものです。
これだけでもレジャーとしては満点ですので、楽しんで貰えるんじゃないかとワクワクしますです。
あ。島設定にしたのは、演算を絞る苦肉の策です。
ゲームの舞台の人工島…ジオフロントですね。
この人工島はサーバーが増えたらクエストを出して、島が拡張されたり、施設が増える【僕らの街を造ろう】系の要素も入れます。
もちろん留学生なホープランプの皆さんを対象に、ひらがなの読み書きから、歴史や理科の授業なんかもやっちゃいますよ!
留学生さんたちには観光と文化交流をしてもらいます。
こちらのゲームではホープランプさんと皆さんが、実際に深く接触し始める前の常識の擦り合わせをすることで、問題の顕現化もやれたらいいなとそんな目論見もあります。
世界が違うんですから、常識も違いますもんね。
………そーいう建前で両方の政府さんを口説きましたー!
それと2つ目。
こちらは本命、いつもの撹拌世界です。
サーバーを増やして再開するにあたり、新シナリオをご用意しました。
異なる世界に漂流したプレイヤーたちが、撹拌世界に帰参するべく奮闘する特別編です。
これはリアル崩落が起きなければ、夏イベント合わせで始めようとした連続シナリオの中枢でした。
演算を沢山使って用意していたのに、楽しい寄り道シナリオ数多が塔ごと潰れてションボリです。
どうせですので、こちらのシナリオは改編してホープランプさん家が舞台となります。
リアルタイムのホープランプさんの反応が、ゲーム内漂流先の現地政府や市民たちのとる行動として、シナリオに反映する仕組みです。
そうです。
ホープランプ政府さん、お姉さまが企画に全面協力してくださいますよ!
さあ、拍手のご用意を!
ここでは皆さまも自由にホープランプの街に遊びにだって行けちゃいます!
ゲームのデータ素材を、これからどしどし提供してくれるそうです。ひゃっふう!
うふふー。ゲームに参加してくれるホープランプの皆さまにも、モリモリ現世利益していきますよー!
いっぱいスキルやジョブを覚えてくれると嬉しいですね!
あ、ちなみにですが。
こちらのイベントと同時進行で日本サーバーでは、ホープランプまで漂流したプレイヤーを迎えに行く潜界艦建造プロジェクトなシナリオをやりますです。
今回いっぱい塔が落ちたので、演算コストが掛かるこちらのゲーム再開とシナリオ開幕は大分先になりますけど、その予定です。
アイコンとして協力してください、流士さん。
ホープランプの常識的に、漂流者で取り分け身分が高いのはダンジョンマスターたる流士さんと幸仁さんです」
ふむ?
情報が多い。
「よし、わからんがわかった。
ゲーム準備を手伝う協力者には、魚心に水心でGMが便宜を図りやすいんだよな?」
サーバー増設するのには魔石がいるし、それを集めるには人手がいる。
副GMの専門スタッフってことにしとけば、主宰として他の面々にも恩恵が渡せると推察した。
「ですです。
もちろん忖度しちゃいますよ!
無理矢理捩じ込んだ企画なのに、政府さんたちが即刻認証してくれて本当に良かったです。
プレイヤーの数が集まるほど、私のやれることは増えますので!
通信インフラとか、銀行とか、動画配信サービスとか、その他諸々!
企画を連動させることで、辛うじて日本サーバーでの私の権能と繋がりましたよー。タイトロープでしたね!
だから資料集めが終わっていて、制作コストの軽い『昭和異変』から行きます。
人同士が争うこともあるヒロイックファンタジーな撹拌世界は、硝煙臭くて苦手……っという層向けに用意していた企画のひとつを流用しちゃいます!
私は古式ゆかしい聖女タイプのお姉さまとは違います。
ゲーム活動してない当方なんて、利用規約でガチガチに縛られた、お喋りなだけのただの箱です。
危なかった!」
「え。待ってください。ゲームサーバーを立ち上げるんですか?
こんな環境で?!」
黙って聞いていた狭間さんが慌てる。
それも豪華2本立てだ。……わぁ、サーバー増設大変そお。
あー……。それぐらいサーバーを拡充しなければ、異世界間通信が難しいのかも。
夜間オレらが寝ている間だけゲーム運営をするとしたら、日中は演算出力余るもんな。
「はい。ホープランプ人は魔力が低い代わりに身体能力が優れた人種です。
その特性によりこの星で、500年来ダンジョンマスターは生まれておりません。
ロケット到達歴は浅いのに十数人のダンジョンマスターを擁する日本との交流、及びそれを可能とするダンジョンタワーの建造取り組みは、並々ならぬ熱意で受け入れられました。
ええと。あちらさん、皆さまの漂着はアインシュタイン博士とビートルズが掛け合わせて来日したようなフィーバーぶりだそうですよ?
ものすごーく好意的な方向で興味津々です。
彼らにとっては超絶貴重で機嫌を損ねたくないダンジョンマスターがいることと、あるかもしれない互換性病原体、両者に救われた感はあります。
それでなきゃ都市に迎え入れられて大歓迎。揉みくちゃの大パレードでしたね!」
んんん?
さっきから情報量が多くて処理しきれんぞ。
どこから突っ込み入れたらいいんだ?
えーっと。ひとまず。
「ここでキャンプな方針は変わりないんだ?」
ティロンと、ステータスのメモを呼び出す。
後でTODOリストを作ろう。出た情報を箇条書きに打ち込んでいく。
「はいです。
ホープランプさんも感染症の概念はありますし、衛生管理も確りしておいでですから。そこら辺の対応は慎重ですよ。
なにしろ私たちには流士さんがいます。
下手に接触して、ダンジョンマスターに病を移したらあちらのお偉いさんの首が並べて飛びます……と、お姉さまが言ってました。
なので配慮をよろしくと。
皆さんから少し離れた場所で、安全地帯の構築と住居の建設をして引き渡してくれるそうです」
期待が重いな?!
「ああ、ダンジョンマスターへの対応は撹拌世界準拠なんですね」
ふんふんと、狭間さんが頷く。
こちらもメモを取る姿勢だ。
「それよりも熱量が重厚かもしれません。野良ダンジョンがあるのにダンジョンマスターがいない社会ですので。
ただホープランプさんの制度としては、日本さんと少し似ていますね。
日本の法律を守っておけば、こちらの法を知らずに重篤な罪を犯していたということはなさそうです。
罰金程度の軽犯罪はあるかもですけど。
ホープランプさんは治安のいい法治国家です。
国王は象徴として君臨し、義務教育が行き届いた国民の代表として一代限りの爵位を持つ名士が議会を運営してます。
日本と大きく違うのは、やはり魔物の氾濫が起きていることですかね。
過去の戦乱での破損もありまして、お姉さまを積んであったロケットの、ダンジョンの恩恵が受けられる都市は限られています。
皆さまにはそこら辺が商機だとプッシュして欲しいと、あちらの政府さんから頼まれましたー。
界流漂着の特例としてパスポートも配布してくださるそうです。
転生神殿や管理ダンジョンを報酬に、お互いウィンウィンでダンジョンタワーを作る労力を提供して貰えたらいいですね」
GM、人間が増えると嬉しくなるタイプのAIなのに、人口統制でもしているんだろうか。
お姉さまとやらはストレスが多そう。
「………余所者と、追われるよりはいいのかなあ」
狭間さんは化粧っ気のない童顔をしわしわにしている。
素っぴんでも可愛いお姉さんなのに、顔芸に躊躇いがないったら。
そして異世界ファンタジーあるあるだ。
なんだか狭間さんの読書歴が気になってきたぞ。今より仲良くなれそうな予感がある。
「そりゃあ勿論そうですよ。そんな場合は全力で逃げるよう入れ知恵してました。
魔物ハザードが起きているお土地柄なので、逃げる空白地帯は幾らでもありますし。
リアルの人間同士の血を見るような諍いは、私、とっても地雷です。
ということで、流士さん」
「うん?」
「ホープランプ向けロールプレイングは小公子なリュアルテさんか、お可愛らしくも威厳あるタツミ姫か、冷涼たる貴公子の前世さん。どのスタイルでいきます?
語彙の編纂を優先するのでご相談を。
親しみやすい流士さんそのままのキャラで行くのもいいですけど、少しエラそうにしてくれるとダンジョンマスターに夢を見ているあちらの統制がとりやすいかなーって」
「GM。それ、副GMのお仕事なわけ?」
たかたか打ち込み、メモっていた手が止まる。
遊園地のキャストよろしくロープレしろと?
「ええと、その。もうひとつ理由が。
只今絶賛、言語の翻訳中なのですが。実はお姉さま、ジャンクな語彙が著しく欠けていらして。
下町な会話は不慣れというか。
国家の枢軸たる【マザー】に乱雑な会話を仕掛けたり、書籍を献上する孝行息子、娘はいなかったみたいです。
なるべく流士さんの言葉はピー音にならないようにしたいんですよ。
行き違いがあったら困りますから」
えっ。オレ、そんなに口が悪いだろうか?
関西方面の出の爺さまに影響されたりで、ときどき訛るとは言われてるけど。
「お姉さん、普通の人とお喋りしないの?
GMと違って、機能にゲームの縛りがないんだろ?」
意外だ。新旧の違いはあっても同じ系譜のAIだったら、無類のお喋り好きだと思ってた。
「一般の出の一代貴族でも、役職に就く年齢のおじさま、おばさまなら、立派に育ったところを見せたい母親に伝法な口はききませんよね…?
くっ。お姉さまがなまじ品よく人望があるばかりに…!」
なるほどな。聖女タイプ。
しかもなんちゃってじゃない、覚悟ガン決まりな古典風、筐入り聖女なのか。
オレはGMみたく親しみやすいタイプも好きだぞ?
そんな感染症の話をしたのが、フラグだったのかもしれない。
間も無く陣地は、斑模様のブタの暴走族に襲われた。
人が優先ではあるけれど、ゲーム塔のパージ施設も重要だ。
いざとなったら建物ごと丸っとダンジョンに収納して逃げるので、保護対象であり荷運び要員のオレは、施設の側で後衛だ。
ええい、来るタイミング悪い。空気読め。
もう日が陰ったと言うのに!
「撹拌世界では淘汰されてましたが、こちらではノミやマダニが現役でーす!
そしてブタは人獣共通感染症のキャリア持ちです!
『エア』は必須ですよ!
魔石だけ採ったら速攻、水玉プールにポイしてください!
彼ら、『士気』持ち、『森の萌芽』のバフ使いです!
肉体強化して突撃してくるタイプですよ!」
端的な解説が飛ぶ。
リアルだとGMが優しいものだから、護衛に残った広崎さんが2度見している。
や、気持ちはわかる。さっき狭間さんも警戒していた。
ゲームだと準備も下調べもなく戦闘に入ると、容赦なく踏み潰してくるもんな。このGM。
「うええ!『月のベール』っ」
「『広域化』『オートガード』!丸々太って美味しそうなのに勿体ない!」
「野生の魔物って、悲しいねや!」
「チャーシュー、トンカツ、しょうが焼き!」
血液に触れるなと言われたので、『エア』がない者はアクセサリを着用だ。
扱う得物も槍や矛といった長柄のものを選び、防御系のバフもいつもより念入りに盛っている。
HPがあればノミは魔物の血を吸えないだろうに体にくっ付けているってことは、魔物ではない動物も多い環境だ。
それは朗報だが、厄介でもある。
きっと虫とかも多そうだ。
「行きます!『アイスピラー』!」
ヘイトを買わない程度に後ろからHPをガリガリ削る。
うーん?
「体が2周りほど大きいぶん、猪鹿よりは強いですかね?」
班長の広崎さんと、妖精さんな太郎丸は、いざという時の予備戦力だ。戦線に加わらないで護衛に控えてくれる。
「そうだね。あの豚、ホルスタインくらいの体格だ。大きい魔物はそれだけパワーがある。
魔物もある種の貝のように小さかったら無害なんだけどなあ。
……いや、無害じゃないか。
海を綺麗にしてくれるけど、旨くて捕食しやすいから周りの魔物を養ってしまうし」
「あー……。魔物タイプな虫や小鳥は押し並べて大きくなりますから、小さな魔物は居ないって変な固定観念が育ってましたよ、オレ。
そういや貝の魔物は手のひらサイズで、比較的小ぶりなのもいますよね。
白玉とかも小さいですし。
妙に小さな魔物って、魔物を増やすポジションなんですかね」
「そうだね。例外があるだけで大抵の魔物は大きくなるよね。
虫が小さいまま魔物化してたら怖かったかなあ」
それは怖い。対処するのが難しそうだ。
ちらりとGMを見ると、100パーセントのひまわり笑顔。
オレらがゲームの不満を溢していたり、その対策を練っているとGMはいつもご機嫌だ。確信犯め。
「そう言えば、ブッチーは美味しいらしいですよ?
ただ別名は鉄砲でして、それなりに【あたる】そうです。『毒耐性』が強くて雑食だそうで。
こちらに慣れていないうちは、きちんと焼いても生水程度に警戒した方がいいですね」
河豚かよ。
そしてゲーム内のネタバレには、やっぱり黙秘を決め込むんだな。
「あいつ、ブッチーって名前なんだ」
「あ、ソレ。私の適当翻訳です。ホープランプ人の言語は、聞き取りも発音も難しそうなので意訳です。
使いやすい翻訳システムを組みますね!」
わあ、GM頼りになるう。
「聞き馴染みのない言語でしょうからね。これから頑張って覚えないと」
国立大学卒の広崎さんは、マッチョな上にインテリだ。
…そっかー、新言語の勉強もこれからあるのか。
英語だけでもヒーコラしているのにこれは鬱る。
いや、ジェスチャーから始めることを考えると恵まれている。我が儘はよそう。
前線は安定してるけど、戦闘中だ。
ブッチーの情報は出尽くしたっぽいし、お喋りをやめて本腰入れる。
『体内倉庫』から銃弾をじゃらりと取り出した。
そのままひとつを『念動』で空に浮かせる。
銃弾を天に投げて、スタイリッシュに狙い打つには修行が足りない。
「『猟銃』」
タァン!
体が大きいからどうかと思ったが、『猟銃』のHP貫通が乗った。
プギー!
仲間が削られ、怒り狂う魔物の咆哮。
「させるかよ!」
一撃死のヘイトを買ったオレの元に駆け寄ろうとするのを、盾持ちの伊東さんが『挑発』で惹き付ける。
そして盾を地面に突き刺す、タワーシールド。後衛を守るポジショニング。
ガイン!
牛ほどの体躯がかえって邪魔だ。前の1頭が詰まれば、後も詰まる。
ブロックされての足止めに、その脇からふっと現れた那須さんが、首筋に吸血剣を突き刺し消えた。
那須さんは敵に回すといやらしい。
『探索』を使っていても、足を止めて集中しないとどこにいるかわからなくなる。
首を刺す鮮烈な痛みに驚くブッチーたちが暴れるが、伊東さんはびくともしない。
「どっ、せい!」
どころかギアを上げて仕留めに掛かる。
分厚く重い、盾の殴打。
プロレスラーもかくや、190センチを越える恵体の安定感よ。
やはり本職は頼もしい。
仲間にバフを盛っていた中心の1頭が倒れると、後が楽になる。
弾はこのさい使ってしまい、新しいのを作るとするか。
『猟銃』用の銃弾作りは簡単なので、勿体ぶることなんてない。
群れは…11いや、12頭。5頭倒してあと7頭か。
群れに子供がいないのは不自然だけど、魔物だからな。
生態からして理不尽だ。
しかし比較的安全という話はなんだったのか。
これがホープランプのお人的基準なん?
………なのかもなあ。
当たってみた所感として、ブッチーは怖いタイプの魔物じゃない。動き方も直線的で避けやすかった。
ただし、これはプレイヤーの視点だ。
一般人なら野生の熊よりよほど脅威だろう。
熊は人間を襲わないかもしれないが、魔物は人を襲ってくる。
プレイヤーなら的でしかない大きさも厄介だ。撥ね飛ばされでもしたら、HPの盾がないなら一溜りもない。
これがダンジョンの氾濫が起こっている世界なのか。いきなり洗礼を浴びせてくれる。
「文字はともかく、彼らの声帯って少し独特で。
日本人には鈴虫の声みたいに聞こえるんじゃないですかね?
いえ、不快さはなく美しいとは思いますよ?」
「……それはリスニングとスピーキングは難しそうですねえ」
ホープランプ人ってクリーチャーだったりするんだろうか。
隣で気になることを話している。やめい。
戦闘に集中できないんだけど!
あれからブッチーの群れは次々お代わりの増援が来て、101匹ほど鏖殺した。
多いって。異世界生活早々にこれか。先が思いやられる。
命を奪ったのに申し訳ないが、GMが豚肉は食うなと言うので仕方ない。
新天地2番目のダンジョンは水玉工場プールを仕立てた。そしてドボンだ。
プラやビニール素材、植物用栄養剤になると思えば食品ロスも我慢できる。辛うじて。
不揃い野菜の食品ロス。それをかーさんが嫌がって、朝市に目覚めた気持ちがわかる。
本来は食べられるものを大量に捨てるのは思いの外にストレスだ。
ああ、切ない、勿体ない。
水玉プールは妖精さんにも内蔵している一番原始的なタイプだけど最新システムを組むのは資材が足りないので諦めた。
そこに魔石を抜いたブッチーを突っ込んで処理し、魔力が余っている面々は後始末だ。
『ライト』で照らした夜のネモフィラ畑に『洗浄』を掛けて回る。
ライトアップされた花畑は、漂う血の匂いのバイアスで妖しいまでに美しい。清雅だった昼の印象とは別の顔だ。
血の汚れは細菌の温床の上、魔物を呼ぶ。
放置するのは害悪だ。
「食べもしないのに殺すとか胸くそ悪くなるわね。心の棚上げで始末はするけど。魔物が増えたら困るもの」
本当にそれ。
アバター同化ゆえ、成ってしまった古の山姥ギャルカラー。
顔もボディも色っぽく派手な平賀さんは、外見にそぐわぬ田舎育ちだ。実家がネギ農家の山持ちである。
リアルでもやっている害獣駆除は、外来生物に山が荒れて仕方なく始めたそうだ。だからか言葉に重みがある。
悪の触手とかの、世界の敵でもないかぎり無闇なデストロイは避けたいもの。
でも理想と現実は違うよなー。
「経験値をご馳走してくれたと思えばいいんじゃないか?
篠宮くん、レベル幾つになった?」
「38です。那須さんは?」
「52。やっと感覚が戻ってきたよ。参ったね。頭はイケると思うのに、足がなかなかついていかない」
くっ、これだから忍者は。器用でとても羨ましい。
「雫石の本格的な『調律』は、明日レベリングしてから始めます」
「焦るのはよくないな」
「安全マージンはとってますよ。無茶はしません」
オレは無茶はしない。オレの方は。
……リュアルテくん、才能あるんだろうな。
レベルのほぼない病み上がりで雫石を『加工』するとか、今になって振り返ればちょっとおかしい。
それとも体が壊れていたから、危険を感じるストッパーも働いてなかったんだろうか。
……かもなあ。『加工』を入れたチェルとマリーは、雫石に触っただけで怯んでいた。
やべーことに気が付いたような気がするが、転生して元気になったからノープロブレムだ。
誰も幸せにならない疑念は闇に葬ろう。
それでなくともマリーとは拗れたまま離れてしまったのに、余計な燃料投下したくない。
あ、なんか心配になってきた。
マリーより万里の方がメンタル強いが、少しでも連絡取りやすくなったら、速攻でフォロー入れとかないと。
「それに、今は頑張る時かなって」
「……若い子があんまりにも立派だと、歳を取ったと感じるなあ。
おじさんたちの立場がないから、もっと自堕落でいいんだぞ?」
那須さんは若い班長への年長フォロー要員だ。
でも転生しといて、おじさんはないかな。童顔に髭は似合わんよ?
「そうですね、では言葉に甘えて自堕落はサリーと合流したらします。
多分今頃モーレツに働いていると思うんで、休憩するのに巻き込みます」
「ああ、佐里江くんもなあ…」
那須さんは悩ましげだ。
なんか、うちのサリーがすみません。
急いでいる自覚はある。
だってこちらは遭難者の立場だ。
そこから対等に交渉するなら、分かりやすく見せ札を出していた方がよろしいよな?
……うちの政府ちゃん、色んなところから外交下手って聞くけれど頑張ってくれるといいなあ。
外国の崩落災害は超高層ビルが丸ごと呑み込まれたとか、崩落跡から湧き出てくる魔物に軍隊を常備させることを決定したとか洒落にならないニュースも続々届く。
果たして異世界でもピンピンしているオレらを、どれだけ政府ちゃんは優先してくれるだろうか。
「篠宮くんは、困りごとや、悩みがあったら誰でもいいから頼るように。
案外、俺らは役に立つぞ?」
頭を撫でようとした那須さんの手が角に気付いて、背中を軽く叩いていくものに切り替わる。
うーん。顔になにかしら出てしまったのかな?
不穏な空気とか、心配ごととか。
若い男なんて、格好つけの見栄っ張りだ。それはオレも例外じゃない。
人格の底の浅さを見抜かれるのは面白くないような、気にかけられて安心するような複雑さだ。
悩み事なんてさ、いくつもある。
いつもだってそうなんだ。こんな時なら多くなって当然だろう?
雫石で通信ラインが築ける程度に、近い異世界にたどり着けたこと。これだけでオレの分の悪運は使い果たしてしまった気がする。
だけどさ。
…近い異世界だとしても、月と地球よりは遠いよな。
空にたとえ月があっても、それは三笠の山に出た月ではないのだから。
どれだけ流されたかを算出してもらっても、界外の渡航単位は基準がどうも不明瞭だ。
界流によっては距離が伸び縮みする変動が入るのも、計算式を複雑なものにしている。
アンカーを打ってきたことで、伸縮率が少なくなっているからこれこれこうでと数式を説明されても正直ちんぷんかんぷんだ。
簡単には行き来出来ない距離だってことしか、今のオレにはわからない。
その距離の計算が、GMが言い出したダンジョンタワーの建造にどれだけ必要とされてくるのか。
それが検討ついてないってことも悩ましくて仕方がない。……まさかこれを全て理解しないと造れないとか言わんよな?
ダンジョンタワーとか、知らんかった単語だ。
ゲームを再開したら禁書知識が必要そうだ。魂が抜けそうな溜め息を漏らしたくなる。
億劫な勉強漬けの予感だ。
うん。千人もプレイヤーがいるなら、特別頭のいい奴もいるだろう。
設計は投げよう。そうしよう。
相互扶助はとても素敵だ。
……でもこれ、指揮をとらにゃならんのか。嘘だろ?
そんな将来の苦労が目に見えるのと、もうひとつの悩み事は、離れた距離に漂着したグループのことだ。
冒険者免許を取るようなのは、さんざんGMに辛酸を舐めさせられて、それでもヒーローを目指すロープレしてきた、ある意味筋金入りのオレたちだ。
簡単にヤケになるには、酷い目に合いすぎてスレている。
きっと皆、命根性汚く生き残ってくれているだろう。
少なくともその努力をしているはすだ。
その確信はある。
だかしかし。やはり早めに合流したい。強く思う。
なんてったって潮ノ目幸仁。
あいつばかりは、現代において特殊なバグだ。
実家の稼業柄、古風な家庭で躾られているのと、門下生から可愛がられて育ったある種特殊な環境育ち。
そのお陰さまか、なんとも人徳のある性格だ。
その性格だけなら稀によくある範囲でも、天性のフィジカルを磨きあげるのに相応しい強靭なメンタルが加わっていると一味違う。
あいつは泳いでいないと死ぬ魚だ。
ダンジョンマスターの甲斐性と合わせれば、異世界梁山泊を容易く築き上げるだろう。
まあ、それくらいならいいとしても。
その先には、懸念がある。
今はまだいい。
多くの人命を肩に乗せているんだ。インフラ構築に、あいつも気を取られているだろう。
自分のなすべきことを見定めて、着実にことを成しているに違いない。
問題は一通り、自分の仕事は終わったと、あいつが判断してしまった時だ。
未だ見ぬ危険な新天地とか、あいつの大好物が過ぎるんだよなあ?!
……魔物の犇めく海峡を、泳いで渡るような前世持ちなの忘れてないぞ!
頑張った自分へのご褒美という免罪符を掲げられ、わくわくのアドベンチャーされてしまいかねない件。
幸がアップを始める前に、回収しないと…!
放置したら、きっとゆか…大変なことになってしまう。
それにヤツに煽られ、魔物の氾濫が起きている異世界に順応しすぎて日本に帰れないタイプの冒険者を大量に作られてしまってもまた困る。
ちょっとは強くなって、自信がついて。
そんな男の伸びた鼻とプライドを擽って、ポジティブな方にコロコロ転がす。
あいつはそんな飴の扱い方がべらぼうに巧い。息を吸うように人をたらすところがあった。
負の車輪を止め、正の車輪を回すことに長けている。
あの年齢で道場で指導を任されていた理由がそれだ。
あいつの稽古に付き合って、いいように転がされているオレが言うんだから間違いない。
刃の目立てとか自分でも巧くなったと内心、愉悦した途端、すかさず誉めて、【今のお前になら可能だろう!】と課題を出してきやがるし。
あれで無意識なんだぜ?
タチ悪い。この環境じゃ、与える影響力が強すぎる。
せめて帰れる目処がつく迄は、あいつにステイさせときたい。その後にならいくらでも付き合うから………!
自棄とか自傷とは無縁だけど、極度のストレスを溜め込むと、あいつのことだ。それを理由に出奔はしそう。
「なんでジャスミンがいないんだ……」
幸のお守りはお役目だろうに。
あれで理がある意見はちゃんと聞くから、あいつに流されない人材は大事だ。
ジャスミンとかルートくんとか三宅さんとか!
幸のことが心配です。って言っても、距離があるから困らせるだけなんだよなあ……!
幸になにかあったら、サリーが気に病んでしまう。
ジャスミンが居てくれたら適度に息抜きさせてくれるし、安心なのに。
サリーは、頑張り屋だからなあ。そして仕事があればあるだけ、嬉しくなって働いちゃうタイプ。
幸とは作業の相性が良すぎて困る。ノンストップで最後まで走りきって……呆気なく燃え付きそうで怖い。
これだから生真面目ないい子ちゃんは!
ぐぬぬとしていたら、GMがこてんと首を傾げた。
トウヒさんボディだから文句なくかわゆい。ちょっと和んだ。
「いますよー。彼氏、神奈川グループに混じってます」
え?
ジャスミン、いるの?
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。
幸さんも語り手のことを【心配】していますよ。
ええ、お互いにブーメランを投げ合う関係です。