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207 不安材料




 他神奈川グループは現地政府の救助隊を待ってから、こちらに合流することになった。


 こちらのお人の言うことにゃ、道中は森を通らなくちゃならないし、オレらが漂着した土地の方が野良魔物の被害が比較して少ないそうだ。

 これはひとえに異世界ネモフィラの繁茂のお陰だ。


 なにかしらのトラブルがあったら、予定が変わるかもだけれどその時はその時だ。

 オレらもそうだが、現地の皆さまも唐突なことでアワくってる。


 それでも打てば響く支援表明があったことは、不安を軽くしてくれた。

 異世界人魔女狩りフラグなんてものはなかったな。ひとまず良かった。


 現地政府から周辺地図も提供された。

 ここより3キロ圏内には、レベル3野良ダンジョンが見受けられる。

 ……なるほど。オレらはこの野良ダンジョンにアンカーを引っ掛けた衝撃で、地表に噴出したらしい。


 東に250キロほど離れた場所には、現地の大都市があった。

 そして小規模な野良ダンジョンがこの付近には点在する。

 丘陵一面のネモフィラ畑は、一帯を掃除をする際の資材キャンプ地だった。丁度野良ダンジョン群の中心だ。

 丘の下にある、モルタルで固めたらしき人工池。あれは掃除中の水玉プールになるのかもな。


【公共の花畑を踏み荒らしてしまった、申し訳ない】

 地図を読み解いた広崎さんが真っ先に、GMに仲介して貰い現地政府に陳謝した。そうしたら。


【この異世界ネモフィラは、踏まれても生える強い草花です】

【ですのでご心配なさらず、そのまま自由にお使いください】

 そう快く許して貰えたらしい。


 こういった多少のやり取りで伺えるのは、相手の社会には崩落災害の概念があり、野の者とも山の者ともつかぬ異界人相手に手を差しのべる気概と理性があるということだ。

 甘えすぎは良くなくても、現代日本に通じるレスポンスの穏やかさは好ましい。


 なにせ郷に入っては郷に従えって言葉がある。同じ日本に居ても土地によって常識が違うのだ。異世界なら尚更だろう。


 撹拌世界でも文化の違いによる摩擦は多く取り扱っていた。

 大きくは戦争になった夢魔の例だ。


 どんな常識、非常識が飛び出てくるか今からもうドキドキものだ。

 現地のお人たちに良い方向を探して対話しようという余裕があるのは、幸先良い。



 近距離に落ちた神奈川グループとは、今後の予定を通信量をセーブしながら話し合った。

 その結果、第一異世界人さんとの会合はオレたちのグループに任せられた。


【今度からは議事録が残るように、掲示板を使いましょうかねえ】

 GMが妙に慈愛深い声音で総括する。


 お互い、生きてる!良かった!

 そんなテンションで通信量がね。…うん、すまん。

 セーブするとはなんだったのか。


 会議が尻切れトンボになったのは、オレらの自業自得である。

 魔石が足りないなら、自前の魔力を使うしかないのでガス欠になったらお仕舞いだ。

 あちらの神奈川グループは低位階者も抱えている。MPは生活インフラにも使うのに、配慮が足りなかった。



 しかし異世界人とファーストコンタクトは、もしかして歴史的イベントなんじゃなかろうか?

 ううむ。緊張する。


 しかしまさかこの場に外交官がいるわけではなし。

 オレは『エア』と『免疫』、『洗浄』等の発動体を作れる。

 消去法で、こちらのグループにバトンが来たのは順当だろうか。


 どんな人が訪れるにしても、異世界ウイルスハザード。特に変異株によるパンデミックはあかん。



 そんなわけで、人待ち待機の間に魔石補充用のダンジョンを建てることにした。

 神奈川で使う予定だったダンジョンゲートは、4基しかないんで貴重品だ。


 ……建造先が決まっていたダンジョンゲートの不正使用。これって横領になるんだろうか?


 下手を打つと国民の目が怖い政府ちゃんの依頼の品でまだ良かったな。

 コンプラのガバな企業向けダンジョンなら、崩落漂流を加味されず持ち逃げだと家族が訴えられたかもしれん。

 オレらの依頼に、外資系の企業は弾かれたのって理由があったんだな。


 自分のものではない預かりモノに手をつけるのは躊躇いがあるが、ダンジョンは造る。

 なにせ余分な魔石や精石は、GMに捧げてすっからかんだ。


 通信や分析を一手に担うGMの、エネルギー源確保と演算能力の拡充は現在喫緊の課題である。


 破損はしていたが災害備蓄保管庫の中身の半分ほどは、無事だった。当座の食には困らない。

 だからオレの異世界ファーストダンジョンの魔物は、代々コットンを呼ぶことにした。


 エネルギー用の魔石だけならレイスのものが使いやすいが、ここは資材と兼用出来る魔物がいい。


 エアマットを敷いた寝袋も案外悪くはなかったし、実は自分のベッドだけなら妖精さんハウスの中にもある。

 しかし漂流メンバーには平賀さんと狭間さんという女性がいるのに、オレだけベッドを使うとか男の沽券に関わるだろう?

 むしろ提供を申し出たら【護衛対象のベッドを奪うとかないです】と、真顔で断られてしまった。いいのに。


 代々コットンの早期招来は、男の見栄と職業意識。両者の意見が対立したからの折衷案だ。


 なにせ軟弱な現代人。健康でいるためには快適な眠りが必要だ。

 精神チャージに暖かい寝床は確保すべきだし、こんな状況だ。布素材はどれだけあっても困らない。


 この辺はクリスマスでやったばかりだ。イージーなサバイバルだったが、基本はわかる。

 水と食糧、清潔さ。安全地帯に、寝るところ。お次は被服。

 現在のパフォーマンスを維持するには、最低これだけ必要だ。



 ひのふのみと、使ってもいい雫石の数も把握しておく。

 通信塔代わりに『調律』済みの雫石を景気よく放出した今はこちらも在庫が渋い。


 富士山麓の雫石を『調律』してなかったらアウトだったな。


 そう思うと背筋が寒い。

 やはり雫石を貯めておいてこそのダンジョンマスターだ。

 へそくりは常に作ろう。心に決める。



 さて、代々コットンの次はどうしようか。

 魔物数種を混ぜた混在型のダンジョンはなにかと事故るのでやりたくないが、そうもいってられないだろう。

 訓練に使うなら部屋を区切った洞窟型もアリだけど、資材を集めるなら大部屋がマストだ。効率が違う。

 ゲートの数が限られているというのが、やはりネックだ。



 実を言うとゲート自体のレシピはあるし、材料となる風信子蜘蛛の魔石だってキープしてある。

 問題はオレや護衛メンバーにゲートを作ったことがある者がいないことだ。


 要が恋しい。あいつは物作りに興味があるんで、色んな工房で手習いしてきている。

 そんなノウハウがあるのに、なぜ今居ないんだ要ぇ。

 

 監修もなく気軽に作ってさ。誤作動でもしたら洒落にならん。


 こんなことなら工房見学だけでも申し込んでおけば良かった。

 そしたら『録画』、『再生』で、製作手順を確認できたのに…!


 黙って魔石の『精製』をしていると、風船のように不安が膨らむ。よろしくない。



 あー……。

 駄目だな、オレは。

 髪をかき上げ、がしかしと掻く。

 図体ばかり大きくなっても、考えるのは自分のことばっかり。子どものままだ。


 友だち、近所の組み内、ダンジョンマスターとしてから知り合った人ら。

 きっと多くの人に心配と多大なストレスを掛けている。


 特に研究施設の面々は、顔を青くしているに違いない。

 よくよく鍛え、第一線で野良ダンジョンに潜れるサリーのような人材が多数。

 そしてヒヨコとはいえダンジョンマスターが2人も野良ダンジョン処理中に消えるとか、どんな悪夢だ。



 だけどなにより心配なのが、家族周りだ。

 これが込み上げてくる焦りの原因で、オレの不安材料だ。


 爺さまは、そりゃあお天道さまに背くような道理のわからんジジイじゃないが、情に厚い。

 そして身内のことになるとタガが外れることもある。

 激動の昭和を生きてきた男は、同じ朝は二度と来ないことを知っている。

 だからこそ金の使い方が豪快だし、人の繋がりは大事にする。スパンと思い切りが良くアグレッシブだ。


 その伴侶の婆さまはというと、爺さまが本気でやりたいことは止めずに全力で応援する貞女だ。

 半世紀培った信頼に、アクセルはあってもブレーキはない。

 生活のよしなしごとの判断は婆さまが司令だが、家業や親戚の統括は爺さまの判断に委ねている。


 超長距離通信故に【生きてる、元気】と短くなってしまうコメントつきで、政府ちゃんに生存名簿を送れたから………親戚衆を巻き込んだ、酷いことにはならないと信じている。

 いや、信じたい。


 ……………だけど実のところ。

 打てば響く鉄火な祖父より、不味いのは圧倒的に頭のキレる実父である。


 その事実が、怖い。とても。



 うちのとーさんは、頭の回転が早い人だ。

 オレみたいな凡人と基本スペックの桁が違う。

 だからキレた時に取る行動の、予想がつかない。

 小さい頃からとーさんはいまいち謎の人だったが、成人した今では尚更そうだ。


 もっとも知能指数が20以上違うと会話が通じないというのは、とーさんに言わせたら俗説だ。

 高学歴コミュ下手の言い訳だと、本人は自虐的にくさしている。


 人にわからんように喋る頭の悪いことをしておいて、理解されないと嘆くのは図々しいそうだ。

 なにやら黒歴史的な心当たりがあるらしい。


 つまりとーさんは、理解されたいことは分かりやすくオープンに話す努力をしてくれるが、知られたくないこと。主に思考や内面、心の芯になる大切な持論は煙に巻きたいタイプである。

 発言を封殺され続けた幼少期の闇は深い。

 

 そして自分に自信が持てないことが災いして、家族にも心の壁が厚いわけだ。

 なのだが、愛情がないわけではないのがまたミソだ。


 むしろとーさんは実家の関係構築を失敗しているぶん、家族を失うことをとても恐れているフシがある。



 あああああ。

 絶対、頭のネジ数本飛ばして、キレちらかしているよとーさん!

 情緒は人並み普通だから行動原理は分かりやすいけど、それ以外の取るだろう手段や行動が全くわからない……!


 オレは生きて帰る気満々なんで、地元に帰り辛くなることだけはやめてよ。本当に…!


 かーさんが、とーさんの首根っこ押さえ込み、よしよしと丸め込んでくれることを祈っている。

 千枝と万里の手前、犯罪は起こさないよな?

 どうかそうだと言ってくれ。


 とーさんは悪巧みをさせたら、絶対にダメな人だって!



 千枝と万里は。

 あいつらは、泣かせてしまうな。


 こうなると、かーさんに妖精核用の雫石ケースを丸ごと渡しておいて正解だった。

 金にするにしろ、妖精さんを招聘するにしろ、かーさんなら家族を守るのに上手く使ってくれるはずだ。



 


「月並み夢見がちな女子高生だった時分にはイベントらしきイベントは起こらなかったのに、今になって異世界トリップするなんて人生わからないものね」

 オレの目の前。

 椅子に座り、代々コットンの『種抜き』をしている狭間さんが述懐した。

 話しかけられることで、思考の迷宮から引き上げられる。


「そう言えば、皆さん落ち着いてますよね。

 小説だとパニくって、普段大人しい人でも暴れたり暴言吐いたりするものですけど」


「それはそうよ。

 盛大に災害に巻き込まれての異世界トリップなのに、一方的ではなく日本と通信繋がるのって恵まれているもの。安心感が違うわ。

 独りぼっちだったらそれでも呆然としていたかもだけど、厳しい『テラー』訓練を一緒に受けて、醜態さらし合った仲間も一緒だし……なにより篠宮くんもいるしね?

 割りとなんとかなるんじゃないかな」

 オウフ。女の人は強い。


「はい。なんとかします」

 ダンジョンマスターが、陣地構築に強いのは自明の理。うん、そこら辺は任せて欲しい。


「おっ。青少年らしい、いいね!頼もしいぞ!

 よっし、私も頑張ろっと」

 狭間さん家のリカさんは剣道4段、柔道2段の凛々しい女性だ。

 背は170センチほど。腕は太いが、腰は細いアスリート体型だ。

 言うなればややゴツめの、バレリーナ。

 女豹のようなしなやかさだけど、顔は童顔でふっくらした頬が可愛らしいお姉さんだ。


 強くてキュートで趣味は縫製というあたり、異世界トリップしても和製ヒロインとして活躍しそうなポテンシャルだ。

 彼女は『糸紡ぎ』と『機織り』持ちなので、コットン素材はお任せだ。


「代々コットンは綿花と魔石の他になにか採れたりするの?」

 狭間さんが普段扱うのは、コットン素材だけなのか質問される。


「そうですね、種から綿実油が採れます。それとツル繊維が強靭なので質のいいロープが作れますよ。錬金術士がいたらですけど」

 少なくとも灰水に浸けて繊維を取り出すとか、手間隙掛かるの今は無理。


「ロープの在庫は余分に欲しいね。真紀ちゃんに頼むかあ」


「平賀さんに?」


「うん。ロストした前のアバターはそっち系だよ。

 篠宮くんは魔石の処理があるでしょ。分業しよう。

 おーい、真紀ちゃん出番だぞー」

 配慮どうもだ。

 やっぱり年上の女性は、なにかと気配りが美しいよな。


 同世代女子の悪辣な我が儘も、可愛いっちゃ可愛いけど鼻につくこともある。

 かといって好きか嫌いかで判断すれば好きってなるのが、男の馬鹿で悲しいところだ。


 そういや学生といえばだ。

 災害が起きたのが深夜帯だから、崩落に捲き込まれた中高校生が少ないのがまだ救いだ。


 ただし、いないとは言っていない。

 忙しい年末年始の夜更けにウキウキとダンジョンに詣でているとか、お前らはオレか。


 オレもダンジョンマスターじゃなくて近所に通えるダンジョンがあれば、人の少ない深夜の予約キャンセルを狙っていた。


 とんでもないことになったと戸惑うフリをしているがその実、異世界トリップきたコレと、はしゃぐ気持ちは抑えきれないよな、中高生諸君よ。


 やだなー。その気持ち、とってもわかるわー。


 同族嫌悪……じゃないな。この居たたまれなさは、共感性羞恥心だ。

 なにかしでかすか不安な家族という爆弾がなかったら、オレも絶対そっち側だ。それぐらいの自覚はある。


「はあい。でも、ちょっと待って。こっちを仕込み終わったら行くよー!」

 平賀さんは『結界』の補助具をガシャコンと手際よく組み立てている。

 『結界』を動かすにも魔石がいるが、必要経費だ。

 この手の道具は境界の隙間やダンジョン内なら豊潤な大気の魔力を吸って発動するが、外じゃ追加のエネルギーがいる。


 急遽のダンジョン製造で、収穫した魔石の内訳は、エネルギー源に回すのが4割。GMの能力向上に貢ぐのが4割。発動体にするのが1割。非常時の予備が1割だ。


 テーブルの上の魔石をジャラつかせる。

 作ったのは『免疫』のアクセサリだ。


 遭難してもやることは変わらないが、努力目標だった今までとは違い、発動体を作るのにもチキンレース感がある。


 これから訪れる現地の軍人さんは全員、『免疫』は持ってないそうだ。


 こちらの世界にロケットの福音が届いてから500と余年。

 長い年月をかけて【マザー】と呼ばれるようになったGMの姉妹機AIは、およそ7世代ほど前の型番だった。

 なんでも直系ではなく、何世代か前の先祖が同じになるのだとか。そーいう枝分かれした関係でも引っ括めて【姉妹】になるんだとさ。


 オレがGMなら、マザーは十和子伯母さんってとこかな。実際にはもっと離れている関係だけど、基本のデータベースは共通性が高いので近くはある。


 さて、福音だ。

 マザーのロットは古いので、ゲーム機能は搭載されていなかった。

 しかし石にスキルやジョブを封入出来る機能はある。これは頼もしいことだ。


 ただ教導出来るスキルや、ジョブの類いが限られているのはご愛敬。

 500年もあればロケットリレーで、スキルの類いも発達していた。


「でも吸える空気あって良かったねー。

 でなきゃ穴熊生活だったよ」

 狭間さんは暮れゆく花畑を眺め、その美しさに頬を緩める。

 異世界でも夕日は赤い。


「そうしたら蟻の巣の拡充よろしく地脈にあたるまで地面を掘るお仕事でしたね」


「……やだ、ちょっと楽しそう……」

 本当に強いな狭間さん?!


 GMが検査したところ異世界の空気は特別な補助具の必要もなく、地球産のオレたちが生で呼吸しても大丈夫なものだった。

 それくらいにこちらの大気の成分は、現代地球のものと似通っているらしい。


 星を掴むような僥倖だ。

 しかしその幸運も問題のひとつ。


 大気の組成が酷似しているということは、植生や菌の繁殖具合も類似点が多いということでもある。

 そしてここの人類種が、どれだけ地球人種と体組織が【似ている】かは、未だ判明していない。


 オレらが来訪したことで、病原体の遺伝子組み換え異種間パンデミックが起きたら洒落にならん。

 悲しい事故を起こした揚げ句、異界の悪魔呼ばわりされて種族対立を招くのは、回避したい。


 そう。

 怖い話を、ひとつしよう。


 オレの『免疫』さんったら新天地で向学心に目覚めたらしく、にゅるにゅると数字を伸ばしてる。

 そして回り続けるカウンターに、止まる気配がない。今のところは。


 もう、どうしてくれようか。

 異世界には見えない危険が一杯だ。


 健康は快適な眠りからと、オレが布団増産を推し、メンバーの合意が速やかだった理由でもある。

 ヤバい風邪を引いたりしないように、栄養と睡眠には十分に留意したいもの。


 レベルが高くなるほどウイルス抵抗も強くなるはずだけど、用心するに越したことはないだろう。簡単に医者に掛かれる環境でもないんだから。


 幸いなことに、『エア』や『洗浄』のアクセサリ。会談用の無菌室も造ろうと思えば用意出来る。

 ダンジョンマスターの面目躍如だ。


 ここは『免疫』を移してくれたリュアルテくんにも感謝を捧げよう。

 よもやこんな重要なスキルになるとは思ってなかった。

 ゲーム中寝込んだ時は、スキルがあっても風邪引くときは引くよなって内心ディスって申し訳ない。

 カァンと熱が出ても半日で回復してくれた『免疫』さんはやはり神スキルだった。


「よーし。次は鳴子を仕掛けるぞ!」

「原始的だな!」

「役に立つの?」

「やらないよりはマシだとしか。

 ぶっちゃけいつものセンサー欲しい。あとカメラと集音器」

「それなー」


 着々と陣地を形成し安全圏を築き始める護衛メンバーの皆さんときたら、スキル以外の技能も頼もしすぎる。

 日々訓練しているのって、伊達じゃないんだなあ。


 ダンジョンマスターでなかったら一般高校生なオレなんて、とんだお荷物だった。

 役に立てる一芸が、あるのは素晴らしい。

 こんな環境で、なにも出来ずに守られているばかりだったら、気まずいなんてもんじゃないだろう。


 ………他の人たち、大丈夫かなあ。


 幸は、…まあ、あいつなら平気か。幸ほどのメンタル猛者って現代日本にそういない。


 GMに聞いたが、幸も多くの仕事を抱えるダンジョンマスター。

 作りかけのGM筐体を当然のよう保持していたから、アンカーを打ちながら流されてきたそうだ。


 ……雫石を足りない足りないとボヤきながらも、やっぱりタンス貯金は作っていたのか。

 あいつはなにをやらせても卒がない。そーいうとこある。


 オレはたまたまだったけど、幸は知性と精神で天運を引き寄せるタイプだ。

 抜け目なくて、可愛くないよな?

 ホント頼りになるったらないわ。


 ダンジョンマスターじゃなかったら、あいつが異世界トリップの主人公だった。

 残念だったな。インフラ屋は周囲にガッチリ守られるから、冒険活劇の主役は張れない。


 しかし蜘蛛の糸が2本だったのは、素直に嬉しい。どちらかがなにかの事故で途切れても相互の予備になる。

 他のダンジョンマスターならいざ知らず、幸と要は『魔力循環』の訓練を共にしている仲だ。あいつらの手の入った雫石なら地図にマーカーを打ってあるかのように距離があっても見つけ易い。


 そしてGMだ。

 こっちのGMがデータベース構築型の文系なら、幸のGMは演算特化の理系タイプだ。

 あいつの初号機は既に納品していて、製造中の2号機だったのでパワーは低め。

 中枢データの構築は終わっているので、これから精石を追加して仕上げていくそうな。


 気になるのはGMが2基揃ったなら双方の通信がもっと滑らかにいくはずなのに、なにかしらのジャマーで通信がぶつ切りになるということだ。おかげで通信コストがズシッと重く、連絡が取り辛い。



 サリー。


 サリーは。

 無茶をしないか心配だ。

 そりゃ腕っぷしは強いけどさ、責任感強くて一本気だから。


 ステータスをついと、開く。


 【暫く、お待たせします】


 繋がる通信の細さにより、長距離連絡は重要な共用データを優先させて届けられている。

 個人に許された通信は極力絞られ、短文のやり取りだけの有り様だ。


 アドレスに10文字だけ送られてきた言葉を、何度だって読み返す。


 サリーは、なによりも大切にしたい女性だ。

 そう思ってる。


 なのに同じ災害に巻き込まれた彼女の不幸を、どうしようもなく喜んでしまうあたり、己の性根が情けなくて、なにやら苦い。


 オレ、もうちょっと真っ当な男のつもりだったんだけどな。





 コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。



 撹拌世界で教導された冒険者たちが、異世界にやって来てしまいましたよ。



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