206 ロンドン橋落ちた
London bridge is falling down,
falling down, falling down,
London bridge is falling down,
My fair lady.
さあ、どうしましょ?
頭の中で歌がぐるぐるリピートしているが、状況は待ったを許してくれない。
【アンカー発射カウントします。……9 8 7 6 5 4 】
「『結界』解きました!」
カウント合わせで、解かれる『結界』。
ぐらり。
揺れる体を、横と後ろから支えられる。
【 3 2 1…発射!】
「打ちこみます!」
ステータスに流された誘導通り。視界に指示された座標を狙い穿つ。
マーカーされたのは、大きな円だ。打ち込む範囲は、ざっくばらん。
『ターゲット』持ちが、外すことは考えられない。
だから多少の中心ズレは気にせずに、アンカーを埋ち込む。つつがなく起動させることだけを集中する。
ぐっと膝立ちにした体に掛かる反動。
GMのナビ通り、雫石のアンカーが界面にて花開く。
ガチン、と一瞬強く繋がった感覚。
精石にはない重い手応え。
一瞬の安堵もつかの間。
塔からパージされた部屋は、川の流れに拐われるドングリのよう。ごおごお渦巻く界流に、なす術もなく運ばれていく。
縦横上下。
奔流は、ジェットコースターなんて目じゃない急峻ぶりだ。
「『結界』張ります!」
まだ魔力の余裕のある平賀さんが、凛と声を張り上げた。
護衛のメンバーは、6人全員が『結界』持ちだ。
交代で部屋の『結界』が張り直され、揺れが収まる。
そこで背や足を支えていた頼もしい腕が離れた。
【只今計測しています。暫くお待ちください。
………。
次のアンカー発射は、約10分後を予定しております】
頭にリースと鏡餅を乗せたGMは、リンリンと青く光っている。
フルスロットル。リソースを全力で計算にブン回している輝きだ。
「わかった。それまで『瞑想』している」
冷たい床に胡座をかき、『チャクラ』を練る。
とにかくMPを回復させないと。
ミスった。転生時期を誤った。
臍を噛む。
息を大きく吸って、吐く。
5分1セットの『瞑想』で、込み上げてくる焦りを吐き出そうとする。
……いいや、転生したお陰でオレは竜族の気が出ている。
大きな魔力の酷使に耐える体力という下支えを得た。それは現状、悪くないはず。
「マスター、栄養補給ですぞー」
トウヒさんが小さなお盆を差し出してくれた。
「ありがと」
アフログミを噛み砕き、市販のドリンク剤を1本キメる。
お高いドリンク剤は狭間さんの私物だ。礼に瓶を掲げると、気にするなとそちらも飲んでいた瓶を同じように掲げる。
「お互い正念場よ。頑張ろうね」
先ほどまで『結界』を支えていた狭間さんの笑顔に、消耗が滲む。
「はい」
女の人に体を張って守られてんだ、ご期待通りに働かなくちゃな。
平賀真紀さんと、狭間リカさん。
彼女ら護衛メンバーのリカ真紀コンビは、いずれも動けるタイプの魔法使いだ。
魔力体力気力の回復に、ドーピングを踏み切ったがもちろん合法だ。
もろもろの吸収を助けるアフログミを誘導剤にした、カフェイン系ドリンク剤。そのカクテル摂取は、速攻でとにかく【効く】とサリーの周囲で評判らしい。
なにやってんのさ、サリー。社畜量産したいのかな?
【良い知らせが届きましたよ。ご傾聴ー。
ゲーム塔が落ちた穴は、設計通り傘が開いて、きちんと塞がったそうです】
通信用に打ち込んだアンカーが、上手く花開いているのだろう。
非常事態に政府ちゃんとホットラインを繋ぎっぱなしのGMが、速報を流してくれる。
【…ただ】
「ただ?」
いつになく迷う素振りは、嫌な予感しかしない。
【やっぱり、日本の12箇所だけじゃ留まらず、界の攪拌活動は世界規模で起こってますねー。
あちらの私の続報によれば、むしろ日本の地脈の乱れはもらい事故で、海を渡ってやって来た揺れの余波です】
予感的中。
いつになく素早いフラグの回収だ。
「チッ」
那須さんの舌打ち。普段努めて穏やかな人の凶相は、迫力がある。
「那須。スキルを使う頻度を下げろ。頭がおかしくなるぞ」
広崎さんが、那須さんの肩を叩く。
斥候スキルをガン積みしている広崎さんや那須さんは、界流をどんな風に見えているのか。
魔力の温存に、必要外のスキルを切ってあるオレには黒い魔力光が渦巻いていることしかわからない。
「大きな撹拌だったけど、アレでも本震じゃなかったんだ?」
【はい。本震が起きた地脈とは、界の断層が違ってますよ。
まいりました。
完っ全な次元連鎖型の災厄でしたね!コンチクショー!
お他所の世界のっ、砕破巻き込み事故ってサイテー!
そんな複雑な計算なんて、やれるわけあるかー!
月をまるごと演算機に仕立てろとでもいうんです?!】
GMがエキサイトしておる。
なるほど、悪い出来事には予定が立てられない。
【あ、ご安心を。
地球を撫でていったエネルギーはそりゃあ甚大なものですけど、塔の自主崩落により力が分散したぶん、サリアータ級の被害は出ないかと。
その代わり世界各地でゲーム塔は、バンバン落ちていますけどね!
だからパンゲアはしていません!今のところは!
地表の崩落止めは、上手くいっているようですねー!
うわーん、でもでもっ!折角、爪に火を灯す苦労をして建てた塔なのにー!
こんなの酷いー!あんまりだー!】
爪なんてないじゃんGM。
気持ちはわかるけど。
資料としてステータスに配布された『マップ』によると、世界的には3割を越えそうな勢いで塔の自主崩落が起きている。
国土の広い大陸なんて、特に大変だ。
……野良ダンジョンの氾濫が、起きてしまうのかな。
「わあ、いいニュースだ?」
広崎さん。広崎さん。それって最悪じゃないってことだけだから。
どんな暗黒予測を立ててたの。
【それと篠宮ダンジョンの地脈ラインは無事です。
一時期高く跳ね上がりましたが、危険域に入る手前で落ち着きました。
モリモリとダンジョン詰めた甲斐がありましたね。
それと危うかった大阪近辺の地脈も、なんとか無事に落ち着きました。
民間人にも解放している研究施設ラインの、地脈だったことも幸いでしたね。
瞬発的に高まり弾けたこちらの地脈の水位とは違い、あちらは上昇率の高まりが緩慢なまま推移したようです。
地元冒険者による人海戦術の魔力の汲み出しも、巧く回っていましたね。お見事です。
西邑さんの安否も確認されました】
今度こそ本当にいいニュースだ。
「サリーと、幸は?」
サリーは幸のホームの東京まで送り届けて、スタッフの集合を待ってからこちらに合流するはずだった。
幸の専門スタッフは武闘派揃いの即戦力だ。だからこそ地元防衛のための東京在住で、早々に野良ダンジョンの管理清掃を委託されて活動していた。
しかしながら、なにせ師走の30日、夜のことだ。
忘年会に散っていたり、山に寒稽古に入っていたりでスタッフの集合は手間取りそうだと幸から連絡は届いていた。
【まだ連絡が取れません。帯同スタッフさん全員ともです。
よって私共と同じく崩落に巻き込まれている可能性が高いと判断します。
現在日本ではゲーム塔は12箇所、崩落パージをしています。
プレイヤーリストで安否照会した、ゲーム塔で野良ダンジョン摘みをしていた、もしくは付属の管理ダンジョンを使用中だった冒険者たち。
そのうち崩落に巻き込まれたらしきと、あちらの私が判断したのは1125名です。
今回の異界撹拌における、撹拌深度は暫定4。
これは社会に甚大な被害が起こりかねないとされる数字です。
ゲーム塔未作成地域の被害は……やや大きくなるものと思われます】
落ち着け。
怒鳴る前に深呼吸だ。
口を開きかけて、きゅっと閉じる。
今も頑張ってくれているGMに八つ当たりして、事態が良くなるわけでもないだろう?
オレよ。そんな格好悪いことして誰に顔向けできるんだ?
「作業中にダンジョンマスターが2人も遭難とか、うちの政府ちゃん大丈夫かな?」
「免許持ちの冒険者とはいえ、他にも大勢の民間人が塔の自主崩落に巻き込まれているんだ。
アッパー一発KOじゃないか?」
「倒すな、倒すな。
せめてスリーカウント中に起き上がって貰わないと。
自然災害は日本で暮らすなら仕方ないことだ。
いつものように粛々と救助の指揮を取ってもらいたいね」
「天災直後、解散選挙、政治活動が止まりますなんて空気読めないことをしちゅうなら、ある意味伝説になるねや」
この呑気さよ。敵わんなあ。
護衛の兄さん、姉さんらは人間的に余裕ある。
事が起きたのはレベル2野良ダンジョンを平らげて、意気揚々と奥地から引き上げようとした帰り道のことだ。
唐突に時計のアラームが本日2度目、鳴り響いた。
【只今、強い『異界撹拌』を、察知、しました。
皆さま、塔から離れてください】
ゲーム塔全域に流れたのは、緊急速報だ。
それはレベル2野良ダンジョンの奥地にいたオレらにも届いた。
【急いで、逃げろ】。繰り返し、そう避難を呼び掛けるアナウンスだ。
「撤収だ!」
広崎さんの下した判断は早かった。
それでも間に合わなかった。
【危険水域に、達しました。ご注意ください】と流れていたアナウンスが、【只今より、塔のパージシークエンスに入ります】に変わったのは、全員で走り出して直ぐのことだ。
もちろん全力で走りはしたものの、野良ダンジョンゲートから出た時には既に遅く。
カウントは残り5秒を切っていた。
「…っ!管制室へ!」
野良ダンジョンを収集するシステムは、塔凡ての標準施設。外来生物が紛れ込むのを封殺する地下2階だ。
脱出困難を直ぐさま悟り、塔の管制室への避難から立て籠る流れ、判断力は、日頃に訓練を積んでいなければ出来ないようなスムーズさだ。
やはりプロは心構えが違う。
内心あわあわしていたのは、この場できっとオレだけだ。
ゲーム塔本体に設置されているGMは、日本の地表で栓になり、地脈の噴出から来る崩落を防いでいる。
なのにどうしてGMがいるかというと、この場の彼女は納品前の筐体だからだ。
緊急事態に取り出したところ、彼女はすぐさま、働き始めた。
オレたちが崩落した塔にあり、界流に乗って運ばれている。
それに気づくや否のことだ。
【ヒエッ。『調律』した雫石はありますか?
今から、雫石を通信中継点として打ち込みますよ!っ、急いで!
それと今から流士さんは副GMに任命します!
いいですねっ?!】
「『調律』した雫石は、細かいままのものがある。
わかった、なにをすればいい?」
いつになく慌てふためいた彼女の姿には、イエスマンになるしかない。
ざらりと石を取り出すと、GMは即決でなにかを決めた。
【あるのは多いけど、ちっちゃい雫石ですね。
ならば、回数を増やすことでカバーしましょう。
大丈夫、いけます!
うう、欲を言うなら自分がもう一人欲しかったーっ!
私データベース型で、数字に弱い文系なのに!
すいません、計算、計測。頑張るんで、リソースはそちらにつぎ込みます。詳しい説明は後回しで!】
日本と通信を繋ぎ続ける手段として、雫石を通信機兼アンカーとして界面に打ち込むこと十数回。
ようやく一息ついたGMが、いつものように喋り始めたのがイマココだ。
現在オレたちは栓となった部分から、パージされた部分にいる。
特徴的な屋根がとれた塔は、傍目からは釘を何本も刺した缶コーヒーのように見えるかもしれない。
今となっては塔の最上階。管制室の天井は、丸く穴があいている。
塔の天辺が傘のように大きく開き、その衝撃により、柄を埋め込まれていた壁からはロックが外れ、12本のポールが突き出した。
ポールは魔力を吸い上げて動く『結界』の魔道具だ。
巧くいけばこの部屋も、地表に残るはずだった。
一階、二階は界の狭間に地盤沈下しただろうが、塔の壁から開いたポールで引っ掛かって最上階は地表に残る設計だ。
ただし塔本体よりも崩落が余程に大きかった場合は、ポールはより大事な栓の保護のために、そのまま落ちる塔から切り離されて穴を守る皮膜の一助になる仕組みでもある。
その場に残ったGMはというと、GMとしての役割を放棄した。
柔らかい石であるその本体を変生させて、根に張った魔力を吸い上げて大結界を張る機構に化けたはずだ。
そのゲームで使用されていた、莫大な演算処理能力を以て。
……野良ダンジョンを呼び込む機能がついている塔部分がパージされたのは、【地上を絶対に守る】そのコンセプトの設計上、致し方ないことなのだ。
今回は特に空いた穴が大きかったケースなので塔は屋根だけを残し、すぽっと落ちた。
ものの見事に。
管制室の天井中央に黒々と穴が空いているのは、塔のGM本体がそこに嵌められていたからである。
GMと煙は高いところがお好きだ。
「さて、GM。雫石のアンカーを打ち込み続ける限り、日本とは通信が繋がるのかな?」
もう質問は解禁だろうかと、広崎さんが水を向ける。
【もともと塔が落ちても只では済まないように、近隣界流地図を作って日本に送るビーコンがこの管制室にはありますから。
システムに相乗りしましたよー。
仕様書読みます?】
「頼むよ」
インテリな広崎さんが資料に目を通している後ろで、班員さんは井戸端会議だ。
無言なのは『結界』を先ほどから変わらず発動させている平賀さんだけである。
「塔自体を計測器具にするなんて、勿体なさすぎやしないか?」
「災厄が起きてしまったからには、なにか余禄でもないとやってられないってことでしょ。
どうせ塔は落ちるしかないんだし」
「今はそれに助けられているしな」
「ちがいない」
ガツン、ゴイン!
そんな賑々しいBGMでも隠しきれないノックがホラーだ。
…いや、パニック系かな?
『結界』越しに、なにかが当たっていく感触がある。
いざという時、障害物へのクッションになるよう、資材倉庫が囲むように設計してあるので管制室は頑丈だ。……穴空きの天井中央部以外は。
だからアンカーを打つなら、管制室が一番いい。それがGMの見解だ。
ここがいよいよ危なくなったら、アンカーを打つことを諦めて、トウヒさんの小異界の中に移動することになる。
トウヒさんは、妖精核としては規格外に大きな雫石を使っている。それなり以上のシェルターだった。
人の視線を奪う界の隙間は、黒い魔力光に満ちている。
浸かると体に悪そうだな。
なんとなくそう思う。
『調律』してある雫石を握る。
これが日本と繋がる命綱だ。
石が尽きるのが先か、『結界』を保つ魔力が尽きるのが先か。
界をロケットで漂流するのは、本来長い時間が掛かる。
だけどこれだけ急峻な界流ならば、近くに流れ込むような、異世界がある【かもしれない】。
GMのカンを信じての行動だ。
ガンガン減っていく雫石に、全く心が削られるったらないな!
【次、アンカー発射いけますかー?】
「ん、オッケー」
異界攪拌を起こすくらいに、この界流は当たりが【激しい】。
少なくとも日本だけでも12基の塔のパージ部分が、この界流に落ちた。
オレがヘリで飛んだのは神奈川だが、塔が落ちたのは東京、茨城を繋ぐ地脈ラインだ。
だからサリーや幸も、同じラインの野良ダンジョン摘みをしていた。
妖精さんをつけてあるサリーや、ダンジョンマスターな幸なら、界流に流されても生き延びる可能性は高い。
あの2人のことだ。同じところにいてくれるなら、オレたちよりずっと上手くやっていることだろう。
頼むよ。どうか無事でいてくれ。
【カウントします。9 8 7 6 5…】
祈りを込め、アンカーを打ち出す都度99回。
スズ、ンっ!
地滑りを起こすような衝撃があり、どこぞの異世界に漂着した。
オレは広崎さんと平賀さんに抱き込められて床に転がる。
広崎さんはともかく、平賀さんは女の人なのにっていう嘆きはナシだ。
両脇から支えられてアンカーを打ち込んだら、ぶち抜いてしまった。
その衝撃だから、不可抗力だ。
【……………っ!
やったー!地球型惑星ですよ!YES!YES!
あっ、あっ。しかもこの世界、500年前にお姉さまが入植してます!
……人類がいます!
今、遭難信号を受け取って貰えました!
ヒャッフウ!しかも法治国家!
なんたる幸運!もってますよ流士さん!】
傾斜する床に斜めになったまま、しばらく黙っていたGMが、喜びの光を乱舞する。
え……っ、と。つまりはどういうことなんだ?
緊張感から解放されて、頭が巧く働かない。
【流士さん。トウヒさんの権限をしばらく、お借り致しますね。
お姉さまの忠告によると、どうやら野良ダンジョンの氾濫が起きているタイプの世界のようです。
私は、『結界』を周囲に立てがてら、ちょっくら大気の成分分析をしてきます!
それまで、皆さんはハジメさんの中で休憩してくださいませ!
ひとまず私の本体もハジメさんに安置してお願いしますねー!】
GMに体の支配を乗っ取られたトウヒさんが、塔に備え付けの緊急物資の保存ボックスから『結界』の幟を取り出した。
……そんなことも出来たんかい。
「行ってきますー。
本来なら真夜中を通り越して昼の時間です。マスターはお休みするとよろしーです」
うん。悪い、少し休むわ。
疲れたなあ。
遭難1日目にして、大晦日の12月31日。
どんな時でも腹は減る。
まだ猛烈に眠いが、空腹に耐えかねて寝袋から起き出せば、現地時間の夕方4時だった。
まるで季節を先送りしたかのようだ。
降り立った野辺は、一面、ネモフィラに似た青い花が波打つ丘陵に咲き乱れている。
丘の上、青い空と地続きになるような花畑はあまりに美しい。
まるで天国に辿り着いてしまったかのようだ。
【この花、触るだけなら人体には無害ですけど除草成分を多く含んでます。
蜜を吸ったらダメですよー】
「おおう、異世界植物の生存戦略」
いきなり正気に戻された。
【草枯らし成分は桜とかと一緒ですね!
この花畑は現地の方が、野外活動の際の小型魔物避けの陣地として手入れしているようですよ】
「それは趣味がいい。交流に期待が持てるな」
花愛でることを知る気風の民族ならば、オレらとメンタルもそうかけ離れてはないだろう。
緊急時における特例でプレイヤーの生存維持活動を始めたGMは、時計を通してお喋りをしてくれる。
サブカルを嗜んできたオレからすると、神様転生ではない異世界トリップはハードモードな印象だ。
主に言語の問題で。
お姉さまとやらと親しくコミュり、現地の言葉の解析を進めているGMは、もっとオレらに感謝されていい。
……ありがたいよなあ。
「オーライ、オーライ!
…ストップで!」
『計測』持ちの狭間さんの音頭に合わせ、ピサの斜塔よろしく傾いていたゲーム塔の中枢部が人力に依って直される。
テコを使って石を差し込む原始的な工事だが、冒険者の手によるとあっという間だ。
地下部分がむき出しで、出入り口がロッククライミングしないといけないのは仕方あるまい。
「マスター、破損していた食糧保管庫の品は回収したもし。
すぐに食べられるレーション等は、休憩スペースにも在庫を置いておくもしよ」
ハジメさんがてちてちてちと、小さなあんよで走り寄ってくる。
癒される上に働き者。妖精さんが、居てくれて良かった。
「了解。…オレは通信用の精石の、そのまた材料になるダンジョンを建てるか」
「地脈はあるもし?」
「オレらが転がり落ちたくらいだから、むしろ十分すぎるくらい太い。
これを放置しているってことは現地も手が回ってないことだから、……勝手にダンジョンを詰めても怒られないよな?」
「怒られたら、いっしょにご免なさいするもしよ」
「それは心強いな」
ハジメさんの頭を撫でる。
異世界だから、どんな常識がまかり通っているかドキドキものだ。
GMは法治国家…!とテンションアゲアゲだったから、そんな理不尽はないと思いたい。
オレがグーグー寝ている間に判明したのは、ザックリと以下だ。
1 日本サーバーのゲーム塔、12基のパージ部分はこの世界に漂着した。
2 辛うじて日本と通信は繋がる。
3 他のゲーム塔とも通信は繋がる。但し不自然にコストが重い難もあり。
※間に霊地があるのかも?
4 他サーバーでは、魔石の在庫が覚束ないところもあり、出力とエネルギーに不安がある。よって現在通信量は、限界まで絞っている。
5 漂流者は全員、冒険者免許を習得している。
※未成年者、仮免も含む。
6 『結界』の装具、食糧や防災テント等、ゲーム塔の災害備蓄倉庫は、全ての塔の標準装備である。
各々食うだけなら半年は持つ。
7 同じ異世界に漂着したのは、邦人1125名である。
※確定。
界流によっては外国系のサーバーと合流する可能性もなきにしもあらず。
※未確定。
8 現地政権とは、コンタクトを取れた。
魔物避けなどの救援物資を運ぶ、特殊部隊が既に出発している。
9 未知の病原体がお互いに恐ろしいので、『エア』、『洗浄』等を両者ともに用意して、交流に望みたくあるとのこと。
10 政府ちゃんからお手紙ついた。
要約すると、なんとかして絶対に助けに行くから、日本国民としての良識を保ちつつ、生き延びろとのこと。
11 オケ。と日本に返事をするだけでめちゃエネルギーが掛かったそうだ。
界流の流れの向きからして、日本からこちらに通信飛ばすのは技術的にも楽だけど、反対は必須カロリーが高いらしい。
現地の政府さん的には、ひとまず魔物避けだけでもと比較的近所な4件のゲーム塔の周りは壁で囲ってくれるそうだ。
他のゲーム塔は、地図作りから始めなきゃいけない遠所なんだと。
ちなみに東京にいた幸も、ここ遠所のグループだ。
該当地脈ラインにあり、落ちた東京の塔は5基。
どのくらい離れているかと言うとだな。ここからだと縦長の方の日本列島が、余裕を持ってすっぽり入る程度に離れているそうだ。そりゃ遠いわ。
せめて同じ大陸であることを祈りたい。
……お互いに海に落ちなくて本当に良かった。
水圧にでも負けるのか、界の地脈が噴出するのは地表か水深の浅いところだけって話ではある。
しかしいくら浅い海でも、塔ごとドボンと落ちてたら冒険者でも命が危ない。
オレが野良ダンジョンを摘んでいたのは、神奈川だ。
神奈川、東京、茨城に向けて。
崩落が起きた塔の位置からして、日本の腹を抉り取るような地脈の流れだった。
もしもパンゲアしていたら、千葉がまるっと本州から切り離されて、島になるような形だ。
人口多いところが海になるとか恐怖でしかない。
更に遠方に流れ着いた茨城の塔3基は、夜間は完全無人で幸運だった。
ここはかなり遠い。GMの計測が確かなら列島ふたつの距離がある。
もし人がいたら、とても大変なことになってた。
幸というダンジョンマスターの砦がある東京グループはまだ、列島ひとつの距離間だ。
神奈川の塔は4基だが、内の2基は茨城と同じく無人。1基が有人。ここのグループは100と余人だ。
なので早めの合流を目指したい。距離も直線距離で50キロ足らずだ。
あちらは抱える人員が多いので、多分こっちが移動することになるだろうが施設の破損具合によってはこちらに移動することになるかもしれない。
こちらも外壁だけではなく、災害物資倉庫塔の内壁までもボロボロだ。
………少し寝て、思いついたんだけどさ。
とんだ災難に巻き込まれたけど、ご近所の異世界に漂着したのってある意味、特大級のラッキーだよな?
ステータスに配布された漂流者名簿を、疑惑の目で見つめてしまう。
冒険者資格を取れたプレイヤーは、いずれもが、その心は強く優しく、世の理不尽に抗う牙を持たんとする勇者である。
今時そんなロールプレイングを嗜むような趣味人揃いだ。
……真似事が、本物に育ちうる。そんなことがあるだろうか。
レベルごとに調製された部屋に、あえて嫌らしく造ってあるダンジョントラップ。
撹拌世界において悪魔落ちしてないタイプのダンジョンマスターは、生活パートにおいて便利な舞台装置である。
例えるなら橋だ。
ないと困る。だから戦争においては破壊工作の対象だし、地元の人間には大事にされる。
そして次の【陸地】にプレイヤーを渡す、そんな役目をもっている。
こんな【異世界トリップ】においては、生活ストレスを軽減し、冒険に旅立つ前の地力を付けさせる、お役立ちアイテムになるだろう。
そんなダンジョンマスター2名をも引き込むような、そんな悪運。
あるいは天運。
なんか漂流したオレらの中に、べらぼうに運命力の強い主人公さんが混じっていなくね?
コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。励みにしてます。
そんなわけで落ちました。