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204 過去イベントの答え合わせ



 74日目。


 ノベル本店とテーマパーク予定地を結ぶ、駅の工事をしてきた日の午後だ。


 とは言っても現在あるのは東京ドーム2個分ほどの正面大ホール、まったいらな敷地だけだ。こちらの拡張は先輩の分担になっている。

 メインホールはからくり天守閣…ランドマークが建つ予定地だ。

 なので時間をかけて、じっくり強固に拡げていくそう。


 ランドマーク広場に西口から接続するのが、各方面から駅を繋ぐターミナルだ。

 こちらはクロとアリアンが複線の調整を手掛ける予定。

 2人が転生に赴いている現時点はギルド本部とノベル本店だけしか繋がれてないが、駅の敷地自体はまた別の先輩の仕事だ。だから駅舎の基礎工事は始まっている。


 巨大崩落地VSサリアータダンジョンマスター連合の、ダンジョンウォー本格始動だ。


 ま、とはいえ真っ当なダンジョンマスターのやることなんて、ほぼ裏方作業なんだけどな。

 悪のダンジョンマスターは世界の敵をやっているのに地味だ。


 建築には大量のゴミが出る。それを処理する大型水玉工場のベース作成と、テーマパーク内の食を担うキッチンスペースを仕立てて来た。

 それと冷凍、冷蔵、常温の倉庫、その動線。

 箱とインフラだけ整えた、いつものお任せコースである。


 このだだっ広くなにもないキッチンスペースは現在、工事現場の人らの休憩場所も兼ねている。

 テーマパークが稼働した暁には、屋台グルメの下支えをしてくれる下請け工房になるはずだ。


 それとキッチンスペースはノベルと直通で食材搬入用の裏口があるのがポイントだ。

 ここはいざという時の避難経路としても使えるように確保してある。

 施設内スタッフオンリーのバッグドア、それらジャンクションに纏める部屋にも直通だ。


 ちなみにこういった箱をつなぐ細かい通路も女子組の仕事である。

 彼女らはからくり天守閣のワープ穴とか複雑な路線を組むのも任されていて、同期として鼻が高い。

 アリアン、ゲートには見えない気配を抑えたダンジョンゲートなんて代物も作れるんだぜ?

 めっちゃ器用なことをする。



 閑話休題。

 オルレアの指揮下、ノベルのグループは食材の仕入れや、生産管理、その運用を重ねてきた。

 その経験から回されたお鉢として、第一キッチン工場周りの守護は、うちの領分と話が付いている。


 なにせダンジョンウォーは始まったばかり。

 穴の大きさに比べて、ダンジョンの詰め込みが覚束ない不安定な地盤だ。


 危険地帯での活動は、元軍人で安全教育と規律を叩き込まれている人員。いざとなったら慌てず騒がず作業員を守り、一緒に逃げ出せるメイドさんの存在は燦然と輝く。


 階層エレベーターさえあれば、野良ダンジョンの奥深くですら喜んで出張するうちの子たちだ。危険地帯のデリバリー業者に、先陣を切って指定されるのは順当だった。


 冒険者はよく食うが、工事中スキルを使いっぱなしの建設作業員も大食漢だ。

 重機が働くリアルと違い、こちらは人間重機が工事現場で活躍している。

 エネルギーを使えばそれだけ腹が減るんで、なにをするにも食事は必須。

 ハンガーノックに陥らないよう小まめに食事休憩が入るから、その度に屋台に人だかりが出来ていた。


「資材搬入のクエスト受けている冒険者さんも、ワールドウォークのスターを踏んでくださいねっ。イカの揚げ串一本サービス中です!」


「疲労回復には、新商品!クスナシジンジャーエールをどうぞ!

 追加バニラフロートの注文も承ります!」


「白狐屋の五目稲荷食べ比べセット、限定30パック只今入荷しましたー!」

 元気な売り子のメイドさんに、腹ペコどもが相好を崩す。


「おっ。今日の目玉商品は白狐のか」


「いいねえ、ひとつくれ。ここのはアゲがしっかり甘くて、旨いんだよな」


「はぁい!5マになります。お茶は無料でセルフでどうぞー!」


「今日のお茶は鳩麦茶ですよ!」

 薄利多売のノベルでは、他所の店とも提携して弁当や菓子の仕入れにも力を入れている。買い手の舌を飽きさせない戦略だ。


「てっきん、おとどけー」


「コンクリートねりますです?」


 そして新戦力の妖精さんだ。

 トウヒさんと同じちんまりとした初期タイプの彼らは、主に荷運び要員として活躍している。

 彼らは少し昔のルートくんと同じ、見習い従業員のセーラーだ。

 まずは妖精さんを預けてもいいような馴染みの業者から、短期契約の試みをしていた。




 そんなこんなで新規工事だ。

 来たついでに、いつも世話になっている棟梁たちに差し入れを届けておく。


「それでは、よしなに」


「おう!いつも通りきっちり仕上げらあ!

 小さいお人もご馳走さん!」


「どういたしましてー」

 手製のおやつを筋骨隆々のおっさんたちに、うまいうまいと褒められてニーナさんの点目がキラキラしている。


 本日、差し入れにしたヨーグルトの蒸しパンはこのニーナさんの心尽くしの品だ。

 ふかふかの生地の間に切り込みを入れ、手製のピーナッツバターをたっぷりと塗って挟んである。

 素朴で美味しい、小さな頃から親しんだおやつ。

 この蒸しパンは、十和子伯母さんお得意のレシピだ。


 どうやら、伯母さん → かーさん → トウヒさん → ニーナさん。といった経路で、情報伝達が起きている模様。


 手作りピーナッツバターはザリザリな口当たりで、香ばしくて甘さ控えめ。

 商売ラインに乗らない手作りおやつは、気取ったとこがなくていいもんだ。


 ……同じレシピを使っているんだろうなって分かるのに、作り手によって微妙に味が違うんだよな。不思議だ。


「マスター、かえりにおかいものしていいですー?」

 

「ああ、次はなにを作るか楽しみにしている」

 ニーナさんの小異界はキッチンスペースを増設してある。長期保存の利く粉ものとか、冷凍のものなら、多めに仕入れるのもアリだろう。





 買い物するならと、駅からノベル本店に跳んだ。

 外部の商材が入ってくるようになったので、ノベルでは、いつもの売店に加えてスーパーマーケットがオープンしている。


 このスーパー。隙間時間でちょこっと箱だけ建てていたら、いつの間にか立派な店舗になっていた。


 あっという間に空っぽの箱を地元に愛されるスーパーに仕立てた店長さんは、マーケット経営の経験者とのこと。


 どこでそんな都合のいい人材を拾ってくるんだろうな、オルレアは。

 そう思ってたら、店長さんは領都の欠け月側の人間だった。


 ぴゃっとなるよな?

 それだけでも。

 なのにそれだけじゃ済まなかった。


 崩落災害時による事故からの植物人間。目覚めてからの半身不随、そして過酷なリハビリを経て、社会復帰。

 そうしたら、家業のスーパーは丸ごとドボンと穴の中だ。


 これからどうしたら……と、途方に暮れつつも伝手を使って職探しをしていたから、即行で捕まえて店をお任せたのだそう。

 ノベルのこの店舗は、名物店長だった彼ありきでスーパー運営が決まったとか。


 なんかしれっと企画書が回ってきたから、なるほど直売の小売店があると便利なんだなとOKの判子は押したのは確かにオレだ。


 でもそんな些少の関わりなのに、GMはプレイヤーの心を刺す人間ドラマを隙あらば捩じ込んでくるのをやめろ。やめるんだ。


 なんかもうね。撹拌世界、幸せになって欲しい人が多すぎる。

 プレイヤーだけならまだしも一般人まで重い業を背負わすのは、勘弁したって。




 そんな新しいスーパーは肉や魚、米なんかの大きなサイズをメインとして扱っている。

 卵は一番小さなケースで48個からだし、枝のままの生ハムが陳列ケースにゴロゴロしている。

 王子イカのぶつ切りなんて、専用トロ箱で量り売りだ。


 普通なのは野菜、果物コーナーくらいだ。

 ニンジンが30本くらい入っている大袋なら、朝市でも見かけるもんな。



 この大容量パック販売には、撹拌世界の家族構成が関わってくる。

 ジジババはうちにきて欲しいと兄弟間で取り合いになるのは、それだけ子どもの数が多いからだ。


 生活のサポートに住み込みで働く姉や、兄や。婆や、爺やといったシステムも現役だ。

 食卓を囲む人の数が、現代日本の感覚からするとかなり多い。


 オムライスや焼き魚のような一品料理はまず家庭の食卓に上らない、と言ったら想像がつくだろうか?

 主婦が選ぶのは大量に作れるシチューや鍋物、大皿料理の数々だ。

 魔力釜なら三升炊きのものが売れ筋であり、それを2つも3つも持っている。そして持っているだけではなくて、毎日使っている家庭は特に珍しくはない。

 まるで農繁期の爺さまん家のようだ。


 前世は市民生活に疎かったから知らんかった。

 普通の主婦がこーいうサイズで買いものをするなら、袋リスのショッピングバッグが1人で何セットも売れる人気商品になるわけだ。

 生物用のバッグと、他の買い物バッグは分けて使いたいよな、そりゃ。


 そして『体内倉庫』最強説に辿りつくんだな。

 大きなカート3つ分の買い物を済ませたニーナさんはむふーっと満足げだ。

 ペロリと荷物を仕舞っていく。


「おつきあいありがとうです。じかいからはひとりでこれそうですー」


「ああ、よろしく」

 ニーナさんの顔通しに付き合ったが、オレが一緒だと余計なものまで買ってしまう。


 生ハム原木と、生ハム架けと、生ハムお手入れセットと、専門スライサーとか。

 纏めて置いてあるとか、いい商売してやがるな!

 ぐぬぬ。旨そうに見えるディスプレイと試食って本当に卑怯。 見えている餌に釣られてしまう。


「ついでにおやつも、かいたしますです?」


「そうしようか」

 ノベル駅前の売店ではスペースを拡大して、現在プチ贅沢なおやつのフェアを開催している。

 上がってくる企画書で読んだ。


 神殿世界に来た客を、狙い打ちにする逞しさは嫌いじゃないぞ?




 

 案の定、駅前広場ではカラフルな軍服の集団が売店で溜まっていた。

 神殿世界でお会いした軍人さんらは国の威信を背負っていたので皆キリリとしていたが、ここでは違う。


 帰る前のフリータイムなのか、いつもよりぐっと砕けた空気だ。

 色鮮やかなダイヤ模様の制服集団は、カザンの軍人さんたちだ。

 規律正しく交代しながら、土産を楽しそうに選んでいる。


「中央大陸は豊かだな。

 チーズが信じられないほど安い」


「ああ。『体内倉庫』の空きが少ないのが残念だ。

 乳製品もそうだが、米と魚介はもっと輸入してくれたらいいのに」


「ツナのレトルトパウチがあるぞ!これは買いだ!」


「いいな、俺も買っとく。海産物はこっちに来てさんざん食ったけど、ちっとも飽きがこなかったもんなあ。名残惜しい」


「カザンの海が回復するまでの辛抱だな。

 俺は干しイカを買い足しておく。

 土産は……バターの菓子にするか。お前らも家族に良い顔したいなら、菓子のひとつも買っておけよ」


「ええー、嘘だ。竜肉ジャーキー、めちゃ高い。暴利にも程があるだろ。証拠品にスクショしとこ」


「おっ。見ろよ、この芋の焼き菓子、お前んちの実家の黒糖が使われてんじゃん」


「いいな、農園の皆にも買っていってやろう。こんな美味いものになってるぞって知れば励みになる」

 賑々しく食い気に走っている若手さんを他所に、お偉いさんたちは価格の高めのコーナーで屯っている。

 発動体や袋リスのショピングバッグは、ノベルでも売れ筋だ。


「旅の思い出に夢見貝製のガーデンチェアは如何でしょうかー?

 水濡れ、潮風に強く『洗浄』手間無しでーす」


「奥さま、お嬢さまの笑顔のために!

 ミックスドライフルーツ、お勧めです。

 魔物避けのほおずきに、桃、ミカン、アフログミを合わせてあります!」

 そして品出しに来る度にメイドさんが、にっこり笑って商品アピールをしていく様式美だ。


 他所の工房とかの出張売店もお招きして、ノベル駅前広場はすっかり土産物市と化していた。これは商魂逞しい。

 サリアータの規模の割には随分広いと感じていた駅前広場だったが、最初から大きめな造りで正解だったな。



 おっ。マット発見。


 大公殿下御一行はたった今、神殿世界のゲートからこちらに跳んできたらしい。

 そろぞろとした集団だから、目立つのなんの。


 あれ?


 供回りがいつものお付きの人たちじゃなくて、ご領主さまの側近衆と、正規軍人さんたちなのは珍しい。

 となると大公殿だけ、一旦本国へ戻る用事でもあるのかな?


 予定ではサリアータに暫く居ると聞いていたけど、そんなこともあるか。

 ノベルのこの駅は南海まで直通だし、そしたら空港はすぐそこで、運賃を問題にしなければカザンとサリアータは御近所と言っても差し支えはない。



 しかし転生して若返ったせいか、ユースラント大公ったら元からのイケメンに磨きが掛かって目映いくらいだ。……って。


 ん?


 んんん?

 あれ、マットだよな?


 なんとなく感じた違和感に首を捻ると、青い瞳と目があった。


 一瞬の間。

 驚きに開いた目が、ややあって楽しげに細められる、その美貌。


 高貴な面に、それは優雅な微笑みが浮かぶ。


 そして唇の上で人差し指を立てられた。


 それは万国共通の【内緒】の合図だ。



 思わずピキンと固まった。

 そして彼を含んだ集団は、南海行きのゲートに向かう。


「あれ?……お忙しくいらしたのでしょうか?」

 会えば気軽に絡みにくるのが大公殿だ。いつにない態度に疑問を覚えたのか、ベアトリーチェがひとりごちる。


「そうだな。

 ……ご領主さまの近侍の方の付き添いがあるのは、その手回しだろうな」

 大変お忙しく、あられるんだろう。


「あの制服、どこでも優先の顔パスですからねっ!

 思えばお偉い他所の方が、サリアータの案内人も忖度もなくあちこちに出没していたのが不思議でした。

 もちろん冒険者らしいと言えば、その通りでしたけれど」

 うん、ハラノ。

 ご領主さまの御付きの方の先導があるということは、上同士でなにかしらの融通はあったと思うよ?



 カザンは諸国に先立ち一番乗りで、蝗害から神殿世界を守るために参戦してくれた。


 サリアータが中心になり転生神殿の保護活動をしているが、そういった熱心なスポンサー向けの転生優先枠というものを用意しておくのは、当然のこと。


 ……そう。隣の国とは喧嘩しやすいのが世の常だ。南大陸でも例に漏れず、異界門を抱えているカザンのお隣さんは、笑顔で靴を踏み合う仲とのこと。

 そんなわけで今現在、神殿世界にはカザンの軍人さんは大勢いる。

 転生待ちの軍人さんなら、いずれもレベル100を越える。抑制の効いた紳士淑女の皆さま方だ。


 彼の方が、転生するのだとしたら。

 サリアータを選ばれるのも、納得したくないが安全のためには一理ある。



 ……都合よく弾丸ツアーを組めるなら、お偉いさんの転生は、こちらで済ませてしまうよなアアァーっ?!


 何事もなく帰って頂けて本っ当に、良かった……っ!


 今、ブアッと背中に鳥肌が立っているんだが!


 竜狩りのシーズンの前乗りでカザンの軍人さんが多く転生に訪れてくれているのって、そおいう!そおいう!



「なんとも僥倖でありましたな。

 転生してからは、初めてお目もじしましたが、殿下はやはり陛下によく似ておいででいらっしゃる」


「双子のご兄弟とは、神秘に満ちておりますわね」


「大公さまは、お若く見られるのを嫌がって、髭を生やしておいででしたから」


「若い頃はやんちゃな印象ばかりでしたが、なんともご立派になられて」


 駅の空気はいつもと変わりない。


 カザンの軍人さんたちが、行動力の権化である己が自慢の大公殿下と出先でたまさかのニアミスをして、その幸運に華やいでいることぐらいだ。


 羨ましい。


 きっと、あまりに常識外れだと、見えている事実を人は認識できなくなるのではなかろうか。



 なんで察してしまったんだ。

 『探索』さん、有能すぎでは?

 以前マットの魔眼を借りて、お姿を拝見していなければ、到底思いつかなかったものを……!


 今の、カザンの皇帝陛下だったじゃん?!

 ……だよな?!!





「兄上は若い頃から、さんざん無理をしてこられたからな。そのツケだ。

 心臓に疾患が見付かってしまった。

 お陰でサリアータ公には、無理を聞いていただい…フガ」


 夜にこっそり訪ねてきたマットに、危うく入れ替りの種あかしを聞かされそうになった。


 咄嗟にしたのは、インターセプト。

 肉まんを口に突っ込んで黙らせる。


 貴人相手に無法にも程がある。が、だけどオレは悪くない!


 にーちゃんの健康が無事確保されたもんだから、頭がユルっユルになってんな貴様ァ?!

 病状快癒おめでとう!


 ……そっかー。


 なんでいるの?!って戦慄したけど、危険な疾患が見付かれば、周りも転生神殿に担ぎ込みたくなるわな!


「カザンのお医者さまは、やはり優秀なんですね!

 早期発見、無事の快癒でなによりです!

 は じ め て お会いできる日が、今から楽しみでなりません!」

 そーいうことにしておけよ、コラ。


 政治は一介のダンジョンマスターには荷が重いだろ。

 人と人を繋ぐのが、貴族の役割。

 社交をぶっちぎっているオレに裏話をするの、ヤメロください。


「…であるか」

 マットは口に突っ込まれた肉まんをペロリと平らげ満足そうだ。

 歪んだ口元がセクシーですね!


 アゴヒゲ剃ったその顔は、昼間にお見掛けした方と、そりゃまあ似ている。

 マットの【目】で識らなかったら、なにかと目敏い『探索』さんも、無反応だったことだろう。


 ……皇帝!陛下の!

 健康問題とか、ヤベー国家機密でしょうが!

 ヒィンと泣くぞ?!

 ピーマン頭のスカタンめ!黙っとけ!


 まともな貴族らしく今までキチンと秘密を守れていたんだから、最後まで押し通して欲しかったなあ!

 

 オレはなんにも知らなかった!

 なんにも気づいてないったら!


「2年前、そなたに出会ったのは、まことの天祐だったぞ、フハハハハっ、フ…っ…!」

 精一杯そのフリをしているんだから、マットは嬉しそうにネタバレ解禁してくるの、本当、勘弁して…!


 ……。

 …………。



 泣くなよ、もう。

 怒れないじゃん。


 本当に、良かったな。大好きな兄ちゃんに置いてかれずに済んで。


 頑張った。頑張った。

 震える背中をポンポンと叩く。


 ああ。偉い人は人前じゃどんな時でも堂々としてなくちゃいけなくて大変だな。


 大公殿の立場なら、誰にも言えやしない苦しい秘密は他にもあるだろう。

 しかし今回ばかりは仕方ない。


 野郎に膝を貸してやるなんて、特別サービスなんだからな。





 75日目。

 熱が出た。知恵熱ではない。


 どこでウイルスを貰ったのか、喉が焼けるように痛む。


 神殿世界では未知の病原体が怖いから、外にいる時は『エア』が推奨だった。

 余分な貰い物は、だから撹拌世界に帰ってきてからになる。


 なんだか染々してしまう。

 大陸のど真ん中なのに陸の孤島めいたサリアータも、人の出入りが増えたものだ。


 リアルのオレは風邪を引かないタイプの馬鹿なので、成長痛や怪我して出る以外の熱は中々に新鮮な経験だ。


 ううむ。リュアルテくんのボディだと、慣れない経験が出来るものだ。

 ステータスを覗くと、『免疫』先生が頑張っておられる。


 リアルでも『免疫』は出たけど、実は供給源のリュアルテくんより現実のオレの方が星の数が既に2つほど多くついている。

 オレたち現代人が古代からいかに病原体と戦って生き残ってきたか推して知る数字だ。

 今は辛いが、一足飛びに学習を重ねていく『免疫』先生が良からぬものから体を守って戦っていてくれる実感があった。

 具体的に言うと経験値をモリモリ消化して、スキルが伸びてる。

 スキルは全てチートだが、このスキルも大概チートだ。


「口を開けてください」


「あ」

 指示通りにすると、『ライト』の光を当てられるついでに『殺菌』された。


「ああ。やはり腫れていますね。ソフトクリームだったら食べられますか?」

 サリーの青い瞳が心配そうに曇っている。


 額に当てられる手が冷たい、気持ち良くて目を閉じる。

 体は湯中りしたように怠いが、サリーに甘やかされるのはいいもんだ。


 弱ると覿面、人の優しさが甘く染みる。

 ……癖になったら困るんで、これは早く治さないと。


 心配かけて申し訳なくあり、くすぐったくもある。人間って複雑だ。


 皇帝陛下も人の子だ。弟さんが心配してくれて、こんな風に嬉しかったんじゃないかな?





 コメント、いいね、評価、誤字報告等、感謝です。

 報告頂いただいている、設定揺れもこっそり修正しています。ありがたや。

 精進しますです。



 双子なら入れ替わりネタは鉄板ですよね?


 やせ我慢もお得意であらせられる皇帝陛下が、【最近胸が苦しくなるときがある。年かな】とか、冗談を言えるような相手は限られています。

 2年前のイベントはそういうことでした。


 症状が軽いうちに家出大公が、お兄ちゃんと会えていたから、あの襲撃イベントは凍結しました。


 そして今回、健康問題が解消されて、ついに完全デリートされました。

 世界の滅亡指数もイベント該当者以外には通達もされず、こっそりマイナスされています。


 アカシックレコードに接続できるプレイヤーは、きっと白目を剥いていることでしょう。

 1人で世界の滅亡指数の7パーセントものマイナスを稼ぐ皇帝陛下マジパネェ。



 カザン国内はプレイヤーが皇帝に近づけないようしっかり誘導していたのに、後から悲劇を演出するのに今は邪魔だからとポイッと外に放流しておいた弟カードが嫌なタイミングで戻ってきてジョーカーにすり変わるとか、GM涙目。


 うわあぁん!

 リュアルテくんが、あのタイミングで家に帰れとか、しれっと言うからー!?

 おのれー!



 GMの思惑を知らずに踏み潰すのが、プレイヤーというものですよね。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 全年齢時で家亀の女王からカザンまでのリュアルテ君の無自覚フラグクラッシャー伝説が、人脈が広がりつつある今ならどれくらいの伝説を残すのやら? [一言] リュアルテ君が皇帝陛下の命の恩人過…
[良い点] 最初に出てきた時からカザンの皇帝陛下は好きそうな人物でしたが、今回チラッと出てきただけなのにスゴく好きな感じでした(笑) マットよかったね、大好きな兄上が健康になって。 この小説にはお…
[一言] >『探索』さん、有能すぎでは? もしかしたら悲劇を『インターセプト』された意趣返しなのかもですなw(101話参照 トウヒさんはリアルで召喚。ニーナさんが撹拌世界で召喚 なのにトウヒさん→ニ…
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