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203 手慣らしは家族パーティで



 転生後、初めての食事は、かーさんのお握りと味噌汁だった。

 かーさんの友だちの嫁ぎ先が船橋で、そこから時候の挨拶に贈られてくる海苔はパリっとした歯切れが抜群だ。

 具材は明太子に、干し夢見貝の佃煮に、おかか梅干。どれから攻めるか迷うラインナップだ。


 でもその前にと、口を湿らせるのに味噌汁を啜る。

 具材は油あげとカブの葉。気負いない慣れた味だ。


 胃の腑に温かいものが入ると、緊張が解れてほっとした。


 大きな病気で入院手術する人たちって、こんな落ち着かない気持ちになるものなのかな。

 転生イベント。意外と図太いリュアルテくんはのほほんとしてたけど、オレはかなりビビってた。


「佐里江さんも、遠慮しないでくださいね。

 沢山用意してきましたから」


「ありがとう御座います。転生明けで、お腹が空いていたので嬉しいです」

 かーさんは、少し前に出たばかりの『体内倉庫』を早速使いこなしている。

 お握りは冷めても旨いけど、温かいのは格別だ。


「転生祝いにケーキを買ってきてあるんだから、手加減して食べなさい。

 腹も身の内だぞ?」

 とーさんは心配顔だ。

 ストレス掛かると覿面食が細くなるとーさんとは違い、オレは起き抜けでもよく食うタイプだ。


「や、平気。そっちも食べる」


「…まあ。かーさんの手料理は美味いからなあ」

 オレたちがもっしゃもっしゃと食べていると、とーさんも釣られて握り飯に手を伸ばす。

 この辺は手を出しやすい大皿料理をデデンと出してきた、かーさんの作戦勝ちだ。

 どうせ同意書を書いてから、あんまり食べれてなかったんだろう、とーさんは。


 机に置かれたケーキの箱は、いつもの店のデコレーションだ。

 最寄り駅前の和菓子屋はスタートは昼遅くだが終電までやっていて、パンとケーキも売っている。

 ここのスポンジケーキは、生地自体が香ばしくて美味い。とーさん定番の土産の品だ。

 単身赴任していた時代のとーさんが、3週連続で週末に帰ってこれなかったりすると、家族への詫び品によくこのケーキを買ってきてくれた。

 だからとーさんのケーキといえば、うちではショートケーキのことだ。


「そういや、かーさん。うちのトウヒさんからベリーのジャムを受け取ってくれた?

 1人じゃ量があってさ、食べきれなくて」

 うちの両親、変なところで胆力ある。

 息子がド金髪になって、角生やしてきたのは平然としていた。

 ピアスの時は叱られたのに。


 むしろタツミ姫のニュアンスが出たのは盛大に喜ばれた。

 ……うん。竜族や鱗族は忍耐強くも頑丈で、パーティに居ると頼もしいもんな。


 いずれは野良ダンジョンに階層エレベーターを作りに行くオレだ。

 竜の血が出たのに嬉しがられたのは、それを心配する親心からだった。

 気がつくとなにやら、くすぐったい。


「受けとったし、食べてみたわ。

 あの爽やかな酸っぱさなら、ホワイトチョコのソフトクリームと合わせるべきね。

 ………ソフトクリームメーカーってどれぐらいするものかしら?」

 それはまた美味そうな。

 銭湯上がりのアイスがますます捗ってしまうヤツだな?

 とうとう家の近所でも絞りたてのソフトクリームを食べられる店が出来るわけか。


「踊り子豆の豆乳でベリーオレも美味かったよ。風呂上がりにでもお試しあれ」

 踊り子豆の豆乳はエグミなくコッテリとして甘いから、酸味のある果物にも合う。お勧めだ。

 ただタンパク質が固まって、モロモロの舌触りになるから好みが別れそうではある。


「いいわね、やってみるわ。

 転生処理中、待っている間は手持ち無沙汰だったから、揚げるだけにした猪鹿カツや常備菜を仕込んでおいたわ。

 流士の妖精さんに預けておいたから食べなさいね。あと、ねだられていたレシピもコピーしてきたから渡したわよ。

 どうせあの子たちが使うんでしょ?」

 バレてら。


「それにしても、流士は綺麗な髪ね。私も金髪になるのかしら?」


「今の髪の色に拘りがなかったら、なるかもね?

 かーさんもアバターはエルブルト系だろ」

 爺さま、かーさん、オレら兄妹のアバターはエルブルト人種だ。

 ちなみに『体内倉庫』が出ているのは狐っ娘な婆さま系。

 家系図からアバター種族とスキル分布を調べたら、面白いデータが取れそうだ。


「百花さんは明るい髪色も似合うよ。

 テニスをしていた頃は、そうだっただろう?」


「懐かしいわね。それならレベル稼ぎも頑張らないと」


「サボってるの?」

 意外だ。かーさんは周回とか、レベル上げとか好きなタイプかと思ってた。


「私はあちらじゃレベル40になったばかりなのよ。

 ここら辺は気の利いたカルチャースクールなんてないでしょ?

 目新しくて、ついついと梯子をね」

 そっかー。撹拌世界を満喫しちゃってたか。

 かーさんはリアルの方がレベルが高い、珍しいタイプなんだな。


「とーさんは、どうせ図書館の主なんでしょ?

 なんかイベント踏んだ?」


「いや、特には。昇殿資格を取れと館長に勧められているくらいだな」


「あら、いいわね!ダンスなら少しは教えられるわよ」


「……その。足を踏んでも赦してくれるか?」


「ふふふ、今の私ならハイヒールで踏まれても痛くないのよ?」

 かーさんの方がレベルは上だろうから、それはまあ。



「………ご両親、仲がよろしいんですね?」

 サリーは黙々と食事をしていた。彼女はお育ちがいいので食べている時は静かだ。


「うん、フツーに」

 馬鹿っプルではないにしろ、かーさんはとーさんを大切にしているし、とーさんは家族に甘い。

 とーさんはあれで部下には恐れ慕われているって同僚さんは言っていたが、本当かどうかは謎である。あの人は悪意がなくても、ビッグマウスだし。



「とーさん。オレたちレベル10まで上げてから寝るけど、今日はレベル上げしちゃった?」


「いや、してないが」


「どうせだから経験値を吸っていってよ。オレが雷落とすからさ」

 てっとり早いレベル上げだと、雷が効く相手を選んでしまう。

 一芸があるとやはり便利だ。





 トレント狩りには、千枝も妖精さん連れで参加してきた。

 万里は有言実行で不参加だった。【今夜は宿題やってるね】だとのこと。

 自撮り写真を送ったら喜びの舞を踊る猫スタンプが帰ってきたから、よしとする。


 篠宮家-1、サリー追加+1の臨時パーティだ。

 こういう時の精算は、野良パーティ用の精算アプリを使う。

 公平なAIの裁定は、お互いに遠慮し合う争い防止にもお役立ちだ。


「白妙ちゃん、お願い」

 『サンダー』で倒れたトレントを千枝の白妙ちゃんが、小異界にドンドコ片付けていく。

 その中ではかーさんの妖精さんが『枝打ち』やらをして丸太にしていてくれるはずだ。


 千枝は治癒士でモモンガの白妙ちゃんを呼び出し、万里は斥候で日本猫の蜂谷さんを招いている。

 妖精さんは隠れることに特化しているので、肩の荷が降りた気分だ。

 位階をあげて強くなっても、人に暴力は振るえないような妹たちだ。逃げ足に特化している妖精さんとは相性もいいだろう。


「流士、トレントは足が遅い。突出した右は無視で、詰まっている左奥から時計まわりな。

 佐里江さんも、打ち合わせ通りによろしく」


「ん」

「はい」


「『増幅』」

「『サンダー』、『輪唱』」


 とーさんは案の定、魔法使いだ。

 小器用にバフもデバフも盛るし、『ターゲット』やそれに乗せる魔法スキルも多彩だ。レベルの割に、引き出しが多い。この辺はクリスマスイベントの恩恵だ。


 ステータスは一般的なのに、スキル使いの妙で強いプレイヤーっているよな。そんなの。

 まあ、打たれ弱いのは純魔法使いなら仕方ない。

 

 そしてスキル外の適性は、指揮官タイプだ。とーさんの指示通りに攻撃すると、MP消費は少ないのに効率良く狩りが回る。

 とーさん、凄くね?

 穏やかな人に似つかわしくない、意外な才能だ。


「『猟銃』」

 バフを盛る後援を狙う弾丸が、トレントの群れの統率を乱す。


 オレは『ターゲット』、『輪唱』、単発の『サンダー』の最小単位。

 サリーの『増幅』のバフ。

 とーさんが呼び水に使う『猟銃』のデコイ。

 コストの低い組み合わせで、群れを近づけさせず、淡々と平らげていく手際の良さよ。


 とてもテクニカルです。

 これだから頭のいい人は。


 ………オレって脳筋プレイの申し子だったんだな。

 敵方が防御のバフを盛っても、それを吹き飛ばすゴリ火力で押しきっていた。


 ちな、かーさんはタンクだ。

 えっ、てなるよな?

 オレはなった。


 エルブルト系で魔力が多いのを良いことに、自力回復する殴り魔力盾をやってるそうだ。いつの間にか、そーなってた。

 ラケットを盾とメイスに持ちかえてのステップは、若き日々の貯金が効いている。


 正直。血を感じます、お母さま。

 かーさんが回避しつつ殴るタイプだとしたら、タツミ姫は受け止めてから張り倒すドスコイ芸風だけどな!

 とはいえトレントは遠距離ではめ殺しするのがセオリーなので、今は千枝と同じく素材の回収に当たってくれている。


「流士、納品クエスト以上に狩っているみたいだけど、トレント素材はどうするの?」


「クエスト超過は、ダンジョン建築の素材にするからオレに買わせて」

 枝葉は水玉プールにドボンと沈め、植物用栄養剤にしてしまうつもり。


「ああ。妖精さんハウス、綺麗な板張りだったわね。幾何学模様で」

 うん。サンプルパターンを組むのに、天井や床は色々試した。


「『錬金』ツールの『CAD』が出てから、ダンジョン建築がぐっと楽になってしまったんだ」

 アレは色々面倒な計算を代用してくれる神スキルだ。

 使用感はリアルのCADと遜色なくて、プラスの機能で打ち込んだそのままを『加工』と、連動してくれるのがありがたい。


 しかし、万全に使いこなせるかは別とする。


「そうか、良かったな」

 でも、とーさん。


「ちなみに妖精さん家は、スキルが出る前に造った」


「あら、大変だったのかしら」

 とっても。

 でも建設作業員にそれを告げると、【ハァ?】とメンチ切られそうだから黙っておく。


「そうやってちゃんと勉強していたから、リアルでもスキルが出たのかもよー?」

 千枝は前向きだ。


「そう思えば、報われるかな」

 『乾燥』や『油抜き』までして仕立て上げた大黒柱を、サイズを間違え、切断してしまった悲しみよ。


 水玉プールに突っ込んで、謀った証拠隠滅はそれなりの数だ。

 これで資材を自力調達してなかったら、とんだ酷いやらかしぶりだった。



 ダンジョンマスターは数が少ない。

 だからダンジョン建造は、実のところ個人のフィーリングに頼っている。


 再生するダンジョン壁とかもあるんで、ダンジョン建築には他の建物にはない強みがある。

 だけどそれを生かしきる、ノウハウの蓄積があるかと訊かれれば首を捻る。

 特にサリアータの先輩たちは階層エレベーターのプロだ。たまには造る魔物を狩る施設もほぼ1フロア型のシンプルさで、建築は概ねノータッチだそう。


 いや、カンで建物を造るんじゃねえって、馴染みの棟梁には叱られそうではあるけどさ。


 オレなんかゲームでは、彼らにほぼ任せきりだ。

 でも大型の建物の壁や床、生体金属による基礎フレームはダンジョンマスターが仕立てるべきだ。オレが生きているうちは取り壊しや改修も楽だし、後の管理もグッと楽になる。

 

 人に頼れない悪魔系ダンジョンマスターなんて創意工夫を凝らし、自前の迷宮にギミック満載な要塞を建てる。

 資材さえ潤沢なら、ボックス系のゲームのノリで支配下のダンジョンを弄れてしまうのがダンジョンマスターだ。



 しかしこうして妖精さん頼みで資材を集められるようになると、試せることがぐんと増える。


 食料になる魔物の魔石は趣味で積極的に集めていたけど、要みたく魔物資材の魔石も満遍なく申請しとこ。

 ちょっとだけ材料が足りないときとか、妖精さんの小異界にアンカーをその時だけ打ち込んで、とかやれてしまう。


 あー。建築士出身のダンジョンマスターが出てくれたらいいのに。

 汎用性ある建造物の基幹フォーマットを造って流してくれそうだ。そしたら絶対に買う。


 他力本願と言うなかれ。

 己の造形センスほど、信用ならないものはねーんだわ。

 居心地のいい家と、最低限住める家は違うだろ?


 リアルでもオレのパートナーになってくれる建築士を見つけないとだ。

 撹拌世界のフリー素材なものと今までの建ててきたダンジョンの物しか、フォーマットを持っていない。

 それが困ることもある。

 撹拌世界の建築基準って、基本がすべからく大きめなんだよ。


 つまり女性でもオルレアみたく2メートル級が珍しくないってことだ。

 それを基準にしてしまうと現代日本では持て余すので、特定の備品やらは女性向けや子ども向けデザインから選んでいる。


 ナニがって、便器だ。

 篠宮ダンジョンの備え付けしたのは、男子トイレもパステルカラーで可愛かったりする。

 だってトイレ本体や床壁は、ダンジョンリセットがマメに掛かっていて、いつも綺麗な方がいいだろう?!


 ……リアルで造りたい施設はきちんと一度、撹拌世界で予習してからにしろってことなんだろうな。



 ノベルと篠宮ダンジョンは、基本の動線フレームは共通だ。

 一応、設計図の流用をしていいか運営に伺いを立てたが、気軽にOKを出してくれた。

【でも、本気でお洒落な建物を創りたいなら人間さんのデザイナーさんに頼むのをお勧めしますよー。

 AIは仕事が早くて堅実なのがウリですけど、発想力はヨワヨワなんで】

 だってさ。

 GM曰く高度なAIでも、なにかを生み出すセンスは人間の方が勝っているそうだ。


 とはいえ、そのセンスの欠片もないオレみたいなのは異次元の話だ。

 規格とか、フォーマットとかで簡単に落とし込めるのが凄くありがたい。



「お、『サンダー』!」


 帰りしなにお代わりが出たので、なにかスキルを使われる前にサクッを狩る。

 今日は増援が随分多い。

 お陰さまでレベル11が12になった。

 今日はここ迄。レベルアップ酔いが出る前に撤収だ。


「なんか最近、魔物の湧きが早くありませんか?」

 ゲートを出た後でサリーが背後を振りかえる。


「……だよなあ?」


 研究施設は多くのダンジョンを抱えているから、湧きの間隔は広めで安定していたのに。


 湧くタイミングは波があるから、たまたまそんな時期が続いているのかな?

 

 




 コメント、いいね、評価、誤字報告ら、感謝です。


 流士くんのおとーさん的には、危険の高い仕事に就く息子が、竜族のつよつよ成分が入るのは大歓迎。


 クリスマスイベでは屈強なる鱗族戦士 ※性別 漢 をしていた、かーさんはそれプラス、タツミ姫ちゃん可愛いわよねとニッコニコです。



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[一言] …崩落の危機はそう遠い未来ではない…?
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