20 コーヒーゼリーにホイップを
おはよう。6日目だ。
日記って朝に書くものじゃないけど、夜は早く寝てしまうんで、起きたらつけることが続いている。
リビングで書き物をしてると、サリーが外から戻ってきた。
「おはよう御座います。お召し物をお持ちしました」
渡された籠の中には心なしかパリッとした制服と、タオル、基礎化粧品の数々が。
「おはよう。サリー、洗顔だけでは駄目か?」
「なりません」
あっ。なんか失敗したかも。サリーの笑顔が目に痛い。
辛うじて顔は自分で洗わせてもらったが、その後問答無用で顔や首筋にぺたぺた液体を塗り込まれてしまうし、髪を丹念にくしけずられてしまう。
「サリーも毎日こうしてるのか?」
「化粧水ぐらいはつかってますね」
サリー、ずるい。
「身支度も貴人の礼節のうちです。化粧をしろとは申しませんが、あまり無造作に慣れてはいざというとき困ります」
VRで肌の手入れとか、意味あるのか?わからん。
わからんついでにサリーはプレイヤーか現地の人かよくわからん。
どっちでもいいっちゃいいが、気になりはする。
でも、こう甲斐甲斐しく世話をやいてくれる美人の中の人が、女性である可能性なんて米粒ぐらいほどなんだろうな。
そんな嬉しいイベント、オレの人生にあると妄想するほど夢見てない。
中身おっさんがサリーになってセクハラ受けてるとかだったら、面白すぎる。
笑いごとじゃないけれど、滑稽話ってそんなもんだ。
「そんでお前らピカピカしてんのか」
髪の先から光の雫が零れ落ち、肌が内側から輝くよう。
うん。エンフィは2割増しできっらきらだ。
場所はホテルのロビーだ。
今日はそれぞれ別行動らしい。保護者をそれぞれ人待ち中だ。
「ヨウル、お前も覚悟するといいぞ!」
親切なのかそれ以外か、エンフィは断言する。
「あっ、オレ人の気配あると寝付けないタチだから。日々の健康には代えられないよなー」
嘘つけ、嘘を。逃げるな許さん。
「お前も秘書さんに捕まって磨かれてしまえばいいんだ」
ヨウルについたのは従者じゃなくて秘書だった。
秘書と従者、どこが違うかわからない。一般庶民には細かい分類が謎のジャンルだ。
「申し訳ありません、わたくしエステの技術はありませんの」
赤フレーム三角眼鏡のお姉さんは、申し訳なさの欠片もないクールさでお断りしてきた。
古き良きオールドミス風の美女が秘書とか、ヨウルのやつもっている。
流石は異世界転移ファンタジーもの主人公を地でいく男だ。
あとヨウルに足りないのはハーレムと絶体絶命のピンチだな。
「ですから、本職に依頼することにします。夜に来て貰うよう、予約を取りますね」
ここでジャスミンが反応を示した。
「ヘンリエッタ女史。プロの技に関心がある。同席してもよろしいか?」
「私も同じく」
「もーお前らが、余計なこというから、あそこ結託しちゃったじゃん!」
ヨウル、人を指すのはよくないぞ?
「では、3名分を申し入れておきます」
ヘンリエッタ女史はちらりとこちらに視線を流す。
「ほらぁ!」
ごめん。でも、話の種にはなるのでは?
「やってもいいが、サリーたちみたいな大人の美人ならともかく、わたしたちを磨いたところでどう足掻いても小猿の群れじゃなかろうか」
「リュアルテ酷い!いくらホントのことだからって!」
「はは!小猿とは愛らしいな!」
「そこ、ほっこりしない!エンフィも動物好きな?!」
「生き物の仔は並べて可愛らしいものだ。私は人並み普通の男だから、感性もそうはみ出たところがなくてな」
「なんだいリュアルテ殿は俺のことも美しいと思ってくれてるわけか?」
大きな影がにゅっと差す。
人の悪い笑みを浮かべて覗き込んでくるジャスミンには悪いが、オレは机を叩いて笑い転げる灰色熊にも慣れた男だぞ。怯ませるには、迫力が足りない。
「ジャスミンは体幹がいいんだな。
立派な体格なのに足音がしない。大きな獣のようにしなやかで、でも獣ではありえない情の深そうな厚い唇をしている。肌なんてチョコレートと蜂蜜を混ぜたようで甘そうだ。
うん。美しいと思うが?」
言ってやったぜ。からかいの返しにガチで称賛されて戸惑うといい。
「なんか凄く褒められたんだが」
「お前は自信家の割に褒められると動揺するな。素直な賛辞だ。鷹揚に受けとるといい」
よし、ジャスミンはエンフィが引き取ってくれたので安心だ。あいつならどうとでも丸め込んでくれるだろう。
ジャスミン、大きいから目の前立たれるとまんま壁だ。前が見えん。
「えー、じゃあ。ヘンリエッタのことは?」
おやヨウル、女性を呼び捨てとはお安くない。
「花で例えるならば水仙だな。香り涼やか、姿は晴明。
花の身でありながら、凍える冬の朝にも凛と背を伸ばして立つそのしなやかさ。
目を引かない理由などないのでは?」
キレイなお姉さんが嫌いな男子校生っているの?
個人的には大胆にうなじを出した、前下がりのショートボブとかたまらんです。
またセクハラになるから言わんけど。
「あの、あまりからかわないで頂きたいのですが」
ほんのり目尻を染めた可愛さよ。
クールなお姉さんの恥じらいとはいいものだ。
でも恥じらわなくてはならないほど動揺させたのは申し訳ない。
「サリー。わたしは失礼なことをしてしまったのだろうか?」
常識なくてサーセン。
「いいえ。でも、あまり人を惑わせることをしてはなりません」
「子供の素直な感想だが?」
「へー、そう。リュアルテ、サリーさんのことはどう思うよ」
ふむ?
半眼のヨウルに聞かれてサリーを見れば、余計なこと言うなと圧をかけられる。
「なんか怒られそうだからパスだ」
「なんだ。えらい美人が付き添いになったから緊張してるかと心配したけど、リュアルテいつも通りじゃん。心臓に毛が生えてるのなお前」
「さあ?生えていたら面白いな。
それにサリーはうちの子だから、緊張するもなにも。
むしろヨウルこそ大丈夫か?」
絶世の美人だけなら夢魔でさんざん見てきたし、顔面力で怯むことはないかな。
それにヨウルのとこと違ってサリーは男だし、気楽なもんよ。
「オレが!平気に見える?!」
朝から元気にてんぱってんな。
「良かったな。年上のキレイなお姉さんに男を見せるチャンスだぞ?」
「男子たるもの見栄は大きく張りたいものだな!」
「お前ら、オレがそんなチャンスを目覚ましくものに出来ると思うのか?」
ヨウル、ネガティブ芸が好きだなあ。
「うん、わりと」
「信頼している!」
「…嘘つけ!お前らキライ!」
「私は好きだ!」
「わたしも好きだぞ」
エンフィが間髪入れないので、同調する。
新しい友人は2人とも違った方向に素直で愉快だ。
「おはようさん。朝からお前さんら元気だなあ」
「「「おはよう御座います」」」
ぴったり揃えて挨拶する。
きりーつ、礼、ちゃくせーき、のノリだ。
男子の連々にお目付け役が付いたので、朝ごはんは家で取るようになった教官は、ほかほかの新婚さんらしい。ほっこりする。子熊ができたら紹介して貰いたい。
「ヨウル、エンフィ、またな。リュアルテ、行くぞ」
エンフィは行政府、ヨウルは白玉ダンジョン2、3号店の施設設置予定なので、ここでお別れだ。
【睡蓮荘】を出て向かう先は冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドが崩落に巻き込まれなかったのは、不幸中の幸いらしい。
【雀の水浴び】ダンジョンの、地盤保護範囲に辛うじて引っ掛かって難を逃れたそうだ。
冒険者ギルドは青果市場や精肉工場も兼ねているので、失われたらゾッとする話になっていたとか。
「ダンジョンはギルド近くに是非置いて欲しいところですが、リュアルテさまの意向からすると住宅街が望ましいのでは愚考いたします」
通されたのは会議室。
受付素通り直行だった。
ギルドのお偉いさんが出してくれた資料を見るが目が滑る。
この分厚い資料を全て読めと?
地名と番地で書かれてもさっぱりぽんよ?
「物件は沢山あるのですね。道が広めで人通りが多い、公園があまりない密集地だと、候補はどれくらいになりますか?」
それでしたら、と減った山は半分ほど。
「…近くに飲食や休憩するスペースが足りない場所は?」
それでもう半分減る。
「…………ダンジョンが進出してくるのを反対のない場所で」
これは減らなかった、なんで!
「ダンジョン側の土地は地場が安定するから人気だぞ」
ああ、そういう。
サリアータ崩落したばっかだから、わりと歓迎されるのか。
「教官。土地勘がなくて選べません。支配人になる方の意見を伺いたいです」
「只今、呼んで参ります」
ギルドの人がフットワーク軽く立ち上がった。
そして、大勢で戻ってきた。
「お初に御目にかかります、マスター。オルレア グッドマンと申します」
犬だ。白くて大きくてモフモフで、笑顔が天使。
間違いない、これはサモエド!
くっ。静まれオレの右手!犬の人を気安く撫でては駄目だと学んだばかりだろう!
「宜しく、オルレア。わたしはリュアルテだ」
「早速ではありますが、ダンジョン運営についてお話があると伺いました」
「その通りだ。今、ダンジョンの立地を見ていたところだが、運営を任せる者にも見て貰いたい」
「どうぞ」
サリーが資料を渡すのを畏まってオルレアが受けとる。
犬は目が悪いっていうが、犬の人はそうでもないらしい。
オルレアは『速読』持ちらしく、最初から最後までざっと2回目を通し、しばし黙考してからひとつの物件を指した。
「こちらは大きな通りに繋がる四辻の角で空き地ですし、申し分ないかと。
ダンジョンプランを拝見しましたが、条件にあいます」
「ここならオルレアが腕を振るいやすいか?」
「はい」
「では、それで。いつ頃、現場に入れるだろうか」
「ご安心を。すぐにでもご用意できます」
こちらはギルドの人だ。
「頼もしいな。しかし最初のプランの2階までなら石の準備があるが、新しい部分の調達がまだでな」
「そのことでご相談が。ご賞味していただきたいものが御座います」
サモエド…じゃなくてオルレアの指示で犬耳メイドさんが動く。
瓶の牛乳とホイップクリームが乗ったゼリーをテキパキと配膳する。
なんだろな?
「牛乳ではないのかな」
瓶の蓋をキュポッと空けて飲んでみる。
瓶飲料は濃く滑らかな口当たりだ。なんだろう。馥郁として美味しいが飲みなれた味じゃない。
「踊り子豆の豆乳です。枝豆なら大豆に限りますが、踊り子豆はえぐみがなく濃厚な味わいなので菓子などにつかうと抜群です。
どうぞゼリーも召し上がって下さい。上のホイップも踊り子豆です」
コーヒーゼリーにホイップは鉄板。
一時の流行りが過ぎても定番になって残るものはどれも素晴らしいものだ。
「とても美味しい。なるほど、ダンジョンに踊り子豆の部屋を増やしたいのだな」
風呂施設があるからして、フルーツ豆乳とかアイスとかやりたいんだろう、きっと。
「新しい設計図はこちらになります」
教官と2人で検討する。
意外だ。
踊り子豆関連しか増えてない。
昨日がアレだったので、一晩経過した今日はもっと盛りまくったのを渡されるかと。
「もっと煩雑な具申書を出せば、流石に断れたのだがこれならいいだろう」
なんか持っていた書類を後ろ手に隠した人がいるけど見なかったことにする。
「教官はどう思われますか?」
「ここで厳しくしないと、完成しても施設が増えるぞ?」
ダンジョンってそんなもんじゃないの?
「きちんと管理が行き届くならそれで構いません。メインは一般人だということを忘れないでもらえば」
継ぎ接ぎ型ダンジョンはゲートが多くて管理が面倒くさそうだ。
オレならこんなダンジョン管理したくない。遊びにはいくけど。
「肝に命じます」
「オルレアと長い付き合いになれたら嬉しい」
深々と下げられた頭がふかふかしてる。
撫で回したら皆に怒られるんだろうな。サモエドは罪深い。




