2 チュートリアルは熊さんと
「よう!お前さんが、リュアルテだな。俺はアスターク!見てのとおり、獣人だ。これは紹介状だ。読んでくれ」
熊だ。しかもリアルタイプ。
花は咲いていないが森の道、熊さんに出会った。
なんとまあ。握手だ、握手と捕まれた手が大きい。
上等なしつらえのマントなんて、リュアルテくんが5人分纏めてつつめてしまう。
でかくて重くて強そうだ。
その質量に圧倒される。
「アスターク教官、ですね。よろしくお願いいたします。拝見します」
右手を左肩に当てたご挨拶。
あ。今、言葉使いや所作に補正が入った。
なんかスキルが発動したぞ。『礼法』あたりか?
渡された書類を読む振りでステータス表示しようとするが、画面が出ない。
んん?
チュートリアル中だからか、そうか。
仕方ないので、指示書を見る。
クエスト!
ダンジョンの雫石を採取しましょう!
※その前に。
教官とコミュニケーションは必須です。色々、話をしてみましょう。
報酬 冒険者7つ道具
※制服と武具は初期装備に含まれます。
「了解しました。まず何をしたらいいですか」
「…お前さん、胆力あるなあ。こんな熊介が寄ってきたら、普通の坊主は泣くもんだが。
そうだな。ダンジョンに入る前には、装備の確認が重要だ!
初回は学校で用意したが、次からは自分で補充するように。
水、食糧3日分。今日は日帰りだからこれだけだが、常に多めに用意しておけよ。野良ダンジョン探索は、突拍子がないことが起きる前提で挑むことだ!
お奨めは甘いモンと油モン。魔力回復のお供だな。
手元不如意のうちは、学割が効く購買で購うといい。相談に乗ってくれるはずだ。
次は防具。今のところは学生服だな。お前さんの体力がつくまでは、そのままでいいだろう。
冒険の心得セットは、ロープ、さらし、はさみ、シャベル、便利袋、傷薬、そしてメモ帳だ。手帳はいま必要か?」
「はい」
折角なので頷いておく。
「ほいよ」
渡されたのは、鹿革らしき灰色の手帳。表は稲穂と本の意匠が金で箔押しされており、裏には『リュアルテ』の名が入る。
これは嬉しい。
スケジュール管理は端末ひとつで済ませていたから、この手の文房具と縁がなかった。
シックな手帳に、万年筆はロマン装備だ。
ウキウキ『冒険者の心得』そう書き込むと、たった今聞いた情報が手帳に自動で浮かび上がる。
おお、ファンタジー。
しかもどうやら自動索引つきだ。
署名以外の書き物をしてなかったので、初見の仕様だ。
「終わりました」
「おう。今はそのままメモをとってていいが、野良ダンジョン中では危ないから禁止な。メモは帰ってからの復習用にしてくれ、学生さん」
ピコン。
メッセージが立ち上がる。
クエスト!
貴方だけの知識図鑑を作りましょう!
先人の知恵は貴方の人生の道標になるでしょう。
【リュアルテの百科事典】が解放されました!
この情報は、手帳もしくはステータスから閲覧できます!
…脳筋だったんだな。1人目。
なんでこんな重要そうなイベントを踏んでなかったんだろ。
まだスカスカの手帳を見つめる。
ここからどれくらい埋められるだろうか。
これは、死なないようにしないと。
改めて決意する。
「他にも持たせてやりたいが、そいつは追々な。『体内倉庫』が広がる前は、自力で荷物を運ばにゃならん。…背負えるか?」
「なんとか」
支給されたのは、渋染めの革製の鞄。
ほぼ6年ぶりのランドセルだ。
ランドセルって、昔は軍用品だったっけ。…。早めに倉庫、拡張しとこ。
「よし、頑張れ。その鞄は空間拡張が掛かっている。外見より荷は入るが、重さはそのままだ。走って逃げるのを考えて使え。
…その、なんだ。
リュアルテ、お前さんは病み上がりだろう?
位階を全て失った程の怪我だと、医師から聞いた。
まだ歩くだけで辛い状態なんだとも。
探索中、無理だと感じたら、直ぐ報告するように。
しばらくは現場の判断で荷物も持たせなくていいと、許可がある。
お前さんは、どうしたい?」
「荷物は自力で運びたいです。でも、走れるかは分かりません」
なにしろステータスが開けないもので。
データを確認しなかった弊害がここに。
「スキルの発動は、できそうな気がするのですが、何を習得しているのか分からなくて」
両肩に手が置かれる。
本物の熊と違って、ゴツくて太い指がついた手のひらは、良く弾むバスケットボールみたいな感触だった。
「リュアルテは英雄症だ。
8日のうち、2日か3日、無理して4日しか起きていられん。
人の何倍、何十倍も早く位階を上げていく奴らは、皆そうだ。
これが発現すると、今までの記憶を失くしちまう奴も少なくない。
だから分からないことばかりでも、恥ずかしくなんかないんだぞ」
おおっと。全年齢って温かいぞ。
まともなチュートリアルって、プレイヤ-の心情まで気遣ってくれるもんなんだなあ。
顔の怖い熊は良い熊だ。
なんかいい匂いがするし。
「林檎とバター?」
「今日のおやつだ。後で食おうぜ。
さて、準備で一番のお楽しみだ」
鞄を開けてみろと、仕草で促される。
「警棒!」
初期装備は棒っきれ。
これにはもうニコニコだ。
いきなり由緒ありげな剣を握らされ、『ここは私が食い止めます。この先はどうか独りでお逃げ下さい』をやられた1人目とは安定感が違う。
「その通り!ここで伸びる。そして縮む!」
「おお!」
「更にこの赤いスイッチ。
押すとパチン、電気が流れる。威力は、冬日のドアと同程度だ!」
「おお、おー?」
それってただの静電気では?
「ガッカリするのは早いぞ、リュアルテ。
こいつは便利な道具だぞ。
お前さんが平らげる予定の、野良ダンジョンは0階級。
危険性は限りなく低いんだが、そんなダンジョンにも魔物はいる。
白玉って奴だが、分かることあるか」
「白玉。よく、宙を漂ってますよね」
薄ぼんやり光って、丸くて、フィールドでは何処でもいるヤツ。
あいつ、魔物だったのか。
「一見無害そうだが、可能な限り駆除を推奨されている魔物だ。
魔物は白玉を好んで食う。エサを沢山食べた魔物は強くなる。
だから後で困らないよう、白玉狩りはしておくに限るわけだな。
んで、あいつ。殴る切るの物理は、そこそこダメージ耐性があって鬱陶しいタイプだ。
反面、魔法系スキルはよく効く。中でも稲妻には滅法弱い。
お前さんでも当てれば倒せる道具を用意してきた」
なるほど。
なるほど?
「もし、他の魔物がでてきたらどうしますか?
歩きキノコや踊り子豆とか」
「俺が倒す。もしくは、担いで逃げる」
確定だ。
リュアルテくん、想定以上に、スゲー虚弱だ。
初心者救済御用達と名高いキノコや豆で危険とか、どれだけだ。
声が震える。
「アスターク先生は、わたしのステータスをご存知ですか?」
「…大丈夫だ!魔力は高い。ダンジョンマスターに不可欠な先天性スキルもある!
だけど、まず。健康な身体を作っていこうな!
位階を上げれば、改善する!」
ひょっとして。
レベルにマイナスとか付いていたりするのかな。いや、まさかそんな。ははは。はー。
手帳と筆は胸ポケットに差しておこう。
「位階上げ、頑張ります」
「…おう。
野良ダンジョンに、行こうか。
とはいっても今いる『森の道駅ダンジョン』は、お前さんが通う予定の『学園ダンジョン』と野良ダンジョンを結ぶ駅型ダンジョンで、ダンジョンに行こうもなにも、ここもダンジョンなんだが」
そうか、管理人がいるダンジョンは名前があるのか。
潜ったことのあるダンジョンは、地名プラス数字とかで味気なかったけど、あれは野良迷宮だからだったんだな。
「駅のダンジョンって、乗り物はどこにありますか?」
木漏れ日きらめく森の中、馬のゲートらしきものがついた小屋があるがそれだけだ。
勿論リュアルテ達を転送したらしき、お馴染みダンジョンモニュメントはあったが、足らしきものは見当たらない。
「残念。低レベルダンジョンは、層が浅いんで基本は人力だ。
駅のダンジョンはこの長方形の広場と、『冒険者ギルド』と『森の道駅』を双方向に繋ぐモニュメント、『森の道駅』から『0レベルダンジョン』に箒状に繋がるゲート施設、その3つしかない特殊なものだ。
駅の形式で管理してるのは、冒険者ギルドと、野良ダンジョンを直で繋げるのは不味いからだな。
特にサリアータは崩落が起きて、大穴が空いちまったからなあ。
他とは都合が違うわな。
これは余談だが、嫌な現実、穴の崩落は止まっちゃいねえ。
どんどん野良ダンジョンを潰して、キチンとしたダンジョンに建て直す。
そのダンジョンで界と界との間を隔てる楔にする。
やらなきゃいかんことは決まってるのに、人物金、なにもかも足りん。
ダンジョンマスターを大勢育てて、この穴を塞いでいこうってのは苦肉の策だな。
関係者はみな、苦しい。
いったい何百年ごしの事業になるんだかわかりやしないのに、突貫工事だ。
そんなわけでよ。いつ事故ってゲートを破棄して逃げだす羽目になっても、建て直しが効くように『駅』を、野良ダンジョンの間に捩じ込んである。なけなしの安全柵だ」
来い来いと手招きされて付いて行く。
アスターク教官が、馬のゲート脇のレバーを指す。
「押してみ?」
動かない。
「ロックが掛かっているのを確認したな。人が入っていない証拠だ。
解錠はお前さんの場合、学生証を使う。ほら、首から下げたのだ」
ん、あった。
服の下から銀色のチェーンを引っ張り出す。
「トップの石に触れると、お前さんの魔力を自動で吸ってレバーが上がる。
よし、開いた。
開いたら学生証はすぐしまえ。
体内倉庫が使えるようになったら一番に、『大事なもの』欄に保管するんだぞ。
あとは、そうだな。
ゲートの側は結界が張られている。
先に行った場合は、後から来る仲間が詰まらないように、安全なところで待つこと、いいな?」
「はい、教官」
さあ、ダンジョン攻略だ。