19 夢魔のレース
健康っていいな!
少し余計に歩いても息の切れない体って素晴らしい。
0レベの梯子して、夕御飯食べて。
模型を提出してから5時間もしないうちに、色々補足されたダンジョン模型が返ってきていた。
社会人ってなんなん?みんなこんな早さで仕事してるの?疲れない?
わー。仕様書、書き込み、凄い。
みんな熱心なんだなあ。
「ああ、トイレ。そうか忘れてましたね」
ないと困る大事なものだ。
「すまん。
普通のダンジョンマスターはお抱えの設計士なりデザイナーなり侍らせているから、参考意見を聞きたいと話を通したら大騒ぎになっちまった。
是非にと押し付けられたのがこれだ。
一応出来のいいのから選んで、2案に絞って持ってきた。
Aはお前さんの模型に足りないものを最低限補ったタイプだな。
初心者マスターに配慮して、設備は一部屋足しただけでシンプルな造りになっている。
Bは、どうしてこうなったんだろうな。
難度は上がるが、技術的にはなんとか許容範囲に収まっている」
「…畑ついてますね。小さいですけど」
なんか5階建てになってるし、通路の幅が広がって長くなっているし、売店に弁当屋もついている。
「ノベル村はサリアータの台所だったから、流石に比べられん。
バーベキューやるなら肉が欲しいと言い出すやつがいたり。
ダンジョンは植物の生育が早いから、これだけのスペースがあれば少しは野菜不足の緩和になるって押すやつがいたりな」
「でもBは運営資金足りないんじゃないですか?」
借金は嫌だ。
Aが憩いの広場だとしたら、Bはアミューズメントパーク感がある。誰だ銭湯付け加えたの。
「既に寄付が始まっている。お前さんらのクラスは積極的に生活スキルの『エンチャント』してくれているから、方々で話題になってるんだ。
それと白玉ダンジョンのことといい、幼いダンジョンマスターを搾取してんじゃないかって、耳の早い奴らが聞き付けて、これもちとした騒ぎになっちまってな。
やべえ額にならんように祈ってくれ」
「そんなことが。
わたしとしてはダンジョンの基幹部分だけを造るなら出来ますよとしか。
資金が足りるなら、運営してくれる人がどちらをやりたいかで決めませんか?」
「お前さんの許可が出るなら絶対的にB案だ。これは仕様書を確認した全員の意見だ。
お前さんが、支配人に求める器量はどんなんだ?」
クエスト!
ダンジョンの支配人選抜!
※どのタイプを選んでも問題ありません。お好みでどうぞ!
1 気品漂うロマンスグレー。昔はやんちゃしてました(家臣団付き)。
2 働き盛りの子煩悩夫婦。冒険者を引退して心豊かな第2の人生。クランメンバーを添えて。
3 戦闘系メイドさん軍団。わんわんお、わんわん。料理上手なおっさんや顧問のじじさまとか群れにまじってたりするけど、きにしないでほしいのだ!
どれ選んでも武闘派揃いじゃん。
まって、もっと情報プリーズ。
「そうですね。誰でも入りやすいダンジョンがいいですから、人徳があって、気が利いて、経理に強くて、ご飯が美味しいスタッフを集めて纏められる人がもしいたらお任せしたいですね」
玉虫色の返事で申し訳ない。でもクエストの文字が早く選べって点滅するのが、焦る!
しかも選択し終わったようにクエスト消えるし!なんでだよ!
「よし、意見を具申してくる。邪魔したな」
ドリルを広げていたテーブルを見て、教官が頭を掻く。
サリーに買ってきて貰った件のドリルは小学生の算数から始まった。
飽きさせない工夫なのか、ナンクロとかの魔方陣ものも解かされたりした。
VRのドリルは、紙のノートに鉛筆で書き込む仕様なのに、一問解くごとに花丸つけてくれるし、1ページ全問正解すると花火が上がって功績ポイントをプレゼントしてくれるのがお得で嬉しい。
こうして平穏に過ごしていると功績ポイントは、あらゆる所に散らばっているんだと知る。日常系のクエスト殆んど受けられなかったから新鮮だ。
ドリルは精石の弾込めのお供にぼちぼちと解かせて貰っている。
「これから、まだ仕事ですか」
サリーがお茶を入れるのにスタンバっているんだが、教官は用件だけすませて出ていこうとする。
「おう、教師は全員で、支配人選抜プレゼンを受けてくる」
もう8時を回るのに。
「教官、お休み貰ってますか?」
「お前さんらが寝ている間にとっているな!」
そうでした。
オレらこちらではよく寝る設定でしたね。
安心したところで、教官は「おやすみ」といい残して、仕事に出て行った。
教官の巨体が消えると、この部屋は広すぎる。
サリーがいてくれて良かった。
多分スイートルーム格以上の部屋は各々コンセプトが異なるんだろう。
リュアルテに用意されたのは森の妖精さんが住んでそうな部屋だ。
シャンデリアはクリスタル製のクリスマスローズで、間接灯は銀の鈴蘭。
黒光りする板張りの床には、ドングリを沢山実らせた木々のモチーフを、金を差し色に多色の茶色で織り上げた絨毯が堂々と置かれている。
テーブルの脚に木登りするリスが掘られていたり、ソファーが針ネズミ一家の縫いぐるみでできていたり。
可愛い、綺麗、メルヘンで選ぶなら、メルヘンが優勝だ。
「入浴の支度が整いましたが、如何なされますか」
「そうだな。貰おうか」
教官はこちらが教えを受ける立場なんでオッケーだけど、従者さんらは敬語や普段の「ありがとう」は禁止なんだと。
特に配下に感謝を告げるのは、大きな仕事を成し遂げたときのみが望ましいそうだ。
どこのお貴族さまなんだか。
慣れて増長しないよう気を付けよう。
白と金のアラベスクの浴室は、湯船に薔薇こそ浮かんでいないが、なんともロマンチックな様相だった。
シトラスの他に何か桜餅の葉っぱみたいな甘い香りがする。
ざっとかけ湯をして、バスタブに浸かった。
ああ、溶ける。
疲れがじんわり抜け出して、胃の腑が軽くなるような、気持ちよさは現実となんら代わりない。
ゲームは『洗浄』の使い勝手が良すぎて風呂はないものとしてたけど、こうしてのんびりするのもいいかもしれない。
指先がふやけるほどに堪能する。
しかる後にシャンプーやリンス、ボディーソープ。お馴染みのアメニティは使わせて貰って風呂を出た。
塩とかクリーム類とかはやれば気持ちいいのかもしれないけど、面倒臭さが先に立つ。
用意してくれたのに申し訳ないが、きっと使うことないだろう。
浴室を出ると今まで着ていた服を回収されてしまっていた。
洗濯なり、手入れなりをしてくれるのだろう。
それはいいけど、困惑する。
寝巻きはいい、手触りがいい生なりのパジャマだ。
しかし問題は下着だった。
紐の部分を摘まんで広げる。
レースである。それも白の。
可憐な小花が立体的に刺繍してあり、魔石のビーズが散らさせている。
一見しただけでも手間がかかっており、その上で清楚な代物だ。
この手のロマン装備は彼女の部屋で見たかった。今はいないけど将来的に。
「おのれ夢魔族」
いらん文化広めよってからに。
防御力を1段階上げてくれる高性能な下着類は夢魔族の外貨獲得手段の1つだ。
それは許しても、何故男性用下着にもレースやビーズや刺繍なんかを入れたりするのか!
憤然、憮然。
これはもう仕方がないので下着を無視して寝巻きを着る。
警告!
モラルの装備がされていません!
全年齢ではその状態で人と会うことは許可されておりません!
洗面所のドアを開けようとしたら警告が鳴る。
嘘だろパンツお前ぇ。
まさかこんな辱しめをうけると思わなかった…!
結局そのモラルを装備したかはシュレディンガーの猫。
誰も見なければ、そうかもしれないし、違うかもしれないのだ。
「肌着まわりは機能を重視した中で、なるべくシンプルなものをご用意させて頂きました」
リビングにて。茶器を温めて待っていたサリーは尋ねる前に告げてきた。
「…確かに体力の増強は課題だな」
HPが100以下なんて怖くて外には出せんよな。
「はい」
ちょっとほっとした顔なのは、サリーも悩んだんだろう。
これはデザインと機能性を天秤にかけて、防御力をとったと見た。
このゲームHP全損=死亡ではないが、更に追撃されて死亡したら、そのまま救済なくキャラロストだ。
HP全損して酷い状態になっていた子供の世話をするなら、装備でテコ入れでもしないと不安だろうし仕方がないと諦める。
サリーは茶をいれてくれる前に、小さめなグラスでレモネードを供してくれた。
「炭酸やレモンは平気でしたでしょうか?」
「両方好きだ。さっぱりしていいな」
「ありがとう御座います。おぐしを触らせて頂いても?」
夜だからか、ぽってりとした厚い茶器に注がれたのは豆の香りがする穀物茶だった。
ソファー前の硝子テーブルに置かれたのでそのまま座ると、ブラシやオイルを出して背に回られる。
「どこか可笑しいか?」
エルブルト人の髪は濡れてもタオルドライですぐ乾く。特にリュアルテくんの髪は寝癖もつかない超ストレートだからと、櫛も通してないのはだらしがなかったかもしれない。
「いいえ、とてもお美しいおぐしですが、これは私の勉強の為ですね。知らない間に覚えたスキルですが、これもご縁と伸ばしていますので、是非に」
床屋って眠くなる。
オイルを塗られたり、ブラシをかけられたりまではしゃんとしてだけど、頭皮マッサージされるとてきめんだった。
そんなわけで、寝室に引っ込むことにする。
お休みなさい。