15 雀の水浴び
吃驚はしたけど、逆になんもギミックがなければ、これ程作り込んでないかと納得もした。
まさかVRでTRPGやるとかの偏屈っぷり、漱石枕流。
オレは阿呆か。現地のお人がGMしてくれるって時点で不審に思えよ。
クエストが隠れてるなんてまったく気付かず普通にゲームしてたわ。
ああ、本当に。
もうAIは遠い国に住む人ではないんだな。
このゲームの地元の人、行動を共にするとナチュラルに間違えたり見栄を張ったり、嘘ついたりして、人間臭いとは感じていた。
少し話した程度では、ゲームの住人とプレイヤーは区別がつかない。
NPCは舞台装置だからと、疎かにできるプレイヤーの方が珍しいだろう。
でも改めて実感する。
突拍子もないことしでかすプレイヤーをいなして、GMの采配をする人工知能なんて確立しきった人格じゃないか?
アスターク教官は、甘いものが大好きで、顔が怖くて面倒見がいい、そんな立派な大人の男だ。
一緒に飯を食ったり、ゲームとかくだらない話で盛り上がったり。
なんかもう。現実生きている人間じゃなくても、親しい人と認識してしまう。
はー。最近のゲーム凄い。
前世は人とは話しても、親しくしてなかったんだな。
とうとう熊の表情が読めるようになってしまった自分に驚きがある。
少なくともアスターク教官が大口開けて笑っても、もう怖いと思わない。それどころか一緒に笑ってしまうし。
ダイスを手の中で玩ぶ。
なんかアナログなところから先進技術の凄まじさを体験してしまった。
「よし、ダンジョンを造ろう」
「お、やる気だな。唐突に」
「新しい構想のダンジョンは人を雇わないといけないから躊躇ってましたけど、大丈夫かなと考え直しまして」
もっと、ここの住人を信じよう。
彼らは指示した通りの行動しか取れないお人形さんなんかじゃない。
むしろ社会経験のないオレなんかが心配するのは烏滸がましい頼りになる人ばかりだ。
失敗したら、それでもいいよな?
ここは判断間違いが直ぐにロストに繋がる前世のような環境じゃないのだし。
「どんな奴らがいるんだ?」
「まずは営業、調査員。運営が始まったら料理人に管理人。店舗を丸投げしたいので、一切合切面倒見てくれるマネージャーさんが一番欲しいです」
「なに、大掛かりな事業でもすんの?」
とんでもない。
「バーベキューとキノコ狩りができる小さなレジャー施設を考えている。需要があるかわからないし」
「それってビールもだすのか?」
教官ったらイケる口ね?
「そういうことを決めて采配を振るってくれる人材が欲しいな、と。
最低でも赤が出なければ、こちらの手取りはなくてもいいぐらいです。
このまま魔石の加工で稼ぐようになったら、ダンジョン造りを後回しにしてしまいそうで」
オレらに最も求められてんのってダンジョンなんだろうし。
ノウハウが欲しい。
「同感だ!ですので教官、私も製塩工房を手掛けたいのですが、相談に乗ってくれる人を紹介してください!」
「エンフィ、また海がでたのか?」
山や森、湖なんかは出たけれど、海はまだ当たっていない。
「出た!塩の需要は足りてないと聞いたから天の配剤だろう!」
「そうなん?」
「さあ」
聞かれても知らん。エンフィみたいな真のコミュ強と一緒にするな。
「今まであった製塩所が崩落に巻き込まれたからな。
現状は他から買っている。
塩は領の専売だから安くついちまうがいいか?」
「塩が足りない話は聞いても、高いという話は聞いていません。
それだけで上の指示に従うのに意義はあります。
それに私も箱だけ用意して、後はお任せしたいので」
「エンフィは『抽出』あったな、確か」
『加熱』『減熱』のエアコンセットも。
「製塩用に『エンチャント』した道具を作れと言わんばかりだろう!」
「明日の昼前は雀狩りの予定だが、午後からは、ダンジョンの模型キットを用意しておく。責任者も探すよう連絡するが、これは時間を貰いたい」
「求人ばかりは水物でしょう。了解しました。
それよりも。ダンジョンの模型とは、どんな代物でしょうか?」
ブロックかそれともプラモ系か。
「楽しみにしておけ。ヨウルはどうする?
メイスの指導はトト教官が名乗り出てくれたが」
「行きます!…あーでも模型造りは気になります。白玉ダンジョンはそんなのやらなかったし」
「ああ。白玉ダンジョンは良かったな。シンプルで集客に優れ、今までなかった場所から需要の掘り起こしに成功した。
既に100件ほど施設の普請の要望がきているが、審査が通ったものから工事していきたいとの要請がある。
まあ、お前さんたちの了承がとれたらの話はだが」
「教官、顔が怖くないっすか」
「地顔だ。
…いや、白玉1号店はプロトタイプだからと、殆んど金をかけずに建てただろう。
その条件のまま案を通そうとしてるのが気に食わん」
「条件って?」
「ダンジョン制作だけはオレで、後はノータッチで毎月純利益の5パーセント配当」
「悪くはないよな?」
「むしろ数が増えるほど美味しい」
不労所得美味しいです。もぐもぐ。
「教官、私たちはそれで構いませんが、他のダンジョンマスターとの兼ね合いがありますでしょうし、白玉ダンジョン制作は社会貢献ということで、造った分だけこの先税金の控除が掛かるとかはどうでしょうか」
「お前さんら、なあ。確かにダンジョンマスターは社会貢献が求められるが、それは家門を構えてからで充分なんだぞ?」
「普代の家臣も居ませんし、この年から家人を抱えるのは億劫なんですが!」
「オレ根っから庶民なんで!人に仕えられるとかムリなんで!」
「そもそもこんな子供に仕えたいって人いるんですか?」
「リュアルテ、なんでいないと思えるんだ?
いるに決まってるだろ。ダンジョンマスターだぞ。
エンフィとヨウルは諦めろ。じきに従者候補を紹介するから覚悟しておけ」
ダンジョンマスター負担大きくない?
ギルマスとして人を纏めるどころか、ぼっちプレイしかしてこなかったんだけどなあ。
そんな前振りがありまして。
5日目の午前中は雀狩り。
学校は、まだしばらく学科の準備に時間がかかるとか。
だから当面の方針として、まずは体力の錬成と経験値を稼がせようということらしい。
今日連れてこられたのは築二百年の老舗ダンジョン【雀の水浴び】。
既にダンジョンマスターは泉下の住人で、今は官営ダンジョンなのだとか。
「ここのダンジョンマスターは雀を見るのも飼うのも食べるのも大好きだったらしくてな。
ここは食べる用の雀のためのダンジョンだそうだ。
このフロアはエノコログサの群生だが、別フロアは粟や稗、ソバなんかが生やしてある。何を主食にするかで味が変わるか、実験していたらしいな」
雀を食うのか。
山鳥とか、雉子のジビエは聞いたことあるけど雀か。
餌の厳選から始めるあたり、よほど好きだったんだろうな。
「雀、大きいですね!」
エンフィの感嘆。
わさわさと猫じゃらしが生い茂る野原に雀が群れる。
ただしこの雀、鶏よりでかい。
重くなりすぎたせいで飛べない雀は、跳ねるようにして猫じゃらしを啄んでいる。
食肉なら食べでがあって頼もしいが、サイズがでかいぶん、愛らしさ成分はごく薄い。いや、遠くからみれば丸くてふくふくして可愛いかもしれないが遠近感が狂う。
「オレ。雀、食べたことないんすけど、どんな味っすか」
「魔物の雀は、身がむちっと締まって、味が濃くて旨いぞ。
手のりサイズの普通のも食えるらしいが、そっちは食ったことがないな」
むちっとした肉で味が濃いなら。
「焼き鳥か照り焼きか」
「南蛮漬けも捨てがたい。白いご飯がほしくなるな!」
男子連中が肉談義に走っていると、クロフリャカ嬢がてててと寄ってくる。
「リューくん、エンくん、ヨウちゃん、はい、どーぞ」
クロフリャカ嬢が魔法少女のステッキを各々渡してくれる。
「クロちゃんや、オレだけ【ヨウちゃん】なのなんで?」
「ヨウちゃんはかわいーから特別!」
「良かったなヨウちゃん」
「モテモテだなヨウちゃん!」
「もう、いくらヨウちゃんがかわいーからって苛めちゃだめよ?」
ほーん。クロフリャカ嬢はヨウルが可愛いとな。
寧ろヨウルの外見は男前の方に成長しそうなんだが、そうか。おめでとう?
「苛めてない苛めてない」
「安心して欲しい。ただ仲良しさんなだけだ!」
「そうなの?」
エンフィと2人頷きあう。ヨウルの咎める視線は気が付かなかったこととする。
「そうなんだ。ところで、クロちゃん。この杖ってなにかな?」
きらきらでファンシーな杖は女の子に持たせたい。
「『パチンコ』と『ターゲット』の杖よ?」
「うん。それはわかる。でもさ、オレらが使うにはちょーっと愛らしすぎねぇかな。ピンクだし。お星さまがついてるし」
本当にそれ。
「みんなのはクロとおそろいよ」
ああー…。クロフリャカ嬢に持たせるために頑張っちゃったんだな道具技師。
「皆さーん!今日は協力者さんたちがいます【ご主人さまを探す犬族の会】から20名、従者候補生から2名、特別枠から1名及びその保護者の5名のチームです。よろしくね」
トト教官は相変わらず顔しか肌を晒さないスタイルだ。
「あの、トト教官。犬族のって、どんな集まりなんですか?」
アリアンよくぞ聞いてくれた。オレは聞き間違いだとスルーしかけた。
「犬族の人は群れのリーダーに従うと精神的な充実を覚えます。
この会の方々は全員群れのアルファです。
能力、人柄ともに相応しいと押されて立った立場でも、この会の会員は群れのアルファより下の位置が居心地良いので、現状はストレスが貯まるとのことです。
見習いダンジョンマスターという、上の立場にある人物と触れあって精神的なリフレッシュしたいと打診されたのでお受けしました」
知っている犬の人は真面目でおっとりとした可愛こちゃんだったんだが、犬族のイメージが崩れる。
「きょーかん。犬の人とお友だちになればいいんですか?」
「いいえ。仲良くする必要はありません。
ただ、獲物を沢山拾ってきたいい子は誉めてあげて下さい」
トト教官、いつになく口調が固い。
この間はほんわり穏やかーに話していたよな?
犬の人になにか問題あったりするんだろうか。
「皆さんはこの【星の杖】のテスターよ。雀をどんどん撃っていってね。
拾うのは有志の方にお任せして。
そしてクロちゃんにはスペシャルゲスト!」
トト教官の合図で、離れた場所でラインを作っていた人影が移動してくる。
その中でも一際一生懸命走ってきた青年にクロフリャカ嬢が大きく反応した。
「クロ!」
「お兄ちゃん!どーしたの、おかーさんもいるの?」
「俺1人だ!皆を代表して俺が来た!…良かった元気そうだ」
ギュッギュっと少女を抱きしめ笑顔を見せる青年はクロフリャカ嬢そっくりだ。
意地悪そうな顔立ちのイケメンが、いいお兄ちゃんぶりを見せるのに、トト教官は満足げに頷く。
「ジャージー村青年団のハルサンです。妹がお世話になっています」
きっちり頭を下げる姿は、頼もしい兄の姿だ。
なるほど、こうすると好印象なんだな。妹のバイト先に顔を出す機会があったらオレもきちんとしよう。
「ハルサンくんが所属するパーティーは、ジャージー村の有志で結成されている位階上げが目的の団体です。
クロちゃんのご縁というのもありますが、村所属の団体ということでリーダーさんが安定して代替わりしているので歴史も長く存在しています。
その堅実性を加味しての参加です。
…と、いうわけでクロちゃん、お兄さんたちに雀を拾って貰うのよ。いってらっしゃい」
「はあい!いってきます!
あのね、この杖ね、クロもちょっとだけてつだったの、バンってなるのよ、それでね」
クロフリャカ嬢はハルサンの手を引いて痛々しいほど懸命に喋ろうとする。
本人はいつもニコニコしてたけど、寂しかったんだろうな。
まわりのおっさんやお姉さんたちも微笑ましい顔してついていく。
それを見送って。
「偽物のお姉ちゃんより、本物のお兄ちゃんがいいものね」
アリアン嬢はほつりと呟く。
「アリアン嬢はクロフリャカ嬢の姉妹ではなく、友人だということだろう」
「そのうち親友になるかもだし」
「ごめんなさい、いまのは少しさもしかったわ。
最近甘やかされ過ぎて我が儘になっていたみたい。反省しないとね。
クロちゃんが身内に大事にされているの嬉しいのに、寂しいとか性格悪い」
友達にだって独占欲はあるからなあ。
「皆そんなものだ。アリアン。
気晴らしに食材を狩らないか?」
くいと、草原を指す。
ちょうど飛び出してきた雀が、目が合うなりヤバいと踵を返す。
隠れたつもりでも丸い尻が見えているんだが。
「………そうね!今日の【星の杖】は血に餓えているわ!」