12 セッション1 お嬢さまレベル1
夜の部の魔石加工はっじまるよー。
集合したのはエンフィの部屋。
寝室にリビング、バス、トイレ、ミニキッチンが備え付けられたスイートルームだ。
オレの部屋は医療スタッフさんが出入りしてもいいようにと保健室(仮)からまだ移ってない。なので一般客室だが、もう一つ上のグレードのお部屋は艶っぽい雰囲気たっぷりだ。
これって恋人が特別な日に泊まる部屋なのでは。
ワイン付きのディナーを乗せるのにふさわしいテーブルには、紙やペン、サイコロ、魔石にサンドイッチ、フィンガーフードのオードブル、駄菓子屋さんで貰ったオヤツもろもろ、飲み物のワゴンも完備してTRPGの夕べは始まった。
「物語の舞台は百万都市エド。時の大将軍が治めたる、華やかなりし都から始めることとする。
特に最初の舞台となるニホン橋は、エドの中央にして、諸国の行程もここより定められるゆえ、その名がつけられたという。
さて、お前さんらは初対面か?」
「いいえ、相談の結果私とヨウル、いえシノブ嬢ですね、彼女らはタツミ姫にお仕えする従者と忍ということになりました」
「お姫さまだからな。供の者が2人というのは控えめだが、設定としてはどうする」
「安全のため素性を隠して学校に通っているので。とかどうでしょうか?
地元から離れている理由にもなりますし、妾腹なのにお家騒動とかに巻き込まれて緊急避難でもしてるんでしょうね」
「なるほど。これだけの大都市ならお嬢さま学校もあるだろう。
トクガワ将軍は特に貴族家の子弟をお膝元に集めさせたとあるから、学問所が多く開かれていたのかもな」
ちょっと読んでみたい、そのサプリ。愉快なニホンになってそうだ。
「お嬢さま学校…」
よし、ヨウル。そろそろ覚悟決めようか。
「貴族子弟の学舎に入っているなら導入が楽だな。貴族家は軍役があるから、学校も位階上げに積極的だ。いざに備えて冒険者として活動される方も多い。
学園の授業の一環として、冒険者ギルドに依頼を受けに来たということでどうだろうか?」
「では、それで」
「時にシノブはなんで男なのにお嬢さまなんだ?」
「お嬢さまに身をやつしてるのはタツミ姫護衛の任務の為の変装で、シノブの趣味じゃないっす!
この容姿の高さと体力の貧弱ぶりと忍のワザマエで無理なく化けてるんでショー、チクショー!」
「なるほど、任務と。となるとタツミ姫やサユリ嬢はシノブ嬢が男だって知ってるのか?」
「そりゃあ…」
「サユリは知りません。その方が面白そうなので」
やるなエンフィ。この手のゲームは物語を楽しむことが信条だ。
「タツミは知っているけど知らないフリをしています」
「なんでさ!」
「タツミは下手にものを知ったせいでお家騒動に巻き込まれたので、「シノブさまの秘密は気付かぬふりをしておきましょう。故郷を遠く離れてついてきてくれた大切なお友だちに嫌われたら悲しいですし」と、黙っている設定です」
「この頭ぽややん姫が…!」
「知力10なので、難しいことわかりません」
知らないフリしてるだけなので、シノブ嬢が男バレしてもフォロー態勢はばっちりだ。いざとなったら【コネクション】。パパンの権力が火を噴くぜ。
ヨウルには女子校潜入のハラハラ感を満喫してもらおう。
「エドシティの冒険者ギルド【口入れ屋】は、冒険者の仕事の手配の他にも、短期雇いの奉公人の采配といった細々も請け負っているらしい。
ニホン橋は五街道を繋ぐ始まりの地ということも相まって、今日も今日とて押すな押すなの満員御礼。
しかしながら見るからに身なりのいい三人娘には、腕っぷし自慢も道をあけるしかなかったようだ。
それというのも貴族とは礼儀正しい暴力装置であり、青き血に連なる枝の娘に無礼を働く愚か者はそうそう居るものではないのが常識だ。……というわけで、先輩冒険者に絡まれるイベントはスキップだ」
「それは是非ともやっておきたいお約束なのでは?」
んだんだ。
「仕事中の軍人や貴族に絡もうとする阿呆はいない。もし彼らの横暴があれば、役所も親身に助けてくれるが、自業自得には冷たくされるぞ?
魔物から誰が守ってくれるかと言えば、第一は青い血と、志願して訓練を重ねる軍人さんだからな。
そのかわりに受付は小股が切れ上がったいい女を置いてやろう。ほんとだったらべらんめえなおっさんが居るはずだったが、3人娘に対するギルドの配慮だ」
「わあい?」
嬉しいような、でも中身は熊だしな。そんな顔をしているがヨウル。ロープレが進むと中身が妹でもおっさんはおっさんとして扱わないといけない気分になるんだぞ。不思議と。
「「本日はご依頼でのお越しでしょうか?
それともお仕事を受けて頂けますか?」
年の頃は20の半ば。種族は……鱗族だな。
そんなわけで黒髪の美女がタツミ姫を熱い眼差しで追っているぞ。とくに角の辺りを見ては、はわわとなっている」
ダイスが受付嬢は鱗族だって告げるのなら、しゃあない。
「鱗族にとって、竜族の存在は眩しいものなのですか?」
冷静だなエンフィ。
「アイドルとか精神的支柱とか尊いとか貢ぎたいとか。そんな話はよく聞くな。愛が重いんで竜族の方は少し引いている印象だ。
竜族は確かに時代の折りにつけ傑出した人物が出てくるが、大体殆んどは一般人だ。そんな反応されても困るよな」
「サユリはタツミ姫の後ろに控えていましたが、不穏な気配を察知して姫を後ろに前に出ます」
「えっと、シノブは同僚が前に出たので、後ろを守ります」
「タツミは「ご機嫌よう。学園の授業で伺いましたの。初めての依頼を受けたいのですけど、手慣らしになるものを紹介していただけるかしら?」そう口元を扇で隠し、小首を傾げます。学校からの紹介状がありましたらそれも出します」
「その場合はタツミ姫が直接渡すことはないでしょうので、サユリが一旦預かって「よしなに」と渡します」
「うわ、受付かわいそ。これ篭絡じゃん」
「そうだな。受付嬢は顔を赤くして、あたふたと書類を捲っているぞ。
「なんかスゴいお嬢さまが来ちゃった!」
「かわいい。えっ、無料で会話とかして大丈夫?天罰とか当たらない?」
とか、鱗人のスタンダードとして、そんな動揺をしているな。
「皆さまのご入学、心からお祝い申し上げます。
冒険者としての活動は初めてのとのことで、こちらからお奨めにするのはこちらの3件となります」
そう渡された書類がこちらだ。
1クエスト!
畑を荒らすイモ虫を退治してほしい!
おらさ村のキャベツ畑ば集る虫をなんとかしてけろ。
このままじゃおまんまが食えなくなっちまう!
報酬1人300マ
2クエスト!
イノガシラ池に魔物?
子どもたちがそれらしい大亀の姿を見たそうだ。
カンダ上水になにかあったら大変だ!
調査を求む。
※討伐時には別報酬を用意する!
報酬 1人400マ
3クエスト!
※常設依頼
野良ダンジョン掃除。
ダンジョンに住む魔物を狩って野良ダンジョンの拡充を防いで欲しい。
報酬 レベル1ダンジョン 1人500マ
レベル2ダンジョン 1人1000マ
さあ、どれを選ぶ?」
GMがクエスト表を回してくる。
「イモ虫?って普通のイモ虫?」
「ヨウル、ほらGMが質問待ちしてる」
「あ、そっか。えー、シノブは「イモムシって、魔物がいるんですか?」と尋ねます」
「「普通のイモ虫ですが冒険者の方々には『呪歌』を嗜んでおられる歌い手がいらっしゃりますので、受け付けております。その手の技能者には簡単な仕事だそうですよ」だとよ」
「残念だけどイモ虫はパスだな。あと、調査メインのクエストは厳しそうだ。まともな探索要員がシノブ嬢しかいない」
「そうだな。サユリの得物も槍だから、防御が厚い魔物は歯が立たないやもしれない」
「じゃあダンジョンでオケだな?
「3の依頼について伺いたく存じます」っと。
プロニンジャのシノブは男バレしないよう淑やかにいくぜ。
冒険者としては新人だけど、技能にのらない化粧術とか女らしい仕草とかは完璧なんだよ、きっと。お殿さまの声がかりの護衛だろうし」
「タツミは頑丈だから。シノブ嬢が父上に期待されてるのは警報装置役じゃないか」
「そうね。このパーティ、お姫さまがメイン盾なんだよな。お姫さまに忍が守られるとか間違っている…」
ゲーム的には良くあることだ、諦めろ。
「野良ダンジョンの説明いくぞ。
レベル1はまあ、失敗はないだろう。
レベル2はスリルを味わっていって欲しい。
野良ダンジョンは泡沫のように涌き出るので、ニホンでもダンジョンマスターの処理が追い付いてない状態だ。
処理前の野良ダンジョンが拡大しないように管理と手入れをするのも口入れ屋の仕事となる。
依頼を受けたダンジョンをしらみつぶしに探索して、魔物を狩って欲しいそうだ」
「場所は行くのにどれだけ時間がかかりますか?
あと、野良とはいえ人の手が入ったダンジョンなら、地図もあったりしませんか?」
「よしエンフィ、よい質問だ。ダンジョン迄は歩いて3時間以内。
レベル1は頑張れば日帰りできる。
レベル2は1泊2日は覚悟しておけ。
両者ともに地図もある。どうする?」
「その前にGM。持ち物と所持金ってどーなってます?」
「買い物は依頼を決めてからしようかと思ったが、今のうちにやっちまうか。
所持金は1人500マ。持ち物はそこから出してくれ」
「ところでGM、エドとセンダイは遠いですよね。わたし達はゲートでエドにやってきたんですか?」
「いや、長距離ゲートは緊急時か重要なお役目でもないと開かせないな、どこにいってもおおむねそうだ。船旅、は危険か。陸路で馬に揺られてってとこじゃないか。
そうだ忘れていたかもしれん。サユリ嬢は出自に騎士があったから特記で乗馬術がついている」
「記入しました!」
「陸路なら休憩の度に困りませんか。洗面所とか、貴婦人には必要ですよね。
体内倉庫にいれて運ぶプレハブとか、買えるものリストにありますが、旅の途中この手の物の利用があったのでは?」
「あーまあ、そうだな?」
「目立たないよう豪華な設えではないにしろ、一応は姫君が使う物でしょう?
タツミは体内倉庫持ちですし、捨ててないですよね?」
「捨てないよなあ、常識的に。仕方ねえプレハブの所持を認める。この2部屋にトイレ、バスつきのでいいか?」
「いえ、トイレと3人並んで寝られるスペースがあればそれで。女性だけという設定ですしソロ用の小さいので構いません。この防御力の高いのとか親が用意するのにそれらしいのでは?」
お値段5千2百マ也。
お姫さまじゃなかったら、新人には手が出せないお値段だ。
TRPGの『体内倉庫』はVR版より優秀だけど、無制限に何でも入るわけじゃない。
レベル1冒険者なら、大荷物は厳選しないと。
「なるほど、プレイヤーの行動は現実に寄せるんですね」
「ゲームが崩壊しない範囲でな」
「はい。それで実家から防具の支給はありましたか?
うら若い女性を遠く旅立たせるなら、物質的なお守りがわりに持たせても良いのではないでしょうか!」
「オレは忍だし、殿が支給してくれる場合によるのかなー」
「支給品はそれぞれ防具、一点のみ。これ以上は出さんぞゲーム的に」
「了解でっす!
で、装備が充実したとこでレベル2行っちゃう?」
「レベル1に1票!」
「2票」
エンフィの後すかさず続ける。
初プレイで全滅エンドは避けさせてやりたい。
ダイスによってはどうなるかわからんし。
「じゃあレベル1ダンジョンで依頼をうけます。他に聞くことあるかなあ?」
「ダンジョンは人里にありますか?
ダンジョン内外の脅威についての情報は?」
「ダンジョンから1キロ歩けば民家もありそうだな。道中は運が悪ければ野生の熊や狼がでるかもしれん。
出てくる魔物の一覧はこれだな」
熊を出すのはやめて欲しい。教官の前で熊をぶちのめすのやり辛いんだが。
魔物は饅頭ウサギにセクシー大根、ボスには踊り子豆のレア個体か、もしくは嘆きのヒマワリの報告あり、と。
饅頭ウサギ、ヒエラルキーの一番下なのか。植物系が多いダンジョンで唯一の草食動物の出なのに、悲しい生き物だな。
「ヒマワリの花はいつか枯れて種をつける日を待っている。…って。
なんでコイツ、ボスなのに人の顔見ただけで枯れるの?」
「さあ?」
ヨウルは魔物のテキストデータに困惑しているが、オレだって嘆きのヒマワリのロックぶりには、戸惑いしかない。
生物の進化は謎に満ちている。
「人待系の植物は、ダンジョンの特有種だが、魔物化したらそういうこともある。
アグレッシブに襲ってくることもあるから一概には纏められんが」
道中の敵を聞けば教えてくれるってことは、イレギュラーの発生に備えろとか、ゲームのメタを読むとそんなとこだか、冒険者ギルドなら普段から情報公開しているから。考えすぎか。
「了解です。…毒や麻痺攻撃してくる敵はいないな」
「汎用解毒薬は念のため1本ずつ持っとくとして、食糧はどうする」
「保存食は2日分、水は1リットル個人でもつとして。
鍋1、皿3、カップ3、箸3、薬1、冒険者セット1。これで145マなので、のこり5マはオヤツをということでこれで150マ。
その他100マの採取用ナイフと150マの安全靴(防御数+1)を買い足して合計450マの会計をします。
タツミの防具は盾にします。防御数+3のバリスティックシールドで」
「初心者用でも、武器や道具って高い。これって実家の支援がなければ、まともに道具揃えられなかったんじゃ?」
ヨウルは大降りなナイフと冒険者セット、筆記用具、斥候道具と食糧と薬を買い足して終了。
防具は革のポンチョ防御数+2。
「日帰りをしようとして真っ暗な夜道に怯えながら帰ることになりそうだ!」
エンフィはショートランスと冒険者セット食糧と薬、オイル、ランタンの火打ち石セット、便利袋を買い足している。
防具は銀の指輪、防御数+1 精神+1
「なんなら皿洗いから始めてくれてもいいんだぜ?」
「シティシナリオでいきなりどこぞの陰謀に巻き込まれるのはちょっと…。本当に皿洗いするだけですか?」
「そんなの何が楽しいんだ?」
「ですよね。GM【コネクション】発動です」
「もうか。外にすら出てないぞ?」
「だからです。外のシナリオなら、都市にいるうちに面会を希望します」
「NPCを連れてはいけないが」
「いえ、雫石ですが持ち帰ったら買って貰えないかダンジョンマスターに交渉したいな、と」
「…ダンジョンマスターらしい発想だな。ダンジョンマスターに速攻絡みに行くプレイヤーは初めてだ」
裏社会のドンや、国家元首に会うこと考えれば難しくないんじゃないかな。
「あ。ギルドで雫石のこと何も言われなかったのはダンジョンを潰したら駄目だからですか。訓練用であえて残してあるとか」
「野良ダンジョンは潰せるなら潰すものだ。訓練するだけならダンジョンマスターが手頃で換金性のいいダンジョンを用意してくれる。
あー。0レベルダンジョンにわざわざお前さんらを連れていくのは理由があってな。
『精製』前の雫石は『体内倉庫』に入れると、悪酔いするんだ。質や量にもよるが半日、1日なら耐えられてもその先は困難だ。冒険者が雫石を取ってきて、受け渡しに手間取ると厄介なことになる。
なにせ雫石は採取して、加工するか『体内倉庫』にいれないと、時間経過とともに自動でダンジョンを造ろうとする。
そんな物騒な代物が『体内倉庫』に入れられるだけ御の字だがな。
だから雫石を取ってくるのはダンジョンマスターと専属契約結んだベテラン冒険者か、フォロー層が厚い公務員か、そのあたりが相場と暗黙の了解にある」
「やめた方がいいですか?」
思い付いたから提案しただけで、無茶を通したいわけではない。
「いいや、野良ダンジョンは潰す。
ダンジョンマスターにコネがあって、雫石が取りきれるならダンジョンは潰せる。オーケー、何も問題ない。
そうだな、ダンジョンマスターは富貴層の出が殆んどだ。タツミ姫なら知り合いもいるんだろうさ」
「それならエド在住の母方の叔母さまがダンジョンマスターで、学園入学のご挨拶に姪の立場で伺ったのなら自然な流れですかね」
「それならダンジョンマスターの実家の規模を決めるか。6ほど大きく公爵家、1なら一代男爵な」
促されて振ったダイスは1。
「一代男爵か。これはダンジョンマスターになるにあたり、ダテ家の後援を受けているな。
嫁さんのひとりの実家なら、結納金として金銭の譲渡や、文官ら、纏まった武力の貸し出しも名目がたつ。
絵に描いたような政略結婚だな、タツミ姫のご両親は」
「わかりませんよ。タツミ姫のこの美貌なら、お殿さまにお母上が見初められたロマンスがあってもいいのでは?」
政宗公ならそれもありだな。奥さんも恋人もいっぱいいたらしいし、恥ずかしい恋文が家宝になって後の時代まで残されちゃうあたり、色っぽい話には事欠かない印象がある。
即火中ってお願いされても、政宗公にお手紙貰ったらそりゃあ大事にしちゃうよね。反乱のお誘いとかでもない限りは。