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11 戦果としては3ウサギ



 4日目お昼は玉子チャーハン、若布サラダ、杏仁豆腐、そして鮑とキノコの中華スープ。

 鮑はエンフィのダンジョン産。

 キノコは桃の木ダンジョンで干したヤツ。


 場所はお馴染み【睡蓮荘】。今日は食堂の個室ブースだ。

 この部屋の主役は、なんといっても障子がついた丸窓だ。今は戸を引かれていて、気泡の入った分厚いガラスが外の光を採り入れている。

 その単品では重厚な趣きのある嵌め込みガラス。

 それにはサンドブラストで描かれた睡蓮が控えめに散らされていおり、窓を華やいだ印象に変えている。

 壁は漆喰。家具は木材。

 あとは苔玉を敷いた紅葉の盆栽が、床の間のスペースに置いてあったりなんかして典雅さを演出しているが、腹ペコ男子は花より団子。

 卓上の料理に今は夢中だ。


「鮑、旨い」

 語彙が溶ける。

 なんていうか、出汁が違う。濃厚なスープは貝特有のものだけど、ホタテや牡蠣ともまた違う味わいだ。


「オレ、この味で茶碗蒸しが食べたい」

 それもいいな。


「リュアルテに習って干して欲しいと頼んでみた!

 これはフードドライヤーで乾燥させたらしいが、そのうち天日で乾燥させたのも出してくれるらしい!」

 これは許されるどや顔。

 エンフィの手回しに乾杯と、ヨウルと2人で拍手喝采。食券でこのメニューが食べられるのは称賛しかない。

 干し鮑は良いものだった。

 お隣のお国の人が大好きな理由を初めて知った。

 お値段的に鮑って、人生にあまり関わってこなかった部類の貝だ。

 なんかエイリアンの幼生っぽいなと、生きて蠢いている姿に初見は「食べるの?」ってなったけど、次からは完全に旨いものとしか見えない気がする。


「チャーハンも米がパラパラで、店で食べると違うのな。家で作るとべちゃってなるのなんでだろ?

 不味くはないケド」


「私は両方好きだ!」


「食べる専門なのでノーコメント」

 ご飯を作ってもらって文句を言うとかないです。チャーハンうまー。


「なあ、あいつらもウマイもん食わせてもらってるのかなあ?」

 同クラスなのに女子とはちょくちょく別行動だ。


「女子はお茶会のレッスン名目の息抜きだ。お前さんらも、やりたい習い事があれば優先するぞ?」

 棒切れ振り回してるだけで楽しい野郎と女子は違うか。

 とくにアリアンは気立てのいい普通のお嬢さんという印象がある。今の環境はストレスだろう。

 アスターク教官はチャーハンセット2人前をすでにたいらげ、持ち込みのアップルパイをつついている。


「習い事ぅ?…あっ!メイスの基本講習、希望っす!」


「よし、早ければ明日か明後日の午後だな。先生役を見繕っておく。リュアルテやエンフィは?」


「すごく簡単な料理を習ってみたいです!」


「わたしも。野菜の皮をむくようなレベルから教えて頂けたらと」


「教官ー。料理の味つけに入るようになったら、オレもー!」


「協調性があっていいことだ。よし、まずは食堂のマダムたちに交渉してみよう。

 あと、お前さんら腹に空きはあるか?

 うちの嫁さんのパイ料理は格別だぞ?」

 食事が終わったところで、教官はアップルパイをもう1ホール出してきて、切りわけてくれる。

 初日に食べ損ねた例のヤツだ。

 とても興味はあるものの、お腹は「これ以上はやめといたら?」っていっている。


「オレ食べ差しとか気にしないから一口食えば?

 2切れくらい軽いし」


「助かる。食事を残すのは罪悪感があって」

 幼少期に生産者教育を受けるとわりかしそうなる。うちの兄妹みんなそうだ。


「おう、食えるだけ食っとけ。今日のはなんとカスタードに、クリームチーズが入っているぞ」

 それにリンゴフィリングのパイなんて、最高に決まってる。


「じゃあ、交渉してくる。この場で待機な」

 教官が出ていったのを見送って。

 さて。時間は少ないぞっと。

 お互いに目配せし会う。


「改めて自己紹介もなんだけど、オレ、初心者マーク付の1人目なんで宜しく」

 ヨウルは割りと想像通りだった。新人さんいらっしゃい。


「わたしは前世に円満引退してもらって2人目だ。前世は戦乱に生きたので今世はエンジョイ勢として楽しむ予定だ。宜しく頼む」


「私も1人目は功績ポイントが貯まったので隠居してもらった!以前はお嬢さまを嗜んでいたので、今は解放感に満ちている。

 どうぞ良しなに」

 最後だけしなを作って見せたエンフィは確信犯だ。

 飲み物を口に含んでなくて良かった。


「お嬢さま?」


「仕様でな!いや、まいった!」

 運営お奨めランダム生成の被害者がここにも。


「マナー違反を承知で聞くが中の人の性別は?」

 だって気になるだろう?!


「男だな!それ以外はナイショだ!」


「えっ。その、苦労したんだな?」


「ははははは!」

 笑い飛ばしてはいるが、うん。


「折角の教官のご厚意だ。食べろ、食べろ」


「よし、手掴みでガブっていけ」


「頂こう!」

 エンフィが豪快に行ったので、パイを味見程度取り分けて残りはヨウルに回しておく。

 そっかー。お嬢様かー。

 お嬢様って嗜むものなの?

 ランダム生成の闇が深い。話を変えよう。


「そう言えば、図書室は行ったか?」

 図書館ほど広くはないにせよ、ホテルの図書スペースにしては充実の造りだった。

 蔵書数もさることながら読書の為の個人ブースなんかは、飲み物や軽食が許されているのもホテルならではの図書室だった。


「行った行った。やっぱ図鑑や教本あたりは、スキルのスイッチになってんのな。物語系も世界観壊さないのは版権ものも漫画も置いてあったし、こっちは普通に楽しみだ」


「私はこれを借りてしまった」

 手元に『洗浄』をかけたエンフィは一度席を立ち、鞄から分厚い本を取り出した。

 見覚えのある表紙には堂々と『TRPG異界撹拌 version0』が印字される。

 そりゃあ、まあ。教本の中の教本だろうな?


「TRPGというものだそうだ!」


「ああ動画でみたことあるわ。そいつは妖怪退治ものだったけど、サイコロ転がすヤツだろ」


「そうらしいな。独りで魔石を加工しているのに飽きた!

 遊んで欲しい!」


「魔力が回復するまでの空き時間は、確かに長く感じるな」

 この間は余暇で本を読み散らかしていたが、毎回それというのも…まあ、本の在庫があるうちは問題ないけど、折角誘って貰ったわけだし。


「へー、作り込まれているんだな。職業 公務員って、誰が選ぶんだろ?」

 ヨウルは本をパラパラ捲る。


「パーティーに1人居ると話の導入が楽なのだそうだ!周囲の信用が高くて、困り事を相談されやすいらしい!」

 公務員はクトゥルフ的に探偵とか新聞記者とかのくくりと見た。


 コンコン。

「はあい」


「今は忙しいから、2時を過ぎたあたりで3時のオヤツを作ってみませんかとよ。…なんだ、ルールブックを持ち込んだのか」 


「教官もご存知で?」

 TRPGはそうメジャーな遊びじゃないよな?

 カーリングとか弓道とかならやったことはなくても皆知っているだろうけど、TRPGは知る人ぞ知るマイナーなジャンルだ。


「俺らは卓上演習に使うな。意外と、やったことが現実でも起きたりするから、重宝するぞ。覚悟を決めたり、準備したりな?」

 なるほど、そうでしょうね。『異界撹拌』のルールブックですものね。


「教官はゲーム進行役の経験はありますか?」


「GMな。手持ちのシナリオでよかったら回せるぜ。キャラシートの予備も…あるな。約束の時間までキャラ作成でもするか?」

 さすが教官話が早い。


「はい!それと魔石ください」


「なんだ精石作成のお供にするのか」

 銀盆にざらざらと魔石が乗せられる。

 手元に配られたのはキャラシートにサイコロ2つ。ペンは手帳のものを使う。そして精石ケースを沢山。


「キャラ作成ってどーするんっすか」


「そうだな、最初だからまずはサイコロに伺いを立てるか。偶数と奇数で性別を決めるぞ。ほら、転がしてみろ」

 えっ。自分で、性別も決められないの?

 事故が起きる予感しかない。


「1です」

「3でした!」

「4でーす」


「ヨウル以外は女性だな。年齢はリュアルテ、代表で振れ。…2+3と最低保証10がついて15歳だ。どうする?みな同い年でいいか?…よし次は能力値だ。こちらは全て最低保証の8がつく。上の項目から埋めていくぞ……………」


 というわけで出来上がったのがコチラ。


 性別 女  年齢15


 体力 20

 素早さ 15

 精神 17

 技術 12

 容貌 19

 知性 10


 体力ゴリラで美人で頭ふわふわな女の子ができてしまった。

 まあ、おおむね期待値以上であることだし?


「教官、容貌と知性の数値って入れ替えできますか?」


「人間生まれは選べんもんだぞ?」

 はい。GMの判断に従いますです。


「なかなかいい数字が出た!」

 エンフィは20こそないが17以下の数字がない。ダイスの女神に愛されている。


「顔だけで生きてそうだなコイツ」

 ヨウルはキャラは容貌20で技術は19だ。その他はお察しである。10がなかっただけが救いか。


「次は種族行くぞ、ダイスは3回振って合計点を教えてくれ。…ヨウルは【人族 任意】で、エンフィは【獣人 ミックス】、リュアルテは【鱗族 純血】だな。

 人族は任意のステータスに+3加算。

 獣人系種は体力か素早さに+3加算。

 鱗族は体力か精神に+3加算。だ。

 さて、運命の出自ダイスだ。ダイスを3つ3回振ってくれ」


「出自ダイスってなんっすか。運命とか枕ことばがあるとヤな感じが」

 ヨウル、カンがいいなあ。


「初心者がいきなり0からロールプレイングするのは難しいが、この人物はこれこれこんな生まれでして、このような人生を歩んできました。そんな情報があれば、少しはやりやすいだろ。

 ほら、ダイスだ」


「あ、はい」


「あなたは主をもつ忍である。

 あなたはいずれ雌雄を決しなければいけない相手が居る。

 あなたはお嬢さまである。

 …ぶっ。そ、その3つだな。

 忍は素早さか器用に+2だ。

 お嬢さまの特徴として、実家の支援が受けられるので普段の生活費の徴収がなくなる」


「オレちゃん、男の子だったのに…?」

 忍でお嬢さまというパワーワード。


「よし、エンフィだ。

 あなたは白百合の騎士である。

 あなたは絶望のなか希望を見たことがある。

 あなたはお嬢さまである。

 騎士は体力+3だな。

 なんだこのダイスのお嬢さま押しは」

 

「…お嬢さまが好きな人がどこかにいるんでしょうね」

 エンフィ、ドンマイ。駄目だ、笑える。


「リュアルテは。

 あなたは角がある。

 あなたは婚約者がいる。

 あなたはやんごとない血を引いている。

 だな」


「無難ですね」

 前2人に比べたら。


「【やんごとない血を引いている】で【角】があって【鱗族】なら竜種じゃねーか。お姫さんだっ、なっ。

 人族で角があると、精神+3だったのに惜しかったな。角のある種族だと美人の象徴だからかわりに容貌+1な。

 やんごとない血から【コネクション】が与えられるぞ。1ゲーム中1回任意のNPCと面会できる手札だ。

 GM判断で前2名と同じく生活費はかからんようにしといてやろう」

 笑いたいなら大声でどうぞ。我慢は体によくないですよ?

 この怒涛のお嬢さまウェーブはきっとエンフィのせいだ。


「いや、すまん。実はこんなサプリがあるんだが」

 取り出されたる『TRPG異界撹拌 ニホン諸事録サプリメント』。

 本体よりは薄い別冊は、つまりそこそこ分厚い本だ。

 教官たちの『体内倉庫』どれだけ物をつめてんだろ。


「気軽に地元の街が魔物に襲われて亡びたり、実在の貴族家をお出しするのは気不味いと要望に押されて出された別冊だ。

 ニホンは東の海に浮かぶ架空の島という設定でな。これが中々に作り込まれていて。あった、あった。竜種の貴族家で大きいのはウエスギ家とダテ家があるが、子沢山の設定があるのはダテ家だからそっちのお姫さんでいいか?」

 政府ちゃんいい空気吸ってんな。

 伊達のまーくんがお父上さまかあ。


「ニホン的な名前がつけたかったら、巻末に人名表もあるぞ」


「私は【サユリ ニノジョウ】にします」

 エンフィは軽く目を通したが、真面目な顔して駄洒落に走った。


「じゃ、オレは【シノブ サンジョウ】で」

 そしてヨウルおまえもか。


「【タツミ シジョウ】にします。実家が有名どころなので世を欺く仮の姿とでもしといてください」

 ここは空気を読んでおく。


「了解だ。スキルは戦闘スキルが1、種族スキルから1、自由枠で3これは好きに取ってくれ」


「スキル少なくないですか?」


「見習い冒険者レベル1ならこんなもんだ」

 まあ、スキル数でのプレイヤー優遇は致し方ないところがある。

 いや、だって体のスペックは優れていても、中身は現代日本人。

 本気で殴られ、殴り返した。その程度の経験もないヤツだって多いだろうし。

 戦闘勘は現地のお人が圧倒的に有利だから、下駄をはかせて貰わないと地力が足りなくて草はえる。

 何で草って?

 刈り取られても抵抗できないよね?そういうことだ。


「あるといいスキルは『ヒール』『探知』及び生活スキルな。『ステータス』は別枠でついてくるが、『体内倉庫』『解錠』らの後付けスキルはないから気をつけろ。

 ちなみに最初は1泊2日程度のお手軽シナリオを予定している」


 相談の結果こうなった。


【タツミ シジョウ】竜族

 性別 女  年齢15


 体力 20+3

 素早さ 15

 精神 17

 技術 14

 容貌 19+1

 知性 10


 スキル 『ヒール』『体内倉庫』『盾術』『造水』『堅牢』


 特殊 コネクション


 種族スキルが『堅牢』(HPが0になっても死ぬまでは動ける)だったんで、ヒーラー兼タンクの堅くて自力回復する壁になった。あと荷運び。

 探索はヨウル。攻撃はエンフィに投げていく所存。



 キャラ作成が終わったとこで、いい時間になった。食堂のマダムたちのお料理教室だ。


 メニューはウサギ林檎とババロアヨーグルト。

 ババロアは小洒落てるわりに材料を溶かして固めるだけの簡単スイーツだった。

 誰でも失敗しないレシピを選んでくれたんだろう。心配りがありがたい。


 お菓子作りの基本として、初心者のうちは材料の比重と手順を崩したら失敗の原因になるとのこと。

 だばだば入れられる砂糖におののいていると、「砂糖は自分の判断で減らすのは駄目」と、マダムたちに注意を受けた。これで甘さ控えめの仕上がりになるらしいのだから恐ろしい。


 ババロアは冷蔵庫にいれる前にあら熱を取る時間があるようで、待ち時間で林檎ウサギにチャレンジした。


 ここで判明。まともに包丁を使えない子はオレだけだった。

 ゼラチン溶かすのにもモタモタしていたエンフィはご同類じゃなかった。

 ヤツは慎重な手付きでゆっくりとウサギの量産に成功している。

 ヨウルなんてウサギ課題は1発クリアで他の飾り切りを教えてもらってますけど?

 花弁が8枚ついた林檎の蓋と、皮をくり貫いて作った器に、角切り果実をいれてますね?

 斜めに乗せた蓋が洒落てるな。

 なあに、それ?


「ウサギっていつから片耳になったんだろう?」

 この格差よ。教えて貰った通りのことが難しい。

 『解体』さんは、果物相手じゃ無力なのか。それとも働いていても本体がヘボ過ぎるのか。


「今日は切った林檎は塩水に浸けると変色が防げるとだけ覚えておくといいよ」

 片耳うさぎは哀れが過ぎるので、普通の剥き林檎にしてしまう。6つチャレンジして1ウサギが得られる体たらくぶり。


『ヒール』

 ババロアが冷えたところで教官の支援が入る。


「…ありがとう御座います」

 HPが守ってくれるので、怪我をしないありがたさ。おかげでブラッディアップルとか、誰も幸せにしないブツを作らなくてすんだ。


 仕上げにミントを飾ったババロアは夜のオヤツになるそうで。

 失敗林檎を皆でかじって貰って証拠隠滅をし終わったら、恒例の0レベルダンジョン行脚だ。行ってきます。



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