100 今日のよき日に
タイミングよく腹の虫が鳴ってくれたので、大砲のおじさまとはそこでわかれた。
大公殿は腹ペコの子供と話し込むほど、気の利かない方ではなかったらしい。
「胆が冷えましたな」
オルスティンはやや萎れている。事前に話を通そうと駆けつけてくれたのに、横から乱入されたんだもんな。お疲れ。
「うん。驚いた。オルスティンが側に居てくれて頼もしかった」
熊教官はヨウルとヘンリエッタ女史がまだプライベートダンジョンから出てきてないんで部屋で待機中だし、サリーなんて気配を殺した警戒態勢だったもん。
スキルを使わなくてもさ、現実でやれることならゲームで再現できるのですってよ?
サリー、忍者の生まれなの?
それとも政府ちゃんのそーいうところで働いていたの?
うーん。後者だったら聞いても答えられなさそうだから困らせそう。
「マスターには、敵いませぬな。門前のガーゴイル程度にはなりましたか。
しかしカザン大公は既に九十九の位階を越えられた方。お気をつけを」
「けして条理の分からぬ方ではないようにお見受けしたが」
「あの方の男女問わず数多い愛人の中には、成人前の少年もおいでです」
「……わかった。サリーの側を離れない」
そーいう意味では誘われることはないだろうけど、ダンジョンマスターだからなー。
お手つきの振りで誘拐されるとか、そんなことはあるかもだ。
冒険者は貴族と仲良くしてもいいけど、油断はしちゃ駄目だったりする。
下手に陰謀に巻き込まれると、貴重な戦力が減るからね。仕方ないね。
……オレもこの分類なのか、初対面の一般人には微妙に引かれてたりするし。ぐぬぬ。なにがいけないというんだろ?
「安心したら、腹が減りましたな。
そうそう。うちのシェフが朝に焼くオムレツは素晴らしいので、マスターには是非ともご賞味頂きたく」
オルスティン自慢のオムレツは白トリュフが乗っていてゴージャスだった。
オムレツのトロットロな焼き具合はもちろん、朝採れのトリュフが馥郁と香る。
きのこウマー。
味蕾が目覚める。
リアルでこんなん食べたら絶対高そう。
聞けば魔の森原産のこのトリュフ。菩提樹やポプラの木の下でゴロンゴロンと採れるもので、本来はお安く提供できるものらしい。
そう、アイアンツリーや紫毒蛇の大繁殖前は、子供たちが森歩きする際のお小遣い稼ぎにトリュフはよく掘ったものだとか。
なんだ魔の森は、宝の森だったのか。
やっぱり魔物は撲滅するべき。休暇でやることは決まったな。
樵レースの参加者は、百人超えとなかなかの盛況だ。
上位10名までの副賞に『魔力の心得』を提出したら、駆け込み参加者がちょこちょこ増えた。
冒険者って耳敏い。
ロケット祭当日で休日だろうに、いや、だからか?
ダンジョン整備もままならない辺境には稀な、強そうなのが混じっている。
うちの子に副賞が当たらないかもというのは残念だが、その分森のアイアンツリーが減るならそれはそれでいいことだ。
それと紫毒蛇も減らしたいんで、専用の特別賞を捩じ込んで貰った。
これは紫毒蛇を多く狩った上位3位までの条件で『免疫』を出した。
運悪く蛇に絡まれまくった樵らもこれで溜飲を下げてほしい。
それと。
優勝者には、『洗浄』のスキル石を出した。
うん。とうとうスキル石の製作に成功したんだ。おめでとう、オレ。
『エンチャント』が星5を越えたあたりで、『加工』へのシナジーが大きくなったのは気のせいじゃないはず。
やっぱり『エンチャント』育てるのが正規ルートのひとつだったか。
『洗浄』は蒼天宝貝の魔石で仕立てた。
貝の魔石は、天然で『浄化』をつけていることが多いので、『洗浄』を封入する相性がいい。
色々付与では試行錯誤してきたが、行きつけのミットリ書店で見つけてしまったダンジョンマスター発行の薄い本。
石の相性表を自費出版してくれた先達にはファンレターを送りたい。
これから研究は続けるにしても、有望な指針が出来たのは有難いったら。
いや、既に故人だったんだけどさ、実に惜しい人を亡くした。
サリーもメモって、データを送ってたから大発見だったのではなかろうか。
もし、そーいう情報があったのに回ってこなかったとしたら。うん。忙しすぎてお役人ちゃんらのシナプス切れているから休ませたいな。
『治癒』は確かに肉体の疲労も取ることも出来るし、胃潰瘍も治せるけどな?
お役人ちゃんは自分の体をもっと大切にしたらいいと思う。
『治癒』掛けるのに医師免許を持っていないオレが金銭を受け取るのはアウトだからって、お歳暮を色々貰うけど。同年2度目は駄目じゃないか?
そりゃ、オレに熟練度を稼がせてくれる目的なんだろうけどさ。
お役人ちゃんは、心配になるから普通に休んで。
「優勝おめでとう。日頃の成果を観させて貰った」
樵レースの優勝は本命。グッドマンさん家の3男坊だ。
つまりオルレアのにーさんだった。皆に拍手されて照れているの、かわゆす。
チラチラ入賞に入ってくるのは、他所の100の坂を越えた冒険者さんらだ。
森歩きに慣れた地元民を差し置いての入賞は、流石としかいいようがない。
それぞれ一流の狩人だから、そこはまあ。
「個人の優勝はこれで決まった。明日のレースは団体戦だ。
優勝チームには、ダンジョンマスターより個人ダンジョンが贈られる。
滅多にないこの機会、存分に励んでいって欲しい!」
オルスティンの発表に会場が揺れる。
ダンジョンマスターの使い道ってこーゆーとこだよな。実に良き。
金持ちにダンジョン売っぱらって資金を作り、活動中の冒険者には支援すべき。
扉の代金はオレの奢りだ。冒険の役に立てて欲しい。
倉庫とインフラは整えてあるから、あとはご自由にカスタマイズしてどうぞだ。
…………いや、その。
サリーの『部分破壊』を付与したアクセが、大金に化けてしまったんで少しは還元したいというか。
冒険者から、搾り取る気はなかったんだ……。
ごめんなさい。
阿漕な真似をしてしまった。
「豪気だな。雛よ」
「ダンジョンマスターなら、冒険者の支援をするものでしょう?
それと入賞おめでとう御座います」
態度はでかいけど、実力もあるんだよな、このおっさん。
そんなに気さくに声をかけてくれんでもいいのよ?
周りの人がさーっと引いちゃったでしょうが。
折角お他所の冒険者と、名刺交換してたのに!
「ふん。竜に占有されない森とはかくも美しいものよ。
アイアンツリーは良い資源だが、この森には不要であるな。
あれさえいなけれは、確かに森は拓けるだろうよ。
しかし、不思議だ。
雛はダンジョンマスターであるのに、何故、道を通そうとする?」
まあ、駅を通せば一瞬だもんな。
「インフラは複数ないと困るでしょう?
一本化しすぎて、大元が駄目になったら全滅とか、怖いです」
日本なんて災害多いから、道を複数用意しとかないと陸の孤島になったりするもん。
道の整備、超重要。
「わたしはサリアータを離れませんし、故郷を崩落から守りきるつもりはありますが、人のすることに絶対はありません。
女、子どもの避難経路のひとつやふたつはあってもいいですよね。
そちらの用事に使うことはなくても、交易路に利用すればいいですし」
「それは親御の仕込みか?」
「ご領主さまは、自由にさせてくれてありがたいです。
養子にして、高度な治療を受けさせてもらわなければ命はありませんでした。恩があります。
血の繋がった父上のことをお聞きでしたら、何も覚えてなくて。
残念ですが」
「貴様ら英雄症のものは質が悪い!
利用しようと近寄ると、誰もが重い過去持ちだ!
対等な取引を持ちかけても、悪人になった気がするではないか!」
「わたしたち、協力したい相手には力添えするのも好きですよ?」
物見高いともいう。
「それは【ナカノヒト】の薫陶か。気付けば遠巻きにジリジリ寄ってくるくせに、話しかけると逃げるのはなんでだ!」
わー。一般プレイヤーならそーなるよな。
このおっさん、圧が強いし。ネームドキャラ感すごくある。それで高位貴族で取り巻き多いとか、怖いもん。動向は気になるけど。
「合力したい相手を慎重に選んでいるのでしょう。
わたしたちは好奇心が強いものも多いですが、この世界に慣れていません。
そういう人たちはこれから守りたいものを探しているのでしょうね」
「残念だ。貴様はカザンに生まれるべきだった」
「郷が違う友達もまたいいものですよ。同じ国に生まれたら、恐れ多くてこれほど親しい口を聞けるようになったとは思えません」
大公とかロイヤルファミリーじゃないですか、やだー。
知ってたら近づかないよね?
「友達?」
「同位であると、断言してもらえましたから。だったら友達ですよね?」
「ふうむ。友が出来たのは初めてよ。戦友ならいくらでもいるが」
でしょうね。
「では、おじさま。買い食いにいきましょう。
初めての友達なら、小銭を握って屋台に突撃するものです」
「ふむ。それが雛の流儀なら合わせようぞ」
従者さんの中には『鑑定』持ちがいるだろうから、出来立てあつあつを召し上がれだ。
「このチョコレートはどこのだ。味が違う」
片っ端から買い食いして、おっさんが眉を寄せたのはチョコレートバナナたい焼きだ。
「うちや、プリティではまずない。ミュエルにしては香りが違う。
軽やかな酸味、深い香気。
製造の荒さが気になるが、いや、これは大衆向けだからか。むう」
おー。カザンはチョコレートベルト帯なのか。
そっかー。うちの千代子のは本場の人も気になるのか。なんかニヨニヨしてしまうな。
「チョコレートの研鑽はこれから蘊蓄を積もうかと。ようやく新鮮な牛乳が手に入るようになったばかりなので」
需要に押されて、牧場はもうひとつ増やしたとこだ。
バター、皆大好きだよな。飼料とかの研究が進んだら、もっと美味しくなるかもって飼育員が気炎を上げていた。
「豆乳ではなく、このコクは牛か!贅沢なことをするものよ。
…くっ。新規なら差別化を図るしかあるまい。見事!
そこな店員、もうひとつだ!」
「はいっ。ありがとうございます!
乳製品がお気に召したのなら、こちらの餡バターもお薦めです!」
「貰おう!」
「はぁい。喜んでっ」
食いしん坊だな。このおっさん。いや、後ろの家臣団は食材のひとつひとつを確かめてはメモになにやら書き付けているから、視察はしているんだろうけど。
おっさんの、面倒は見なくていいの?
「むっ。豆か、豆だな!甘い、しかし砂糖ではない…?」
どんな舌をしてるんだ。料理人だったりするのか、おっさん。
言わなきゃ普通気付かないよな?
それともオレが鈍いだけ?
「餡は水飴で炊いたと聞きました」
「なんと、豊かな味わいよ。
乳脂もまた佳し。この餡と合わさると、えもいわれぬ」
「ノベル本館では業務用品の取扱いも始めましたので、よろしければ糧食のお供にどうぞ。
今はお得な亀肉のフェアをしてます」
「そのまま食える肉はよいな。竜は食べられるようになるまでが長い」
魔物といえども命だから、食べられるものなら残さず食べるが礼儀だろう。竜だって例外じゃない。
んー。竜の加工肉、味はいいって聞くけど干し肉ばかりっていうのもなあ。
「うちの大陸は竜は希少ですから、交易で持ち込むと喜ばれますよ。
竜は流行り病にも効きますし。
お国のダンジョンマスターにプライベートダンジョンを発注するとかどうでしょう?
冷凍庫付きなら食肉の輸送も便利です」
むしろリアルでこれを提案したい。タンカーの油代が浮くし、その余った人員リソースもダンジョンに突っ込めたら崩落対策になりそうじゃないか?
全部なんてもちろん言わない。少しずつ試していけたらいいな。
それにはダンジョンを造らにゃいかんのだが。うん、人手が足りない。
だから新規プレイヤーには期待している。
ダンジョンマスター、いっぱい増えるといいな。
「雛が用意しなくていいのか?」
おっと、利権の話かな?
「おっしゃる通り雛ですので、大きなダンジョンは難しくて。
それこそ冒険者のシェルターぐらいなら造れますけど、練習するにも沢山造るのは体に負荷があるからと止められています」
特に今は。
ヨウルは後2月、女子たちも3月ほど休暇は延長されている。
だからオレらも実質フリーだ。
前の診断より期間が伸びたのは、なんか治りが悪いらしい。
リアルでは気を付けないと。
「雛はあと20キロ太れ。話はそれからだ。魔力を作り出すには、血液、肉、骨格がいる。貴様には基礎たる肉体がない」
それ、皆に言われる。
「はい、肝に命じます。では、おじさま次は辛いものとか、如何です?
わたしはへなちょこなので、一番辛くない星ひとつを選びますが」
見るからに辛そうなラーメン屋台を指し示す。
激辛文化を持ち込んだのは誰なんだか。
オレは辛いものも好きだけど、リュアルテくんは少し楽しめれば満足なので温玉も豆乳もいれて貰うマイルドスタイルがいいな。
辛いラーメンに限っては、煮玉子ではなく温玉派だ。
オレのリクエストで、この屋台には両方の玉子を置いてある。
お好きな方をどうぞ召しませ。
「カザンは香辛料の国ぞ。その挑発受け入れよう!」
そして慣れない山椒オイルをマシマシにして、敗北を喫した大人がひとり。
だから最初は試しに少しにしておけと。
半分だけは頑張って、後はスタッフが山分けしていた。
お偉いさんたちなのに食べ物を粗末にしないのは、凄く好感度が上がる。
むしろ主の食べ指しってことで、従者間で争奪戦が起きていたよ。
愛されているんだな。このおっさん。
でも山椒オイルをどこで入手できるか尋ねてきたのは、気に入ったりしたんだろうか。
……ワサビや辛子を立て続けに紹介するのは止めておこう。サリアータがなんか誤解を受けそうだ。
午後3時。
空高く鐘が鳴る。
ロケットの打ち上げの合図だ。
それぞれが目を瞑り、あるいは手を合わせた祈りの形を組む。
敬虔なる祈りというには、皆、わくわくとした顔だ。
広場の中心で空を見上げていた伝令士が、指揮者のように合図する。
ドドン!
数秒の間隔をあけて鳴らされていく砲撃に、誰もが指折り数を数える。
合計7発の祝砲に、わっと広場に拍手が広がった。
ロケットの打ち上げ、つつがなしや。
祝砲7発は、その合図だ。
「皆のものも待ち望んだことだろう!
今、ロケットは飛ばされた。
さあ。喜べ、称えよ!
我らの生きたその証を、どこかの誰かが受け取るぞ!
我らがかつて、どこかの誰かから、美しい祈りを受け取ったように!」
体の中に太鼓を持っているかのように、オルスティンの声が朗々と響く。
すると待ち構えていた楽団が陽気な音楽を奏で始める。
まず最初にはトランペットが高らかに、追って弦楽、打楽器が、命の喜びを歌い上げる。
「友よ。杯を掲げよ!今日の良き日に!」
「今日の良き日に!」
乾杯の合図。1杯目は水杯だ。
2杯目からが本番よと飲み干して、空の杯を満たそうと振る舞い酒に群がる呑兵衛に、恋人の手をとって踊り出す若者たち。
いそいそと演目の準備をする芸人、役者、踊り子ら。
皆、晴れ着の一張羅。笑いさざめく少女たちの髪に、差した花飾りが揺れている。
「……おっす、お疲れ」
「そっちこそ」
従者たちに晴れ着を任せておくと、とんでもないことになるぞ。
そう前回判明したので、ちゃんと服は作りに行った。
レースやリボンは避けられなかったが、前回よりはずっとマシ。
そう思っていたんだけどな?
なんで、指定したデザインと違うものになって出てくるかな。わけわかんないよ。
辛うじてパンツスタイルだけど、瀟洒なドレスが出てきてしまった。
民族衣装のアオザイを総レースで仕立てて、腰の回りをふわふわとした布で重ねた感じ。
真珠のネックレスとか、する日が来るとは思わなんだ。
これさあ、オレじゃなくて妹らが着てたら、可愛かったんじゃないかな。
一度着たらお古にしていい?
「その服なら、ダンスを誘われても断れます。今ナノハナには、大公閣下もおいでですから」
あっ、はい。
そーゆう暗黙の了解な趣旨の服なのな。
…仲間がいるって素晴らしいな!
「ヨウルちゃん。赤いおリボンが可愛いね?」
ヨウルはパンツの上に、フレアタイプのミニスカートを合わせていた。フリルがついて華やかだ。
腰の後ろで結んだビックリボンが、よくお似合いでしてよ?
「あら。リュアルテちゃんのお星さまのレースとパールのコンボには、負けちゃうんじゃないかしら?」
ははは。無理な裏声作ってくれてどうも。
「止めよう。この話は」
「そうだな」
「ヨウルさま、実にお可愛らしいですね。やはり若いうちは、愛らしさに寄せて冒険するのもいいものです」
「そちらのリュアルテさまこそ、優雅で麗しいのに、一等、可憐で。勉強になります」
サリーとヘンリエッタ女史は意気投合しないで、オレら虫の息だから!
メー、と鳴くぞ?
死にかけの歩きキノコのようにな?!
クエストクリア!
【ロケットには夢を乗せて】
幾多の妨害を退けて、貴方の希望を乗せたロケットは界の狭間を旅立ちました!
プレイヤーが関与したロケット打ち上げはこれで3度目となります!
ロケットの打ち上げに成功した結果、住民の士気が向上しています!
この効果は約半年続きます!
報酬 ブルーブラッド +1
スキル 手まめ
※主に器用さに加点がつきます。
功績ポイント +20000点 +390点 +150点
………なんか、ロケットの打ち上げに妨害工作あったんです?
延期があったのはそのせいか。
やることいっぱいあって、プレイヤーは忙しいなあ。
誤字報告、いいね、評価、コメント、ありがとう御座います。
どれも励みになります。
そんなわけで、とうとう100話を越えてしまいました。
ご愛顧、感謝。
いっぱいイベントを削ったので、なんとか節目でロケットを飛ばせました。